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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第三話 第〇九一砦

 窓の外に流れる風景は休憩所として設置された東屋がぽつぽつと点在する草原。

 更に奥へと視線を移せば遠く連なるウォルバラインの山々に、山麓にブナやオークといった木々を並ばせる植林地帯が、大気に含まれる水分で青く霞んでいる。


 早朝と呼ぶほどの時間帯ではない。朝焼けは既に去り、空はただ細かな鱗雲を漂わせるばかりだ。

 風は大人しく、そこかしこに生えている背の高い雑草が冬に向けて己の緑を茶色へと変化させていた。アガルタ王国では秋の風物詩とも言えるヒアナバチという人間に無害な蜂が、名の通り緋色の体を宙に踊らせる。


 王都メティスが城壁の外、第三メノウ街道。


 この日、圭介が所属するクラスの面々は装甲バスに乗って城壁の外へ出ていた。


 目指すはステラ平原とそこで足止めを受けている移動城塞都市ダアトだ。

 特別強化合宿のためにほとんどの生徒が参加を希望し、有名人たるカレン・アヴァロンからの指導を心待ちにしている。


「はい僕のアガリィ! 雑っ魚、エリカ雑っ魚!」

「クソテメゴラちょっと待て何かインチキしてんだろ殺すぞ!」

「何か僕がインチキしたっていうそういうデータとかあるんですか?」

「黙りやがれ。そっちがその気ならあたしだって本気出すからな。まず次一位になった奴を全力で殴るとここで宣言しておく」

「んな華奢な腕で殴って通用するのモンタ君くらいなもんだろ」

「何で俺だけゴミみてぇな強制外交の対象になってんだよ」

「エリカちゃん、とりあえずカード戻してシャッフルしよっか」

「楽しそうにしてるとこ悪いけどエリカがドベに決まっただけでケースケ君も下から二番目だからね。一位はユーちゃんだからね」

『どうして不正行為を働きながらそこまで勝てないんですかマスターは』

「エリカの邪魔に徹し続けたから……」

「オイ!」


 しかしバスの中で雑談や遊びに興じる学生一同は、今この時に限って言えば友人との楽しい時間を全力で味わっていた。

 圭介らパーティとモンタギューの五人の他にも、窓の外の景色を“カレイドウォッチャー”で撮影しているコリンの姿が視界の端に映る。


 何せ楽しみにしていた文化祭一日目に水を差されて幾分白けてしまってからの唐突な合宿である。追加された学校行事を全力で貪るため、彼らは各々の青春を謳歌するべく互いに互いへの協力を惜しまない。


「でもミアちゃんはレオがいなくてちょっち残念じゃねーか? せめて同じバスに乗り合わせるくらい許してくれりゃいいのにな」

「そりゃアイツは生徒じゃないんだから、こっち来られないでしょ」

「ダアトから来てた客人だっけ? 俺ぁ文化祭ン時のいざこざからしか知らねえが、まさかあんたが外に彼氏作ってるたぁ予想外だったぜ」

「色々あってね。まあ滞在中に一緒に出かけたりとかしたし、これでお別れってわけでもないから平気だよ」


 言いながらも笑みに少し寂しげな色を帯びるミアが次にカードを配るべくシャッフルし始める。


 ダアトからの来訪者たるレオは現在、カレン・アヴァロンからの急な呼び出しを受けて帰投していた。曰く騎士団学校の生徒らに施す特別強化合宿の準備を手伝わなければならないらしい。

 別れが延期されたかと思えば急に戻されてしまうという理不尽な扱いに思うところもあれど、決定事項に反発するだけの権限も妥当な理由もなかったので仕方なく今朝ホームから彼を見送ったのが三時間ほど前の出来事だ。


