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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第二話 期待と不安

「季節がすっかり秋に移行した今、冬に備えて人を襲うモンスターなども散見されることと思います。皆さんどうかお気をつけて。戦闘能力がある場合でも、正式に依頼を発注していない状態で倒さないようにしてくださいね」


 アーヴィング国立騎士団学校の教室にて、今日も一日の終わりを告げるホームルームが行われていた。

 圭介らのクラス担任であるバーバラが注意事項を並べるが、実際にモンスターと遭遇した騎士団学校の学生は多くが依頼の有無を問わず迎撃する。それを治安維持のための必要悪と割り切ってか言葉に重みはない。


 他にも地域のイベントや落とし物の報告などが続く中、圭介としては早く校舎から出たい気持ちが強くあった。


 対人戦闘の実戦経験をうまく積めないとなれば、今度はより強力なモンスターなどの討伐依頼を受けることでせめて戦闘能力向上のための訓練としたい。

 もはや公共施設での訓練では力の成長を実感できないところまで来ている。ある程度危険なところまで自身を追い込まなければ、という焦燥が圭介の胸中に渦巻いていた。


「それとこれは最後に伝えるよう校長先生から言われていたのですが」


 ようやく最後の話題か、と顔を上げたところにとんでもない話が舞い込む。


「近々、移動城塞都市ダアトにてカレン・アヴァロン氏から皆さんのために特別強化合宿を実施するとのことです」


 それまで向けていなかった熱が、一気にバーバラの声へと集中するのを感じた。他のクラスメイトらも揃ってざわざわと騒ぎ始めている。

 あの“大陸洗浄”を終結させた英傑とも言える客人が、上級生をも無視して自分達を指導しようとしているのだから当然と言えよう。


 急な話に声も出せず、ただ口をあんぐりと開けるしかない圭介の耳に話の続きが届いた。


「皆さーん、お静かに。……えっと、まずこのお話はダアトから我が校に送られてきたものでして。先に言っておくと一応参加は自由参加、日程は二泊三日となります」


 言いながらバーバラは手元の用紙を確認している。どうやら前もって情報をメモしておいたらしい。


「目的としては、昨今の第二次“大陸洗浄”による被害の規模は無視できないところまで来ているため、アーヴィング国立騎士団学校の生徒に特殊な訓練を受講させることで非常時に対処できる戦力を整えておきたいと。そして……」


 一瞬、読み上げながらも視線がメモから圭介へと移った。


「……以前簡単にですが指導したトーゴー・ケースケ君とユーフェミア・パートリッジさんが在籍する我がクラスから順番に、特別強化合宿でカレン・アヴァロン氏から直接訓練を受けてもらいたく連絡したとのことです」


 コリンの話を思い出す。


 確かダアトは移動経路を破壊されたことで立ち往生している状態であり、このままでは次の目的地に移動するまで相当な時間が必要となってしまうらしい。

 その状態でカレン・アヴァロンは何を思ったか外部から何らかの品を大量に輸入したという。どういった狙いか読めずにいたが、今回の話を聞いてなるほどと思える部分があった。きっと訓練に必要な物資を揃えているに違いない。


 何にせよ喜ぶべき話である。


 恐らく先日[十三絵札]の一人であるルドラ・ヴァルマと接触し、熾烈な戦いを経てどうにか生き残った圭介ら勲章受勲者のニュースを聞いて決断したのだろう。

 一応強くなるきっかけを模索していた立場としてはありがたい申し出だ。鍛えてもらえるなら鍛えてほしいし、それは早ければ早いほど良い。


「それでは記入用紙を配布します。参加希望者は参加のところに、不参加の人は不参加のところに丸をつけてください」

「おいおいマジかよ」

「ダアトかぁ。行ったことなかったなあ」


 最前列から背後へとプリントが運ばれる中、話し声が少しずつ増えていく。

 移動城塞都市ダアトは一ヶ所に留まらない。普段はその巨大な輪郭を視界に入れることすら珍しい場所に向こうから呼ばれたとなれば、何となく楽しみに思う者も出てくるのは当然と言えた。


(でも絶対厳しい訓練受けさせられるよな、これ……)


