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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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第十四話 僅かな勝機

 第三魔術位階【サンクチュアリフォース】。

 万有引力を除いたあらゆる運動量を任意且つ大幅に減衰させる結界魔術。攻撃を全て地に落とし、敵の航空戦力も使い物にならなくなるフィオナの奥の手である。


 効果範囲は広い。おおよそ〇.五ケセル(メートル法換算で一キロメートル)という驚異的な直径を誇り、加えてこれを縮小すれば魔術の精度も向上する。


 現在、かつてビバイ迎賓館があった場所で彼女が念入りに術式を構築し、満を持して発動したのも効果範囲を狭めたものであった。


 詠唱を用いず術式から第三魔術位階を組むとなるとひたすら手間である。とにかくどんな手段を使ってでも時間を稼がなければならない。


 デニスからの衝撃的な情報提供。アブラム・ラステンバーグ四世に対する憎悪誘導。使える手札は軒並み使い、実際に時間も予定通り稼いでいる。

 立ち位置的にルフィノからは術式を組むフィオナの姿が見えていただろうが、あの場でそれに言及するほど彼は愚かな男ではなかった。


「まさか最初からこうするつもりでいたのかい?」


 果たして実を結んだのは、ルドラの緩慢な自由落下という結末。

 重力魔術で宙に浮いていた彼はここに至って、自らが操り反発してきた引力によって自らが開けた大穴へとゆっくり吸い込まれていく。


「驚いたよデニス。どうやら君の王としての器は確かなものだ」

「器など知らん。王は王、ただそれだけに過ぎん」

「面白い在り方じゃないか。興味深いが掘り下げて話すだけの余裕もないとは我ながら情けない」


 万有引力に逆らえないという難点から地上で使用すると効果が弱まる【サンクチュアリフォース】だが、その地上なるものが遥か眼下にあるこの状況では話が大きく変わってくる。

 浮力が働かない水中で真下へ流れる波に飲まれたかのような状況となったルドラは、それでも負けじと色黒な肌の表面に紫黒色の術式を浮かべて笑った。


「術式追加【アンチグラビティ】」


 同時に下へと働く力に上へと逆らった代償かギチリと音を立てて彼の体が空中に留まる。しかしその表情に余裕はない。


「第三魔術位階【晃浪ノ彲】!」

「うおっ」


 一番最初に異変を感じ取ったらしいユーの声、そして振るわれる透き通った刃。


 そこから生じた列車ほどはあろう群青色の竜が顎を大きく開いて迫る。ルドラは一瞬反応が遅れてしまったがために抗いきれず飲み込まれ、雪のように細かな斬撃の嵐へ身を晒した。

 竜ともどもルドラは今までいた高度より下方、離れた位置に浮かんでいる瓦礫まで吹き飛ばされて結界との間隔を開く。


「うおぉいユーちゃん!?」

「チャンスは相手がまだ【解放】してない今しかない!」


 戸惑うエリカの声にユーは切迫した声で応じる。


「姫様の第三魔術位階に逆らうので精一杯で、あの人かなり弱体化してる! 今まで攻撃防いでた分の魔力、全部とはいかないまでもいくらか浮かぶのに割いてるはずなんだよ!」

「つまりさっきまでより柔らかいってことだ!」


 次いで有利な状況と理解した教会警備隊の一人、金髪のロングヘアを後ろで束ねたウルマスが足場となる砂の鳥から大きく跳躍した。


 その手に握るは先端に突起が付属する鉄球をつけた長柄武器、モルゲンステルンの形状を有するグリモアーツ。

 鉄球部分に浮かんだ術式が蛇のように柄を伝ってウルマスの体に届き、刹那の間に全身へと張り巡らされるとポピーレッドに輝く魔力が迸る。


 同時、群青に煌めく【晃浪ノ彲】を斥力で弾き飛ばしたルドラが姿を現す。

 既に【ネイキッドアーマー】による防御力が低下しているのか小さな傷を全身につけた彼はしかし流血しておらず、皮膚の下に小さく見える金属らしき光沢はその身が機械で出来ていることを証明していた。


