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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第十五話 赤い旅路

「うーっし、ようやくここまで来た!」


 透明な壁の迷路を踏破し、圭介は万感の思いで塔の前に辿り着いた。

 ここまで来た以上は塔がゴール地点を偽装したブラフである可能性など考えない。とにもかくにも入ってロードと呼ばれるモンスターの長を討伐しなければ、時間内にこのダンジョンから出ることすら叶わないのだから。


『まだ二時間近い猶予があります。焦らず確実に勝利を目指してください』

「俺の魔力もまだまだ余裕あるっす。圭介君にはとにかく敵をぶちのめしてほしいっす!」


 ここまで数々の負傷を回復してきたレオだが、何度も実戦を乗り越えてきた中で魔力の総量も増えているらしい。彼の言葉が強がりではないと何より彼の元気な振る舞いが告げている。

 加えてカレンの訓練がレオにもちゃんと影響しているのか、回復速度が異常なまでに早い。過剰回復にならないか心配になるほどに。


 あまり短い間隔でレオの世話になるのは双方にとって危険と判断した圭介は、ロードとの戦闘において極力彼に頼らない方針を固めた。


「大丈夫大丈夫。ゲームとかでよくあるっしょ、謎解きが厄介なタイプのダンジョンは総じてボスがクソ雑魚ナメクジと相場が決まってるんだから」

「フラグじゃないすか今の発言」

『これで大怪我でもしようものなら配信を見ている観客から後で何かと言われるでしょうに、勇敢な事です』

「まあ現実なんて謎解き要素に加えてボスのバランス調整もミスってる死にゲーみたいなもんだし僕ももしかすると危険かもね! だからノーダメクリアできなくても誰にも何も言う権利とか無いよね! 文句ある奴は僕にとやかく言う前に自分でやってみろって話だよね!」

「まだ誰も何も言ってないっす」


 塔の入り口となる扉はダンジョンを構成する白い鉱物で出来ており、近づいただけで自動的に開いた。


 ダンジョンそのものの出入り口付近とそう変わらない景色の通路をしばらく進むと、またも開けた空間に出る。【サイコキネシス】で索敵した限り今度は透明な壁は無いらしい。


「なるほど、ここがボス部屋か」


 灰色の床と壁に囲まれた円状の部屋は天井だけが夜のように黒く、部屋の中心には真上に開いた丸い穴から降り注ぐ白い光がある。

 そのため全体的に暗い部屋ながらも完全に視界を闇に塞がれることはなく、少しの光で周辺を見渡せた。


 不自然なのはその局所的な明るさを独占するかのように、空間の中心で複数の色が内部で複雑に絡み合う球体が浮いていることだ。


「あれは……」

『ダンジョンにおいて最終到達地点を意味する水晶玉、通称オーブですね。ロードが存在する場合はあの球体を中心に肉体が形成されます』

「じゃあ、俺らは今からあのオーブと戦うんすね」


 話しながら圭介とレオの足が部屋に入って少し進んだ、その数秒後。

 背後でカポリという音を立てて出入り口が壁と同じ色の膜に覆われ、風景と一体化してしまった。


「わかっちゃいたけど逃げられなくなったか」

『魔力反応を検知。来ます』


 やがて背の低い円柱型の空間全体が軋み始め、オーブの内側から粘ついた何かが溢れ出す。

 未知なる物体は球体を核として肉と骨へと変化していき、やがて全てが組み上がって巨大な怪物へと変形した。


 これまで見てきたワーム同様、全体的に黄色い肉体をしている。

 刀剣よろしく尖った頭部に仮面のような薄っぺらい顔面が付属し、その表層には赤紫色の波紋が絶えず浮かんでは消えていく。顔とも言い難い顔の下には人間に似た上半身があるものの、腕が左右三本ずつの都合六本という異様。

 下半身は無数の渦巻き模様を浮かべた肉団子で、どうやら少しだけ浮遊しているようだった。


「コイツがロードか!」

『該当するモンスターのデータが存在しません。充分な留意を』

「いやキメェな見た目! 一応俺下がっとくんで圭介君よろしくっす!」


 外見からどのような攻撃を繰り出すか想像もつかない。そして圭介が倒れればレオ一人で勝つ手段がなくなる。逃げ道を失った今、冷静さを維持しながらも危機的状況である自覚を得た。


