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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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第三話 望まなくとも変わりゆく

 空は均一な灰色一色に染まり、厚い雲の切れ間からわずかにこぼれる陽光が街を照らす。

 すっきりとしないものの傘が必要とならない程度の微妙な天気に見舞われた王都は、秋風に冬の気配を宿らせているようだった。


 祝日の正午、圭介はいつも通りアズマを頭に載せた状態でマゲラン通りを歩く。


 目的地は以前コリンから教えてもらった料理店。単純に昼食を済ませるためでもあったが、目的はそれだけではない。


『わざわざ食文化に触れる意味があるとは考えにくいのですが』

「向こうでの滞在期間は四日あるんだし、口に合う合わないくらいは確認しておきたいんだよ。せっかく初の外国になるなら余計にね」


 これから口にするのはラステンバーグ皇国の料理を中心に扱う店だ。


 コリンから聞いた限り、皇国では米でもパンでもなくケーキによって炭水化物を摂取するらしい。

 日本人の圭介には理解しがたい食文化だが、菓子類として提供されるそれとは大きく異なるとも言われた。画像を見せてもらったところ野菜と肉が挟まった状態でカットされたケーキが出てきて驚いたものである。


「それに、僕が知ってる知識って授業とニュースの情報だけだし。食べたら図書館とネットで知らない礼儀作法とか調べないと」

『私にはマスターが初の外国に浮足立っているようにしか見えませんが』


 ラステンバーグ皇国なる国の諸事情について、圭介が知っている情報はそう多くない。


 かつて凶悪犯罪者“涜神聖典”トム・ペリングによって大陸から駆逐された宗教という概念を、形式上とはいえ継承し続けている宗教国家。

 皇帝一族は元々神の御子として扱われていたものの、今ではあくまでも国家元首としての扱いに留まっている。


 そしてトムによる被害が致命的なところまで達する前に“黄昏の歌”平峯無戒が駆けつけたことで、皇帝はその立場までもを失わずに済んだという過去があった。

 ラステンバーグ皇国の[デクレアラーズ]対策に消極的な姿勢は、最後まで国家で対応できなかった犯罪者を無戒が上回ったためだとセシリアは言う。


 無論、彼に恩義を感じてなどという呆けた理由ではない。


 国家の対処能力を上回るトム・ペリングですら勝てない相手が、あくまでも構成員の一人として属するテロリスト集団。

 そんなものを相手取る以上は慎重にならざるを得ないというのが実情だ。


 冷酷な言い方をするなら、他の国を当てて組織としての力を摩耗させてから対応したいと考えているらしい。

 三ヶ国以外の中規模国家辺りが耐え切れず連合を組んで[デクレアラーズ]と衝突し、互いに戦力を削り落としたところに割り込むのが理想であると。


 生臭い話を聞かされた圭介としては辟易するしかない。

 何となればアイリスがそんな真似を許すとも思えなかった。


「……っと、ここだ」


 やや横長な直方体に削られた花崗岩を組んで造られた壁に漆塗りの木製ドア。

 緑色の看板には見慣れないアガルタ文字での店名が書かれ、上部に浮遊する筒状の照明器具が空と同じ灰色の状態で夜を待っている。


 店頭に置かれたメニュー表の看板には予想通り肉と野菜を挟んだケーキの写真が掲載されていた。生地が赤いのはドライトマトを練り込んでいるためらしい。

 ドリンクの欄に並ぶオーソドックスな品揃えにもラステンバーグ味とでも言うべきか、聞き慣れない名称のスムージーがあった。紫色だがこれをブドウ味と認識していいものかどうか。


 知らない飲食物をどう受け止めようかと考えながら店に入ると、見知った顔が混み合う店内の列に並んでいた。


『おや』

「あれ、モンタ君じゃん」

「ん? おぉ、お疲れさん」


 いたのはモンタギュー。文化祭で騒動に巻き込まれオカルト研究部の仲間でもあったであろうアラーナの一件もあり、圭介としては薄っすらと気まずい。


 彼自身は顔見知りに出くわしたからといって列の最後尾に移動するようなことはせず、顎を引いて「とりあえず並べ」と無言のまま促してくる。文化祭での約束についてどうこう言うつもりは無さそうだ。