「アルネの仇、討たせてもらうぞ!」

「その友情と覚悟は評価するけど今俺は非常に機嫌が悪い」


 勢いよく振り下ろされる鉄球をルドラは左手で受け止める。対象を軽くしたかあるいは自らを重くしたのか、渾身の一撃を受け止めたその手は指先すら揺るぎもしない。


「邪魔しないでくれるかな。手傷一つすら期待できない君ら程度の相手をしている暇はない」


 空いた右手を手刀とし、目の前の敵を穿たんと首目掛けて一撃放ったところで。


 ウルマスが、笑った。


「手傷一つなら期待してくれよ」

「……!?」


 体の表面に浮かんだポピーレッドの術式が大きく膨れ上がり、爆ぜる。彼の首に手を突き入れようとしていたルドラは、至近距離でその大爆発を真正面から受けてしまった。


「うわっ!」


 短い叫びとともにのけぞる彼の左手から先は表皮を焼かれ、露出した部分からは機械部品の骨とカーボンナノチューブらしき繊維質が見えた。


「え、え!? 自爆した!?」

「ビビるな! 僕は生きてる!」

「は!?」


 驚く圭介の視線の先、イスモが作った砂の鳥がデニスの結界に向けて飛翔する。

 その背中から全身に砂を被りながら、()()()ウルマスが姿を現した。


「さっき爆発したのは僕が魔力を分けてサロモンに作ってもらった人型爆弾だ! 右手持っていけたんなら不意打ちとしては上々な成果だね!」

「だが二度目は通じまい! 千載一遇の好機、皇帝陛下と皇太子殿下には急ぎ避難していただく!」


 イスモやウルマスと同じ足場に立つマッシュルームカットの大男、サロモンが檄を飛ばす。

 彼の手に握られたサクスと呼ばれる類の短剣型グリモアーツには青鈍色の魔術円が柄から刃の先端まで五重に連なり、それを銃口として爆風の向こう側にいる敵へ数発ほど魔力弾を射出した。


 着弾したらしく小規模な爆発が断続的に生じたが、それで止まってくれるほど優しい相手ではない。

 全身に攻撃を受けながら構わず突き進む様はさながら砕氷船である。


「真相を知って尚、その男を護るか!」


 爆風の狭間から漏れた紫黒色の魔力が薄く広く周囲に拡幅していく。すると大量の瓦礫と同じく宙を舞っていた細かな塵が、ルドラを中心として渦巻いた。


 念動力で周囲の動きを察知してきた圭介にはわかる。

 その砂一粒一粒が、金槌一つ分ほどの重量へと変わっていくのが。


「【ルーインダスト】!」


 振るわれた左手に応じ、紫黒色の靄がイスモ達もデニスの結界もまとめて包み込まんと迫った。


 元は建材の一部、あるいは庭園の砂、あるいはゴミ捨て場に蓄積していた埃。

 あまりにも小さなそれらを引力で靄のようにかき集めた上で全てに重量増幅の術式を打ち込み飛ばす魔術は、名前の通り破滅の粉塵(ルーインダスト)として飛来する。


 塵一粒につき一つの穴を開ける滅びの靄は、しかし途中で動きを止めた。


「っ、東郷圭介か!」

「当たりィ! うっしそのままお偉いさん全員連れて逃げろ!」


 圭介の【サイコキネシス】による障壁が防いだためである。

 ブスブスと念動力の塊が溶かされるように削られる感覚こそあれど、ほぼ停止しているのと同じ状態にまで減速させた。これで大した脅威にはなるまい。


「……感謝する!」


 皇国の闇を知り幾重もの複雑な思いを抱えたイスモの声とともに、砂の鳥が結界に到達した。

 ほぼ問答無用でサロモンが失墜を余儀なくされ絶望するアブラムと静かに父への怒りを燃やすラウリを屈強な両腕で引き込み、次いでハイドラの王たるルフィノに手を伸ばす。


 が、彼は手でその動きを制した。


「君はそちらのお二方のみ連れて行きたまえ」

「い、いやしかし……」

「アガルタ王と姫君はあの客人による暴挙を阻害するため、この場に留まり各々魔術を維持しなければならない。私は残って可能な限り支援する」

「今言われた通りの理由で私もここに残ろう。退いてしまった場合、三ヶ国首脳会談を持ちかけた身としての責務が果たせない。可能ならハイドラ国王陛下にもすぐにご避難いただきたいのだが」


