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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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第十七話 弱者の覚悟

(判断が甘かったと言わざるを得ない)


 デニスは一般人がいる場所で滅多に見せない無表情となりながら、己の愚かしさを言葉にしないまま嘆く。


 例えいかなる強敵が来たとしてもアガルタ王家の結界ならば、使い手が自身を顧みなければ、守ることに専念していれば当初の予定から外れることはないとばかり思っていた。

 ラステンバーグ皇国の重要施設にいる以上、公式に発表されていない地下通路を使った以上、少ないながらも三大国家の騎士が数名来ている以上アブラム・ラステンバーグ四世が殺されるとは思っていなかった。


(だが現実はどうだ。何もかもが予定と異なる)


 ルドラ・ヴァルマはグリモアーツの【解放】すらしないままビバイ迎賓館を破壊し尽くし、何らかの形で協力者に霊符を仕込ませ、結果として身を呈してでも生かそうとした皇帝は目の前であっさりと殺された。


 今はセシリアも含めた王国騎士数名が気流操作魔術を使って、どうにか結界を空中に留めている状態である。

 こちらもそう長くはあるまい。ルドラのグリモアーツ“チャンドラ”の力は娘のフィオナによって弱体化された状態でも信じ難い出力を誇り、デニスの結界に負荷をかけ続けていた。


 一見してただ耐えているように見える彼だが、結界の表面に水の波紋にも似た魔術を忙しなく繰り返し繰り返し展開し続けている。

 これは薄い結界を新雪よろしく幾重にも重ねて被せ、負荷に耐え切れなくなった部分から離脱させては新たに術式を発動することで重力魔術を受け流す彼の即興ながらも最適解と言える妙技だ。


 これで骨身を砕かんとする重力から娘と騎士を護ることはできるものの、初めて使う類の術式であるためか魔力の消費量も消費速度も予想以上に激しい。


 魔術位階で言えば限りなく第二に近い第三と言える結界魔術。

 それをこの場で思いつくままに実現できる時点で彼も客人に劣らぬ規格外の存在なのだが、そんな自負などこの場では役に立たないのだと誰より彼が知っていた。


(フィオナも【サンクチュアリフォース】を無理に発動し続けている。このままではどうなることか)


 国を支える立場の彼にとって、その思考は珍しく生じた純粋な娘への心配()()()()()()


 今この場での戦闘において、フィオナによるルドラの弱体化は勝利する上で必須条件と言える。しかしそれは薄氷の上に成立しているものだ。


 日頃の訓練でさえ想定すらされなかった長時間、ここまでこの規模の魔術を維持し続けているという奇跡。あるいはフィオナの底力とでも呼ぶべきか。

 それがいつ崩れるかなど彼女自身にも正確なことはわかるまい。交代できるのならそうしたいところだが、一瞬でも結界を解除してしまえば中にいる騎士らも自分も尖った岩やゴーレムの残骸が転がる大地へと叩きつけられるだろう。


 決死の覚悟で臨んだ今回の三ヶ国首脳会談だったが、実際には死ぬわけにもいかない状況へと追いやられている。


(ままならんな。本当に、何もかもが)


 数字の見えない時間制限に背中を突かれながら、それでもデニスは結界を維持しながら待つしかできない。


 勝利を。

 眼下で繰り広げられる激戦の、望ましい結末を。



   *     *     *     *     *     *



 ヘラルドの魔術で打たれた背中の痛みはレオの“フリーリィバンテージ”により一瞬にして引いた。

 空気抵抗の圧力も刹那、圭介は猛烈なスピードでルドラの眼前まで迫る。


 テレサが伸ばした刀身の腹を斥力で叩き受け流す彼は、本当に空間歪曲魔術しか脅威と見なしていないらしい。接近する圭介の方へ見向きもせず右足のつま先だけをわずか向けるだけである。


 好都合と言えた。


 第零魔術位階【オールマイティドミネーター】やクロネッカーによる魔術円の再現、これまで送ってきた異世界での学生生活。

 それらを通して得たマナや魔力なるものへの理解。


 この物理的に重々しい空気の中で、それでも自身への魔力の補充は滞りなく実現できている。

 それが意味するところとは。


(大気中を漂うマナは重力の影響を受けない!)


