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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十二章 三ヶ国首脳会談編

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第一話 空の旅路、生臭い話

 寒い、と言えなくもない程度に気温が下がり始めた王都メティス。

 灰色の雲に覆われた空は中途半端に小さな水滴を時折落とし、雨の予兆を告げるような真似事に興じながらも再び無表情を取り戻す。


 天気予報によれば降水確率は五〇パーセント。

 何とも言えない天気に気が滅入るのを自覚しながら、学校の屋上にいる圭介は頭頂部に立つアズマへと声をかけた。


「向こう側は特にひどかったって聞いたけど、どうよ」

『ピナル・ギュルセルの魔術で生じた地形変化は相変わらずのようです。ただそちらは修繕可能な範囲なのでそこまで考える必要も薄いかと。どちらかと言えば問題として大きいのは浮遊島ですね』

「王都の城壁から外に出たのがまずかったんだっけ?」

『地上で例えるなら境界杭を大きく動かしたようなものでしたから。不動産会社にとっては死活問題に繋がるでしょう』

「文化祭終わった後でガラの悪い不動産の人がバンブラんとこに怒鳴り込んできたって話だもんね。僕らの名前出したら渋々許してもらえたみたいだけど」

『勲章の効果は絶大ですね』

「微妙な気分になる使い道だけどね」


 とにかく規模の大きな戦いだった。


 王都の東西とアーヴィング国立騎士団学校で起きた[デクレアラーズ]との戦闘、排斥派が事件の隠蔽を謀るため騎士団の戦力を分散させようと起こした放火事件、それらが複雑怪奇に絡み合う。


 最終的に排斥派の大半は圭介とレオが救助したものの首謀者と思しき男はアラーナによって殺害され、[デクレアラーズ]側において最も厄介だったエルランドは自決した。

 双方の司令塔となる人物が死んでしまっている。加えてそれを未然に防ぐタイミングも掴めず終わったとなれば、騎士団も面目が立たない。


 そして、中でも厄介なのは。


『怒鳴り込むと言えば。マスターやパーティメンバーに苦情を入れそうな人物が未だ行方不明のままでしたね』

「あー、あの明らかに排斥派っぽかった教育委員会のおばちゃん」


 排斥派との関係が疑われていた教育委員会会長が、今も見つかっていない事だ。


「表向きは捜索を続けるって話になってるけど、まあ……うん……」

『[デクレアラーズ]が関わっている以上、まず無事ではないでしょう』

「無駄に教育委員会での立場もあるもんだから色々大変みたいよ。ご家族が関係ない駅前の詰所に来て慰謝料がどうのこうの言って騒いだって噂もあるし……っと、メールだ」


 ポケットからスマートフォンを取り出して届けられたメールを読む。


 差出人はセシリア。

 用件はシンプルに、「今夜空港に一人で来い」という趣旨のものだった。


「えーっと、はいはい」

『呼び出しのようですね。時刻は夜の二〇時ですか』

「それも一人で来いってさ。何かまた厄介事でもあったんかね」

『恐らくそうでしょう。察している割にマスターは冷静な様子ですが、こういった面倒事は嫌っていませんでしたか?』

「いや、今も面倒なのは嫌いだけどさ」


 鼻息を一つ、ふんと鳴らして。


「国が持ってくる厄介事ほど、真相に近づくチャンスになると思うんだ。それにエルランドとの戦いで[デクレアラーズ]が正規のメンバー以外まで巻き込むと知った以上、余計な被害が出る前に急がなきゃいけない」

