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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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第十九話 奥の手

「君の兄上らも含めた急進派は先の“大陸洗浄”で浄化され、愚物たるお父上の死を以て腐敗した皇族の在り方は改められた。誇りたまえラウリ。ラステンバーグ皇国の安寧は君の手により約束されたのだから」

「身に余るお言葉、光栄に存じます」


 ラステンバーグ大宮殿の地下、かつて盤上遊戯(ボードゲーム)が行われていた場所。

 無機質な青い石材の支柱に囲まれた殺風景な大伽藍には今、三人の人影しか存在しない。


 一人はラステンバーグ皇国で次なる皇帝となるであろうラウリ皇太子。

 一人は老いた身ながら生涯を捧げて若き皇帝を支えると誓った枢機卿。


 そして残る一人は[デクレアラーズ]総帥にして幹部格[十三絵札]が一人、“道化の札”アイリス・アリシア。


 皇族を護るため存在する騎士団は全て地上に配置してあるため、ここには権力者とそれが招き入れた客のみが入ることを許されている。

 招き入れられた側としてこの場所に立つアイリスは優等生を褒める教師のような顔で招き入れた側のラウリを称賛していた。


「しかし政敵となり得る人物がいないと言えども君はまだ若い。こなせない仕事も多く舞い込んでくるのは当然のことだ」

「……はい」

「だからサポートしてくれる人材を紹介しよう。あちらも忙しい身だしそうそう何度も助力を得られるわけではないが、アガルタとの強いパイプ役として申し分ない人物だ」


 言ってアイリスが手のひらから空色に輝く術式を展開し、一枚の書簡を出現させてラウリに手渡す。

 その場で内容を確認したラウリはしばらく読み進めてから目を見開いた。


 カティス・サイラー・ミューア。

 アガルタ王国において古き歴史に名を残す公爵家の当主。事によっては玉座に至る可能性すらある男の名だ。


 自分が言えたことではないが、彼女と面識を持つことが公的に許されない人物の名がそこにある。表で使えない連絡先まで伴って。


「……[デクレアラーズ]は、こんなところにも繋がりを持っているのですか」


 ラウリもアイリスと今日初めて出会ったわけではない。“黄昏の歌”平峯無戒やそれに劣らず名の通った客人が所属しているのは知っていた。

 しかしカティスは大陸全土で見ても重要な立ち位置にいる人物だ。加えて出自を思えば簡単にアイリスと手を組むとも思えない。


 皇族として怠惰と快楽の日々を強要された手前どうしても経験不足な一面を持つラウリにとって、その事実は覚悟の外側から襲いかかってきた衝撃だった。


「彼とコネクションを持っておけば今後何かと至便だろう。既に話は通してあるから遠慮せず相談するといい」


 呆然とするラウリに道化はただ微笑みかける。


「加えて父親を押さえつけてでも盤上遊戯(ボードゲーム)に関する真相を知ろうとした姿勢はハイドラ国王から見て好意的に映った。彼はまだ亡くなられたお父上ほど腹芸を覚えていないからね、あれがアピールだと気づけないんだよ」


 まるで心を読んだかのような言い方は真実として心を読んだ上での発言である。

 華奢な少女の姿をしたその存在が全て知っていることをラウリは知っていた。


「最後に一人残された妹君はラウリの即位を喜ばしく思っている。後で顔を見せてあげなさい」

「は、はい!」


 後にラウリ・ラステンバーグ五世と名乗る青年は、危険なほど純粋な正義感と使命感で瞳を輝かせながらアイリスに一礼する。

 年老いた枢機卿はその様子を見守りながら、ただ己が属する国の変化を老いた心に新鮮な水とばかり沁み込ませていた。



   *     *     *     *     *     *



「第四魔術位階」


 ルドラが口にしたそれは絶望の始まり。

 そして圭介にとっての活路の始まりでもあった。


 第三ではなく第四を選んだところを見るに、彼は未だ圭介を侮っている。

 好都合と言えた。少なくとも警戒されているより望ましい。


「【カノントレイル】」


 縦に並ぶ“チャンドラ”から発生したそれは、まっすぐに進む紫黒色の重力波。


 単純ながら一切のずれを許さず直進する攻撃を見て感覚的に理解できる、シンプルゆえの威力の高さ。その重みに耐えかねて触れる大気すら削れているようだった。


「うおおおおおおおお!」


 圭介も“アクチュアリティトレイター”の先端をまっすぐ前方に構えることで衝撃を受け止め、第〇魔術位階【オールマイティドミネーター】を使って無理やりながら体を吹き飛ばされないよう維持し続ける。