 以前倒した難敵、エルランドが言っていた。

 元いた世界において観測されたマナはダークマターとして処理されると。


 宇宙という概念への理解が薄い異世界で関連書籍を探すのは苦労したが、ダークマターなるものについて調べたところどうやら重力に縛られないらしい。

 より専門的な用語で呼ぶならボソンと呼ばれる状態の粒子。性質としては光に近いものとされるため、質量を持たず際限なく集合する。


 数少ない重力に抗う手段。

 それがわかった今、圭介の手元にある念動力魔術は一つの答えを得た。


「おりゃあああ!」

「……」


 伸縮と屈折を繰り返す剣に意識を集中させていたルドラは、とりあえず突っ込んできた圭介に向けて無言のまま軽く蹴りを放つ。

 つま先からは紫黒色の魔力弾が六発、不規則な並びで射出された。いかにも片手間にとりあえず繰り出されたものだと一瞬でわかるも、その慢心と油断こそ勝機となる。


 ぐね、と。

 まっすぐ進んでいたはずの圭介が、突如左側へと軌道を変えた。


「……――?」


 攻撃範囲から外れる形で魔力弾を回避した圭介に対し、動揺の前兆となる呆然とした表情をルドラが浮かべる。

 恐らく彼は無理に移動しようとしても重力の負荷に耐え切れず、圭介の体が地面に倒れ込む未来を見ていたのだろう。もしそうなっていれば途中で角度を変えた魔力弾に胴体を穿たれ死んでいたかもしれない。


 念動力魔術を用いて実現したのは簡単なことだ。


 まず【オールマイティドミネーター】で重力の影響を受けないマナの通り道を空間内に形成する。

 次いで【テレキネシス】で自らの体を軌道上に引き込み、マナを体に触れさせて魔力へと還元しながらレールの上を走るように移動した。


 ただ回避に用いるだけのそれはしかし、より細かく複雑な軌道を描くことで自在に体を動かすことができる。


 重力を、無視して。


「ああああああああああ!!」


 否、無視などできていない。


 強引に念動力で体を動かす圭介の体は空気抵抗と重力により、全身至る箇所を抉るような痛みに苛まれていた。

 都度体に巻きつけた“フリーリィバンテージ”の回復魔術が発動すると言えども神経を走る刺激に関しては厳しいところがある。圭介自身に痛みに対する耐性があったからこそ実現できた荒業と言えよう。


 笑ってしまいそうになるほど馬鹿げた激痛の嵐を越えた先、いよいよ圭介の異質さに気づいたらしい“オジエの座”が目を見開いている。


「何だ、それは……!」

「ああぁぁぁあ!」


 呑気に言葉を紡げるほどの余裕もないため、もはや意味も何もない怒鳴り声でしか応じられない。

 急カーブを描いてルドラに接敵した圭介が“アクチュアリティトレイター”を振りかぶる。


「くっ!」


 流石は歴戦の猛者と言えよう。ルドラは鬼気迫る表情を浮かべ動けないはずの空間で迫りくる圭介に驚きはしても怯まない。


 攻撃が振り下ろされるより早く懐に入り込み、極めて冷静に圭介の胸倉を掴んで放り投げる。

 重力での拘束が通じないなら腕力で応じれば片付くと判断したらしい。実際その通りに攻撃が逸らされてしまったのだから文句の付けようもなかった。


「ああああぐへっ!」

「うわっ、困る!」

「ケースケ君!」


 テレサの端的な感想とユーの心配そうな声を聞きながら、圭介は彼女らの移動を妨げる位置に落着する。

 それを見届けて“チャンドラ”一つ一つに魔術円を展開し、ルドラが手当たり次第に地面に落ちているものを浮かび上がらせた。


「どういう仕組みで動いてるんだ君は!」


 そして全てが紫黒色の魔力を帯びる。彼の拳や蹴りと同じく重量を増幅されたそれらは、一度射出されてしまえば城をも更地に変えてしまうのだと【サイコキネシス】越しの感触でわかった。

 そんな攻撃を無詠唱で実現できる上にこれで弱体化されているのだから、どこまでもふざけた戦力差だと内心嘆きたくなる。その弱体化もフィオナの第三魔術位階を頼りにしている以上長くは持つまい。