 カレンは無茶な訓練を課さない。

 だがそれは、必ずしも訓練の内容が安全であるという意味ではない。


「ここまでちんまい敵とトラップばっかで試せてない新技が山ほどあるんだ。いい機会だし全部試してやる」


 覚悟を決めて“アクチュアリティトレイター”の柄を握りしめ、跳躍する。

 圭介の戦意に応えるが如く六本の腕が振りかざされた。


 それを見守るのはレオと跳躍に合わせて圭介から離れたアズマ、そして映像をダアトに送り届ける役目を担う機械仕掛けのてんとう虫。

 彼の戦いを見届けているのは、それで全員である。



   *     *     *     *     *     *



 ステラ平原から北北西へしばらく進んだミアとそのクラスメイトらは、少し離れた位置で奇妙なものを発見した。


 先にカレンから聞いた話では武装勢力としか聞かされていなかったが、視線の先で街道を進んでいる集団はグリモアーツどころか魔道具一つ装備している様子がなかった。


 まだ相手の顔も視認できない距離ではあるが、場所は晴れた日中の平原だ。本来であれば背負った武器などが相手の輪郭から突起として突き出され、それが識別可能な特徴となる。

 しかしそういった要素が存在しないということは、徒手空拳のまま敵陣に向けて進んでいるということ。これではただ丸腰の集団を無計画に歩かせているだけに過ぎない。


「あれ、何?」

「ちょっと待つの。今確認するの」


 ミアがこぼした疑問と同時、同行したコリンが自身のグリモアーツ“カレイドウォッチャー”で相手の様子を確認した。

 直後、彼女の口から「はぁ?」と素っ頓狂な声が上がる。


「え、何その反応怖。マジでどういう集団なんだよ」

「一番前にいるのが“赤い旅路(レッドカーペット)”シャーロット・グレイ。その後ろに屈強な男が何人もいるの。戦闘員だと思うけど、でも、これは」


 目を見開きながらコリンが首を傾げた。


「集団の中に、こないだケースケ君が騎士団に引き渡したはずの山賊が紛れ込んでるの。他にも文化祭で暴れてからずっと来てなかった先輩とか、ガラの悪いやつばっかり」

「……確かに変だね。そういう相手を手当たり次第殺すのが[デクレアラーズ]の活動方針だと思ってたけど、今は味方に引き込んでるのか」


 他の生徒らにも動揺が広がり始めた。特に騎士団学校の先輩に当たる学生も参戦しているという事態に、冷静でいられないらしい。

 増してや相手の無防備な進軍は互いに相手を視認できる距離になってからも続いており、何か武器や魔道具を取り出す動作さえ確認できない。これから戦おうというにはあまりにも不可解極まる挙動である。


