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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

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第四話 微笑みの襲来

 圭介がインタビューを受けてから三日後。つまり全学年参加型の合同クエスト当日であると同時に第一王女が来訪する日でもある、そんな日の早朝。

 圭介ら四人パーティ全員が珍しく一緒に通学路を歩いていた。


「おはよう、ケースケ君。昨日はちゃんと眠れた……?」

「全然だったよ……そっちは?」

「全然だったよ……メイクで隈は隠したけど」


 気だるげな様子の圭介とミアが並んで歩く。その後ろには寝ぼけまなこをこすりながら食パンを貪るユーと鼻ちょうちんを伸縮させつつ寝て起きてを繰り返して歩くエリカの姿もある。


 彼ら彼女らの寝不足の原因は緊張だけでなく、若干無理に早起きしたことも大きく影響している。


 今回の第一王女との面会だが、合同クエストという大規模なイベントを控えていた所に突然参加と相成った事で王女と言えども全く希望通りのスケジューリングで面会するというわけにはいかなくなった。


 その結果、面会は当日早朝に時間を作って為される形となったのだ。

 圭介らの早朝五時半登校は言ってしまえば権力者のとばっちりである。


「面会する時間がとれないからってこんな朝早くに呼び出されちゃたまんないよ。今日朝ご飯食べてないからね僕」

「いやそこは一応何かお腹に入れてから来なよ。菓子パン一つでも違うからさ、アレならユーちゃんの持ってる食パン一枚分けてもらったら?」

「ごめんユー、そんな悲しげな顔しなくても僕は大丈夫だから」

「あんたあと七枚くらい持ってるんだから一枚分けてあげたって良いでしょ!」

「ごめんミアちゃん、もう残り一枚なんだ」

「パンの消費が激し過ぎる! よく噛んで食べろ!」


 ミアの叱責を受け流しつつ残り一枚を呑むように食べるユーの隣りで、エリカが「お」と何かに気付く。


「おいアレ見ろよ。もしかして姫様が乗ってるやつじゃね?」


 そう言ってエリカが空を指差すことに圭介が一瞬だけ疑問を覚えるが、指先を辿って視線を動かすと納得いった。


 それは青空を泳ぐ鮫のようなデザインの船。


 目測での大雑把な印象だが大きさは観光バスと同等か。陽光を受けて照り輝くのは鱗に非ず、金属板を組んで作られた装甲である。

 要人を孕んでいるが故か、見た印象から漂う強固さは並大抵のものではない。


 その空中船が浮遊島の一つに着陸した。圭介はこれまでただ広告を貼り付けるためだけに浮遊島が存在していると思っていたが、どうやら飛行場のような役割も担っていたらしい。


「仮にあの船がそうだとするなら僕らも急がないとまずいんじゃないの? 姫様待たせるとか印象悪いし」

「んだな、小走りで行こう」


 へとへとになりながらも、四人の歩みは権威に対する恐怖に追われて早まっていった。



   *     *     *     *     *     *  



「おはようございます、校長先生」


 何度も来たせいか馴染み深くなってきた校長室にて、レイチェルが四人を出迎える。

 通常であればあり得ない来客の到来に備えて、ケサランパサラン達には一時的に別室に移ってもらっているようであった。


「おはようございます。朝ご飯はちゃんと食べて来ましたか?」

「聞いてくださいよ校長先生、ケースケ君ってば朝ご飯食べずに来たんですって」

「ちょ、おまそういうの言うなよー」

「それはいけませんね。こちらに非常食用のバランス栄養食品がありますので、一本だけでも食べて下さい」

「あ、ども。ありがとうございます」


 差し出された棒状の栄養食を口に含む。

 芋をベースとしているのが噛んでいく内にわかったが、今までに味わった事のない風味が混じっているためビーレフェルト特有の食材も使われているのだろう。不味くはなかった。


