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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第十三話 難航するダンジョン攻略配信

「いやあ、レオがいてくれて助かった助かった」

「まさかこんなにヤバいダンジョンだと思ってなかったっす……」


 全身のあらゆる箇所に“フリーリィバンテージ”を巻きつけながら笑う圭介とやや引き気味のレオが、白い光を宿した鉱物で構成されたダンジョンの通路を進んでいく。


「っとまた来た」


 二人がてくてくと歩いていると目の前にある壁の表面が一部正方形の形に剥がれたと思いきや宙に浮かび、鋭い刃として襲いかかってきた。

 索敵では事前に対処できない系統の不意打ちめいた罠だが、全く同じパターンがこれで九度目ともなれば余裕を持って対処できるというものだ。


 即座に【テレキネシス】で絡めとり、動きを止めたところを“アクチュアリティトレイター”で叩き潰す。


「剥がれて襲いかかる壁紙に穴掘ってどこからでも襲ってくるワーム、入った途端冷凍ガスで充満する部屋と来て、しまいには光線……まあ初見殺しの多いダンジョンだこと」

「初見殺しっつーか圭介君の苦手分野が気持ち多めっすね」

『複合術式を会得していなければ先に進めるかも危ういところでした』


 索敵不可能なトラップに障害物の向こう側からの貫通、低温環境、反応できない速度で繰り出される致死性の攻撃。

 いずれも迷宮洞窟商店街トラロックでゴードンに圭介の弱点として指摘されたものばかりだった。


 が、今の圭介はかつての圭介と異なる。


「こうして使いこなせるようになってみると、僕もまだまだ念動力魔術の掘り下げが足りてなかったんだなぁ」


 幾度か攻撃を受けて負傷する中で会得した複合術式。

 それが今、圭介とレオの余裕に繋がっていた。


 索敵用に薄く広く展開した【サイコキネシス】を【テレキネシス】で更に粒子状に分裂させて散布する。

 これによって実現される第四魔術位階【ベッドルーム】は以前まで圭介が独学で実現していた索敵網より精度が高く、また範囲も広い。


 これにより僅かな隙間から先にも索敵範囲を伸ばせるようになり、壁そのものの振動も敏感に察知できるようになった。そのためもうワームや壁紙に恐れることなく先へと進めている。

 加えて微細な振動を感じ取ることで、霧状に散布される毒物や熱源付近での気圧の変化もある程度の距離までは把握できる。


 ただ索敵するばかりではわからない罠の気配を観測できるのは、ダンジョンという環境において極めて重要性が高い。


『【テレキネシス】と【サイコキネシス】の組み合わせだけでも大半の脅威に対処できる気がしますね』

「んだね。でもそれ以外にも……っと、あぶなっ」


 天井の一部が開閉式になっており、そこが圭介らの接近に応じて開いたのを感じ取り圭介はレオを腕で後ろに下げつつ自身も後退した。

 直後、その開いた部分を中心に熱が膨れ上がったかと思うと純白の光線が真っ直ぐに放たれる。


「このトラップだけはトラウマになりそう。さっきあと数センチで危うく乳首持ってかれるとこだったし」

「一応ダアトに配信してるのに乳首とか言わないでほしいっす。俺の知り合いでその手の冗談苦手な女の子も見てるんで」

「あそっか、完全に配信のこと忘れてた。ダアトの皆さんおはこんばんにちは! 新人配信者の東郷圭介です!」

『あまりふざけると後でオーナーから叱られますよ』

「真面目に配信してるつもりなんだけどな。いやでも避けるタイミング間違えてたらヤバいのは事実でしょ、下手したら死ぬよこんなん」


 ダンジョンの危険性に文句をつけつつ通路上の罠を避けつつ進んだ先には、開けた空間が存在していた。


 ダンジョン内でありながら上には青空が広がり、周囲には果てなく続く荒野が干からびた土を露わになっている。

 荒涼とした大地と空以外には二人と一羽が入ってきた出入り口と、その向かい側五〇メートルほど先に見える背の低い塔だけが人工物として鎮座する。


 四方を壁と天井の感触はあるため、どこまでも続いているように見えるのは魔術によって生み出された幻影だろう。


「んだここ」

『この部屋に到着するまでに要した時間がおよそ一時間十五分。ある程度まで最深部に近い場所まで到達できたのでしょう』

「となると向こう側に見える塔がボス部屋って感じっすね」

「いや、それもあるけど……」


 新たな索敵魔術【ベッドルーム】を得た圭介だからこそ気づけた、その部屋の違和感。

 一筋縄ではいかない謎の空間を前に増幅する不安が声に滲んでいた。


「何か気づいたんすか」

「透明な、見えない壁がいくつも配置されて迷路になってる。しかも一部の床がベルトコンベアみたいに動いてたりもしてるね」

『何らかのトラップ、あるいはモンスターの気配はありますか?』

「探った限り手前側半分は……今のところ、大丈夫そうではある。でも念動力が壁に邪魔されて奥まで届かない程度には入り組んだ迷路になってるね」


 壁の中や床下から飛び出す相手には即座に対応する以外の選択肢が用意されていない。

 となればこのまま覚悟を決めて進むしかないのだが、それでも彼らは恵まれている方だと言えよう。


「今の圭介君ばりに索敵できる人がいないと地獄だったでしょうね、この部屋……部屋? まあこの場所」

「壁が見えないと手探りで進むしかないし、そうなると不意打ちや罠に対する注意力も分散するだろうからそらもう地獄でしょ。しかも場所によっては立ち止まると変な方向に移動させられるし、何なら通路も曲がりくねってるよここ」


