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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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第十六話 九曜凶象

 当たり前のようにふわりと浮かび漂うそれらを、最初誰もがシャボン玉と勘違いした。


 紫黒色の光を内部に宿した九つの水晶玉。大きさは赤子の頭部ほどか。

 少し歩けば手が届くであろう距離にありながらどこか触れ難い遠さを感じるそれらには、目視できる距離から既に知覚できる重みがある。


 ルドラ・ヴァルマのグリモアーツ“チャンドラ”。

 武器でも防具でもない外見が逆に不気味さへと繋がっているそれに対し、誰も何もできずにいた。


 恐怖からではない。

 かかる重力が増幅されて、体の重みに対応できていないのである。


「エメリナ・スビサレタの厄介な【カントリーロード】はこれで封じた。崩れた瓦礫が積み重なった足場の上だ。不規則に生じた隙間があっては通路を接続できないだろう?」


 普段は地面を陥没させるほど重い“アクチュアリティトレイター”を【テレキネシス】で持ち上げている圭介も、今ばかりはルドラの方に目を向けるのがやっとだった。


 かつて読んだ漫画の内容などから現状何が起きているのかはわかる。

 重力の魔術を使う相手だ。万有引力を利用して周囲に動けなくなるほどの負荷をかけているのだろう。


「アガルタ王とお姫様は……まだ落とせてないか。流石は名だたる結界魔術の一族だがはてさて、どこまで浮いていられるものやら」


 言いながら誰もが肉体を押さえつけられている中、ルドラ一人だけが悠々とまるで散歩でもしているかのように歩き出す。

 引き連れている九つの球体が紫黒色に輝く。


 虐殺が始まろうとしていた。


「イスモ! 道、出して!」


 危機感から怒鳴ったのはモルゲンステルン型グリモアーツを持つラステンバーグの戦士、ウルマス。

 彼はポピーレッドの魔力を鉄球から迸らせ、線状の術式を血管とばかり全身に張り巡らせて臨戦態勢に入る。


 対して意図を察したイスモが親友の覚悟を感じ取り、一瞬の躊躇を見せた。


「ウルマス……だが、それは」

「このままじゃ全員殺される! 僕なら死なずに済むかもしれないんだ、早く!」

「ぐっ……【重き荷を背負う者へ この道を譲ろう】!」


 イスモが苦々しい表情で呪文を詠唱すると、ウルマスとルドラの間に瓦礫の隙間から生じた潤色の砂によってカーペットめいた長方形の道が出現した。

 下から上へと積み重なっていく砂は、上から下へと加わる力の影響など関係なく望んだ形を得る。


「お、何だ?」


 弱体化した状態ながらグリモアーツを【解放】している余裕からか、ルドラが興味深げに立ち止まる。

 その油断を刺すように、あるいは降りかかる重力を振り払うようにウルマスが全力で走り出した。


「うおおおおおお!」


 一見、道に沿って走っているように見える。

 だが実際に移動を成しているのはウルマス一人だけの力ではなく、ベルトコンベアと同じ理屈で砂を巡らせ彼を運ぶ道の効果だ。


 第五魔術位階【デザートキャラバン】。

 本来は重い物資を運ぶために使われる魔術として知られるが、今回イスモは友を敵の眼前へと送り出すためその出力を上げて発動した。


 突貫するウルマスは全身に何らかの術式をこれでもかと詰め込んで、彼にとって過去最悪の敵へと決死の特攻を仕掛ける。


 その結末は動けないまま横から眺めていた圭介から見て、ある程度予想のつくものだった。


「やー、無理あるでしょ」


 ルドラが何もない空中を指先でなぞる。

 それだけで移動の頼りにしていた【デザートキャラバン】が砕けた地面ごと弾け飛ぶ。

 そうして舞い上がった砂に巻き込まれて吹き飛ばされたウルマスの体は、別々の方向へ飛ぶ両腕と両肘から先を失った上半身、両足を放り出した下半身という形で四つに分割されていた。