 ひとまず普通に並んで注文を済ませた。時間帯も相まって注文する段に至るだけでも相応に時間がかかってしまう。

 圭介は辛い味付けがされたチキンソテーとオニオンチップを主軸として具材を挟み込んだケーキ、知らない名前の野菜で作られたポタージュ、グリーンスムージーを頼んだ。


『随分と炭水化物の多いメニューですね』

「まあ、そこはお国柄なのかねぇ」


 ラステンバーグ皇国はビーレフェルト大陸の最北に位置する高地に国を構えているためか、夏が来ないという風聞すら一時期あった雪国である。

 極寒の環境下で生存するためには常日頃からエネルギーを摂取する必要があり、そのため食事内容もカロリーが高めに設定されるようだ。


 食事が載せられたプレートを受け取った圭介は、先にカウンターテーブルに座っていたモンタギューの隣りに腰を下ろす。


「よっす」

「おっす。こないだの文化祭では世話になったな」

「いやあ……気の毒、って言ったら失礼かもだけど」

「気にすんな。まあ法務省ではちょっとした騒ぎになったらしいが、俺ら一般人の知ったこっちゃねえ」


 一般人。


 類稀なる念動力魔術を使いこなし、排斥派との戦いに終止符を打ち、国防勲章を押しつけられて国王から直接依頼を持ち込まれた今の圭介にとってどこか遠くもあり、またありがたくもある言葉だ。


 ナイフとフォークでケーキを切り分け、口に放り込む。ケーキのしっとりとした食感と仄かな甘味、肉の柔らかくジューシーな味わい、オニオンチップの砕け散る感触と香ばしい風味が渾然一体となり鼻腔と味蕾を刺激した。


 天気も話題も晴れやかとは言えないはずだが、モンタギューの気遣いを受けたためか実際の味わい以上に美味に思える。


「僕らの世界だと韓国がキムチっていう辛い漬物作って保存したりしてたけど、魔術がある世界だと漬物より普通の野菜料理の方が好まれるのかねぇ」

「漬物は漬物で需要あるぞ。ただ昔のラステンバーグでは野菜を発酵させる技術なんて一般に広まってなかったからな。大半は魔術で冷蔵保存してた」

『作物を収穫できる時期も限られていたでしょうしね』

「なるほどねぇ」


 騎士団学校の授業を高等部から受け始めた圭介にとって、異世界の歴史にまつわるあれこれは未だ把握しきれていない点も多い。そんな時に話を聞ける相手がいるのは境遇として恵まれている方なのだろう。