 向こうでまたすぐ会えるのだからと強がってはいたものの、ダアトへの帰還はメティスからの離脱を意味する。

 ここでの別れにはミア以外のパーティメンバーとしても多少の抵抗があった。


『そろそろ最初の休憩所、第〇九一砦に到着しまーす。お手洗いやお買い物等のご用事あるようなら先に済ませてくださいね』


 しばらく走り続けたところで運転手がマイク越しに休憩時間を告げる。

 すっかり染まり切った圭介はもはや異世界にパーキングエリアが存在することに一切の違和感を覚えない。ただ「こっちの方角にあるパーキングエリアは初めてだな」程度の認識で窓の外を眺めるだけだ。


 第〇九一砦と呼ばれるそこは、砦としての役割こそしっかり果たしているようだったが店舗やトイレは小さな建造物にこぢんまりとまとめられていた。

 日本のそれと比べてはっきり言って貧相な印象だったが、そこかしこにモンスターが生息している世界なら寧ろパーキングエリアの部分こそが余計なのだろう。


 バスが停車して前方のドアが開くと、我先にと生徒らが降車し始める。


「僕らも行こうか」

「俺もトイレに用事はねぇが降りる。外の空気吸いてえ」

「あー、私も。吐きそうなとこまではいかないけど、しんどい」


 モンタギューとミア、二人の獣人がうんざりした表情で呟きながら降車した。嗅覚が他の種族より優れている彼らにとって車内の空気は独特な臭いを含んでいるらしい。


 用を足してからパーキングエリアの中を覗いてみると、圭介が知っているそれと比べて店舗も食堂もこぢんまりとした造りだった。


「記念にお土産とか買っていこうかと思ったけど王都でも買えるようなのばっかだな」

『この第〇九一砦の印が入ったTシャツなどはどうですか?』

「誰も着ないんじゃないの。モンタくーん、そっち何かあった?」

「俺が買うもんとしては野菜スティックくらいしか置いてねえな。でも砦の販売所なんてよっぽどデカい有名どころでもなきゃこんなもんだろ」


 どうやらそこまで砦に商業施設としての役割が求められていないらしい。主要な用途は防衛なのだから当然と言えば当然である。


 野菜スティックも小さいプラスチック容器に入れられたものが三つほどしか置かれていないが、モンタギューはそれを当然と受け止めている。


「マジで見るもんないなぁこっちのパーキングエリア……ん?」


 少し物足りなく思いながらマイナーな企業が作ったのだろう見たことのないスナック菓子を物色していると、視界の端で二人の若い男がペットボトル飲料片手に話しているのが見えた。


「……騎士団学校の生徒がやたらといるけど何かあんのかな」

「あれじゃね、遠方訪問みたいなのやってんじゃね?」

「俺らン時は夏休み前だったはずなのに随分と時期が遅いなぁ。それとも遠方訪問自体はもう終わってるけど追加でそういう行事ができたとかかね」

「そういう行事って何よ」

「そりゃあお前、ラステンバーグであんなんあったんだから。騎士団学校としては遠出してでも生徒強くしなきゃカッコつかないんじゃないの」


 ほとんど正解と言っても構わない分析だ。一般人の間でも騎士団学校の動きが簡単に推測できる程度には、世の中物騒になってきているということだろう。


 ラステンバーグ皇国での皇帝殺害とおぞましい過去の暴露。

 あまりにも大きな規模のテロリズムとスキャンダルに大陸各国も反応を示さないわけにはいかず、それぞれが国防の備えを強化している。


 数少ない救いとしては、これまで[デクレアラーズ]との衝突にあまり積極的ではなかったハイドラ国王のルフィノが、ルドラによる大量殺戮と大破壊を見て認識を改めたことであった。


 報道陣の前で彼は先の事件を「決して許されるべきではない事」と断言し、第二次“大陸洗浄”に対する否定的な意見を表に出した。

 そして[デクレアラーズ]による被害が少ないハイドラの戦力は現在、友好国への軍事提携という形で大陸中を旅人のように渡り歩いている。当然そこに一切の政治的意図が介在していないはずもないが、難しい話は庶民の領分ではあるまい。