 言ってデニスが追加で新たな強化術式を展開し、自身の結界を補強していく。

 球状の防壁がより頑強になった瞬間、結界の外側から紫黒色の燐光を纏う無数の飛礫が降り注いだ。


 まだルドラによる攻撃は続いている。防衛に秀でたデニスとルドラの弱体化を実現しているフィオナ、彼ら親子の護衛として来ているセシリアはこの場をすぐに離れられない。


「残念です。貴方は王族としての振る舞いが身についていない」

「元は戦士ですので。では、失礼」

「あっ!」


 イスモの短い叫びを背中に受け、ハイドラ王国現国王ルフィノは懐からカード型のグリモアーツを取り出しながら結界の外へと飛び出した。

 未解放状態のそれに描かれているシンボルは、一つの目玉を中心に渦巻く無数の触手。


「【解放“ピクトリアル”】」


 名を紡ぐと同時。

 銀色の輝きを伴って、ルフィノの魔力と同じ色の流体金属がどろりと広がり宙を舞った。


 すぐさまそれらは使用者の胴体を包み込み、形状を双翼として滑空させる。


「あぇっ、王様!? いやいや来ちゃダメでしょ!」


 戦場に在ってどこか場違いな驚きを見せるハイドラ国民のテレサに応じず、前へと飛ぶ。

 伸縮する刃を紙一重で避けつつ、絡みつく赤銅色の鎖と葡萄色に輝く包帯を右手だけでやりづらそうに引き千切るルドラと目が合った。


「失礼!」


 ルフィノの右腕に覆い被さった“ピクトリアル”が丸太ほどの太さはあろう腕へと形を変え、目前にいるテロリストの頬へと拳を突き立てる。

 弱体化に加え中途半端な体勢になっていたこともあり、回避も防御も不可能と察したルドラはせめて顔の向きをずらして威力を殺した。流してわかるその威力たるや、常人が真正面から受けていれば頭部の粉砕は避けられまい。


「またどうでもいいのが邪魔をしに来る」


 冷静に不機嫌そうな声、そして右手に展開した複雑な術式で彼はルフィノの攻撃に応じる。


「引っ込んでろ」


 大気中の粉塵すら拒絶するため輪郭だけは目視可能な斥力の砲弾、第四魔術位階【ブロウハンマー】がまっすぐ射出された。

 それを防ぐべくルフィノの右腕にまとわりついていた“ピクトリアル”が今度は巨大な亀の甲羅へと変形して迫り来る脅威を防ごうとするも、元より盾が用を為す類の攻撃ではない。


