第六話 ホテルで過ごすそれぞれの時間
受勲者が一堂に会する高級ホテル、その一室。
視界に入る全てがそれなりの値段を誇り、それでいて悪趣味とは到底言えない空間に四人の男が各々ソファやベッドに腰を下ろしていた。
纏う衣服は一様にしてカソック。
ラステンバーグ皇国のユスティネン・アルト国防勲章を持つ、イスモ・シカヴィルタのパーティである。
元来ラステンバーグ皇国において教会警備隊と呼ばれる騎士団の別働隊に属する彼らは、総じて戦闘能力も連携の練度も高い。
「んで? 噂のトーゴー・ケースケってのは強そうだったかい?」
「落ち着け、アルネ。お前は戦闘力だけで他人を評価する癖を改めた方がいい」
丸い瞳を好奇心で輝かせる黄色い短髪の青年、アルネ・コソラをイスモが苦笑交じりに抑えた。
彼は軽薄な態度と恵まれた才能を披露したがる悪癖で周囲から疎まれているが、その本質がストイックな努力家であると知っている仲間には今のような発言も微笑ましい冗談として受け流される。
「まあ、確かな実力の持ち主ではあるだろう。体の細やかな動きを見るにある程度の武芸を嗜んでいる様子だったし、広範囲の索敵も怠らずこちらの位置を把握してきた。あのジェリー・ジンデルを一度は退けた実績もある」
「国防勲章を持つ上に念動力魔術まで使う客人だ。イスモと同等か、あるいはそれより厄介な相手かもしれん」
「っひょー、たまんねえ」
圭介の戦力を冷静に分析したのは、左目に片眼鏡をかけたマッシュルームカットの巨漢。右目は斜めにかかった古傷で塞がれている。
見た目に反して作戦参謀としての役割を持つ、サロモン・フルッコネン。イスモとは幼馴染に当たるがどうにも対抗意識が強いらしく、事あるごとに競い合っては勝ち負けにこだわる男だ。
相手をする上で難儀な性質を持つ二人に挟まれたイスモへ、最後の一人が手を差し伸べる。
「僕は話してみた感じどうだったとか、そういう彼の人柄の部分を聞いてみたいですね。せっかく同じ場所で同じ仕事をするんだから優しい人だといいなぁ」
そう穏やかな声色で言うのは人畜無害を絵に描いたような少年。ともすれば少女とすら見紛う整った顔立ちと柔らかくウェーブがかった金髪のロングヘアが、見る者の警戒心を否が応でも削り取る。
ウルマス・ニーニマーという名の彼はサロモンとは逆に、こう見えて前衛を務める生粋の戦闘員だ。相手が人間の場合は手心も加えるが、有害なモンスター等と戦う際にはその原型も残さず叩き潰す。
とはいえ普段の彼は外見通りの大人しい少年である。イスモもウルマスが圭介をどうこうするつもりなどないと弁えて彼なりの印象を話すことにした。
「俺が予想していたよりも遥かに礼儀正しかった。最近の客人は強力な魔術を使えるからと調子に乗って自滅するパターンもそこそこ見受けられるが、どうやら相当修羅場をくぐり抜けてきたらしい」
「ま、国防勲章なんて持ってるんだからそれなり経験積んでるっしょ」
「一方で気になるのはパーティのリーダーを決めていなかった点だ。主体性に欠ける部分もあるのかもしれない」
「リーダーを決めていない? 国防勲章を持っているパーティが、か」
「意外だなー。アガルタの人ってはっきりモノ言うイメージあったけど」
サロモンの怪訝そうな声にウルマスも同調する。
通常のパーティであれば、ある程度長く付き合ううちに中心人物をリーダーとして動くようになるはずだ。客人がいる関係で気を遣うケースもあるにはあろうが、アガルタ人の気質を考えるとそれでも遠慮するとは思い難い。
となればイスモの「主体性に欠けるのかもしれない」という推測は妥当なところを突いていると言えた。
「まあ、彼らがどう動くかは明日の仕事を通してわかるだろう。国の守護者を気取るに値する働きを見せるならそれでよし。一方で何か良からぬことを企んでいるようなら――」
言ってイスモは懐からグリモアーツを取り出す。
潤色のカードには牙を剥き鱗を纏った怪魚のシンボルが浮き上がっていた。
「――殺すだけだ」
東郷圭介が[デクレアラーズ]に狙われているという事実を、他国が認識していないはずはない。
それら国家に従属する者もまた、同様に。
* * * * * *