 圭介の拡張した索敵範囲でも半分が限界となる広さに加えて、この不親切極まりない設計である。

 この異世界においてダンジョンなるものの由来がどういったものなのか定かでないが、仮にかつてここを設計した誰かがいたとするならば相当屈折した人格の持ち主だったのだろう。


 場合によっては露骨にゴール地点と見える塔でさえ罠である可能性が高い。


「こっから床がゆっくりとだけど動いてる。レオ、一緒に乗って行こう」

「ウス。でもこれで横からトラップ突き出されたらと思うと怖いっすね」

『モンスターの姿が見えないのも不可視の壁に隠れている可能性があります。引き続き警戒は解かないようにしてください』

「了か……っだぁ、出たわ早速」


 言っている間にも目の前で左右の壁から次々と光線が放たれ、各々異なる速度で前後と上下に動き始めた。

 白い線に焼き切られたくなければ適切なタイミングで跨ぐか屈んでくぐり抜けろということだろう。


 サーフボードのような形で足場としている“アクチュアリティトレイター”の後ろにレオを乗せているため、圭介一人が通れればいいというものではない。

 タイミングを掴みながら慎重に進まなければ仲間の命に危険が及ぶ。


「うーわ急に通るの難しくなってんな……」

「これで床が後ろに下がっていってるのが最高に最悪っすねここ」


 何も知らず徒歩で抜けようと思っていれば確実に体の一部を切除されていた。

 悪意しかないダンジョンの仕掛けに薄ら寒いものを覚えつつ、圭介はゆっくりと光線の合間をくぐり抜けていく。天井や床から突然光線が伸びる可能性も考慮して高さは通路の中ほどを意識した。


「こ、こえ~……」

「マジでしっかり掴まっててね。ていうかこのダンジョン、トラップの凶悪さを見るにレオがいてくれないと怖くて先に進めないな」


 かつて片腕を切断された時に(あと)も残さず傷を治したレオがいるのといないのとでは、先に進む上で必要とされる覚悟の度合いが段違いとなる。


 光線の動きと自分達の位置に気を配りながらどうにかこうにか危険な通路を渡り切ろうとした時、眼前で天井から真下へ伸びる光線が出現した。


「うっ……」


 うっわ、と言いかけてそれによる注意力の霧散を恐れた圭介が瞬時に無理やり落ち着いて、光線を横に避けながら進む。

 今度こそ追加で光線が発射される様子はない。動く床のエリアを抜けてようやく落ち着ける場所まで来た圭介は、そっと“アクチュアリティトレイター”を床に置いてその上から腰を下ろした。


「あそこで光線追加するのひっどいな! 作ったの誰だよクレーム入れてやる!」

「さっきから思ってたけどこのダンジョンちょっと殺意高くないっすか!?」

『中の下程度の冒険者なら多少人数を揃えても全滅するでしょうね』


 平均的な冒険者の程度がわからないため中の下がどこまでの実力かは定かでないが、少なくとも異世界に来て間もない頃の圭介と仲間達では絶対に対処できなかったと確信できる。


 もし床の仕組みに気づけた者がいたとして、急ぎ抜けなければせっかく避けた光線に背中を焼かれると走り出すかもしれない。

 そうなった時にあの光線が死を招く。人間の心理を突いた実にいやらしい罠と言えた。


 加えてこれで乗り切ったというわけでもないのが問題である。


 圭介の範囲を拡げた索敵で全てを調べられないほどの迷路ということは、相応に長い道のりをぐねぐねと曲がり続けて移動する必要がある。

 塔に辿り着くまでまだかなりの距離を移動しなければならない。これで序の口という事実が二人のメンタルに深刻な疲労を齎していた。


「とりあえず休憩しよう……制限時間までまだ猶予はあるわけだし」

「賛成っす……」

『このペースで行くとなると塔に着くまでに四十分以上はかかるかと』

「なんでそんな怖い話するんだこのメカは! じゃあロードとやらを倒しても戻る時間ないじゃんよ!」

「あ、戻る時間は考えなくても大丈夫っすよ」

「は?」


 アズマの物騒な話に対して上げた怒りの声には、意外にもレオが応じた。


「ダンジョンの最深部って何故か共通してハディアが設置されてて、そこから出入り口近くまで転移できるんすよ。どうしてそんな場所にハディアがあるのか知らんけど」

「なんだそのご都合設計。マジでゲームのダンジョンみたいになってきたな」

「だからオカルト研究家には今もそこんとこの謎について調べてる人がいるってカレンさんから聞いたことあるっす」


 やはりダンジョンというものはオカルトに分類されるようだ。明らかな人工物でありながら由来不明の建造物ともなれば、それは圭介が元いた世界でも似たような扱いを受けるだろうが。