 接触した瞬間、ハイドラの王は自ら参加した戦場から遠く離れたビルまで吹き飛ばされた。着弾したのと同時に舞い散る砂埃が離れた場所からも見える。


「うわ王様!」

「いや多分今ので死んだりはしてないだろうけど……すぐいなくなったなあの人」


 王の無謀な振る舞いを嘆きながらテレサとその隣りに立つ少年、ヘラルドが本気で困った顔をしている背後、


「【ロケッティア】!」


 詠唱を終えたミアが山吹色の光を全身から放出して前に出た。


「次から次へと!」


 続けて紫黒色の光を全身に纏って飛び蹴りを繰り出してきたルドラと彼女が正面衝突する。


 眩い盾と暗い脚との衝突は、両者にとって意外なことに拮抗した。


「お、おおお裏で頑張ってきた成果出てるかも!」


 肉体を【メタルボディ】により強化しているミアと【サンクチュアリフォース】の負荷で大幅に弱体化しているルドラ。

 絶望的なまでに開いていた二人の実力差は今、偶然にも近い状態にある。


 そうしてぶつかり合っている間にもイスモが生成した砂の鳥はアブラムとラウリを乗せて戦場から離れていく。

 ルドラの広域索敵魔術【ジオフィール】は、重力負荷の偏差を魔力によって測定することで彼らの向かっている先がラステンバーグ大宮殿であることを彼に伝えていた。


「悪いけどいつまでも付き合っていられないんだ」


 呟いてすぐ、紫黒色に輝いていた足を捻って直進するミアを滑らせるように受け流す。


「俺にはあの男を殺すという大役がある!」

「うわっ!?」


 玄妙なる体術でミアの突進を真横へと弾き飛ばしたところに、


「死ねオラァ!」


 棒状に連なる岩で構成された巨大な破城槌が姿を見せた。


 魔道具ルサージュの効果で強化されたエリカの第六魔術位階【コネクト:ミネラル】で繋がったそれは、大きさ重さ硬さといった愚直なほど単純な脅威を伴って突き出される。

 一撃程度ならルドラには通じまい。しかしエリカの周囲に展開された魔術円から伸びる【チェーンバインド】と破裂する魔力弾を併用して、連結した状態を維持しながらピストン運動を繰り返すよう工夫が凝らされているらしい。


 これだけの質量が繰り出す打突の連撃は、間違いなく超大型モンスターさえも倒し得るだろう。


「おっと危ない」


 しかしルドラ・ヴァルマという客人はそこいらの超大型モンスターなど相手にならない怪物である。

 最初の一撃から右手で受け止め、手のひらから生じる引力で吸着させ二撃目へ繋がる可能性を消し去った。


「何度目になるかわからないけどさ、邪魔しないでくれるかな。こっちはアブラム一人殺せればそれで――」

「頼むぜおっさん!」

「――あ?」


 連結した岩の末端、今まさにルドラが手で止めているそれの頂点から灰白色の燐光が溢れ出る。

 そこから姿を現したのはサブマシンガン型のグリモアーツを構えた四十代半ばの男。


 ハイドラ王国から来た、圭介やレオとは立場の異なる客人。

 ローガン・ピックルズ。


 東郷圭介やテレサ・ウルバノとは別に警戒すべき相手としてアイリスから名前を聞かされていた、ルドラとは異なる形で戦場を経験してきた元傭兵である。


 それが何故、急に岩から生えるようにして現れたのか。

 答えは先ほど殺そうとしたのに地面に沈んでしまい殺し損ねたウーゴから得られた。


「【カントリーロード】か」


 それはハイドラ王国から来た受勲者の一人、“双酷”が片割れエメリナ・スビサレタが使う魔術【カントリーロード】。

 無機物の構成素子を押しのけて内部に通路を開通させる第五魔術位階。それが彼女の兄であるウーゴをかつてハイドラの一部地域で最強たらしめた仕掛けである。


 地面に穴を生じさせて仲間を緊急避難させる、あるいは敵を地中に落として埋めるなどの形でも使われるがそれだけではない。

 応用として味方が身に着けている金具や宝石といった物品に支援術式を埋め込むこともあれば、建物や乗り物に結界魔術を仕込んで補強することもできる。


 連なる瓦礫は単なる武器に終始するものでなく、彼女の力を借りて内部に通路を通すための小道具でもあったのだ。

 何度も突き出される馬鹿げた質量の連撃を餌とし、それに意識を割いて防御に回ったところへ別の戦力を至近距離まで送り込む。


 エリカの悪知恵とこの場でこそ揃った条件が組み合わさって成立した、ルドラを確実に仕留めるための作戦は見事に成功した。


「正解だ[デクレアラーズ]。ご褒美に飴玉(キャンディ)をあげよう」


 陰鬱な声が悪趣味な冗談を告げる。

 右手でエリカによる打突の連撃を止めながら左手を失っている今のルドラは逃げられない。


 そんな現状を前に、しかし彼は微笑んだ。


「かわいそうに」

「何?」

「一度は戦いで荒んだ心を日常に癒され、それでもまだ昔の記憶を捨てきれずにいる半端者の目をしている。そんなんじゃ駄目だよローガン」


 歴戦の猛者にしか理解できないものがこの世界には確かにあるのだろう。


「戦いの場においては、徹しなければならない時がある」


 確実に成功するであろう奇襲を予定通り成功させようというこのタイミングで。

 ローガンは岩から露出している上半身を急いで【カントリーロード】の内部へと沈める。


「は?」

「あれっ?」


 裏で進めていた作戦から外れた動きを見せた男に、エリカとエメリナの少女二人が揃って疑問符を浮かべた瞬間。


 何故か。


 本当に、何故か。


「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいい!!」


 離れた位置から突如、アブラム・ラステンバーグ四世がルドラの(もと)へと飛来してきた。

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