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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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第十五話 皇帝の終

――それは三ヶ国首脳会談より六日前の出来事。


 橙色の照明に照らされる部屋には瀟洒な調度品が並び、机の上に飾られた黄色い花は魔道具たる花瓶の効果か淡い光を纏う。


 この部屋はただ入って歩き回るだけでは見えない角度にいくつもの仕掛けが組み込まれている。

 場所が場所なだけにそも侵入できる者などそうはいないが、仮に入ってきたとしても仕掛けを知る者ならば容易に対処できるはずである。


「やあ、こんばんは。静かな夜だね」


 ただ、目の前にいる珍客にはそれらを一切拒絶する何かがあった。


「ボクは[デクレアラーズ]最高幹部[十三絵札]が一人“道化の座”アイリス・アリシア。幹部と言えども現段階では実質的なリーダーに位置するが、そこの区別はボクにとっても君にとってもさほど重要ではない」


 唐突に現れた青い髪の少女は他人の椅子に我が物顔で腰を下ろし、堂々たる態度で足を組みながら微笑む。

 遠慮はない。きっと、容赦も。


「壁際の照明用スイッチに見せかけた仕掛けなら触れても無駄だよ。カーペットの下に仕込んだ魔道具も機能を止めている。他も全て封じてある。そして君は誰もこの場に呼び出したりしない。呼べば呼んだだけ死ぬと理解できているからだ」


 ただ座って笑顔で話しかけてくるだけ。殺気や闘気どころかちょっとした威圧感すら漂わせていないのに、迂闊な判断が死に直結しているのだと否が応でも理解させられる。

 例えるなら空一面を覆い尽くす巨大な笑顔に話しかけられているような、悪夢にも似た理不尽な力の差がそこにはあった。


「今日は君に用事があって来たんだ。三ヶ国首脳会談に乗じて少し働いてもらいたくてね」


 言って、目の前の道化は懐から一枚の霊符を取り出す。


 表面にはギラギラと輝く紫黒色の術式が浮かんでおり、その内容から推察できるのは恐らく別の場所で発動された術式と何らかの形で連動する類のものであろうということ。


「当日、これをアブラム・ラステンバーグ四世に貼り付けてほしい。無理ではないよ。絶好の機会はそうとわかる形で君に訪れる」


 疑問を呈するより先に答えが示される。

 不可思議な感覚だった。ただわかるのは、対等な会話など彼女相手にできないのだという事実のみ。


「君がこれを彼に貼れば彼は殺される。ラステンバーグ皇国の現皇帝が死ぬ。どうしたって歴史は動くし民草の生活に影響も及ぼす」


 淡々と朗々と彼女は語る。一国の一大事を。人の死を。あまりにも軽く。


 それがどうしたわけか、非常に心地良かった。


「そして全て知った上で君はこの誘いを断らない。アブラムの振る舞いや行動に対して日々思うところがあるからだ。彼がいては皆が(かつ)えると知っているからだ。皇国の終焉が免れ得ないとわかっているからだ」


 気づけば伸ばしていた手に霊符が渡る。

 浮かび上がる術式の禍々しくも思える魔力が、しかしどこか優しく揺らめいた。


 ああ、そうだ。

 ずっと前から知っていた。


 この国はどこか病んでいるのだと。


「まあ、そういうわけだから」


 予定調和と言わんばかりにさほどの反応も見せないまま、道化は変わらぬ笑顔で背中を向ける。

 もう帰るのだろう。どこへかは知らないが。


「頼んだよ、ラウリ」

「はい。必ず」


 空色の燐光を散らして消える少女へ、ラステンバーグ皇国の皇太子は生まれて初めて目上と思える相手に一礼した。



   *     *     *     *     *     *



「アブラムの背中に貼ってあるのは第五魔術位階【アトラクション】の補助用霊符。俺の手元で起点となる術式を発動させれば、コイツの体は離れた位置からでもここまで吸い寄せられる」