 全身の筋肉が悲鳴を上げてはレオの回復魔術によって修復されていく。それは身に纏った包帯の使用期限が大幅に短縮されている事実をも意味していた。

 構わず、一歩前へ踏み出す。痛みも重みも知ったことではない。


 圭介が進んだことで衝撃の方が耐え切れなくなったのか、突き出した“アクチュアリティトレイター”の先端を起点として衝撃が綺麗に二手に分かれる。


 まるでアルファベットのYにも似た形で紫黒色に輝く線が歪み、圭介の背後にいる者を避けて通った。


「すごいな君は! そんな風に対処されたのは初めてだよ!」


 きっと素直な気持ちで言っているのだろうルドラの賛美など無視してぐんぐんと直進し続ける。


 やがて衝撃波は尽き果て、それにより込めた力が一瞬緩んだ圭介にルドラが冗談のような速度で突進してきた。

 足元で斥力を発生させての急接近。辛うじて残る【サイコキネシス】での索敵とこれまで踏んできた場数があったからか、寸でのところで構えを取れたのは奇跡に近い。


「だが終わりだ!」


 金属の骨とカーボンナノチューブの筋肉が剥き出しになった腕による殴打。当たれば重量の差により柔らかな果実よろしく砕け散るだろう。

 防げたとして一度。今まさに頭部を粉砕せんとする右手に対処できたとしても、次の左手まではどうにもできない。


 だからこそ。


 チャンスもこの一度きりとなった。


(ここだ)


 これから繰り出す一撃は、努めて今まで通りの単なる物理攻撃であると思わせなければならない。

 一瞬でも警戒されれば絶対に対処されるという確信が圭介の中にあった。ここで失敗してしまった場合、いよいよこの戦いに勝ち目がなくなるとも。


(右手、か)


 つい先ほどまでは左手でなければならなかった。ルドラが圭介の攻撃を左手で受け続けるようにしていたため今回も左手で来るかと思ったものの、予測と現実は違う。

 条件が揃っていなければ、この瞬間に圭介の死が確定していただろう。


 だが、この場にいる全員が見事に条件を揃えてくれた。


(この場にいる全員がいたからこそ、勝てる!)


 振るう“アクチュアリティトレイター”をルドラの右拳に当てる。受け止めるのを読んでいたのか彼は決して圭介を吹き飛ばそうとはせず、次の左拳を既に後ろへ引いていた。


 ガツン、と金属同士が衝突する。


 接触する。


「だぁっ!」


 気合いを込めた声と同時、発動した。


 第四魔術位階【エレクトロキネシス】。生体電気を自分の体内から“アクチュアリティトレイター”に、“アクチュアリティトレイター”から敵に、思いっきり増幅して流し込む。


 電気は重力の影響をほとんど受けない。動く際に働いているのは常に電磁力だ。

 扱いの難しさに諦めることなく電気なるものについて学び続けた成果として、その奥の手は圭介の引き出しにしまわれていた。


「ぎぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!?」


 果たして【ネイキッドアーマー】による防御の対象外である内部へと電撃を叩き込まれたルドラは、これまで上げなかった致命的な悲鳴を上げる。

 全身を電光に照らされ奇妙なダンスにも似た動きで圭介から即座に離れるも、体をコントロールできなくなったのかその場で転倒してしまった。


 同時に重力による束縛から解放されて一気に体が軽くなる。

 倒した、などと思ってはいけない。


(今回ばかりはここで終わらせないと……!)


