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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第五話 三人の訓練模様

 彼方まで並ぶ無数の白い立方体が狭間に小さな隙間という線を引きながら大地を構成し、それでもなお余って空中にいくつも浮遊している異様な場所を頭上の星々が見下ろす。

 浮かぶ一つに腰かけたカレン――の姿を借りた何者かが、右手に載せた六粒の透明なビー玉を転がしながら立ち尽くすエリカに語りかけた。


 実物と異なり露わになった左も含め、両目で見降ろす視線には感情が宿っていない。


『ようこそエリカ・バロウズ様。私はこの仮想現実空間においてあなたの強化訓練を担当することとなる人工知能、個体名称リリウオカラニです。以後よろしくお願いいたします』

「へぇ。ご主人様の見た目に合わせて随分と上からだな、物理的な意味で」


 言いつつエリカは自身の手が気づかぬ内に“レッドラム&ブルービアード”を握っていることを知覚した。当然彼女は【解放】などしていないはずだ。

 仮想現実であるが故に順序を歪められた結果だろう。

 最初から強制的に戦闘態勢を取らされている現状。相応の緊張と警戒を軽口に滲ませながら、とりあえず話を前に進める。


「んで、あたしは何すりゃいいんだ」

『それでは早速説明に入ります。あなたの訓練内容は、簡単に述べるなら特殊な的当てです』


 リリウオカラニの発言に合わせて空中に図面が表示された。


 赤色の丸、破壊。

 青色の丸、拘束。

 緑色の丸、回避。


 その図面だけで課せられた訓練がいかなるものかは何となく推察できる。


『これより赤、青、緑に変色させたこれらの玉を不規則に動かしますので、あなたには緑色の玉を回避しながら赤色の玉を破壊し、青色の玉の動きを止めていただきたい』

「青色に対する拘束って言葉の定義はどの程度の広さだ?」

『例えば【チェーンバインド】での固定。あるいは凍結、砂状の物質で覆うという手段』


 言って、リリウオカラニは青く変色させたビー玉を一つ指でつまみ上げた。


『何となれば魔術を用いない手法でも、動きを封じ込めることさえできれば構いません。ただしそれで青色の玉が損傷した場合、または魔術の効果で発生した質量に緑色の玉が触れた場合は失敗として扱います』

「そうか」


 緑色の玉に接触する可能性を考慮すると、恐らく的確な判断力と強靭な集中力が求められる訓練内容。それも六粒あるビー玉の中から何個がどの色になるかで難易度も大幅に変わるだろう。

 それぞれの的の位置関係と色を瞬時に見切りながら、ただでさえ小さいビー玉を慎重に正確に撃ち抜かなければならない。



――などという殊勝な考えをするほどエリカは真面目ではなかった。



「ルールはそんだけか?」

『はい。あなたが今の説明をどのように解釈したか、おおよそ想定した上で訓練内容の説明は以上となることをここに告げさせていただきます』

「あたしが言えたこっちゃないが性格悪いなぁ、お前」


 あるいは本当に性悪がいるとしたら、その背後にいるご主人様か。


 苦笑しつつエリカが双銃を構え、リリウオカラニは六粒のビー玉を空中で旋回させ始める。

 やがてそれらの玉が赤、青、緑へと変色していった。


 赤が三粒。

 青が二粒。

 緑が一粒。


 まずはお手並み拝見、と言わんばかりに優しい配分だとエリカが見抜く。


「んじゃ、始めるか」

『これよりエリカ・バロウズ専用訓練を開始します』


 空中に表示される図面が一つ追加された。十個並ぶ四角い印が一秒につき一つずつ減少していく。

 カウントダウンらしいその図形の数が減っていく中、エリカは律儀に待つようなことをせず両足に魔術円を展開して跳躍した。


「実戦でわざわざ合図してから襲いかかる敵なんざいねえぞ!」


 足首に絡ませた魔術円から噴射する魔力でリリウオカラニに突撃するも、彼女は彼女で想定していたのかふわりと斜め後方に回避する。

 最小限の動きでエリカが想定していた攻撃の有効範囲から即座に離れるその技量は、明らかに作り物の人工知能が再現したものとして破格の性能を有していた。


『私もその無意味な表示を開始の合図とした覚えはありません』

「マッジで性格悪いなお前!」


 ともあれリリウオカラニの手元にあるビー玉を全て手づかみで奪取するという狼藉が防がれた以上、次なる手に出る以外ない。

 徹頭徹尾、エリカの脳内に「言われたままに的当てに興じる」という選択肢は浮かんでいなかった。



   *     *     *     *     *     *



『最後、三角錐と円柱が追加されます』

「わーわーわー!」


 晴れ渡った無人の都市という特殊な空間で、様々な形状の物体がビルの狭間から飛び出しては空中で静止する。

 大きさは両手で持ち上げられる程度。赤く透明なそれは何らかの結晶体にも見えるが、仮想現実上のオブジェクトに過ぎないため鉱物としての名は持たない。


 それらに対して焦った様子のミアが“イントレランスグローリー”を山吹色に輝かせながら、急ぎ魔術を発動した。


 既にミアの周囲には同じ物質で構成されていると思しき球体と正八面体、四角柱と円錐がそれぞれ浮遊している。表面にはミアがかけた支援魔術の術式が山吹色の光を帯びながら貼りついていた。