 いつかテレサやヘラルド、ウーゴにエメリナとも再会できる日が来るかもしれない。そんな程度に圭介は自身の認識を留めていた。


 今はとにかく自分の力不足を補わなければならない。


「ねえアズマ。師匠ってこれまでも学生に訓練つけたりとかってしてたの?」

『いいえ。過去に一度もそのような事例はありませんでした。なので彼女にとっても今回の試みは不明瞭な点が多いことでしょう』

「……考えてみたら僕もゴグマゴーグ相手に死ぬ直前まで追いつめられてようやく修行の成果をモノにできたくらいだし、サクッと簡単に強くなれるとは思わない方がいいのか」


 何となればその修行の成果のせいでオアシスを一つ駄目にしている。水の刃を会得する上で支払った代償は大きい。


『それも今回のみならず、他のクラス、他の学年も対象となります。相応に負担となるのは間違いありません』

「大丈夫かな、あの人」

『それでも必要と判断しての事であれば相応に備えた上で臨んでいるでしょう』


 圭介よりもカレンを知るからかアズマの言い分は断定的だ。

 心配する必要がないのなら何よりだが、圭介が彼女の立場だったらそのような大仕事を率先して受けたいとは思わない。増してや自ら提案してまでとなると埒外の世界である。


『それとこれは憶測に過ぎませんが、焦りもあるかと』

「ん? というと?」

『第二次“大陸洗浄”が始まって以降、誰も[デクレアラーズ]の目論見を完全に防いだという実績を出せていません。加えて多くの人々はどちらかと言えば彼らの方針に肯定的です』

「まあ、ぶっちゃけ僕も殺すのはともかく悪人ぶっ飛ばすくらいならスカッとするのはあるし、わかるけども」

『このまま進めば逆に彼らと戦うことに否定的な勢力も出てくるでしょう。国の判断や法律がどうあれ、迂闊に戦えば護るべき民衆から妨害を受ける。事実として先日の文化祭では[デクレアラーズ]に属さない学生が構成員を保護していました』


 エルランド・ハンソンの件について言及されたことで、圭介もあの時戦った面々を思い出す。


 悪徳な企業、権力者、いじめの実行犯。

 そういった者達から被害を受けてきた面々は一切の迷いなく[デクレアラーズ]に協力し、♦の札に命じられるままに圭介と敵対した。


 いずれ大衆から妨害を受ける、と考えられる論拠はそれだけではない。


 未だにラケルという[デクレアラーズ]に属する謎の動画投稿者はサイト運営企業からのアカウント削除を無効化しながら、おぞましい内容の動画を投稿し続けている。

 圭介は見ていないが死体の加工方法に関する解説や犯罪を犯した未成年者への暴力を伴うインタビューなど、人徳に反する行動を嬉々として発信しているという話だ。しかもかなりの高評価とチャンネル登録者数を得ているらしい。


 そしてラケルという名前は♦のQのモデルとされている人物、旧約聖書に登場する女性を指す名称だった。

 まず間違いなく[十三絵札]の一人と見ていいだろう。いかなる魔術を使うのか定かでないが、今ネット越しに得ている支持をそのまま兵力に変換されようものなら手がつけられない。


 奇妙な話、[デクレアラーズ]の戦力は[デクレアラーズ]だけではないのだ。

 だからこそ早い段階で[デクレアラーズ]に対抗できる人員を増やす必要があるのだと、カレンも思い至ったのだろう。


「……ま、深く物事考えるのは偉い人に任せるとしようか。いつも通りにね」

『それが賢明でしょう』


 合宿でどのような訓練を受けさせられるのかという不安もあれど、案外地獄を見せるような真似はしない人だという信頼もある。

 今はとにかく自分の思考に飲まれないよう努める時間だと割り切って、スナック菓子の袋を一つ手に取ってセルフレジへと向かう。


 後にこの「深く物事を考えるのは他人に任せよう」という判断を、圭介は改めることとなる。

 しかしそれは後の話。今はただ、師匠たるカレン・アヴァロンから与えられる試練を待つばかりであった。

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