 そんな中、誰かがふざけるでもなく思ったままに呟いた。


「悪人なら殺しちゃってもいいと思って、もしかして体に爆弾でも詰め込んでんじゃないのか?」


 想定し得る限り最もおぞましく、しかし最も[デクレアラーズ]という組織がやってのけそうな作戦。

 可能性が少しでも浮上した瞬間、ミアは右手に装着された“イントレランスグローリー”を集団がいる方へと向ける。


 仮に自爆させるつもりなら接近を許すわけにはいかない。


「【遠く昏きを厭わず灯せ 道の果てに燭台が待つ】!」


 遠距離に向けて炎の矢を放つ第四魔術位階【ホーリーフレイム】。

 獣人の視力と戦闘経験から得た空間把握により大雑把ながら距離と角度を調整し、山吹色に輝く光を離れた場所で呑気に歩く集団へと向ける。


「【其は闇を不要と断ずる聖の焔 立ち止まる闇よりもその先の景色を求めし者 何となれば手当たり次第に丸ごと焼いて暗がりを照らそう】!」


 離れた位置にいる相手側もミアの魔力が光り輝くのを見届けたはずだが、速度を速めるでもなく緩めるでもなくただそうするしかないように歩く。

 まるで最初から全てが予定調和であるかのような振る舞いにいよいよ不気味さを覚えつつ、詠唱が完了した。


 充分な殺傷能力を有する一撃。しかしそれに配慮する余裕などない。

 相手は外見こそ少女として知られるものの“大陸洗浄”で二つ名を得た客人である。この程度の攻撃、今まで飽きるほど見てきたのは間違いなかった。


 なのでミアが今すべきことは、敵がどのように動こうとするかの確認だ。

 流石に見慣れているとは言っても自身に向けられた第四魔術位階を身じろぎもせず対処するとは考えにくい。僅かにでも情報を得るために防ぎ方、あるいは避け方を見定める必要がある。


「【ホーリーフレイム】!」


 術式が作動すると同時、幾度もの激しい実戦経験を経て威力と速度を増した光と熱の矢【ホーリーフレイム】が射出される。

 生半可な防御では貫かれるだろう。避けるにしても身体能力を魔術で向上させなければ厳しい速度だ。


 集団は散歩でもするかのように優雅な足取りを一旦止め、先頭に立つシャーロットの背後から一人の男が飛び出した。


(いやバカ何してんの、丸腰でそんなん防げるわけ――)


 交差された男の腕に【ホーリーフレイム】が命中し、山吹色に輝く魔力の燐光が爆散する。


 二秒後。

 そこには腕の表面に火傷を負っただけの男が立っていた。


(――へ?)


 離れていても光と煙の動きでわかる。相手の腕が千切れかけていたりもせず、ただ薄く表面を焼いただけで終わってしまった。


 本来なら第四魔術位階【ホーリーフレイム】を腕で防ぐなど、よほど身体強化に自身がなければ選択肢に入らないはずだ。

 少なくとも種族的な要因で優れた肉体に恵まれたミアとて、そういった判断を即座に下せるほどの自信はない。


 だが徐々に顔も識別可能なほど接近してきた集団は、ミアの攻撃に全く恐れを抱かず進む。火傷を負った男の後ろにいるシャーロットすら涼やかな表情のままだった。


「何アレ。身体強化系の魔術を使った、と見れば不可解じゃないけど……それでもおかしいの」

「うん。グリモアーツを【解放】した様子がないし、何より」

「あの手の犯罪者が自分を犠牲にしてでも[デクレアラーズ]の構成員を守るとは考えにくいの。ったく、何したらあんな真似ができるのやら」


 以前授業でちらりと聞いた限り“赤い旅路(レッドカーペット)”ことシャーロット・グレイの魔術は、無数のぬいぐるみに強化魔術を施した上で陣形を組ませながら単独で集団を圧殺するというものだったはずだ。

 人形魔術と呼ばれる類のそれは、あくまでもゴーレムやホムンクルスと同様に個人が戦闘集団を作り出すためのものでしかない。


 既知の情報と齟齬が発生している。

 まるで犯罪者をぬいぐるみの代わりに従えているような不自然。一体どのような術式をいかなる形で運用しているのか。


「……察しはつくけど詳しい仕組みまではわからないし、何よりあまり考えたくないの」

「同感」


 おぞましいイメージを敢えて払拭せず可能性の一つとして残し、ミアは他のクラスメイトらに向けて詠唱を始めた。


「【天にも地にも理在り 故に境を並べて等しきを知る】」


 集中力を高める第六魔術位階【コンセントレイト】。今の状況で最も有用な支援魔術がこれであるとミアは判断した。

 何せ防御面に関してはブレスレットに仕込まれたカレンの魔術が保障してくれているし、膂力や敏捷性といった各々の戦闘能力は騎士団学校の生徒ならある程度の仕上がりまで備えている。


 まだ戦闘が本格的に始まっていない段階なら、周囲にかける支援もここまでにしておくべきである。

 後は戦局を見定めながらその場で適した相手に適した魔術をかければいい。それを実現するための訓練を昨日と今日で済ませておいたのだから。


「みんな、あと少しで戦いが始まるから気合い入れて。もう言われてるけどカレンさんの魔術が解けたらすぐに離脱すること。いいね?」

「あいよ」

「わかった」

「任せてよ」


 適度な緊張感と相手に聞かれる可能性を考慮して誰もが控えめな声量で、それでいてしっかりと応えてくれた。


 やがて敵の顔も見えてくる。


 違和感が、増した。


(何? なんで、そんな顔してんの……?)