 今ここで必要なのは早期決着。

 半端な遠距離攻撃は重力で即座に地面へ吸い込まれてしまう。離れた場所から攻撃する手段がない以上、急ぎ接近しなければならない。


 どうしたものかと焦燥感に苛まれる圭介の前で、異変が起きた。


「ぶわっ、お、おおぉ!?」


 ルドラの近くで浮かぶ城壁の欠片や倒木、ベンチなどといったものが炸裂を繰り返す。至近距離でその余波を受けるルドラは常人なら大怪我を負ってもおかしくない衝撃を無傷のまま受けつつ驚愕の目を向けた。


 それらが齎す粉塵の帳を突き破り、何と地中から飛び出してきた影が一つ。


 ローガン・ピックルズ。

 敵を殺すという目的意識に迷わず突き進む彼は、この何もかもが上から押さえつけられている中で地中に活路を見出したらしい。


 圭介は索敵の範囲外となる地面の中に思考を向けていなかったが、思えば先のルドラの発言にヒントが含まれていたことに気づく。


――エメリナ・スビサレタの厄介な【カントリーロード】はこれで封じた。

――崩れた瓦礫が積み重なった足場の上だ。

――不規則に生じた隙間があっては通路を接続できないだろう?


 あの時の発言は裏を返せば、隙間ができる程度に地中での負荷が軽減されていることを意味していた。となるとそこに潜り込むのが束縛を回避する上で有用なのも自明の理である。