 モンタギューはミドリノサラが練り込まれている緑色のケーキを食べている。

 よほど好きなのか何なのか、彼は事あるごとにこの異世界特有の山菜が含まれた食物を口にしている印象があった。


「しかし珍しいな。いつもは客人の世界にもある食い物を中心に無難な食生活してる印象あったが。あんた何か心境の変化でもあったのか」

「んー、詳しい話していいもんかわからないけど。近いうちにラステンバーグ行く流れになってね」

「ほーん。よりにもよってこれから寒くなるって時期にか」

「そうなんだよ……。だから食べ終わったら上着も買いに行かないと」


 異世界に来てから初めての冬が到来しようとしている。低温環境では念動力魔術が弱まってしまう点も含めると不安要素も多い。

 そのため多少高級品であっても魔術による保温効果が見込める衣服を買いたいと思っていたところだ。


『王都ならそういった商品を扱う店舗が複数存在するとは思うものの、なかなかマスターが納得するものに出会えていない状態です』

「高級店つってもピンキリだから仕方ねえさ。場合によっては上着より魔道具に頼った方が早いかもしれんし」

「あー、そりゃ盲点だった。防寒用の魔道具があれば今まで楽に乗り切れた場面もあったかもしれないのに」


 話しながらも食事を終え、二人と一羽で退店する。外は相変わらず雨が降るのか降らないのか判然としない微妙な天気だ。


 休日のマゲラン通りを歩く人々はその多くが傘を手に持っていた。


「モンタ君、これから何か予定ある? できれば一緒に魔道具店行ってみようぜ」

「生憎だが俺ぁクエストが入ってる。知り合いから死んだジジイの書棚の整理手伝ってくれって泣きが入ってな」

「そっか。そりゃ残念」

『よほど文献の扱い等に信頼が置ける相手でなければそういった依頼は入らないでしょう。将来は図書館司書を目指してみてはどうですか』

「オカルトで食っていけなくなった時のためにそういう考えもアリかね……」


 将来どうするか。

 自分にとっても無関係な話題ではあるまいと物思いに耽りかけていた圭介の意識が、街中にちらりと見えた違和感で上書きされる。


「あれ?」

「ん、どうした」

「たばこやが……」


 異世界にあって尚、見慣れた文字で店名を書かれた雨除けのカバーが外されて白く無機質な骨格だけが残っていた。

 夜にならない限り開きっぱなしだったはずのシャッターが下ろされ、そこに貼り紙がされている。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



 誠に勝手ではございますが、十一月二十日、閉門の日を持ちまして当店は閉店致しました。

 およそ七〇年という決して短くない期間、皆様とともに過ごせました事を心より喜ばしく思っております。


 開店以来長らく経営を続けられましたこと、また多くの方にご愛顧いただきましたこと、心より感謝申し上げます。


 ありがとうございました。


 店主 パトリシア



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



「なん、で?」


 書かれた文章を読んで、圭介は大いに戸惑った。


 何も聞かされていない。エリカ達が知っているのかどうかもわからない。

 文化祭前、自分のせいで気まずくなってしまったエリカとユーにどう接するべきか相談したのはつい数日前だ。あの時にはもう決まっていたのだろうか。


「ここって確かあんたらがよく出入りしてた店だよな。二十日って、昨日じゃねえか。また随分と唐突な……」

「つい最近会ったんだ。その時もいつも通りで、何も言われなかったのに」


 思ったままの言葉を口に出しながら考える。


 本当か?

 本当に何も変化がなかったか?


――あまり待たせても悪いから、なるべく早めにね。


 別れ際の言葉。

 早く仲直りしなさい、という意図があると思っていたが。


 もしかすると遠からず会えなくなるとわかっていたから、事を終えて報告するなら早めにしろという意図があったのかもしれない。


「しかし急に店を畳んだってこたぁ、よほど体調が優れなかったのかね」

『先日お会いした際に検査した限りバイタルに異常は見受けられませんでしたが』

「さりげなく勝手に他人のバイタル確認すな。いや、まあ確かに僕から見てもまだ元気そうだったけど」


 長年続けてきた店だ。閉めるとなれば相応の理由があるだろう。

 パトリシアは確かに高齢だが、年齢の割にかなり元気な方だと以前ユーから聞いたことがある。となれば体調不良が原因ではない。


 一体どういう理由で自らの居場所を、それも圭介達に何も伝えず処理していなくなったのか。


 不意に。


 嫌な予感が。


 本当に考えたくもない予感が、脳裏を掠めた。


(いや、まさかそんな)


 否定しようにも確信を持てない。どころか状況だけを見れば、その嫌な予感こそが正解に近いと理性が叫ぶ。


 もしかすると、という懸念が浮かんできた以上は無視もできなくなっていく。


(予感が的中するかもしれない、けどそうじゃない可能性だって今はある)


 考えられる最悪の未来。

 利益と交渉により一般人を[デクレアラーズ]の尖兵とする♦の札。


 もし、パトリシアがそれに応じたとするのなら。


「あんま気にすんな、ケースケ。こっちの異世界じゃ死に別れるパターンだって珍しくないんだ。あんたはまだ恵まれた別れ方してるよ」

「……うん」


 モンタギューの励ましに、圭介はそう応えるのがやっとだった。

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