 ただこの状況下においてその話は一つの希望となる。

 何せ帰り道を通る分の時間まで制限時間に組み込む必要がなくなったのだ。この場で休憩する上での不安要素が一つ消えたのは、疲弊した今の圭介にとって何よりもありがたい。


「じゃあ配信中ではあるけど一旦休もう。あ、画面の前の皆さんしばらく動きなくってごめんなさいね。ちょっと雑談パート入りますけど気にしないで」

「何すか雑談パートって。誰に気ぃ遣ってるんすか」

「配信者にはそういうのあんだろ」

「わっかんねぇ~……」


 話しながら荒れ果てた土に見せかけられた床の上へと腰を下ろし、ここまで羽音すら響かせずついてきたてんとう虫に手を振る。


『目下の問題はこの視覚情報がほぼ役に立たない迷路の攻略となりますね』

「俺一人だったら間違いなく壁に顔ぶち当ててるなぁ」

「でもレオにはレオのやり方あんじゃないの。索敵できないにしてもさ」

「え、わかんね。そんなんあるんすかね」


 ほら、と圭介は不可視の壁をコンコンと指で叩いてみせた。


「例えばここって道が曲がってたりはするけど壁や天井の表面は綺麗にツルっとしてるから、包帯をこう、糸みたいに編んでさ。でっかい一枚の布みたくして被せれば見えなかった迷路が見えるようになるんじゃないかなって」


 元いた世界で異能力バトルやミステリーなど数多のサブカルチャー作品に触れてきた圭介からしてみれば、壁が見えない迷路の攻略法などいくらでも思いつく。

 極論として魔術の類が使えない状況でも、手首を噛み切って出した血を撒けば一部とはいえ道の形がわかるだろう。見えない壁の脅威などその程度だ。


 包帯を編んで一つの形にできるという話は以前ミアから聞いた。排斥派との全面抗戦でバイロンと戦った時、障壁に見せかけた罠を作って勝利に繋げたのだと。


「さっきの光線の通路なんかは身も蓋もないけど、全身に包帯巻きつけて体が切断されないように避けつつ走っちゃえばさっきの僕より早く抜けられただろうし。もちろん怪我しないのが一番だけど、レオはその怪我を治せるわけだからさ」

「……なる、ほど」


 圭介としては思いついた活用法を提示しただけのつもりだったが、レオは真剣な面持ちで耳を傾けていた。


 今回の強化合宿は本来、アーヴィング国立騎士団学校の生徒を強化するための催しだ。生徒ではないレオが強くなる必要など本来ない。

 しかし今日このダンジョンに来て圭介と行動を共にする中で、彼は成長の機会を得ているのだろう。


 きっと、カレンの思惑も絡んでいる。


「なんか俺、白状すると今までちょっとコンプレックスあったんすよね。戦う力は足りねーし皆さん怪我しまくってて、それ治す度に無傷な俺が情けなくなったりもしてて」

『実戦において回復魔術の使い手が負傷するような事態があっては本末転倒でしょう』

「わかってんすけどね。それを簡単に飲み下せるほど俺も大人じゃなかった。……でも」


 言って、レオは圭介へ視線を送る。

 より正確には、圭介に巻きついている己のグリモアーツへと。


「今の圭介君の話を聞いて、ちょっと見えた気がするっす。自分のゴールがどこなのか」

「そう? それなら良かった」


 喉に刺さった魚の小骨が抜けたような心持ちになり、圭介も朗らかに笑う。


 友人の悩みは同じ年頃の男子として薄々察していたものの、日常の中でどう励ましても悩みそのものが戦いという非日常を起点としているのなら解決方法はそこにしかない。

 この状況はある意味レオを励ますためのシチュエーションとして最適なものと言えた。


「んじゃ、そろそろ行こうか。レオが一緒に戦ってくれるとなれば安心だ」

「伝えたいことはわかるんすけど、ノリがいきなり過ぎねっすか? もうちょい自然な感じで並び立ってる感じ醸し出してくれればなぁ」

「調子に乗るんじゃないよ引っぱたくよ」

『叩いたところで回復しますよ彼は』

「あと引っぱたくところも配信されるから放送事故っすね」


 二人と一羽が再度ダンジョン攻略のために立ち上がる。


 彼らがダンジョンに踏み入ってから一時間三十六分が経過していた。

 残された時間は一時間二十四分。それまでに不可視の壁で構成された迷宮を踏破し、奥にいるロードなる怪物を倒さなければならない。


 圭介もレオも急かされる気持ちはありながら、それでも諦めるつもりなどなかった。

 隣りに立つ少年が今までどれほど自分を助けてくれたかを知っているから。

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