 しかし理屈ではどうあれ、それを実現するのにどれほどの覚悟が必要なのか。


 何せ地面を掘り返すことも陥没させることも自在にできる相手が目と鼻の先にいる状態だ。

 テレサが索敵に割く集中力を削いでいるとはいえ、地面を掘っている間に見つかればその場で即座に対処される。そうなればこの不意打ちは今後通用しない。

 尋常ならざる焦燥感と緊張感に耐えたのは彼が傭兵としての経験を積んでいたからなのだろう。


 加えて地表には相応の負荷がかけられている。手で掬う土や砂は重く、その手すら容易に持ち上げられない状況で穴を掘る動作はどうしても緩慢になるはずだ。

 それでも彼はやり遂げた。ルドラに気づかれず、見事に不意を打つことに成功したのである。


「死ね!」


 闘志と殺意を全身に漲らせる男は偉業を誇るでもなく、サブマシンガンのグリモアーツ“サブナック”の銃口をルドラの頭上に向けて引き金を引く。


 接触と同時に分散して敵に食い込む魔力弾が強まる重力の影響を受けてまるでシャワーのように空中で上から下へ曲がり、撃つべき相手の体に降り注いだ。


「いい加減に鬱陶しいな君も!」


 複数の“チャンドラ”から斥力を発生させてそれらを振り払うルドラはその場で一瞬歩みを止め、櫨色に弾ける魔力の隙間から手刀を放つ。

 鋭い指先の動きに合わせて第四魔術位階【ルーインダスト】が線上に舞い、紫黒色に妖しく輝く斬撃としてローガンに強烈な袈裟切りを浴びせた。


「づっは!」


 ローガンは肺や気管支といった重要な臓器をいくらか裂かれたらしく、喀血しながら役目を終えたとばかり“サブナック”ごと地面に転がる。

 その真横を、今度はテレサを背負ったユーと“アクチュアリティトレイター”を握る圭介が左右から迫った。


 速度に関しては重力を受け流しつつ高速移動する少女二人の方がどうしても上となり、まず先に曲がりくねった斬撃がルドラを襲う。

 当然これを真正面から防ぐ、などという愚は犯さない。国防勲章を授与されるきっかけとなったとある事件で彼女は空間そのものを切断する手段を会得していた。


「誰がそんな……」


 そんな攻撃をまともに受けるか、と言いたくなったところに。


「【乱れ大蛇・丘(ほど)き】」


 テレサをおぶって運ぶばかりと思われたユーが“レギンレイヴ”の切っ先を地面に突き刺し魔力の斬撃を放つ。


 地中を進む群青色の線はルドラの足元に及んだところで複雑怪奇に屈折し続け、足場を構成している瓦礫をより細かく切り刻んだ。

 先にウルマスから受けた操血魔術による拘束もあり、テレサの斬撃だけを警戒していたルドラはここで大きく体勢を崩す。


 眼前に迫るは歪んだ刃。


「くそっ!」


 剃刀が柔肌を傷つけるようにテレサの剣が【ネイキッドアーマー】で覆われているはずの体を傷つける。

 それでもどうにか深手だけは負わずに済んだらしく、即座に上半身をふわりと浮かせてからルドラが術式を表面に出現させた右腕を振るった。


 第四魔術位階【ブロウハンマー】が“チャンドラ”によって大きく強化された状態で射出され、少女二人に迫る。


「テレサさん!」

「あいよ!」


 掛け声と同時、これまで攻撃に用いられてきた剣が今度は魚の骨よろしく枝分かれしながらとぐろを巻くように集合した。

 敵の攻撃を最も効率よく受け流すために編み出された盾としての姿。果たして彼女らは本来なら人体など簡単に粉砕し得る魔術を受けながら、少し後退するだけで済んだ。


「極めると本当に出鱈目な魔術だな、空間歪曲術式……!」


 唸りながらテレサを睨みつけるルドラの後方。


 大きな動作を取った関係で一瞬の隙が生じた背中に向けて、圭介は“アクチュアリティトレイター”を振りかざしていた。


「らぁっ!」

「君の存在も不気味だが、やはり警戒すべきは彼女か」


 だが、届かない。


 意識はテレサの方に向いているらしいのに、ルドラは機械の骨組みが剥き出しとなった左手で圭介の本来なら重いはずの上段唐竹割りを軽く受け止める。

 一方で右手は先ほどユーによって細かく刻まれた足元の砂を巻き上げ、次の【ルーインダスト】を発動する準備に入っていた。


 威力を受け流して殺すために作られたテレサの防壁には適度な隙間がある。

 彼はそれを見て細かな粒ならその合間を縫って攻撃できると踏んだ。なるほど妥当な判断と言えよう。


(さっきからこんにゃろ!)


 そんな計算の中に圭介の存在は含まれていない。

 含むまでもないのだ。ただ至近距離で重い攻撃を繰り出すだけの存在に過ぎない彼はテレサのように直接的な脅威にならず、またローガンのように戦局を大きく動かす要因にもなり得ない。


 それがルドラから見た圭介への最終評価。

 事ここに至るまで大した動きも見せていない、いつでも殺そうと思えば殺せる、取るに足らない相手。

 確かにまだ動けるのは意外だろうが、それが限界と言えば言える程度の雑魚。


(とでも精々思ってろ!)


 常人が相手なら二撃目で体が圧砕されるだろう重みある連撃は、左手と“チャンドラ”によって今のところ全てが受け流されている。

 ヘラルドが言っていた通り、これではテレサのサポートが限界だろう。


 そんな情けない現状。

 それこそ圭介の作戦だった。


(サポート役、確かに請け負いはしたけどさぁ! 別にトドメ刺すなとは言われてないもんなあ!)


 やがて破滅の粉塵が舞い上がる。

 ルドラを囲むように漂うそれは抗い難い衝撃を伴って圭介を吹き飛ばした。そのまま今度はテレサとユーがいる方向に進んでいく。


 どうにか【サイコキネシス】で妨げると、そこでまたルドラが意識を向けてきたのが気配でわかった。


「防御より支援に集中するか。うーんこれは……やっぱこっちからのがいいかな」


 将を射んとする者はまず馬を射よ。

 昔の言葉にあるように、先に圭介を抹殺するべく眼前の[十三絵札]が動き出す。


 知識と経験を総動員して圭介は頭の中身を幾度も巡らせた。


(空間歪曲魔術、確かにすげーけど順応され始めてる。どこかしらで虚を突かないと僕らは絶対に負ける)


 決め手が足りない。

 不確定要素も多い。

 一手違えれば死ぬ。


 圭介だけでなく、大勢の人が殺される。


(そして僕なら一度だけ、虚を突く方法がある。通じるかどうかなんてやってみないと何とも言えないけど)


 やるしかないのだ。

 たった一度しか通じないたった一つの手段を使い、ここでルドラを、“オジエの座”を倒す。


(覚悟決めろ、僕!)


 過去最大の強敵を前に震え上がりそうな自分へ活を送る。

 吹き飛ばされ転がった姿勢から体を軋ませながら立ち上がり、圭介は再度“アクチュアリティトレイター”を構えた。

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