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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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幕間 駒

 壁も床も天井も、例外なく青と青紫が紛らわしく入り交じる景色に鮮やかな赤が付け足されていく。

 ラステンバーグ大宮殿の地下は今、とある駒とその仲間による反逆によって混乱と騒乱の最中にあった。


「おぇえげええええェェェェ!」

「ちょ、やめ、あっ」

「殺さないでください! 俺、俺には娘ががげぎゃごべば」


 ルドラが腕とグリモアーツを振るうだけでこれまで数々の命と尊厳を蹂躙してきた男達が死んでいく。

 ある者は潰れて、ある者は砕けて。笑ってしまえるほど無様に呆気なく。


 実戦を通して極めた重力魔術を前に彼らは等しく無力だった。


「やめっ、いの、命だけはひゃぎぃ」


 飛ばした“チャンドラ”の一つが情けなく許しを乞う小男の右頬と首の一部を削ぎ落とし、一つが左側の腹部を裂いて中身を外へと露出させる。


 余裕があれば確実に仕留めたいところだったが、今すべきは後ろからついてきている仲間を可能な限り一緒に連れて逃げ出すことだ。出口までの道のりは長く自身の魔力も無限ではない。

 確実に殺さなければ邪魔になる位置にいるならともかく、そうでない相手は追跡ができなくなる程度までで構わないと判断し捨ておく。


 思えばこの不思議な場所に迷い込んで一ヶ月ほど、地獄のような戦いを強いられ続けてきた。

 キーラと名乗る心優しく自分と似たような立場らしい少女から異世界での常識を教わらなければ、今頃右も左もわからないまま死んでいただろう。


 彼らが絶対に反抗しないよう各々着けられていた首輪は全て、彼女の封印術式が施されている関係であと六時間ほど作動しない。つまりキーラを守りながら六時間以内に脱出できればこの地獄から脱出できるのだ。


 しかし、全員が無事に出られるわけでもないのだと全員が理解していた。


 客人且つ重力魔術を使うルドラがいればこそ強引に実行できている今でさえ、宮殿に配置された教会警備隊とラステンバーグ騎士団の苛烈な攻撃は背後と横合いから突き出される。

 主戦力のルドラと作戦の要となるキーラはまだ生存確率が高く見込まれているものの、それ以外の戦力はそうもいかない。


 特にハイドラ帝国との戦いで大怪我を負った敗残兵や小さな子供などは逃げ足が遅いのもあって簡単に殺される。

 今も視界の端でルドラとキーラに良くしてくれていた五十代ほどの男が、かつては同僚だったかもしれない相手に槍で貫かれた。


「逃げられると思うなよクソどもがァ!」


 やっと空が見えたと思ったところに巨大な影が立ち塞がる。


 ラステンバーグ大宮殿に仕組まれた戦闘用ゴーレムの一体だ。

 熊にも似た造形だが体を構成しているそれは青白い石材であり、背中からは節足動物めいた触手が伸びて先端に生えた杭に電流を流していた。


「【アンチグラビティ】!」


 ルドラは九つの“チャンドラ”全てを円状に回転させながらゴーレムを囲い、無重力状態にして宙に浮かせ遠くへ射出してやり過ごす。きっと数分でまた戻ってきて遅れた何人かが犠牲となるのだろう。

