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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

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第一話 努力

 とある休日の昼頃。


 アーヴィング騎士団学校の図書室にて、圭介は先人によって作られたアガルタ文字と日本語の辞典をちらちらと確認しながらモンタギューと二人で新聞記事を漁っていた。


 彼らの目的は自分達がまだ知らない可能性のある客人の帰還記録である。


「悪いね、手伝ってもらっちゃって」

「気にするこたねーよ。知見を広められるなら最終的には俺の為さ」


 ある意味で思春期の彼にとって最大の憧れだった漫画的、アニメ的な力である【解放】を手にしたからといって圭介の目標は変わらない。

 ヴィンス・アスクウィスの策謀による一連の騒動から四日が経過したこの日も、彼は元の世界への帰還手段を模索しているのである。


「つっても客人の転移と帰還はオカルト好きの連中の間でも人気コンテンツの一つだ。大半は馬鹿共が面白がって創作したデマだからそれっぽいの見つけても一度俺に確認させてくれ」

「そりゃもちろん。……あ、ヤベ、文字の集合見てたら眠くなってきた」

「正直わかる。雑誌とかなら平気なんだがな……」


 齧って眠気を誤魔化そうとベルトに括りつけた容器からセロリを取り出そうとしたモンタギューだったが、今いる場所が図書室であると思い出したのか自重した様子で伸ばした手を引っ込めた。

 圭介も本格的に眠くなる前に一旦読んでいた新聞紙から目を離す。眉間を軽く揉むも目が覚めた感触は得られない。


「つーか何でパソコンで調べないんだよ。ネット見た方が早いだろ」


 まず転移先の異世界に飛行機がないのにインターネットは存在するというのが圭介としては受け入れ難いところであったが、彼がその至便な情報網に手を出さないのには一応の理由があった。


「未だにこっちのキーボードの操作に慣れなくて…………」

「ああ、そういやアガルタ文字はまだ勉強中なんだっけか。言葉通じるからその辺の意識あんまなかったぜ」


 同じキーボードとはいえ元の世界で使われていたものとアガルタ文字で構成されたものとでは全く異なる。


 以前インターネットで魔術について検索しようとした際には「魔術」と打ち込んだつもりが一文字打ち間違えてしまった。

 どうやら地球には生息していないマニアックな寄生虫の名前として入力されていたらしく、肥大化した犬や猫の顔の画像が目の前に飛び込んでくるという悲劇を呼んだのは記憶に新しい。


 圭介は「うっへぇ」で済んだが後ろにいた女子三人の内二人は気分を悪くしたようで顔を別の方向に逸らし、残りの一人は「おーすげー」と興味津々な様子で画面をスクロールさせていた。


「あのグロ画像事件以来、正確にタイピングできるようになるまではネットに触らないことにしてるんだよ。皆との約束でもあるし、自主的にもね」

「難儀なこった。んで、その三人娘は今日はどうしたんだ? あいつらの性格なら手伝いに来そうなもんだが」

「それがねえ」


 圭介は少し複雑そうに顔を顰める。


「こないだヴィンス先生に戦い方をあれこれ言われたのを、格闘技やってるミアと剣術やってるユーが相当気にしてたらしくてね。特訓も兼ねてちょっと強めのモンスターの討伐クエストに出かけたみたい。……くそう、ヴィンス先生への罪悪感がまた湧き上がってきちゃったよ」

「まー酷かったしグロかったらしいな、そん時の先生の様子。じゃあ今日は一日ぼっちか」

「でも君がいるだろう……?」

「あ、自分そういうノリは無理だから」


 しなだれかかる圭介にモンタギューが軽くフックをお見舞いしてから、また調べ物に戻る。

 休日という事もあってか、彼ら二人以外にはやる気なさげな図書委員の姿しかなかった。



   *     *     *     *     *     *  



 同時刻。

 先日圭介らがレッドキャップ討伐に向かった場所から少し離れた第一カコクセン通りの近くにある、ムオーデルの森にエリカ達は来ていた。


 今回彼女らが受けた討伐依頼のターゲットは、サスカッチと呼ばれる森林に住まう猿のような姿のモンスターだ。

 依頼主である森林管理委員からは「三〇匹討伐するか十八時になったら戻ってきてくれていい」と条件を提示されているので、逆を言えばそれまでは戻るわけにもいかない。


「あーくっそ、周りの木とかベンチとかぶっ壊してもよければなあ。絶対一時間で仕事終わらせられるのに」


 エリカが気だるそうに物騒なことを口走る。その問題ある発言に珍しく常識あるはずのミアまでもが同意した。


「正直私もこんな誰も来ない森ならちょっとくらいいいじゃんとは思うけどさあ。今回の目的はエリカの精密射撃の練習と私の新魔術のテストも兼ねてるんだから、縛りがあるのは寧ろ丁度いいと思わないと」