「多分もうすぐ姫様も来るんじゃねーかな。さっき鮫みてぇなゴツい船が浮遊島に着陸してたし」

「いいタイミングね。こっちも済ませるべき仕事は全部終えたから、後はお茶の準備だけしておきましょうか」

「手伝いますよ校長先生」

「ありがとう。でもやることなんてカップを取り出すくらいだし、座っていなさいな」


 言いながらレイチェルが上等な菓子と茶葉を棚から出すのを圭介達はとりあえず黙って見ていた。


「あぁもう緊張するなあ。何でこっち来てまだそんなに経ってないのに王族と謁見しなきゃなんないんだよきっついわぁ」

「言っとくけど私達も姫様とお会いするのは今回が初めてなんだからね。普通の国民は顔は知ってても話すどころか直接お姿を見ることもないまま生涯を終えるんだから」

「じゃあ『会いに行ける王族』とかではないのか……そこだけちょっと安心した」

「オメーんとこの王族は会いに行きゃ会えたのか?」

「いやそうじゃなかったけどさ。ただ芸能界ではちょっとしたプロパガンダの一環でね……あんまこの件を掘り下げてもこっちが火傷するから一旦黙るわ」

「ふーん?」


 エリカが首を傾げていると、校長室の扉が控えめにノックされた。

 一同に緊張感が走る。


「どうぞ」


 レイチェルが入室を促してから一秒ほどの間を置いて、扉が開かれる。


「失礼します」


 まず室内に入ってきたのは金属の鎧を着込み腰には鞘に納まった長剣を携えた女性。

 赤茶色の髪をポニーテールにしており、顔立ちは整っているものの化粧っ気はない。


 恐らくは王女の護衛を務める騎士だろうと圭介は推測した。

 入室の挨拶をしたのは彼女ではないらしく、凛々しさを感じさせる仏頂面の口は引き結ばれた状態で固まっている。


 次いで現れた人物は、圭介らと同年代のドレス姿の少女。

 その少女こそがアガルタ王国第一王女であると、身に着けている物品以上にたたずまいが語っていた。


 肩口で切り揃えられた撫子色の髪は艶やかに輝き、球体の形に削った紅玉髄(カーネリアン)をそのまま嵌め込んだような橙色の瞳は大きく透明感を持っている。

 ピンク色のたっぷりとした唇は色気を醸し出しながら、女性的な魅力よりも縁の遠さを確たるものに変換する高貴さを演出する一因となっていた。

 ふわりとしたドレスのスカートはしかし、歩みの勢いに揺れるような無作法を見せない。どころか室内に入り込むまでに衣擦れや足音等の物音を僅かたりとも立てずに移動している。


「おはようございます、皆さん。私がアガルタ王国第一王女、フィオナ・リリィ・マクシミリアン・アガルタです。今後とも宜しくお願い致しますね」


 花が芽吹く幻すら伴う笑顔だった。故に、魅せられるよりも戸惑う。


 然るべき場所に保存されるべき名画の中の人物に突如話しかけられたかのような奇妙な違和感に包まれた圭介達は、一瞬相手が対等な存在としての会話を認めているという事実すら見失う。