 カレンは無理難題を押しつけるような真似などしない。仮に成果が身につかなかったとしても己の指導力不足と受け止める類の師だろう。

 だが妥協や手抜きは許さないし容易に見抜く。観光気分で“参加”と書かれた部分に丸をつけている連中がこの後どうなるか、不安を覚えないでもない。


「なあなあケースケ。お前とユーちゃんは行ったことあんだろ。聞きそびれてたけどカレンさんとやらはどんな修行つけてくれたんだ?」


 複雑な心境の圭介に、隣りの席からエリカが話しかけてきた。


「あの……アルミホイルで玉作ってた」

「ゴミクソ!」

「いやマジなんだって。それのおかげでゴグマゴーグ倒せたんだって」

「ホントかよ~お前それウソだったらこないだ公園のトイレの裏に生えてたキノコ食えよな~」

「仮にウソだったとしても絶対に食わせたらいけないもん出すな」

「それでは以上でホームルームを終えたいと思います。皆さん、お疲れ様でした」


 文化祭が終わってすぐまた次の話題が出来たことに浮かれるクラスメイトの声に包まれながら、圭介はその場で記入用紙に丸を描く。


 当然、参加を希望した。



   *     *     *     *     *     *



 観光地として有名なサガ共和国のユングビーチは今、シーズンを終えて閑散としていた。

 店舗の大半は撤収し、客も商売人もいない空間に残されたのは砂埃を被ったビーチチェアが四つほどのみ。うち一つは布が破れていて使い物にならない。


 そんな珊瑚と夏の死骸によって構成された白い砂浜を、二人の人物が特に感慨もなさそうに踏みしめている。


 一人は[デクレアラーズ]の首魁たる“道化の座”アイリス・アリシア。

 一人はその部下にして先の戦いで負傷した[十三絵札]が一人、“オジエの座”ルドラ・ヴァルマ。


 確かに聴こえる波の音こそが静寂を示す矛盾のような何かで満ちた空間を、アイリスの声がするりと断ち切る。


「あの子が動いた。よりにもよって、アーヴィング国立騎士団学校にコンタクトを取るという形でね」


 普段であれば何かを悟ったような微笑みを浮かべているはずの彼女だが、今は珍しく不機嫌そうな無表情だ。

 彼女にあの子と呼ばれる相手がカレン・アヴァロンであることを知っているルドラはアイリスの代わりにというわけでもなく、宥める意図と気まずさへの誤魔化しが入り混じった笑みで応じる。


「それは大変だ」

「先の反省を活かして[十三絵札]だからと単独で向かわせるわけにもいかない。しかし人員を招集するにしても時間が必要となる。何よりあの子の相手は、例え“王の札”が四人がかりで挑んでも厳しいところだろう」


 当然のように彼我の戦力差を口にするアイリスに、ルドラは内心戦慄した。


 簡単に言ってくれたものだが、中規模国家であれば単独で壊滅に追いやれるであろう“王の札”が四人全員で協力しても倒せるとは限らないなど本来ならあり得ない話だ。

 これだけ機嫌の悪さを隠さずにいるアイリスがつまらない冗談を言うとも考えにくい。そんな危険な相手が敵対的な立ち位置にいるというのは純粋に恐怖だった。


 そして、それほどまでに強大な敵を前にゴグマゴーグをけしかけるなどして干渉してきた彼女の精神力にも舌を巻くばかりだ。


 何かとんでもない、人智の及ばない領域での戦いに巻き込まれている感覚さえ得てしまう。

 至近距離で大鯨の目が開く瞬間を目の当たりにした小魚のような気分を抑え込むために、自然と相槌のような軽口が出る。


「俺達の後追いが増えて第二次“大陸洗浄”も少しは楽になりましたが、まだまだ仕事はあるもんですなあ」

「その後追いに該当する勢力を巻き込むのも有用な一手ではある。しかしあの子と東郷圭介の二人に限っては最低でも絵札一人を関わらせなければ不安が残る。何せボクの【ラストジーニアス】が通用しないからね」

