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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第一章 異世界来訪編
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第二話 幻想破壊少女


 異世界。

 フィクションの世界においてありふれていたその概念は、無遠慮に少年の日常へと食い込んだ。

 圭介とてこれまで普通に生きてきた平凡な男子高校生である。自身の家族との繋がりを断たれたことによる多大なストレスは、当たり前のものとしてあった。


(ああ、こんな事になるなら家族に別れの挨拶でもしておきたかったなぁ)


 息子に水車落としをかます外面だけは清楚そうな元レディースの母親。

 自宅に招いた友人がことごとく妹と勘違いする見た目は美少女の父親。

 とんでもないものに憑りつかれているらしく初詣で出禁を食らった兄。

 何故かピンポイントで人骨を掘り当てる才能を持った飼い犬のフジミ。

 同じくピンポイントでレトロゲームの配線を引き抜く飼い猫のムテキ。


 ロクな家族がいなかった。


「置いてくぞー」

「ああごめん、ウンコ我慢してた」

「マジかよそっちにトイレあるから行ってこいや」

「大丈夫あと五時間はイケる」


 物思いに耽っていると前方からエリカの声が聞こえてきた。

 咄嗟に下らない嘘でごまかしたが、これで相手がまともな女子なら著しく好感度が下がったことだろう。今後気を付けよう、と肝に銘じて歩を進めると


「出してこいって。そういうの無理に我慢して悲惨なことになった友達知ってるよあたし。いやあくまで友達がな、うん。危険だからあんま深く聞くな。そんな目であたしを見るな」


 と何故か突然真顔になったエリカにウンコの件でしつこく言われた。

 圭介側も薄々は察していたがこのエリカという少女、どことなく馬鹿のきらいがある。


 とにもかくにも異世界である。

 日本にいた頃の常識が通用しないのは窓から見た景色で確信した。当面の問題はどこまで自分が順応できる環境であるかを知ることだ。

 そのため情報収集において妥協は許されない。受ける説明は逐一頭に叩き込む必要があった。


 現在圭介はエリカに現在地、即ち自身が転移してきた学校の案内を受けているところである。


 動かぬ証拠を叩き付けてここが異世界であると宣言したヴィンスは、まず圭介に今いる場所がどこか知ってもらうことを優先した。

 とはいえ異世界からの来訪者の存在をそのままにするわけにもいかず、上への報告を済ませる必要もあると言って現在は一時退席している。


 そこで監視役も兼ねた案内役として抜擢されたのが、転移した際に最も近い位置にいたエリカだった。

 道中で色々とこの世界における常識を聞かせてもらえるのは、圭介としても素直に嬉しい。


 彼女曰く、この世界において存在を確認されている大地は今彼女らが立っているビーレフェルト大陸のみであるとのことだった。

 海の向こうに何があるのか、気にならないでもないがその果てを目指した者が誰一人として帰還しなかったという事実が人々の好奇心の歯止めとなっているそうだ。


 そしてその大陸内において特に国力に富んだ国として地図の中央に君臨するのが、エリカ達の住むアガルタ王国。


 大陸の中でも多様性と実用性を兼ね備えた機器類の生産国として知られるこの国は、技術大国として全土に知られている。

 技術大国、という言葉に日本人の圭介は若干の対抗意識を燃やしたり燃やさなかったりしたが、どうやらビーレフェルト大陸には元々客人の影響を受けていない場合でも相応に技術の進歩が見込める下地はあったらしい。


 そこに彼らからしてみれば未知の技術を有する異世界人が来訪し、様々な物品や施設設備を整えたことでテクノロジーが飛躍的に進んで現状に至ったというのが事の真相である。


 圭介らが転移してきたこのアーヴィング国立騎士団学校は、そのアガルタが国を挙げて運営する未来の騎士の養成所である。日本の感覚に合わせるなら警察学校のようなものだろうか、と圭介は独自に解釈した。


「要するに君らは揃って公務員志望か」

「まぁな。別に騎士団採用試験で落ちても必要な単位取ってれば民間企業に雇ってもらえるから恵まれたもんよ。中には試験を受けずにフリーで冒険者になる物好きもいるらしいけども」