「おはようございます」とレイチェルが冷静に挨拶を返さなければ、再び声をかけさせるという無礼を働くところであった。


「お、おはようございます!」

「おはようございまーす!」

「ざーっす!」

「おはようございます……」

「ちょっとエリカこっち来なさい、先生怒らないから」

「あ? 上等だテメェかかってこいや」


 無礼上等な挨拶のせいでお付きの女騎士に睨まれているのだが、当の馬鹿本人はそれに気づいていないらしい。


「本日はわざわざお越しいただきありがとうございます。今紅茶を淹れますので」

「いえ、こちらから相当な無理を通してのお話でしたので。皆様もどうぞお座り下さい」

「ざっす!」

「いや姫様が座るまで立ってなよそこは! さっきっからそこの剣持ってる人がめちゃくちゃ睨んでんだよ!」


 何故異世界での階級を異世界人が蔑ろにしているのか圭介には理解できなかった。


「セシリア、やめなさい」

「は」


 本来であれば失礼に当たるエリカの態度を前にしても、フィオナは落ち着き払った様子で自身の護衛である騎士に目も向けず一言命じるのみ。

 それに対してセシリアと呼ばれた騎士は短く返答すると同時に、出入り口となっている扉の方へ視線を移した。


 どうやら『見ない』という手段を選んだようである。アガルタ王国の国民に多く見られる自己表現への積極性が彼女には見られなかった。

 その様子をフィオナが確認するとこれまた無駄な音を立てずにソファに座る。


「ごめんなさいね。私が外出する時にはいつも気を張ってしまうようでして」

「あ、いえこちらこそそちらの方に失礼なことを……」


 思わず謝罪するが、直接言葉を交わしたその瞬間に肝が冷えるような体たらくに軽い自己嫌悪すら覚える。


(何でラノベとかアニメとか漫画の主人公共はこんなの前にして平然と喋れるんだよ怖くて無理だよ普通は!)


 架空の人物に心中で八つ当たりし始めた圭介に、現実が容赦なく襲いかかる。


「さて、トーゴー・ケースケさんでしたね」

「はひゃいっ」

「ぶっふぁげこっげこっ! は、『はひゃい』ってお前ぷふひゅひれ!」


 コイツと姫様を足して二で割れば丁度いいだろうに、と圭介は思った。

 対するフィオナは咽こむエリカに何も言わず、レイチェルが「失礼します」と一言入れて紅茶を差し出す様子を見ながら会釈していた。


「まずは改めて謝罪を。私の個人的な我儘でこのような急なお話に付き合わせてしまい、更には朝早くにお時間を取らせてしまいましたことを申し訳なく思っています」

「いえいえ! そんな王族の方が簡単に頭を下げないでください、僕もお会いできたのは光栄な事だと思ってますし!」


 簡単に謝罪できるわけでもなさそうな相手に頭を下げられて、逆に謝られた側であるはずの圭介が慌てる。

 その様子に微笑みながら、フィオナは語り始めた。


「今回ケースケさんとお話する機会を設けさせていただいたのは、貴方のこれまでの経歴に非常に興味を惹かれたが故です。思い起こすとお辛い部分もあるかとは思いますが、ビーレフェルトに転移して間もなく【解放】を会得し排斥派から差し向けられた刺客を打ち倒したという事実は大変な功績であると私は捉えています」


 やはりと言うべきか、圭介がヴィンスを倒した事が切っ掛けとなって面会を求められたようだ。


「加えて大陸でも非常に珍しい念動力魔術の使い手と聞いて、『どうにかすぐにでも会えないものか』と心がはやりました。現在大陸で確認されている念動力魔術の担い手は貴方以外では三十人も存在しないのですから」

「へぇ、それは……ちょっと嬉しいな」


 思わず素の返答をしてしまったが、圭介にとってそれなりに意外な話だった。

 以前レイチェルからビーレフェルトの基礎的な知識を叩き込まれた際に聞いた話だと、大陸内の総人口は凡そ二千二百万。その内の三十人ともなればかなりの希少性である。


「ただ、僕としては可能な限り早めに帰還したいと思っています。あまり長居してもよくないですし、僕にも元の生活がありますので」


 その希少性と有用性を見込んでの勧誘も兼ねた面会であると踏まえ、圭介ははっきりと言った。


 仮に優れた能力を有しているとしても、彼は元来武器を持って戦うという日々とは無縁な一般学生である。

 想定外の力によって可能なら救いたいと思った相手を瀕死に追いやった経験も手伝い、命を賭した戦いの場に出るつもりは一切なかった。


 予想していた返事だったからかフィオナの表情は変わらない。


「ええ、もちろん貴方のご意志とご要望も存じています。ですので今回の面会で私が貴方と貴方のパーティメンバーの皆様にお話ししたいと思っていたのは、今後ケースケ様が所属されている皆様パーティと我々がどのように関わっていくかについての相談事なのですよ。セシリア」


