第五話 受勲者の集い
14日投稿予定だったのですが、仕事の忙しさとゼルダの新作の楽しさですっぽ抜けてしまっていました。申し訳ありません。
撮影機材や術式を展開した取材陣が待ち受ける空港を抜けて入国管理局での最終手続きも済ませた圭介達は、ラステンバーグ皇国の首都であるビバイに到着した。
セシリアは今ここにいない。デニスとフィオナを圭介らが宿泊するのと同じホテルへと案内しているためである。
王族と同じ扱いを受けられるならさぞかし高いホテルなのだろう、と期待と緊張に背筋がピンと張るような感覚があった。
白磁の如く青みがかった白の建材で組まれた建造物が並び、アガルタ王国ではまだ見られない雪がちらちらと降って灰色のタイルに吸い込まれていく。
人や車両の往来がありながらどことなく寂寥感を漂わせる街並みは、かつて人々が祈りを捧げるのに適した環境として整えられたものなのだろう。
とはいえ、雑踏が沈黙しているわけでもない。
首都として当然の喧騒はやはりあり、中でもとりわけうるさいのが広場で演説している若者の声だった。
「うひゃー、声でっけぇ。選挙で皇族引きずり下ろそうって運動がこんな目につく場所でもされるようになってんすね」
『先に受けた説明通り、現皇帝のアブラム・ラステンバーグ四世は若年層からの支持率があまり高くありません。それを否定する一派も若い世代となれば、人数はどうあれ活気だけならあるのでしょう』
「それでいてそいつらに媚びると多数派のジジババを敵に回しかねないってか。大丈夫かこの国」
他国に来訪した国防勲章受勲者としてなかなか迂闊な発言をするエリカがミアに軽く叩かれた頃、指定されたホテルに到着した。
円筒状の建造物は太く高く、他のビルと並んで地上にいる人々を睥睨するかのような威圧感さえ漂わせている。曇り気味な天候の問題もあって先端は見えない。
大理石と花崗岩が入り乱れて配置された壁と、青紫色に薄く輝く鉱物で作られた石材の床。
目に見えて金をかけているエントランスには扇形の受付が設けられており、そこに笑顔の女性職員が二人座っている。
手早く宿泊手続きを済ませようと近づいたところで【サイコキネシス】の索敵網が何者かの動きを捉えた。他の客が自分達の存在に気づいたらしい。
人数はエントランスの左右からそれぞれ一人ずつ。それぞれ足並みに迷いがなく、まっすぐこちらに向かってくる。
「誰だありゃ」
少し離れた位置から見えたそれら人物は、纏う空気が明らかに素人のそれではなかった。
左から来たのは黒いカソックに身を包んだ若い男。二十代半ばほどで種族は何らかの獣人だろうか、青いウルフボブに垂れた犬の耳が携えられている。穏やかな眼差しを圭介に向けており、歪んだ口元では眠たげにあくびを噛み殺していた。
歩行する様から見るに近接戦闘を得意とする類の戦士だと鍛錬を重ねた圭介は気づいた。恐らくユーも同じ感想を抱いただろう。
右から来た少女はビーレフェルト大陸において東方に見られるという黒髪をポニーテールにまとめ上げ、グリモアーツとは異なる短剣を腰に携えながら好戦的な視線を向けてきている。
白いシャツに引っかけたサスペンダーで紺のズボンを支え、足にスニーカーを履いた姿は少女でありながら少年らしさを感じさせた。
「やあ、どうも初めまして」
「こんにちは。アガルタのトーゴー・ケースケとそのお仲間の皆さん、で合ってるかな」
「……どうもこんちゃっす。オタクらはどちら様で?」
初対面ながら馴れ馴れしく話しかけてきた二人からの眼差しを受けて、やや状況を察しつつ相手の立場を問う。
すると男の方が少女に「お先にどうぞ」と手先でジェスチャーし、それを見て頷いた少女から名乗り始めた。
「私はハイドラ王国から来たテレサ・ウルバノ。オルテガ・クルス国防勲章の受勲者だよ」
国防勲章の受勲者。