「冒険者っていうのはあれかな、外でモンスター退治したりとか」

「そうそう、危険な未踏の遺跡を調査したり本業の人より割安で用心棒の真似事したり。クエスト受注用の専用アプリもあるぜー。あたしら学生にとっちゃ丁度良い小遣い稼ぎになるんだこれが」


 当然のようにタッチパネル型の携帯端末を取り出された瞬間、圭介は眩暈すら覚えた。


 彼が知る異世界といえば主に中世ヨーロッパ的な世界観が主流であり、現代日本のような発達した文明を持たない代わりに魔術的なアイテムと超高度先史文明の遺産が存在する、というのがスタンダードであるという先入観が存在する。


 しかし実際に圭介が訪れたこの世界はどうだろうか。


 先ほどの会話からモンスターは間違いなく存在するものと考えていいだろう。

 それにヴィンスに促されて見た文字通りの空中楼閣の存在や人間とはかけ離れた外観の種族達。

 ゲームや漫画、ライトノベルで見た覚えのあるファンタジー的要素はこれでもかと詰め込んである。


 そして同時にそういった風景の中に混在する、現代日本人として馴染み深い電子機器の類や建築物が際立つ。

 具体例としては、今まさに目の前に存在するスマートフォンらしき何かが挙げられた。


「僕らのいた世界ではそれスマホって呼ぶんだけど、こっちでもそう呼ぶの?」

「普通にスマホはスマホだろ。むかーしこっちに来た客人が伝達した携帯用の通信機器を、こっちの技術者連中があれやこれやして改良しまくったやつの最新作ってとこだな」

「……その、マレビト? って僕みたいなこっちの世界に来た人のことだよね? 僕以外にも結構いたりすんの?」


 最大の懸念事項にして同時にわずかな希望でもあるのが、この世界に来てから度々聞く客人という言葉である。

 どうやら今の圭介と同様に、異世界に転移してきた人間の総称として使われている言葉であるらしい。


 もしも圭介以外にもこの世界に来た人間が複数いるのなら、元の世界に戻る手段を模索する上で間違いなく最大の手掛かりとなるだろう。事によっては既に帰還するための手段が確立されているかも、という希望的観測もある。


 逆に何人もの人々がこちらに流れ着いてそのまま戻ることもできずにいるのなら、そもそも戻る手段の存在自体が危ぶまれる。

 だから諦める、と断ずるほど絶望する要因が揃っているわけではないが不安は拭い切れない。


「最初がいつだかは知らないけど、五十年とちょっと前くらいからこっちの世界に来る頻度が急に上がったらしいからー……まあ厳密な数字とか知らんけど圭介と同じようなのは三ケタ以上いるだろさ」

「……因みに、これまでに客人が元の世界に戻ったって話は?」

「何人かいたらしいぜ」


 そのあっさりとした物言いに、徐々に現状に慣れつつあった圭介も流石に目をみはった。どこの世界に転移してから十分もしない内に帰還するための手段を得られる異世界があるものか。


「マジで!? じゃあ僕も帰れるじゃん、よっしゃあ!!」

「あのー、言っとくけど簡単に帰れるわけじゃないっぽいぞ。これまでに帰ったって連中も狙って帰ったわけじゃなくて、偶然元の世界に戻れたっていう結果だけの話しか残ってないし」


 念のため、と付け足される言葉も希望を払拭するほどではなかった。不可能ではないというだけで随分と心が軽くなるものだ。


「絶対に帰れないよりよっぽどいいじゃない。よーっし、帰る方法探すためにも色々調べないと」

「うんうん、何はともあれ元気が出たなら何よりだ。そんじゃあ案内ついでに次は食堂行こうや、まだ昼休み前だから座り放題だぞう」


 その言葉を受けて、はたと気が付く。


(そういやこっちの世界って、今真っ昼間なんだな)