 屈強な男が並ぶ中で一人浮いた存在であるシャーロット・グレイは、敵意を隠さず接近してきたミア達に対して穏やかに微笑んでいる。

 それはまだいい。[デクレアラーズ]の構成員はいずれも客人である関係上、能力面で余裕を持っていてもおかしくはない。


 問題は周囲にいる男達だ。

 誰も彼もが一様にして、魂を抜かれたような無表情のまま涙を流している。


 ミアが警戒心を強めたところで、先ほど【ホーリーフレイム】を受け止めた男が無感情な表情のまま口を開いた。


「やあ、近くで見ると本当におんなじ服を着ているね」


 涙で濡れながらも心の宿らぬ顔に反して、明るい声色。それがより一層の不気味さを滲ませている。


「と、カルバリが目を丸くして言いました。紺色で揃えた彼らの格好はお葬式のようで、他の仲間もちょっぴり嫌そうにしています」


 男の声に繋がったのは朗々としたシャーロットの声。まるで子供に向けて絵本を読み上げるかのように、彼女は落ち着き払った様子を見せていた。


「……――ッ!」


 ミアの中で、否、その場にいるクラスメイト全員の中で警鐘が鳴り響く。


 異常者だから、というだけの単純な話ではない。

 異常者が“大陸洗浄”で名を上げ、後に[デクレアラーズ]で戦闘員として起用されるほどの突出した戦闘能力を有している。その危険性にこそ戦慄したのだ。


 何せ行動指針が不明瞭である。最終目的をどこに見定めて動いているのか見えないということは、命がけの戦闘において相手の狙いが読めないということ。

 彼ら未熟な若輩者が最たる武器として搭載すべき慎重や臆病といった概念が、この少女の前には通用しなくなってしまった。


 加えてもう一つの異常も無視できない要素としてそこにある。


「それに何だかみんな暗い顔をしているよ。何か嫌なことがあったのかな」

「我らが道化が言ってたじゃないか。彼らは敵なんだから、こっちを睨みもするだろう」

「フリンダースに言われて、パヌルルが納得したように頷きます」

「そっか、そっか。じゃあ思ったより僕らが強そうで怖がっちゃっているのかもしれないね!」


 死人のような表情から涙を流し続け、それでも捕らえられし犯罪者である男どもは不自然に高い声で会話を繰り広げる。


 まるで違う誰かが中に入っているかのように。


「頼むからこういうのは性格込みで広めといてよぉ……教育に悪くて無理かもだけどさぁ……」


 苦手意識と生理的嫌悪感から漏れ出た声を絞り出し、ミアはそれでも当初の計画通りに事を進めるべきと判断した。

 少なくとも背後や物陰に他の戦力が配置されている様子はない。となればこのままシャーロットに意識を集中させて対処する、正攻法こそ最適解だ。


 予定通り他の生徒にハンドサインを示して瞬時に陣形を組む。


 コリンを始めとしてサポートが可能な人員を最後尾とし、弓や銃器といったグリモアーツを持つ後衛部隊はミアとともに中心に配置、そして刀剣や槍のような武器を持った前衛部隊が前に立つ三段階方式。

 教科書通りのシンプルな動きとなるが、ミアの適性を思えばこれが最も効率的な動きとなる。


「みんな、気をつけて! あっちには他の仲間を倒したこともあるミアって人がいるんだ!」

「そうだそうだ、忘れてた。じゃあ油断しちゃ駄目だね!」

「普段はおっちょこちょいなところもあるナラボーも、しっかりと気を引き締めます。そう、決して油断しては……」

「突っ込めええええええええええええ!!」


 謎のお喋りに興ずるシャーロットの隙を突き、仲間達が各々のグリモアーツを手に走り出した。


 今こそ強化合宿の成果を見せる時である。

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