「むぅう、ううううぐぐぐぐ!」


 否、微妙に分かたれていない。

 ポピーレッドの線状術式がそれぞれを繋げ、すぐさまそれぞれの肉を強引に接続し瞬時に縫合してみせる。


 空中で両腕を取り戻したウルマスはそのまま強烈な引力で地面へと叩きつけられたものの、イスモが砂のクッションを事前に作ってくれていたため大きなダメージもなく着地できた。


「……まあ、乗ってあげるよ。精々頑張りな」


 言ってまた歩き出すルドラの足元から、細長い触手が何本も生えて彼の両足を拘束する。

 根元の位置を見ればウルマスの血が付着した地面から飛び出しているらしい。操血魔術の一種だろう、と圭介はこれまでの経験から察した。


「罠の程度が低くない? 仕掛ける時の動きがわざとらしくて何か企んでるの見え透いてるし、いざ引っかかったところで肝心の魔術の出来栄えがお粗末と来た。こんなもの盤面遊戯(ボードゲーム)では小石と変わらないぜ」


 当たり前のように引き千切りながら歩み続けるルドラだが、足に付着した触手は未だに残って彼の魔力の流れを阻害しているようだった。これで彼を弱体化させる要素が一つ増えたことになる。


 だから安心できる、というわけでは全然ない。


「とりあえず今、一番厄介なのはこっちか」

「【砂利道渡り】!」


 声とともに飛び出したのは足元から群青色の粒子を撒き散らして不安定な足場を滑走するユー。

 と、彼女に背負われスクトゥム型グリモアーツを真上に掲げるテレサ。


 いかなる話し合いが背後で行われたのかテレサの体には山吹色の術式まで浮かんでいる。恐らくミアの強化魔術を受けたのだろうが、今のままでは考えなしに飛び出しただけだ。


 流石に何も策を持たず前へ出たわけではないだろう、という圭介の予想通りテレサが振るう剣をルドラはどういうわけか受け止めず回避した。


 先ほど三人で囲んだ時もそうだ。


 傍から見てもわかりづらかっただろうが、ルドラは圭介とイスモの攻撃を受け止めた一方でテレサの刺突だけは小規模な結界で受け流していた。

 彼女の伸びる刀身だけが今、明確に彼を脅かす存在なのだ。


 と、衝突する三人とは別の場所でも動きがあった。


「イスモ、頼む!」

「頼まれた!」


 手足が繋がったとはいえ深刻なダメージを受けているウルマスと、彼の体を引きずりながらルドラと距離を置こうとするサロモン。

 二人の仲間に見送られ、今度はイスモが前へと出る。


 下から上へ積み上がる砂で小さな城壁とも見える土台を囲まれるような形で作り両腕を支え、蠕動させることで進む。

 埒外の重力に晒された状況で彼が編み出した即興の移動手段だ。動きこそゆっくりとしているものの動けているならマシと言える今、高望みするべきではない。


 凹凸激しい足場を流れる砂の動きで移動し、テレサより遅れて戦線に戻る。


「君まで来るのか。邪魔だな」


 まだ拳が届かない距離からルドラが紫黒色の魔力弾を三発ほど射出した。誰もが歩くことにすら苦戦する中で構わず直進する弾丸は、ただ通常の動きをしているに過ぎないが故に異様な存在感を持つ。


 その内頭部を狙った一発は両腕の支えとなる砂を崩して体を傾け避けたものの、他の二発はそれぞれ右肩と左大腿に命中した。

 スプーンで削がれたような形で彼の肩の肉が抉り取られ、左大腿に至っては中心に大きな穴が開いてしまう。


「ぐっ!」


 一瞬怯んで大きな隙を見せてしまったイスモだが、テレサの攻撃に対処しているルドラは追撃までしない。

 激痛が走っているだろう体をそれでも前へ押し出し、真上からかかる負荷で大幅に弱まった掌打を目の前にいる客人へと叩き込んだ。


 かに、見えたがそうはならない。


 実際には動作すら見せていないルドラの体が、無慈悲にも今出し得る限り渾身の一撃を微動だにせず、それこそ防御すらせずそのまま受け止めていた。


「っ、ぁぁあ……」


 拳を覆っていた砂が散り、歯噛みするイスモがいる方向へルドラがいかにも適当そうな仕草で足を振るう。至極当然の結果として彼は支えとするため生成した砂の土台ごと衝撃波によって吹き飛ばされた。