 術式は物体の形状によって異なるようで、追加された三角錐と円柱にも別の魔術が使用されていく。


『お疲れ様でした、ミア・ボウエン様』

「はぁっ、はぁっ……」


 カレンと同じ姿を纏うその人工知能は、自身をフアナと名乗った。


 彼女がミアに課した訓練は、指定された形状のオブジェクトに指定された支援魔術をかけるというもの。

 曰く「近接戦闘における格闘技術と第四魔術位階による遠距離攻撃は本質からずれるため省略する」とのことだ。既に基礎が固められているため指導する余地がないとも言える。


 ミアに必要とされるのは後方支援としての役割が主である、というのがフアナの意見らしい。

 一応は親に多少無理を言って習った呪文詠唱と併用する格闘技、カサルティリオを不要と言われたようで不服ではあった。が、そこに強くこだわって到達すべき点に辿り着けないとなっては本末転倒である。


『ある程度まで対応できるようになってきましたね。良い傾向です』

「あ、ありがとうございます……」


 そしてこの各オブジェクトに個別で支援魔術を付与するという訓練自体は、恐ろしく過酷と言えた。

 実際の肉体に強い負荷がかかったわけではない。だが対象の形状を瞬時に見極めそれらに応じて異なる術式を構築し、他の術式も維持しながら次へと移るという一連の流れは、逓増していくタスクで脳を圧迫し続けるのだ。


『ここまでにお見せしました六種類で形状は全てとなります。種類ごとに異なる支援魔術を付与する、という条件をよくぞ満たしましたね』


 賞賛の言葉にしかしミアは喜べない。


「……私、やっぱり支援役しかできないんでしょうか。戦力として、不足なんでしょうか」

『というと?』

「こないだ[十三絵札]と戦って思い知らされたんです。私の格闘技術と第四魔術位階は、本当に強い相手には通用しない。そして支援魔術を仲間にかけても得られる効果は微々たるものだった」


 カサルティリオを習ったのも、最前線で戦う力を身につけるためだ。


 だが上を見ればそこにあるのは殴りつけても拳が砕ける未来しか見えない怪物の巣窟。いつも効果的な一撃は他の仲間に任せてきたし、排斥派との戦いでバイロンを討てたのもレオの協力があってこそだった。

 高い身体能力など持っていて当たり前。魔力に至っては切れる時がままある。圭介のような行動選択肢の多さもエリカのような第六魔術位階による高い汎用性もユーのような突出した攻撃力も、ミアにはない。


「思うんです。こんなんでこれから先、通用するのかなって」


 何もかもが中途半端な自分に対する嫌悪感はどうしても拭えずにいる。

 人工知能しかいない空間で手応えよりも疲労を感じる訓練を受けたせいか、直近のルドラとの戦いで不甲斐なさを感じたままここに来たからか。


 言ってしまえばミアは落ち込んでいた。


「ここで支援魔術をあっちこっちに散らばらせても、私は」

『それは正当な自己分析ができていないからそう感じるだけです』


 フアナが冷徹に、それでいて責め立てるような気配は伴わずに言葉を挟む。


『仮に私が貴女の敵だとした場合、貴女のことは極めて厄介な相手だと認識しますよ』

「……そう、ですかね」

『グリモアーツ“イントレランスグローリー”が盾の形状をしている事実。これをどう捉えるか、思考を巡らせてみてください』


 グリモアーツの形状。思えば深く考えたことがない。


 中等部で受けた授業では個人の適性に応じて独自の形状を得ると聞いたが、ではミアの適性とは何なのか。


 深く考えようとしたところにフアナの無慈悲な声がかかる。


『ではチュートリアルを終了致しましたので』

「え? は? なんて? ちゅ、チュートリアル……?」


 ミアの戸惑いを無視しながら、彼女は手をすっと横に振るう。


 途端、眼前のビル街のそこかしこにある隙間から無数のオブジェクトがわらわらと出現した。


『ここからが本番となります。範囲はこの都市全て、オブジェクトも不規則に動きを変えますので頑張って対応してください』

「……………………」

『頑張って対応してください』


 視界に入るだけでも四十は越えるであろう数の赤い水晶を見つめながら、ミアは心のどこかでダアトが強化合宿の開催を持ちかけた理由に納得した。


 こんな無茶苦茶は、騎士団学校ではやらせてもらえない。



   *     *     *     *     *     *



 吹きすさぶ雪風があらゆる熱を奪う雪原では、全身のあらゆる箇所に傷を負ったユーが“レギンレイヴ”を構えて敵と対峙していた。


 無数の枯れ枝が絡み合って巨大な狼を象った存在。もはや象と変わらない大きさのそれが視界に映るだけでも四匹。

 他にもウサギや小鳥、馬などといった動物のような枯れ枝の集合体が無数に点在している。


 圭介がいれば何という名前のモンスターなのか訊かれたかもしれないが、そもそもこれはモンスターではない。


『お見事。この早さでその個体を引きずり出すとは』


 計算が狂いました、と率直に感心した様子でユーの訓練を担当する人工知能のラズィヤが拍手する。


 そのパチパチという音を聴いても小馬鹿にしているのかと憤りを覚えてしまう。


(このよくわからない動物の群れ……どれもこれも厄介過ぎる)