「ユーちゃんは何かそういうのねーのかよ。あたしらだけとかずりぃじゃん」

「ごめんねエリカちゃん。割と努力と我慢でどうにかなっちゃったから……」


 言いつつユーは左の二の腕をエリカに見せる。その純白の肌の表層にはうっすらとした網目状の被膜が見えた。


 変質術式によって刃に変質させた彼女の魔力を限界まで引き伸ばし、くさり帷子(かたびら)として身に纏わせる防御用の術式【くろがね地蔵】。ヴィンスに指摘された防御面の欠如を補うために彼女が会得した、新しい力であった。

 これならば以前脇腹に受けたヴィンスの裏拳とて耐え切れると彼女自身確信していたが、その代償は小さくはない。


「でもこれ、使ってる間すっごいお腹空くんだよね……」

「またかよ! ホント不便だなその戦い方!」


 確かにエルフという種族は総じて魔力の総量が大きい。そして騎士を目指すエルフはその種族的特徴を十全に活かそうと努力するのだが、ここに一つの落とし穴が発生する。


 そも魔力とは大気中に充満する超自然的エネルギー、マナを自身にとって都合のいいように変換する力を指す。

 最初から特定のエネルギーが体内に蓄積されているわけではなく、言わば筋力にも類似する肉体に備わった力を指す言葉なのである。

 その魔力の総量が多く、尚且つ全力で振るわせるともなればそれは肉体の酷使に他ならない。


 端的に言えば魔力は使った分だけ腹が減る。

 そしてエルフはその消耗が他の種族と比べて激しい。

 結果として、エルフは膨大な食事量を要するのである。


「でも今回の討伐クエストを成功させれば一人頭六〇〇シリカ……それだけのお金があればお腹いっぱい食べられる……」

「今朝あんだけ食っといて昼にもバカ程食ってたのにもう腹減ってんのか……エルフも大変だな。主に食費の面で」

「でもエリカちゃんだってほら、なんていうかさ……ほっぺたもちもちしてて美味しそうだヨネ…………」

「こっわ!? 瞳孔かっ開いてんぞユーちゃん!」

「まずいよエリカ、この子ったら若干暴走し始めてる」

「その辺に生えてる草でも食べてろよ……なんで仲間を食物として認識してんだよヨダレ拭けよ怖ぇよ……」

「ずびっ。……あー、早くサスカッチ出ないかなあ」


 その声に応じたわけでもないだろうが、三人の進行方向の先に白い影が蠢くのが見えた。

 急激に三人の間に漂う空気が引き締まったが、まだすぐに戦闘に入るというわけでもない。


「【解放“レッドラム&ブルービアード”】」


 即座にエリカがグリモアーツを【解放】する。この時、彼女は魔術円を展開しなかった。


「【解放“イントレランスグローリー”】」


 その【解放】にミアも続く。


「わかってるよねエリカ、今日はとにかく精密射撃に徹すること。私も支援するから」

「あいよ。ユーちゃんももうちょい我慢しな、つーかサスカッチがもっと出てくるまでその魔術解除しときな」

「うん……」

「【天にも地にもことわり在り 故に境をべて等しきを知る】」


 不穏な空気を漂わせるユーを敢えて無視して、まずはミアがエリカに支援魔術を付与する。


 明確な能力の上昇を呼び起こす類ではなく、ほんの僅かストレスを緩和して集中力と注意力を増すだけの第六魔術位階【コンセントレイト】。

 単純な気持ちの問題、と軽視する者も一定数いるが座学のテストで開始直前にこの魔術を使うと一発で落第が決まる程度には影響力も保障されているのだ。


 支援を受けたエリカが二丁拳銃を手に疾走する。

 近づくにつれてやはり白い影の正体が件のモンスター、サスカッチであると認識できた。


 白濁した体毛に不気味な青色の肌、そして鬼灯ほおずきの実のように真っ赤な眼。

 猿の姿形を持ちながらその実猿にあらず、火山の噴火や大洪水等の自然災害から数百年の時を経て一定量のマナが蓄積した森林地帯などに発生する妖精の類。それがサスカッチである。


 彼らは無から生まれては森に住まう小動物や木の実を食い荒らし、死ねば死体も残さず消滅する言わば害獣ならぬ害精としてモンスター指定を受け、度々駆除の対象となっていた。