 声かけに応じてセシリアが懐からタブレットを取り出す。

 鎧を着込んだ女騎士が現代的な機器を扱う様について何も思わなくなった自分を圭介が「馴染んじゃったなあ」と客観視していると、液晶画面にとある動画サイトの動画が映され始めた。


「では、詳しいお話を。この動画に映されているのは最近になって報告件数が増えた“変態飛行の藍色船舶”というオカルト現象です。」

「何つーネーミングだよ」


 呆れた様子のエリカが口走る。王族の前でなければ圭介も同じような反応をしたかもしれない。


「アガルタ王国の城壁周辺で顕著に見受けられ、航空会社に問い合わせても該当する船舶は存在しないという話から一部では『幽霊船ではないか』という都市伝説まで囁かれています」


 画面の中では車輪の如く船体をぐるぐると回しながら飛行する藍色の船が暴れていた。

 初見の面々からしてみれば、余りにも荒唐無稽な光景に唖然とするしかない。


「え、この気持ちの悪い船を僕達にどうしろと?」

「今日この学校の皆様が参加される合同クエストは元々、城壁内部でのゴブリンの目撃例が増えたことを起因としていましたよね」


 排斥派に初めて遭遇したあの場所、アドラステア山以外でも頻繁にゴブリンが姿を現していたようだ。

 赤子を食い殺すような生き物である。事実なら早急に対処しなければならない事柄と言えた。


「そのゴブリンの目撃情報が散見されるようになった時期とこのオカルト現象が報告件数を増やし始めた時期は、ほとんど重なっているんですよ。私はこの二つの事象には関連性があると見ています」

「はあ。では今日の合同クエストに参加するというのも……」

「はい。このオカルトに関係があるのか否か、私の予想に根拠を得るための調査が必要となり参加した次第です。そして皆様にも私と共に動いて頂きたく、こうして相談しに参りました」


 即ち、それこそが本題。

 城壁外で見られるオカルト現象“変態飛行の藍色船舶”と、城壁内で見られるゴブリン目撃例の増加の調査依頼。

 自分達を手伝えと、目の前の王女は言う。


「ケースケさん。貴方は客人の帰還記録を紐解くためにオカルト現象について調べていましたね?」

「!?」


 唐突に投げかけられたその言葉に、圭介の肩がびくんと動く。


「何故、それを」

「今回のオカルト現象が、帰還するための手段に関わっているかどうかも同時に調べてみてはいかがでしょうか。関係がないと決めつけるにしても情報が要るでしょうし」


 圭介からの問いかけには応じず、フィオナが続ける。


「決断は早めに済ませることを推奨しましょう。いつまでもあの藍色の船が空にあるとも限りません。それに」


 微笑みに宿る感情は読めない。

 ただ、それでも。


「万が一にも国の威信や平和を脅かすようであれば、そちらの意向を問わず国の方で対処せざるを得ないかもしれませんので」


 対処という短い言葉には明確な破壊の意図が見えた。


 喉から手が出るほど欲しい帰還に関する情報が交渉材料にされている。

 その事実に気付いた圭介は愕然としたまま声を失った。見れば周りの仲間達もそれに気付いたのか瞠目していたが、相手の地位も相まって何も言えずにいるようである。


「…………わかり、ました。手伝わせていただきます」

「まあ、ありがとうございます! いきなりの話で断られるのではないかと不安もありましたが、お優しい方で安心しました」


 白々しくも聞こえる感謝の言葉と共に、変わらず美麗な笑顔を浮かべるフィオナ。

 お優しい、と言われても何も嬉しくなどない。優しく接しなければ未来が一つ閉ざされるのだから。

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