それを聞いて納得した圭介は隣りに立つ男の方を見る。
「お察しの通り、俺は俺でこのラステンバーグ皇国でユスティネン・アルト国防勲章を受勲している。名はイスモ・シカヴィルタだ、よろしく」
「あー、どうもよろしく。ギラン・パーカー国防勲章の受勲者で東郷圭介です」
テレサとイスモ。
異なる国でそれぞれ国防勲章を得たという二人は、少なくとも表面上友好的な態度で挨拶してきた。
しかし油断はできない。
圭介の索敵網は今名乗った双方から自分と同じく何らかの索敵魔術が発動されているのを感じている。
テレサは薄く展開される術式の感触から察するに気流を触覚の延長としているのだとわかった。イスモはユーの【漣】に似た形で、細かい粒子状の何かを散布しながら周囲の動きを把握しているらしい。
「僕らが来るの待ってたんですかね? だとしたらお待たせしちゃってすんませんっした」
「いや、こちらが勝手に迎えようとしただけさ。そちらのハイドラ王国から来た一行もつい先ほど到着したところだった」
「せっかくならアガルタの勲章持ちの顔も見ておきたいと思ってさ! ニュースで見た感じ、私と年齢近いっぽいし」
そう言ってテレサが屈託なく笑う。しかし瞳は何か探っているようだった。
「それでさー」
「邪魔してしまってすまない。これからチェックインだろう? 顔見せは済んだんだし、俺達に遠慮せず用事を済ませてくれ」
話を続けようとするテレサの気配を抑えるように、イスモが前に出て圭介に受付を促す。背後でエリカも「んだな、早くしようぜ」と急かしてきたため、軽く会釈してから受付でのやり取りを済ませた。
予約が入っていたのは男子二人と女子三人で二部屋に分割される。圭介とエリカがそれぞれの部屋のカードキーを受け取ってエントランス中央に戻ると、テレサが軽く手を振ってきた。初対面でも気さくな彼女の考えていることはよくわからないままだ。
「部屋の鍵は受け取ったかな? じゃあ一旦解散しよっか!」
「そうだね。僕らも来たばっかだし、何をするにしても荷物置いてきたいよ」
「ハハハ、私らもそういやそうだった。じゃ、後でいつでも会えるようにリーダー同士で連絡先交換しようよ」
「え、いや僕は……」
言いながらポケットからスマートフォンを取り出す。特にパーティのリーダーを決めていなかったが、どうやら彼女は圭介がリーダー格だと誤解しているらしい。
「俺もせっかく会えたのなら、ケースケとは繋がっておきたいな。いつか助けを求める機会が無いとも言い切れない」
「物騒なこと言わんでくださいよ。あと僕、別にリーダーとかじゃないんですけどね」
「そうなのか?」
ここで初めてイスモから視線を向けられた他のメンバーは、首を傾げたり顎に手を添えたりしながら少し考え込む。
今までそういった役割を誰かに背負わせてこなかった分、今更になって誰かを代表者にすることに多少の抵抗があるのだろう。
「うーん、まあそうだけど……。別にリーダーっぽい位置づけとか決めるならケースケ君でいいんじゃないのかな」
「俺もそう思うっす。少なくとも俺はリーダーって感じじゃないでしょ」
「私は誰がリーダーでもいいかな」
「うっし決めた、今日からお前がリーダーだケースケ。よろしくな」
「ほーん。じゃあエリカ、パン買って来いよ」
「テメェで行け」
「これがリーダーの威厳ってやつか……」
格も何もあったものではない。
「そ、そうか……。何はともあれ、連絡先の交換はお互いメリットもある。同じ国防勲章を持つ者として信頼を裏切るような真似はしないと誓おう」
「あざっす。まあね、僕としても味方が増えるのはありがたいことですから」
イスモの言動にやや暑苦しさを覚えながらも、それぞれ先頭に立つ代表者三人が互いの連絡先を交換した。