 だが時間も継戦能力も限られている中で悠長に戦っている暇などない。全員で生き残ろうなどと甘えた考えは全員を殺す。


 そんなこと理解しているし本心では死なせたくなどない。それでも見捨てず振り返ってしまえば本来助かるはずだった命まで散ってしまう。

 後々殺されるであろう誰かの死が無駄になる。そう思えば非情に徹するしかないのだ。


「走れるか、キーラ!」

「うん! ルー君も頑張って!」


 語尾に疑問符などなく、故に質問の体を成していない呼びかけ。そんな気遣いの足りない言葉に対して彼女はどこまでも気丈に応じてみせた。


 生きねばならない。


 ぬるい汚泥と冷たい雨水で汚れながら、生きねばならない。

 鈍く叩く罵倒と鋭く刺さる嘲笑に耐えて、生きねばならない。

 確かに在る闇の中で不確かな光を追いかけ、生きねばならない。


 ラステンバーグ皇国が盤上遊戯(ボードゲーム)なる催しの駒に専用の部隊を編成せず、孤児や敗残兵を選んだのは失策だった。


 だって外には此処よりも素晴らしい世界が広がっているのだと、誰もが知っているのだから。

 こんな場所から脱出したいと不平不満を覚えさせてしまった以上、ちょっとしたきっかけがあれば逃げ出そうとして当然だ。


 そのちょっとしたきっかけとなったルドラは自分より一回り幼い少女、キーラとともに駆け抜ける。

 醜悪な人間と凶暴なゴーレムが続々と湧いて出るであろう、未来へと続く最後の地獄を。



   *     *     *     *     *     *



「また手ひどくやられたものだ。君がグリモアーツを【解放】させた時点でフェルディナントに連絡しておいて正解だった」


 静かな室内には瀟洒な調度品がそこかしこに設置され、照明からは橙色の優しい光が部屋全体を抱擁にも似た温もりを滲ませながら照らしていた。

 生身であればうっかり二度寝に入ってもおかしくない寝心地は相応に品質のよろしいベッドによるものだろう。


 それでもルドラ・ヴァルマは呑気に寝ていたいと思えない。

 目の前に[デクレアラーズ]の首魁たる少女、アイリス・アリシアが微笑みながらソファに腰かけているのだ。


 すぐさま体を起こしてベッドの外に飛び出し、周囲を確認する。


「恥ずかしいところを見られましたね、我らが道化。意識が遠のいたところで急に転移したようですがここは……彼女のホテルですか?」


 懐かしい夢から醒めたルドラが周囲を見回し、疑問を呈しつつも大体のところを察する。


 ここはキーラが最高責任者として管理するホテルだ。

 今朝までアガルタ国王や東郷圭介らが宿泊していた場所に今度は自分が避難している。何とも因果な冗談に思えた。


「もうしばらくしたら彼女が彼女の分だけお茶とお菓子を持って入ってくる。それまでにボクから話すべきことは話しておこう」


 答えるまでもない質問を無視してアイリスは告げるべきをただ告げる。


「当初の予定通りアブラム・ラステンバーグ四世は死亡し、ラステンバーグ皇国とハイドラ王国の国防勲章受勲者パーティは戦力を一人分ずつ失った。今後の流れを思えば充分な成果を出してくれたよ」

「あわよくば東郷圭介の始末も、なんて色気を出した結果がこの腕ですけどね」

「後で簡単に修復できるさ。授業料としては安い方だろう」


 アイリスの言う通り、目的を果たすという面で[デクレアラーズ]は未だ負けたことがない。殺すと決めた相手は必ず殺している。


 第二次“大陸洗浄”を阻害するほどの力を圭介はまだ持っていない。

 だからこそ今のうちに殺害しておくべきと判断したのがつい先ほどのことだが、それが他の“騎士の札”に余計な手間を取らせてしまったのなら汗顔の至りである。


「不甲斐ないのはボクの方さ」


 ルドラの自罰的な心中を【ラストジーニアス】で見抜いた上でアイリスが珍しく自嘲した。


「念動力魔術に高い適性を持つ者の中には【ラストジーニアス】で動きを読めない例外がいる。それでも彼の動きを先読みした上で今回“騎士の札”最強の存在である君を寄越したわけだが、流石に単独でぶつけるべきではなかった」

「いや、そんな」

「不確定要素が存在すると理解しながら慢心して誤った指示を出したのは事実だ。そこは認めなければならない」


 己の瑕疵を認めつつ落ち込むところまではいかない。そんな時間があるなら組織を動かす方に意識を集中するべきである。

 考え方としてはその通りだしわざわざ無駄に自責に耽る必要もない。ここでルドラがアイリスに向けるべき言葉など、精々一つだけだろう。


「……腕の修復が終わるまで、お世話になります」

「さっきも言ったがそんなに時間をかけることでもない。すぐにまた新たな仕事を任せるだろう。頼りにしているよ、“オジエの座”」


 言ってアイリスが立ち上がった。


「“ヨルムンガンド”はビバイから北西方面に走らせたし、ラウリにはそちらに騎士団を派遣するよう言っておいた。迎賓館跡地から程近いこのホテルに君が潜伏しているなどと追っ手側は考えない」


 当たり前のように三大国家の一つに数えられしラステンバーグ皇国を動かす。[デクレアラーズ]に否定的な立場の権力者からしてみれば悪い夢のような話だ。

 ともかく数時間はここに留まっていられるらしい。それさえわかればルドラには充分と言えた。


 機械で出来た体と言えども心は人のままだ。どうしても休養が必要となる。


「彼女と話しなさい。君には望んでもいない復讐以上にそれが必要だ」

「もう、そんなとこまで見抜かないでくださいよ」

「あんなの【ラストジーニアス】を使うまでもないと思うがね。ほとんど作業のような形であっさり首を折っただけだったじゃないか」


 アイリスでなくともわかったと彼女は言う。

 いつの間にかルドラの中で薄れていた復讐への執着。時間と環境の変化が齎した心の傷薬がどれほど効果的であったかを。


 今回実行したアブラム・ラステンバーグ四世の殺害とて既に個人的な復讐と呼ぶべきものでなく、未だ当時の記憶に苛まれるかつての同胞を救済するための手段でしかない。

 でなければあそこまで呆気なく殺さず、何度か肉体の部位を欠損させた上で死体も人間の形を維持したままどこかに飾っていたはずだ。それをしなかったのは憎悪も殺意も薄れきっていたからではないか。


「参ったなぁ。あっちはもう旦那さんもいるってのに、この心境であの頃に戻ったら口説いてしまいそうだ」

「口説いてもフラれるよ、君は」

「…………せめてその瞬間まで何も言わないでもらいたかったな」

「言っても口説くだろうに。じゃあ予定調和でフラれたくらいにまた来るから、それまで安静にしていなさい」


 優しく微笑んだアイリスが空色の魔術円を展開して姿を消し、ほんの数秒後。


 部屋のドアが開き、そこからあの頃と変わらぬ笑顔の女性が一人分の紅茶とクッキーを運んできた。

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