(防御力が元に戻ってやがる)


 考えてみれば納得のいく話ではある。


 彼を弱体化していたフィオナの【サンクチュアリフォース】は主に空中にいる相手にこそ有効な魔術であり、地上に降りた今の彼に対してはあまり効果が見込めない。

 加えてグリモアーツ“チャンドラ”が【解放】された以上、魔術の出力と精度は先ほどまでと比べ物になるまい。真正面からぶつかってまともに勝てる道理など無かった。


(早く行かなきゃ……!)


 圭介の中に戦うための策はある。しかしルドラとの間にある距離が問題だ。


 全身が重くて仕方ない今、脅威となるのはルドラだけではない。

 極度の疲労状態にも似た体で動こうとした場合、転倒のリスクがどうしても高くなってしまうのだ。そしてこの状況下で転ぶとなると普段以上の勢いがつき、体にかかる衝撃も平時と比べて強くなるのは目に見えている。


 腕を振るうだけならともかく、足を動かすとなった場合圭介の動きは今のイスモにも及ばないだろう。


「トーゴー・ケースケ」


 と、重力で索敵もままならない中悩んでいる背後から。

 突然かけられた声に圭介はびくりと肩を震わせて振り返る。


 そこにいたのはイスモの状態を見て表情を歪めているレオと、もう一人。

 寒空の下に相応しく厚着に身を包んだ少年だった。


「あんた確か……」

「悪い、こんな状況だが少し話させてくれ。俺はハイドラ王国から来たヘラルドって者なんだが」

「ああうん、どうも。アガルタ王国に身を置いてる東郷圭介です」


 どこか場違いな挨拶の応酬を経て、まずレオが様子を聞く。


「今、どの程度まで動けるんすか?」

「体の動きだけなら普段通りにできるかもしれない。ただ離れた場所から攻撃するのは今は無理。あと近づくために移動したいけど、足場の悪さをカバーする手段が僕にはない。せめてゆっくりとでも歩いてるんだけど、なかなかね」


 言っていくらか情けない気持ちになる。ヘラルドの方も圭介が迂闊に飛び込めないのを理解した上で話しかけてきたらしく、返答に対する表情の変化は見受けられない。


「なあ、ケースケさんよ」

「どしたい」

「ウチのリーダー、テレサってんだが。あいつの魔術ならルドラにダメージを与えられると思う。そこはさっきおたくの仲間にも説明して納得してもらえた」

「らしいね。ウチの仲良し二人組が出会って二日の相手にあそこまで協力するくらいだ。それにさっきからあの伸びる剣だけルドラが本気で嫌がってる。……何する人なの、そっちのリーダーは」


 言外に「主力はテレサであって圭介ではない」と告げたつもりらしいヘラルドは冷静な返事に少し驚いた様子を見せた。

 が、すぐに戦場の顔へ戻る。


「空間歪曲術式。第四魔術位階【ミラーワールド】で鏡を歪めるのと同じ理屈で空間捻じ曲げるんだ」


 何やらとんでもない魔術に関する情報をさらりと提供された気がするものの、思えば今相手にしているのは重力魔術の使い手であり圭介自身は念動力魔術で無尽蔵の魔力を使って森羅万象を操れる。