一応これは単純に知り合いが増えたというだけの話ではないのだが、あまりそこを深く考えようという気概が圭介にはない。
どのような相手であれ、逐一警戒するのもくたびれる。
ただでさえ第二の故郷となりつつある王都メティスから慣れ親しんだたばこやが消えたのだ。精神的疲労に旅の疲れも重なって、今はとにかく部屋に入って早く重い荷物を置きたかった。
「んじゃ、僕とアズマとレオは男子用の部屋に行くから。そっちも荷物まとめときなよ」
「あいよー」
「ケースケ君、疲れてるみたいだし今は休んでおいてね」
「レオもだよ。回復魔術に頼ったりしないように!」
「わかってるって! ミアさんてば母ちゃんみたいなんだから」
『魔術を使うまでもなく元気そうですね』
一旦他の受勲者と別れてホテルのエレベーターホールに向かう。女子は四階、男子は五階に部屋が取られている。
降りてきた箱に乗ってボタン代わりの術式を操作すると、揺れをほとんど感じさせないままほぼ数秒で四階に到着した。
「はっや。いくら魔術使ってるにしても、こんだけ揺らさずにこの早さで四階着いちゃうんだ」
「っぱ金かけてんだろーなぁ。んじゃユーちゃんミアちゃん、部屋行って休むべ」
ドアが開いた先の通路に手荷物を持って移動するエリカは、何だかんだ外国の高級ホテルなる場所に相応の緊張感を覚えているようだ。見慣れた立場だからこそわかる彼女なりの焦りのサインが動作や声色から滲み出ている。
ミアも大家族で高い場所に泊まったりした経験がないためか内装をチラチラと見回していて、ユーは梁や柱の位置に視線を配っていた。大方屋内での戦いを脳内でシミュレーションしているのだろう。
「また夕飯の時に会おうね」
「俺ちょっと寝るんで、しばらくメールとか送っても返事できねっす」
『マスターも部屋に到着したら睡眠はともかく少し休んでおいてください』
互いに手を振りつつエレベーターのドアを閉め、次の階で二人と一羽が廊下に出た。
黄土色の壁紙と赤いカーペットに彩られた通路は横幅がそれなりあるようで、圭介とレオが並んで歩いてもまだ左右の空間に余裕がある。
「テキトーなボードゲーム持ってきたけど遊ぶ時間あったら寝たいね、もう」
「マジすか。めっちゃはしゃいでんじゃないっすかケースケ君」
『マスターからしてみれば初めての外国旅行ですからね』
「俺もそうっすよ。ていうかダアトの外に出たのもケースケ君の護衛に就いた時点で数年ぶりだったんすから」
雑談を交わしながらいよいよ部屋の前に到着した。
カードキーを扉横に備え付けられたスリットに滑り込ませ、開錠する。
「多分この技術一つ取ってもそれなりお金かけてるんだろうな。アガルタもいつまでも技術大国名乗ってられないんじゃないの」
「逆に言うと宗教国家だったラステンバーグ皇国の神秘性とかそういうイメージが一気に失せるなぁ……」
毒にも薬にもならない話題を転がしながら部屋の中に入る。
値段が値段なだけあって置かれた品々は素晴らしいものが多い。壁にかけられた風景画、それを飾る額縁すらもそんじょそこらの店で入手できるものではないと素人目に見ても理解できた。
ダブルベッドの間にはオークで出来た引き出しが置かれ、その上の面にはホテル従業員と連絡するための術式が浮かび上がっている。異世界の上流階級にもなれば電話機のようなものは不要なのだろう。
何から何まで過度に主張をしてこない一方で、よくよく見てみれば質の高さに驚かされるようなものばかり。
部屋の端に荷物を置いた二人は、吸い込まれるようにしてベッドに飛び込んだ。
「っぷはー! いやいや、横になってみてわかったけど疲れてたんだな僕!」
「王族と一緒に空の旅とか考えてみれば疲れないはずねーっすもんね」
この短期間でいくつもの苦労を重ねた少年二人は色気よりも食い気よりも眠気を優先し、柔らかな温もりに意識を委ねていった。