「さっきの店、かなり良さげだったね! ハイドラにも二号店出してほしいくらいだったよ!」
「食い物の話以外できねえのかオメーはよ」
観葉植物とワインレッドのソファが並ぶホテルのロビー、その一画に五人の男女が集合していた。
ハイドラ王国から来訪したオルテガ・クルス国防勲章の受勲者、テレサ・ウルバノ率いるパーティである。
来て早々に食べ歩きを敢行し、しばらくしてからホテルで東郷圭介と接触した後にまた飲食店へと足を運んだ彼女は呵々と笑う。
「それよかほれ、他の国の受勲者について何かあんだろ。会ってみてどんな印象だったとかよ」
そんなテレサに違う話題を求めるのは、白いセーターに紺色のコートを羽織った少年。
彼女の幼馴染であり保護者としての一面も持つ彼は、ヘラルド・オリボという冒険者だ。
テレサが若くして国防勲章を賜ったとある事件において、影の立役者として仲間内でも信頼されている人物である。
「例えば今回世話んなるラステンバーグ皇国の奴なんかはどうだった?」
「イスモっていう大人しい感じの人としかまだ会ってないけど、あれは大人しくしてるだけで凶暴じゃないとは言えないかな。敵じゃない今はそこまで警戒する必要なさそうとはいえ、あんまり背中見せたくないや」
「やぁだ怖ぁい。ウチのエメちゃんに手ぇ出されないよう気をつけなくっちゃ」
「兄さん、気安く肩に手を回さないでください」
イスモに対する評を聞いてニヤニヤと笑いながら女のような口調で笑うのは、上下ともに真っ黒なオーバーサイズのジャケットとカーゴパンツで全体的に緩んだ印象を見る者に与える長身痩躯の男。
グレーのバケットハットで少し隠れた黒髪はともかく、衣服と同じく黒いアイシャドウとリップは女のような口調も相まって奇怪さを際立たせていた。
対してその隣りに座る小柄な美少女は、男とは逆に真っ白なロリータワンピースを着ている。頭髪もまつ毛も頭につけたリボンさえも白い中で瞳だけが薄い紫色に輝いていて、まるで目という宝石を強調するために誂えたかのような装いだった。
ウーゴ・スビサレタとエメリナ・スビサレタ。
ハイドラ王国のとある地域では有名な兄妹である。と言っても強烈な外見は二の次だ。
冒険者稼業を通してとある山賊を二人だけで壊滅に追いやったものの、加減を知らない戦い方で頭領を除き皆殺しにした経歴から無慈悲な殺戮者として扱われていた過去がある。
「お前が近くにいたら誰も手ぇ出さねえだろ。見た目すっげえ怖いもん」
「ひっどぉい。ねぇ今のひどくない? アタシ彼に何かしたぁ?」
そんな過去など知った上で知った事ではないヘラルドは、気の置けない友人としての距離感で接していた。
「んで、噂のトーゴー・ケースケはどんなだったよ? 俺らより年下でついこないだ転移してきたばかりの客人なのに、随分な大躍進を遂げてるそうだが」
「ふっつーの人。ちょっと打たれ強そうだし修羅場も経験してるのは見てわかったけど、あっちは事前情報と違って人畜無害っぽかったよ」
「へえ? やっぱ下馬評なんざアテにならないもんだな。あんたはどう思う、ローガン」
「彼らの人格面に興味が無い。それよりビバイ迎賓館がどのような角度から襲撃を受けるのか、重ねて想定しておかねば」
「相変わらず真面目ねぇ」
テレサの呆れた声にも応じず迎賓館の見取り図を睨みつけるのはローガン・ピックルズ。
彼らパーティの中でも最年長となる四十代半ばの男であり、灰色のローブで常に全身と顔を隠している陰鬱な雰囲気の客人だ。
異世界転移を果たしてから別の国で傭兵として徴用され、戦いの日々を送っていたと言う。
しかし“大陸洗浄”によって戦争の要因となる権力者が次々と殺されていき、最終的には戦場という名の居場所を失って今の立ち位置に落ち着いたらしい。
「東郷圭介がいる以上、排斥派にせよ[デクレアラーズ]にせよ襲撃を受ける可能性は高いはずだ。決して油断できる状況ではない」
「それはそうだけどねぇ。考えてばかりじゃしんどいだけじゃなぁい? テレサちゃんくらいまで呑気になれなくてもいいから、せめて今くらいは力抜きましょうよ。今のアナタ、見てるだけでこっちまでくたびれちゃうわ」
ウーゴの言葉に対しては思うところもあるのか、ローガンの視線が地図から仲間達へと移された。