 まだ立ち上がろうとしている。浮かぶ“チャンドラ”もルドラの頭上でクルクルと回っている。

 だが圭介も余力が尽きたわけではない。体力が限界だろうと構わず【オールマイティドミネーター】を使って体を無理やり動かし、振り上げた“アクチュアリティトレイター”で今度こそ息の根を止めようと跳んだ。


「これで、終わりだ!」


 跳んで、


「あ、嫌ですやめてください」


 目の前が緑に埋め尽くされた。


「おぇっ!?」


 思わず変な声を上げながら“アクチュアリティトレイター”を振り下ろすも、突如現れた何かによって柔らかく受け止められる。

 見ればそれは薄緑色の果実と葉を無数に茂らせた樹木の壁。圭介とルドラの間に線を引くかの如く並ぶそれらは、崩壊した足場の狭間を縫うように生えていた。


 新手が来たのだと悟って圭介はすぐに下がり、目視と索敵双方を使って周囲の状況を確認する。


 確認した限り謎の実を有する樹木の壁はあくまでもルドラを守るために展開されただけで、取り囲もうとしている様子はない。

 ならば目の前にだけ意識を向けて対処すれば、と再度“アクチュアリティトレイター”を構えて攻撃態勢に入る。


「クソッ、【焦熱を】」

「あ、【パイロキネシス】で燃やそうとしても無駄ですよ。地中に埋まった他の植物や死体から吸った水分をこれでもかと含んでいますので」


 言いながら先ほどまでいなかった誰かの声が徐々に上へと移動していき、急に生えた木々の向こうからその姿を見せた。


 突出して高く伸びる一本の木。その頂点でルドラを抱きかかえながら立ち、申し訳なさそうに圭介を見つめているのは気弱そうな少年である。


 人種は遠目に見たところアジア系で年齢は十代半ば程だろうか。肩口で切り揃えられた黒髪と幼く見える顔立ちは声変わりしていなければ少女でも通っただろう。

 ブラウンカラーのシャツはオーバーサイズのものを重ね着しているため上半身の輪郭がわかりづらいものの、履いているズボンから相当痩せているのがわかる。


 細身の少年が筋骨隆々としたルドラを抱えていられるのは何らかの魔術によるものか、はたまた彼も機械の体を持つが故か。


「お前……お前も[デクレアラーズ]か!」

「あ、はい。一応[十三絵札]で(クラブ)J(ジャック)“ランスロットの座”をやらせてもらってます、(しょう)(こう)(せい)って言います。よろしくお願いします」


 ここまで戦力を削られた状態で現れた、新たな[十三絵札]。

 かつてない窮地に追いやられて頭がどうにかなりそうな中、それでも生き残るための道筋を探る圭介の索敵に奇妙な存在が引っかかる。


「おー、派手にやられてら」


 一人分の反応ではない。

 身長も体形もまちまちな集団が、続々と現れる。


「みんな、急いで! 重傷者がいるわよ」


 地面から。

 それこそ樹木よろしく、生えるように出てきた。


「こんだけ派手に開いた穴ァこの場で治すとなりゃあいってぇぞお。何なら魔力切れで気絶して正解だったなコイツも」

「こっちの女の子らは上から潰された割に思ったより無事だわね」

「大丈夫ですか? 私の指、何本に見えます?」

「あー、こっちのおっさんは駄目だ。肺も心臓もぐじゃぐじゃに斬られてるわ、多分だけど即死っぽいな」

「うわちゃー、“オジエの座”も容赦ないですねえ」

「ほらポケーっとしてないで! 君も回復魔術使えるのなら動きなさい!」

「へ? え、あ、おう」


 声も聞こえてきたため思わず振り向くと、白衣を着た何人もの医者らしき人物らが倒れた勲章受勲者に向けて国を問わず治療し始めているのが見えた。中には呆然とするレオを叱咤する者までいる。


 当然のように常人のように振る舞いながら、瓦礫の隙間を縫って地表に現れた生物かどうかも定かでない不気味な医師団。しかし倒れ伏した者達への尽力と治療の手際は本物らしく、誰も口を挟めずにいる。