 今ここで魔術適性の希少性にこだわる意味も薄かろうと納得し、ついでにヘラルドの話の終着点も見えてきた。


「その空間歪曲魔術なら重力魔術に対抗できるんすか」


 まだ微妙に重力操作と空間歪曲の相性について飲み込めきれないレオが首を傾げる。


「【ミラーワールド】は他人の魔力が介在している物質や生き物相手には使えないっていう制限がある。逆を言うとそれ以外は何でも歪められるってこった」

「つまり?」

「事前に魔力を流し込んで局所的に歪められた空間は、魔術による重力の変化にある程度の耐性を持つ」

「要は最初から重力ごと空間に手ぇ出してるから重力操作魔術じゃ後出しで干渉できねえんだ、あの人の剣と斬撃に限っては」

「……ご明察。こりゃ数々の騒動を生き残れてきたわけだ」


 ヘラルドの反応は圭介による簡略化された説明の正当性を示していた。


 伸縮しているように見えたあの刀剣は事実として伸び縮みしておらず、歪んだ空間に巻き込まれているだけだったらしい。


 目の前では尚もしつこくイスモが地面から砂を出してルドラの足に絡ませ、先に受けたウルマスの魔術も重なって動きを一瞬止める。

 僅かに生じた隙を突く形でテレサが伸ばした剣の切っ先が討つべき敵の眉間目掛けて突き進むも、それは浮遊する“チャンドラ”の一つが間に入って防御した。


 なるほど、と理解する。


「ってなると僕が近づいて彼女をサポートすれば、あるいは」

「ここであの[十三絵札]とかいう化け物を仕留められる。……かもしれない」


 確実なことは言えない。それはそうだがしかし、希望が見えた。


「俺の得意な魔術についても教えるよ。ぶっちゃけた話、直接戦うとなるとクソ雑魚もいいとこでな。いつも支援ばっかしてる」

「そういう人がこういう話持ちかけてくれるの、すっげー心強いよ」


 レオの方を見ながら心底思ったままを口にする。


 ふへっ、とヘラルドが不器用そうに笑った。冗談を言ったつもりのない圭介にその真意は測りかねたが、ともかく話の続きを聞く。

 ここで彼の作戦にきっちりと乗れるかどうかが、勝てるかどうかの分水嶺となるだろう。


「あんがとさん。それで俺の魔術についてだが、一言で言うと魔力を凝固してバネを作れる。第五魔術位階【スプリング】ってやつでな」

「さっき瓦礫を押し出してた魔術か」

「マジで話が早くて助かるぜ。んで、俺の残り魔力のほとんどを使えばこのクソダルい空間でも真横に飛べるくらいの代物は作れるわけだ」


 話している間にも、離れた位置でルドラがテレサに向けて魔力弾をいくつも撃ち放っているのが見える。

 真上に掲げる盾は空間を捻じ曲げて重力による拘束を和らげるためにあるのだろう。それによる防御はできないようだった。


 なので、背負っているユーが【砂利道渡り】で地面を滑りつつ回避する。

 きっと長くは持たないだろう。ミアの強化術式にもタイムリミットはある。


「ただ上から加わる負荷に関しては一切考慮できねえ。このままだと真横に飛んだはいいものの、空気抵抗で全身そこかしこベキベキになる。そこでコイツの包帯を巻きつけて回復魔術を流し込みながら飛ばすって寸法だ」

「それで済むならつくづくありがたい話だよ。……レオ、そんな顔するなって」

「いやまあ飲み込んではいるんすけどね。ケガするの前提ってのが何かなぁ」


 文句を垂れ流し包帯を巻きつけてくれる友人の優しさに少し癒されつつ、右手に普段より重く感じる“アクチュアリティトレイター”を握り直した。


 見ればヘラルドは既にアイビーグリーンに輝く魔術円を幾重にも重ねて展開している。

 そこから螺旋状の魔術が飛び出して圭介を吹っ飛ばすのだと理解するも、どうしたところで今日が初対面の相手だ。利害や理由が一致していたとしても不安は拭いきれない。


「ほんじゃ、あんたの彼女さんの手助けに行きますか」

「は?」


 だから軽口を叩く。


「俺とあいつはそんなんじゃ……」

「準備できてるんでいつでもどうぞ」

「いやあの」

「これ終わったら恋バナしようね」

「おい聞けって」

「時間ねーからとっととしやがれ」

「覚えとけよお前!」


 いくらか気安くなれたらしい。互いに気負うものが減った感触を確かめて、彼が用意した魔術円の前で中腰の姿勢に入る。


 直後、背中に強い衝撃が走り。


 少し離れた位置にいたはずのルドラが、一瞬で眼前へ迫った。

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