「それはすまないと思っている。何分あちらでもこちらでも変わらずこうして生きてきたせいか、他の振る舞いをよく知らん」
「ならみんなで一緒に出かけましょうよ。確かビバイって温泉あったでしょ、美肌効果もあるやつ」
「温泉……」
「ほら、エメちゃんも興味津々みたいだし。お風呂好きだもんね」
「……私達は遊びに来ているわけではないんですよ、兄さん。重要な仕事なのですからあまり浮かれた気分で臨まれても困ります。ただ」
こほん、と小さく可愛らしい咳払いの後に。
「この国に来るまでの道のりで、少々の疲れがあるのも否めません。体力を回復するための手段として入浴は有用だと思います」
「私もさんせーい。ヘラルドはどうする?」
「行くに決まってるだろ。こちとら国防勲章もらえるくらい重労働してきてんだ、このくらいの役得は許されるべきだと思うね」
「じゃ、決定ねん。一度部屋に戻って着替えとかまとめておきましょ」
「……仕方あるまい。これも付き合いというものか」
致し方なく、といった言葉選びに反して声色に優しさを滲ませながらローガンが見取り図を懐にしまう。それを見届けてからヘラルドとテレサも立ち上がった。
「私ら女子組はちょっと準備に時間かかるから、男子組は先行ってて」
「あいよ。っかー、温泉とか何年ぶりだろうな」
国王の安全に直接関わる仕事を控えながらも、彼らは和やかな空気を終始崩さない。
その繋がりの強さによって今まで困難をくぐり抜けてきたからこそ、この日常を尊ぶのだ。
まだ彼らの多くが知らずにいる。
世界にはそれすら通用しない脅威が存在するのだという、至極当然の理を。
* * * * * *
ビバイ全体を見ても間違いなく最高品質を誇るであろうホテルの、更に奥深くにある要人用の一室。
そこにとある親子がいた。
アガルタ王国の現国王、デニス・リリィ・マクシミリアン・アガルタ。
その娘であり第一王女、フィオナ・リリィ・マクシミリアン・アガルタ。
二人は部屋の中心にあるソファに腰を下ろした状態で向かい合っている。
出入り口の前にはフィオナ直属の王城騎士であるセシリアを配置し、扉の裏面にはアガルタ王家が誇る強固な結界魔術を展開していた。
単純に襲撃を防ぐための措置であると同時に、これらは盗聴の類を一切寄せ付けまいとする疑心の表れとも言えよう。
この王族二人はラステンバーグ皇国という国に対して全面的な信頼を置いているわけではない。
あらゆる要素から護られている部屋の中、デニスが口を開いた。
「此度の首脳会談だが」
声には立場も年齢も超越しての重みが宿る。
一国の運営を担う者としての矜持、覚悟、それら全てが束ねられてフィオナの心身を包み込んでいく。
「間違いなく[デクレアラーズ]の襲撃を受けるだろう」
「……ええ。弁えております」
デニスがこうも断言するのは、相応に論拠があるからだ。
東郷圭介が来ているから、というだけではない。
ここが、この国がラステンバーグ皇国だからである。
理由に関してはフィオナも情報として知っている。そしてその情報を知ってしまったが故に、彼女自身とある覚悟を決めなければならなかった。
「しかしお父様、その件につきましては」
「言うな」
止められた言葉の続きを、許されるなら吐き出してしまいたい。
――お父様は悪くない。
平民の娘のように、父を想う娘の立場から思ったままを言ってしまえたらどれほど楽だろうか。
それでも現実としてフィオナは残酷なまでに王族だった。国王たる彼が今、いかなる死地に立っているかを弁えた上で彼女は彼女の役目を全うしなければならないのである。
綺麗事も感情も、今は邪魔にしかならない。
手元にある真実を適切に取り扱って管理し続ける。以前とある折に父の口から聞いた通り、王族とはそう在るべきなのだから。
「王として、第一王女たるフィオナへ命を下す」
その声は堂々たるものであり、聴く者に反することを許さない貫禄があった。
「私が没した後、アガルタ王国を支えよ」
子を想う親としての優しさなど微塵も感じさせない。
それこそが彼なりの親心なのだと、理解はできても納得できないまま。
「……はい。必ずや王家の使命、果たしてみせましょう」
娘は娘としてでなく、第一王女としてその命に応じた。