 誰もがどう対処すべきかわからない異質な存在に戸惑う中、光清と名乗った少年だけが冷静に事態を把握していた。


「あ、“ラハイアの座”も来てたんですね。うーん、皆さん敵対的だし本当なら助けない方が好都合なんですが……医者の部分があれだけ出てきては仕方ありませんね」

「は?」

「あ、ご紹介します。あそこに集まってるのが僕やルドラと同じ[十三絵札]で、(ハート)のJです。名前は本人も忘れてしまったようですが」


 何か道理に合わない話を聞いた気がして圭介の情報処理能力が限界を迎える。


 集まっている医者の中で誰がそれなのかわからないならまだしも、全員が同じ一枚の札を持つ[十三絵札]だと光清は言う。全く意味がわからなかった。


「何なんだよ、お前ら……」

「立場も名前も既に名乗っただろう。[デクレアラーズ]最高幹部[十三絵札]の中でも実働部隊として活躍する“騎士の札”、それこそが我らである!」

「いやでも、そうは、言っても……?」

「おや今回は気づくのが早かったな」


 いつの間にか意識の狭間からするりと至近距離まで来ていたその男。

 ペストマスクで顔を覆い、黒のタキシードスーツとマントを身に纏う怪人。


 かつてユビラトリックスで邂逅した大怪盗。


「おまっ」

「フハハハハ超久しぶり元気してた!? 吾輩こそは焼いた肉を染め上げし塩さえ海へ帰りたく(さえず)(よこしま)、神造の美酒に溶けた糖さえ土への想いに(ふけ)りし(ひじり)! 我らが道化より“ヘクトルの座”を頂きし(うん)(じょう)(りゅう)(へん)の大怪盗、フェルディナント・グルントマンである!!」


 相変わらずやかましい自己紹介を繰り出すその男こそ、目視不可能な速度で移動する神出鬼没の大怪盗として知られるフェルディナント。

 ふざけた態度ながらも超大型モンスターなど容易く殺傷できる装甲列車型グリモアーツ“ヨルムンガンド”を操る強者であった。


「嘘だろ。こっちはもう限界なんだぞ」

「あ、やっぱりそうなんですね。そんな気はしてましたけど」


 思わず“アクチュアリティトレイター”の柄を握る手が震えるのは、極度の疲労からかあるいは恐怖か。


 今ここに、ルドラと同等の実力を持つ“騎士の札”が集結している。

 その事実が先ほどまで降りかかっていた重力より重い。


「まあ落ち着け東郷圭介。今の吾輩らにとって優先すべきは“オジエの座”回収と撤退のみ。当初の目的であるアブラム・ラステンバーグ四世の殺害は無事成功したのだから、本来なら先ほどまでの戦いはついでに過ぎんよ」

「……ちく、しょう」


 ついでの戦いであそこまで追いやられてきた自分への情けなさに、涙が出そうになった。


 今の状況では他の“騎士の札”に勝てない。

 この場で倒せると思っていたルドラに逃げられる。


 恐らくまた、今度は充分な警戒心を持ったあの男とぶつからなければならない時が来るのだろう。それが圭介にとっては底冷えするほどに恐ろしかった。


「それでは今宵の演目も閉幕と相成った。少々寂しいが別れの挨拶(カアテンコオル)は省略させてもらうとしよう。【解放“ヨルムンガンド”】」


 フェルディナントがグリモアーツを【解放】し、長大な装甲列車を瓦礫の上に具現化する。

 側面にある出入り口と思しき縦長の開閉機構が開き、そこにルドラを抱えた光清が足場としている植物を伸ばして移動した。ある程度治療を進めた“ラハイアの座”もぞろぞろと車両の中へと進んでいく。


「では、さらば!」


 彼にしては短くそれだけ言い残すとフェルディナントの姿が一瞬で消え、それに少し遅れて“ヨルムンガンド”が巨大な破裂音を響かせ空の彼方へと飛び立った。


 残されたのは勲章受勲者の生き残り一同と魔力切れで倒れたフィオナ、それを介抱するセシリアを始めとした王城騎士数名、最後まで彼らを守るべく結界魔術を展開し続けたデニス。


「…………また、やられたのか。僕らは」


 これまで[デクレアラーズ]と何度か交戦した圭介だが、彼らの目論見を完全に防げたケースは今のところマティアスと衝突した城壁防衛戦だけだ。その唯一の勝ち星さえ今ではどこか譲ってもらったような感覚が否めない。


 特に今回はひどかった。

 ラステンバーグの皇帝は目の前で殺害され、ビバイ迎賓館は破壊し尽くされ、一度は倒せそうなところまで追いつめたはずの敵も戦力を即時投入して鮮やかに撤退してみせた。


 これを敗北と呼ばずして何とする。


 その場にいる全員が、今日という一日を苦い記憶として脳に刻み込んだ。

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