 最初は事前の忠告すらなく足元から無数の枝に襲われた。

 急いで避けようとしたものの低温環境における身体への負荷まで忠実に再現したのか、反応が大きく遅れて三ヶ所ほど浅く刺されてしまった。痛みまでしっかりと感じる中、現れたのは枯れ枝を組み合わせて作られた一頭の鹿である。


 そこからは徹底して地中と空中からの不意打ち、唐突な新種の追加、攻撃しても防御しても肌を切り裂きに来る尖った枯れ枝が容赦なくユーに襲いかかってくる。


 何よりも脅威となるのは最初の一撃を食らった要因でもある低温環境の再現だ。


 体の動きの幅が狭まり、雪に足を取られて動きづらいことこの上ない。


『頭上注意ですよー』

「っ!」


 一応はラズィヤの言う通り真上から奇襲してきた鳥を断ち切る。が、その断面から急に新しく生えた枯れ枝が振り上げた両腕に新たな刺し傷を作った。

 これでも【鉄地蔵】で肌の表面に薄い魔力の鎧を纏ってはいるはずだ。しかし奔放に生えてくる枝は想像以上の強度を持ち、彼女の体を傷つけていく。


 そして上段へと刀身が移動した隙に全身突起だらけの猿が三匹、別々の方向からユーに掴みかかろうとしてきた。


「くっ!」


 うち一匹は脛を細かく刺されながらも蹴り飛ばせたものの、残り二匹がそれぞれ背中と左大腿にしがみついてこれまた複数の傷に繋がる。

 仮想現実での出血は大した問題ではない。ただユーにとって困るのは動きを大きく制限された点だ。


『ありゃりゃ、これはダメそうですかね』


 挑発するようなラズィヤの言葉に応じたものか、巨大な狼は外観にそぐわない俊敏性でユーに体当たりを見舞う。

 とんでもない威力での攻撃を防げず、二匹の猿も引き連れながらユーの体が空中に弾き飛ばされた。


 悲鳴を上げるだけの余裕もない。強い衝撃に薄れかけた意識を総動員して空中で背中の猿を腕力で無理やり引き剥がし、左大腿にしがみついた猿の顔面に“レギンレイヴ”を突き立てた。

 武器をレバー代わりとして傾けることで体の角度を調整し、棘の生えた猿が下にならないよう留意して落下する。

 そこまでの動きに時間をかけたせいかうまく着地できず、直立に近い体勢で地面に到着したため両足に全身の重みが加わった。


 細かな傷が痛みを何倍にも増幅してくれたせいで視界が赤く染まり、ただでさえ寒さで動きが緩慢になっている中で更に咄嗟の反応が遅れる。


「【鏃】」


 刀身から放たれる魔力の矢で猿を強引に吹き飛ばし、脚部に裂傷を負いながらも二度目の突進に備える。


 この場所に来てからここまで、ラズィヤはユーに具体的な訓練の内容を一度も告げていない。


 ただ極寒の空間でひたすら傷つけることに特化した敵を次々と提供し続けるだけである。これをどう解釈すべきかユーには判断しかねたが、憶測していないわけではない。


(わざわざ言う必要がないか、あるいは言わないことも含めての訓練なのか)


 ただ一つ言えるのは、個人の適性に合わせた結果ユーの訓練内容がこれになったということ。

 圭介とは別にユーもカレンとは面識がある。あの思慮深い客人の長が無茶な訓練はともかく、達成不可能な目標を押しつけるとは考えにくい。


 何にせよ、今は戦いの中でヒントを得るしかなかった。


「【弦月】!」


 突っ込んできた狼の体を横一文字に断ち切ったものの、放り出された上半分が空中で三羽の鳥となり、下半分は適度な大きさの狼に再構築される。

 鳥を“レギンレイヴ”による横薙ぎでまとめて斬り、狼をローキックにより蹴り砕く形でそれぞれ対処した。


 が、与えた衝撃以上の勢いで弾けた枯れ枝が破片となって頬を掠めた。

 万が一鼻の穴にでも入っていれば呼吸を遮られむせ込んでしまい、その隙に囲まれてまた無数の傷が増えてしまうだろう。初見でのダメージが頬だけで済んだのは本当に幸運と言えた。


(斬ったら他の動物に変わるパターンまで出てきた……!)


 斬れば解決する相手ですらなくなった以上、ここから更に難易度が上がる。

 腹立たしいことに呆れ顔のラズィヤが、地面から生えてくる無数の敵の奥で呑気にあくびしていた。


(腹立たしい……?)


 だからこそ気づきかける。


 眼前に迫る鹿と猿を両断して駆け抜けた。

 増えていく傷や寒さよりも訓練の意図に対して思考を巡らせながら。


 実際のところ。


 彼女の訓練は、まだ始まってすらいない。

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