 彼女らが見つけた個体も蟻の巣に顔を押し付けて土ごと蟻を食べていたようだが、エリカの足音に気付いたらしく緩慢に振り向く。

 その額を寸分違わず赤銅色の魔力弾が射抜いた。


「ィッ……」


 これまでの彼女の弾丸であれば接触した瞬間に弾け飛び、サスカッチの顔の部品が周囲に撒き散らされていただろう。

 しかし今回の場合、弾丸は額から頭蓋の中心まである程度潜り込み後頭部に至ったところで破裂した。破けた後ろ頭から弾丸の残滓がひゅるりと伸びるように飛び出す。


「弾丸を形成する魔力の流れを収束させただけだったけど、まあまあ上手くいったな」

「絵面のエグさは増してるような気もするけどね」


 後方から歩いてきたミアが微笑む。ユーも「おめでとう」と短くだが称賛してくれた。


 実のところ、先日のヴィンスとの戦いで満足に戦えなかった事を誰よりも気にしていたのはエリカだった。


 ただ弾丸を撒き散らしていればあらゆる敵は倒せるとどこか慢心していたのだろう。事実ウォルトの【シャドウナイツ】をまとめて吹き飛ばしていた時には「コイツには絶対に負けないな」と調子に乗っていたのも否定できない。


 そんな風に考えていた折に、ヴィンスとの戦いが舞い込んできたのである。


 彼との戦いを通してエリカは自分がチーム戦に向かない戦い方をしてきたと知り、破天荒に振る舞う一方で問題点の改善を模索してきた。


 その結果がこれまで球状に形成してきた魔力弾を楕円形にし、更に先端部分に魔力を集中させるという単純ながらも実現の難しい方法だった。


 元々エリカの戦い方は二十六の魔術円を同時に制御するという、彼女の演算能力による同時並行処理を前提としている。

 ここに『弾丸を楕円状に形成する』『楕円形の先端部分に魔力を集中させる』という更なる条件付けを加えるのは相当な負荷がかかってしまうのだ。


 そのため今回は魔術円を使わず、純粋に“レッドラム&ブルービアード”のみで戦う必要があった。


「や、でも流石にきちいわ。こりゃ二十六門全部は当分無理だな」

「そっか。まあそこは今できる範囲でやってこうよ。あくまでクエストの達成が最優先、途中で倒れるくらいなら私とユーちゃんでやれるからさ」

「おう。んじゃ早速で悪いんだけどあっちに集まってる数匹は頼んだ」

「はいはい。じゃ、行こっかユーちゃん」

「うん。エリカちゃんは水分摂っておいてね、最近暑くなってきたから」


 金銭のみならず学校の信頼や自身の実績も絡まる彼女らのクエストには、常に実際の難易度以上の緊張感がついて回る。

 例えば今回討伐を依頼されたサスカッチはゴブリンより強力なモンスターでこそあるものの、彼女らの実力を鑑みれば囲まれたとしても容易に突破できる程度の脅威でしかない。恐らくはエリカの二十六門の魔術円すら要さない程に。


 しかし、万が一という怪物は噛みついてから姿を見せるものだ。


 アガルタ王国国内の統計によると、年間で三十人の騎士団学校所属の学生がクエスト中のアクシデントにより死亡している。


 これでも一時期よりはかなり減少した方だが、この統計はあくまでも死亡した人数を示すものに過ぎない。

 一生に関わる大怪我や多大なストレスによる精神疾患、極めて稀ではあるものの行方不明も含めれば学生全体のおよそ四割がクエスト由来の理由によって騎士団入団への道を閉ざされているのである。


 これらの情報はネット上に限らず学校側からの注意喚起等により当の学生のみならず世間一般に浸透している。

 その共通認識があるからこそ、現代に生きる騎士団志望の若者達は神経質とすら言われる程に安全マージンを遵守する努力を怠らない。


(ケースケの野郎、強かったなあ。あれが客人の力かよ)


 三人がかりでも敵わなかった相手を一人で圧倒して見せた少年の背中を思い出しつつ、エリカはグリモアーツの【解放】形態を解除すると持参したペットボトルの紅茶をあおる。


(……でも)


 喉に痛みを覚えるような冷たさに目を瞑り、同時にくたびれ始めている精神を落ち着かせた。


(ちったあ、追っかけさせないとな。先輩として立つ瀬がねぇ)


 少し離れた位置では、ミアとユーがサスカッチ数匹を一度にまとめて薙ぎ倒していた。

 圭介からしてみれば充分強い彼女達は、彼の知らない所で今日も泥臭く努力している。

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