「か、かひゃひ、ひゃふえお!」


 ルドラに首根っこを掴まれたアブラムが何事か叫んでいる。恐らく「助けろ」と言っているのだろう、とはそれを聞いた全員が察した。


 だが、どうすればいいものか。


 弱体化していると言っても半端な攻撃ではルドラに通じず、ならばと強力な魔術で攻めれば今度は最重要護衛対象であるアブラムが盾にされる。


 そうなると奇策も交えた不意打ちしか有効な手段がない。

 ではそれを実現するにはどうすべきか。


「全員いつ仕込んだのかわからないって顔だな。だが知る必要もないさ」

「ぎょげぇえ」


 当然、考える時間など残されてはいなかった。


 埒外の握力で首を折られたアブラムは、呆気なく、本当に呆気なく白目を剥いて口から泡を吹き蛙のような断末魔を残して絶命した。

 アガルタ王国、ハイドラ王国、何よりラステンバーグ皇国にとって守らなければならない最重要人物は今、死んだ。


「貴様ッ!」


 ルドラの目前に来ていたハイドラ王国の客人、ローガンが急ぎサブマシンガン型グリモアーツ“サブナック”から(はじ)色の魔力弾を連射する。


 彼の魔力弾は命中と同時により細かな複数の魔力弾として分裂し、弾が進んでいた方向に拡散される独特な挙動で知られていた。

 戦場において相手の防具や結界に食い込み破壊するそれは、直接体に触れれば筋肉を食い破り運動性能を殺す。


 フラグメンテーションと呼ばれる類の弾丸と似ているものの、より攻撃的な性能を有するそれが無数に放たれた。


「【ルーインダスト】」


 対してルドラは周囲に漂う砂塵の一部を魔力で支配下に置き、障壁とばかり前方に拡散する。

 命中と同時に分裂する魔力弾が外見以上の重量を持つ塵に当たって花火すら陳腐に思えるほど美しい光を撒き散らし、やがて威力を失い消滅していった。


「その魔力弾」


 目的を果たし達成感が溢れ出そうとするのを理性で抑えているのだろう。

 隠し切れない高揚を薄く滲ませた声でルドラが笑う。


「弱った今の俺が直接受けるのは危険だが、防げないわけじゃあない。こういう細かな粒での防御を突破するのは苦手だろう?」


 後退する彼の目前で【ルーインダスト】による防御を崩そうとしているのはローガンだけではない。

 エリカの魔力弾、ミアの【ホーリーフレイム】、テレサの剣にウーゴの透明な刃なども加わっていく。


 だが彼らとて悠長に攻撃ばかりしているわけにもいかない。


「おっちゃん、上だ!」

「……!」


 急ぎローガンが体を【カントリーロード】に沈めて内部を移動し、エリカとエメリナが待つ後方へと舞い戻る。


 直後、彼が身を乗り出していた場所に破壊された壁面の一部が落下してきた。

 それまでルドラが無重力の空間を作り出し浮かび上がらせていた無数の瓦礫と騎士の死体が、まとめて落ちてきたのだ。


 まず追いかけようとするテレサの首根っこをウーゴが掴んで怒鳴る。


「テレサちゃんあんた深追いはダメよぉ! みんな、私のところに集まって! ヘラルドは上から来る瓦礫をどかしてぇ、埋まるのだけは絶対避けなきゃ!」

「わかった!」

「……っ、ごめんウーゴさん。冷静になれてなかった」


 灰白色に輝くケイ素が大きな籠を形成してハイドラの受勲者パーティを包み込み、続けてその頂部にアイビーグリーンの魔術円が複数展開された。

 降り注ぐ瓦礫がその魔術円に僅かにでも触れると、螺旋状の魔力がバネの要領で飛び出して真横や斜めの方向に弾き飛ばす。ウーゴの言う通り、これで迎賓館の残骸に埋まる可能性は防げただろう。