「……ホント、困ったものですよ」


 アイリスに虚言も虚勢も無意味と知るがゆえに、ただ思ったままを口にした。


 優れた念動力魔術の使い手には例外的に【ラストジーニアス】が通用しない。以前も聞いたその話が、早い段階で明確な問題となって立ちはだかっている。


「ダアトでの特別強化合宿、か。理由をつけてはいるものの主目的は東郷圭介の強化だろうね。中での様子を観測できないのは極めて不安だが放置もできない」

「どうします? 絵札総出で取り掛かるわけにもいかないでしょう」

「今回の目的は主に偵察だ。加えて具体的な計画を実行する上で必要な人員も既に決まっている」

「へえ。というと?」


 ルドラの促しに応じるかのように、アイリスが指先を虚空へと向けた。

 次の瞬間、指先からカードが三枚出現して空中に留まる。均等な距離を置いて横に並んだそれらは全て同じ数字を示していた。


「まず♣、♥、♠の8をそれぞれ引っ張り出そう」

「いずれも第一次“大陸洗浄”で活躍していた連中ですね。戦闘能力はもちろんのこと、モチベーションや状況判断においても申し分ない」

「しかし当然これだけでは足りない。相手は綱渡りのような形と言えども君を退けた東郷圭介だ」


 先の戦いでの無様を思い起こされて、不服さが表情に出るルドラを放置してアイリスが続ける。


「なのでここに、彼を足す」


 次いで出現した札を見て、今度は別の理由からルドラの眉が激しく歪んだ。


 示されたのは、♦のJ。

 これが意味するところとは。


「……あの、お言葉ですけど我らが道化」

「今回最も必要なのは引き際を見極める力と移動速度だ。言っては何だが今回の任務、君達“騎士の札”において彼以上の適任はいない」


 選ばれたのは“ヘクトルの座”ことフェルディナント・グルントマン。

 装甲列車のグリモアーツ“ヨルムンガンド”を駆る、自称世紀の大怪盗であった。


「しかし万が一ということもあるでしょ」


 そんなフェルディナントの出陣にルドラが否定的なのは、戦闘能力に不安があるからなどという短絡的な理由からではない。

 フェルディナント及び“ヨルムンガンド”は[デクレアラーズ]にとって移動の要だ。もしも彼が敗北し、拘束されるかあるいは最悪死亡した場合、計画の進行に甚大な遅延が生じてしまう。


 戦う力でしか存在価値を示せない、♠の札特有のコンプレックスが彼の中で生じた焦燥感をより強めていた。


「君の言い分はわかる。賛同もできる。可能ならボクも行かせたくはない」

「だったら……」

「しかしダアトに向かう以上、直接的な戦闘能力よりも確実に撤退できる機動力が求められる。速度という一点に限っては“王の札”に比肩するだろうフェルディナントを向かわせるのが最も効率的だ」


 アイリスの意見はどこまでも冷静で冷徹だ。ぴくりとも動かない無表情にいっそ苛立ちすら覚えそうになるが、ルドラとて彼女の意見には賛同するしかない。


 カレン・アヴァロンは怪物だ、とアイリスから何度か聞かされている。


 物を動かす念動力魔術を極めた客人。東郷圭介すら足元にも及ばない彼女と直接戦うとなると、例え“王の札”であっても勝ち目は薄い。

 ダアトという場所は[デクレアラーズ]にとってあまりにも特異な虎穴だった。


「う、うーん……。納得は、できましたが。しかしせめて他の“騎士の札”も一緒に行かせるべきでは」

「“ラハイアの座”は簡単に動かせない。光清は監獄都市コンコルディアの襲撃計画を実行中だ。そして負傷している今の君は向かわせるべきではない。言いたくないが、そのまま突っ込んでもあの子に殺されるよ」


 自身の不調を理由にされてルドラが名状しがたい感情に思わず口元をムズムズと動かす。


「“妃の札”には裏方に専念してもらわなければならず、“王の札”は数札及び()()()の統率に集中させている」

「うむぅ」

「ボクが行く、と言えれば良かったんだが……あの子がいてはね。なので現状動かせる人員の中でも最も生存確率の高い彼に、強制的に回収できる程度の少数精鋭をつけて送り出す運びとなった」


 無表情に宿る感情はいつもの道化が見せない形をしていた。彼女がこうして不愉快さを隠さず見せてくること自体、通常ではあり得ない。


 それだけダアトが、カレン・アヴァロンという客人が危険であるということ。


「頼むから、最悪無傷じゃなくてもいいから帰ってきてくれよ……」


 損傷した体を修復することに専念しなければならないルドラは、もはや祈るしかできなかった。

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