 圭介がいじめられているという立場を利用して、不良生徒らに自作小説の批評をさせていたのが夕方十七時前。空が橙色に焼けた頃である。


 そしてついさっき、エリカが見せてくれたスマートフォンの画面に表示されていた時刻は十二時。これを五時間巻き戻ったと捉えるべきか十九時間進んだと捉えるべきかは定かでないが、こちらの世界でも一日が二十四時間なのだとしたら見過ごし難い時間差が発生しているのだけは明確だった。


(まずいぞ、生活サイクルがぐちゃぐちゃになりかねない)


 とはいえそれすら些事に思えるほどの五里霧中が立ちはだかるこの状況。圭介が抱く感想などそんな程度のものだった。


「ほら早く、ぐずぐずしてっとすぐ券売機の前に行列できるんだから」

「券売機まであんのかよスゲェや!」


 そして異世界に対するファンタジー的な期待も順調に薄まっていった。



   *     *     *     *     *     *  



 エリカの言った通り、食堂にはまばらな人影が散見されるのみで昼食時の学生食堂としての喧騒は今のところ皆無であった。やはり授業の時間が完全に終わっていないのが大きいらしい。


 内装は主に木材を用いて建設されていた。花瓶などの小物からカーテンまで全体的に寒色が多く、中にいる人間に落ち着きをもたらすようなカラーリングが特徴的である。


「そっちで食券が買えるんだけど、こっちの金持ってねーだろ。今日は金貸してやっから次稼いだ時に返せよ」

「ありがとう、助かるよエリカさん」

「さん付けすんなよ水臭いな。これから同じ釜の飯を食う仲じゃないか」


 つまり現時点では赤の他人だ。


「文字読めるかわかんねーから注文はやってやる。ケースケはあっちのテーブルに座って待ってて……」

「あれっ、エリカと……女子更衣室の人じゃん」


 会話の途中で何やら不名誉な呼び方が聞こえたかと思うと、圭介達のもとにエリカと同じく学園の制服を着用した二人の少女が歩いてきた。


 恐らく圭介を指して”女子更衣室の人”と呼称したのは活発そうな印象を抱かせるショートヘアの少女だろう。

 猫のような三角形の耳とスカートに空いた穴からはみ出る尾を有していることから察するに、圭介の知る人間とは種族が異なる。日本の常識ではアニメや漫画の世界でしかあり得ない若草色の髪の毛と、暗い紫の瞳が特徴的である。


 その右隣、やや後方にいるのは対照的にすらりと長く伸ばされた銀色の髪に空色の瞳を持つ気の弱そうな少女。

 身長はエリカより少し高い程度で、同年代の女子と比べると背は低い。ただ、胸だけがこの三人娘の中で圧倒的に大きかった。こちらは耳が尖っていることを除けば通常の人間と造形的な相違は見られない。


 二人は足早に食堂に来ていたのか、既に昼食が載せられたプレートを持っている。

 猫耳少女は鶏の照り焼きを主菜とした定食で、尖った耳の少女は華奢な外見に反してやや大きめの器に盛られた焼肉丼を食べるようだ。


「おう、丁度良かった。四人で食おうぜ。ほれケースケ、こいつらあたしのダチなんだわ。席取るついでに自己紹介済ませときな」

「えっ、わ、わかった」

「ケースケ君ね。客人なんて初めてだから話すの楽しみだなあ。ほい、どうぞ」

「ども、あざっす」


 エリカとはまたおもむきを異にする親しみやすさで、猫耳の少女が着席を促す。流石に”女子更衣室の人”と呼び続けるつもりはなかったのだろう、圭介の名前を噛みしめるように反芻していた。

 もう一人の少女も不慣れな相手に対する緊張は見せているものの、極端に嫌がってはいないようだ。圭介と目が合うと薄く微笑んだ。


(かわいい)


 童貞は瞬殺された。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サブタイトルにある通り幻想破壊少女ことエリカのキャラが際立つ話でした。 所々の発言、圭介と期間が短い中で仲がよさそうになっているところなどから「こいつもバカなんだろうなぁ」というのが伝わ…
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