 圭介の方も生き埋めを回避するため頭上から迫りくる瓦礫を【テレキネシス】でどかしながら、足場としている巨大な瓦礫を上昇させていった。


「悪いけど僕らは深追いしよう! 今ここでアイツを逃がすわけにはいかない!」

「おうよケースケ、その通りだぜ!」

「せめてこの場で倒さないとね!」


 危機的状況にも構わず接近するアガルタ王国の受勲者一同を見て、ルドラが呆れた表情を浮かべながら(くび)り殺したアブラムの死体を投げ捨てる。


「驚いた。まだやるのかい」

「当っ然!」


 アブラムを護って死ぬつもりでいたどこぞの国王は既に目的を見失っただろう。

 しかしここでルドラを逃がせば次があるかもしれない。また王の死を王自ら提示するような事態に巻き込まれるなど、圭介としては許せなかった。


「【水よ来たれ】【滞留せよ】!」


 クロネッカーから伸びる水の刃。超大型モンスターでさえ断ち切る威力を持ったそれを、一見してただの人間にしか見えない相手に振るう。

 そこに抵抗は感じない。そもそも殺せる気がしなかった、というのが本音だ。


「何だそりゃ」


 事実としてルドラは片手で斥力を発生させ、鋭い一撃を容易く払いのけた。

 が、片手を失った状態でもう片方の腕を振るう動作は一瞬ばかりの隙となる。そしてその隙を見逃さないエルフと獣人のコンビが前に出た。


「【弦月】!」

「【ディヴァイン】!」

「っ、あー……」


 群青色と山吹色の斬撃が敵の胴体で交差する。


 第四魔術位階相当の攻撃をほぼ同時に二撃受け、ルドラが不快そうな顔でやや上半身をのけ反らせた。

 そこから反撃に転じるより早く、赤銅色の鎖と葡萄色に光る包帯が彼の四肢を縛りつける。エリカとレオの拘束は関節部分を覆うようにしているため、先ほど水の刃を弾いた時のような動きを許さない。


「鬱陶しいなあ……!」

「そっちこそ!」


 四人による攻撃の合間、圭介はルドラの支配下から解き放たれた無数の瓦礫を一部【テレキネシス】で拾い上げ、“アクチュアリティトレイター”の先端にまとめた。

 簡易な戦槌と化したそれが鶸色の燐光を纏って振り下ろされる。


「しぶといんだよさっきっからぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うぐう」


 渾身の力による上段唐竹割り。

 相手によっては即死するであろう必殺の一撃だったが、ルドラはそれをまともに頭部で受けながらも棒切れで殴られた程度の反応しか見せない。


 それでも相手を逃がさずこの場に留めるという一時の目的は果たせたのだろう。

 全ての瓦礫が地面に落ちて巨大な穴は凹凸激しく壊れている大地へと姿を変え、見ればハイドラ王国とラステンバーグ皇国の面々も少しずつ地面に足をつけていくのがわかった。


 当然、デニスらアガルタ王国の王族も。


「はぁーあっ。目的は果たしたし俺がここに残る理由も無いんだが」


 殴られて俯いた頭を上げて、ルドラが圭介と視線を交わす。


「判断に迷うな。君をここで殺すべきかどうか」

「かかってこいよ。こっち何人いると思ってんだ」


 この場で決着をつけなければ、と思っての強がりな発言はきっと見透かされていた。

 褐色の青年はまるで子供の遊びに付き合うが如く、小さく息を吐いて地上へと降下していく。それを追うようにして圭介も足場としていた巨大な瓦礫をゆっくり地面に下ろした。


「ケースケ君!」

「遅れてすまない。陛下、いやそれより殿下が……いや。今はよそう」


 遅れて仲間を連れたテレサと、ラウリを避難させてきたらしいイスモも砂の鳥から降りて駆け寄ってきた。


 後方の空では今もフィオナが根気強く【サンクチュアリフォース】を維持してくれている。

 だがいかに王族と言えども第三魔術位階を長時間持続するのは不可能に近い。決着を急ぐ必要があった。


「まあでも確かに。これだけの戦力をこの場に置いていったとなると、後々他の計画に支障が生じるかもしれないのは事実だろうね」


 言ってルドラが左手を動かし、紫黒色の術式を自身の周囲に展開する。


「先に褒めておこう。()()を見せるのは俺なりの君達に対する敬意だ。想定より追い詰められた以上、実力を認めないわけにはいかないからね」


 続けて左手をわざわざ右側のズボンのポケットへと伸ばす。恐らく右手が機能していないためだろう。

 その動きが何を意味するのか察した何人かが構えて突進するも、宙に浮かぶ術式から生じた斥力にまとめて押し出され動きを止められる。


「うわっ」


 想定より遥かに強い力で接近を拒絶されたのは、これまで夥しい数の瓦礫を空中に停止させ続けるために分散されていた集中力や演算能力が取り戻されているからだ。

 現在進行形で弱体化しているはずのルドラはその実、戦いの中で自身がどれほど凶悪な存在であるかを見事に誤魔化してみせたのである。


 それが今、実質的な彼の勝利へと繋がろうとしていた。


「【解放】」


 ポケットにしまわれていると思しき一枚のカードが紫黒色に光り輝き、同時に圭介ら全員の体が上から下へと加わる負荷に屈服する。

 誰もが身動きを取れない中、一人自由を満喫しているルドラが己がグリモアーツの名を紡いだ。


「【“チャンドラ”】」

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