『なるほど。ではいち早く再転移に関する情報を見つけるためにもコネクションの維持は肝要となるわけですね』

「ああ。それにもうすぐダアトだって来る。カレン師匠にも客人の大先輩として訊いておきたいことがあるんだ」


 異世界から元の世界に帰った前例らしきものはある。

 それを恣意的に実現するための力、念動力魔術は既に圭介が持っていた。


 ならば具体的な方法論に繋がる要素を集めるべきだし、その上で[デクレアラーズ]との接触は避けられない。


 エルランドは自決し、ヨーゼフとピナルは騎士団に拘束された。圭介自身で相手を尋問し、望ましい情報を入手するために何が必要か。

 その答えが圭介の出した結論、「厄介事に率先して首を突っ込む」というものであった。


「まあ面倒なのは面倒だしあの第一王女とかなるべく会いたくないけどね! 毎度毎度微妙に緊張感あってしんどいんだよ王族の相手するの!」

『看板相手に話していると自己暗示でもかけておけばよろしいかと』



   *     *     *     *     *     *



 二〇時の空港発着場。


 静かで無機質な金属とコンクリートに彩られた空間は、冷たい夜の空気でより一層の空虚さを携えている。

 一部種族の視覚に悪影響を及ぼさないよう控えめな緑色の光を携えた電灯は、天井を覆う各種配管や配線に木の枝にも似た柔らかな雰囲気を付与していた。


 かつて騎士団に属しながら排斥派の一員として暴れ回ったバイロン・モーティマーが齎した破壊の痕跡も、時間の経過とともに消え失せている。

 ここにあるのはただ飛空艇が行き来するためだけの、それ以外に何ら役割を負わない空間のみ。


 事前に連絡を取っていた圭介は半ば顔パスのような形で空港に入り、しばらく進んだところで見覚えのある飛空艇と見覚えのある女性を視界に捉えた。


「ここだ、ケースケ」

「どもども。バイロンに壊された飛空艇、直ったんですね」

「事情が事情だからと国が補填してくれたよ。私は断ったんだが、それでもと食い下がられると抗う方が失礼になる」

「大人ってめんどくさっ」


 会話もそこそこに、中へと入る。

 内装は以前見た時と変わらないようで、とりあえず圭介は適当な席に腰を下ろした。


 夜遅くというのもあってセシリアが操縦席から内部の照明を点灯させ、飛空艇の浮遊術式を起動させる。


「さて、何から話したものかな」

「とりあえず本題の前に確認しておくことがあるんですが」

「わかっているとも」


 遮るような圭介の言葉に、しかしセシリアは納得済みの表情で応じた。


「コリン、もう隠れている必要はないぞ。窓にはもう隠蔽術式が展開されている」

「へーい」


 圭介が座っているのとは別の座席から声がしたかと思うと、それまで姿を消していたコリンが姿を現す。

 相変わらず無表情な彼女は何らかの干し肉を齧りながら新聞を読んでいた。


「【サイコキネシス】の索敵になんか引っかかってると思ったらやっぱコリンか。ここで姿見せるってことは……」

「ん、自分でケースケ君に正体バレたことをセシリアさんに報告しておいたの」


 コリンは自らが王国直属の諜報部員であるとアッサルホルトでの戦いを通して圭介に露見している。

 裏でセシリアと繋がっていた可能性はもちろん圭介も想定していたが、こうもあっけらかんと彼女の前でその話をするというのは相当な覚悟が必要だっただろう。


「まあセシリアさん相手に隠し通せる自信もないし、言っちゃった方が楽な場合ってのもあるの」

「そんなもんか。で、どうしてコリンがいるんですか?」


 少しずつ空へと近づく飛空艇の中、当然の疑問を受けて運転席のセシリアが一瞬圭介の方に視線を飛ばす。


「私が呼んだわけではない。そいつ曰く、文化祭が終わってしばらく新聞部での仕事もなくなったからとついてきただけだ」

「暇なので遊びに来ました。いぇーいピースピース」

「無表情のままダブルピースすな。セシリアさんもよく許しましたね」

「王国側に属する人間ならいても構わん。ただ今夜話すべき内容は、先んじてケースケに報せておくべきと判断した」


 それはつまるところ、エリカら他のパーティメンバーにはまだ内密にしておくべき話であるということ。

 いかなる内容なのかと警戒しつつも圭介は続く言葉に耳を向けた。


「これは後々、ギラン・パーカー国防勲章を持つお前達パーティ全員に伝えるべき話となる。内容はアガルタ国王陛下から直接の依頼だ」

「……フィオナ王女じゃなくて、王様からですか。そりゃまたどうして」

「国王陛下(おん)自らが動く案件だからだ」


 一拍置いて。


 第一王女の側近である彼女は、張り詰めた空気と一緒に言葉を吐き出す。


「内容は三大国家に数えられるラステンバーグ皇国とハイドラ王国の国家元首を招き、三ヶ国首脳会談を開催。その際に国防勲章受勲者たるお前達がデニス国王陛下の護衛に就くというものだ」


 一瞬、あまりのスケールの大きさに何を言われたのか理解が遅れた。


「…………それ、僕みたいなもんに務まる仕事なんですか。ていうか務めていいもんなんですか」

「名指しでの依頼だ。寧ろ断ったりでもしてみろ、何かしら理由を捏造されて国家反逆罪で投獄される可能性も否めんぞ」

「クソ国家!」

「まあまあ。国家がクソなのは大陸どころか異世界共通みたいだし、こういうのって極論言っちゃえば慣れじゃん?」

「なんの慰めにもなってねーんだよ!」


 あまりにもあんまりな内容に思わず叫んでしまった圭介を、後ろでコリンが宥める。


 三大国家。


 大陸でも特に大きく発展しているアガルタ王国、ラステンバーグ皇国、ハイドラ王国の三ヶ国を指す言葉であるというのは圭介も学校で学んでいた。

 そんな国家の元首が集う会談で護衛を務める。勲章を持っているからというだけで学生が担っていい役割とも思えない。


 易々と応じられる依頼ではないというのに、国王直々の命とあっては絶対に断れないというのだから圭介としては業腹だった。


「どうして僕らに声がかかったんですか! そういうのってアレでしょ、第一騎士団とかがやるべき仕事でしょ!」

「私もそのように進言したのだが、その、事情があってな」

「珍しく歯切れが悪いの」


 言われてコリンを睨みつける目つきにも普段の覇気は感じられない。


 はあ、と一つ大きな溜息を吐き出してからセシリアが観念したように話し出す。


「王国の騎士でも[デクレアラーズ]に殺される者と殺されない者がいるのは知っているだろう。先日エルランドが喫茶店で魔術を行使した時のことなどがわかりやすい例だ」

「ああ、まあそうですね。……ってちょっと待て、まさか」

「察してくれたか」

「第一騎士団にも経歴真っ黒なヤツがいて、ただそれだけの理由で偉い騎士さん死なせないために僕らが派遣されるんですか!? ちょっと心当たりあるならそいつ呼んできてくださいよ、ぶっ飛ばしてやる!」

「よしよし、かわいそうなケースケ君なの。でも騎士団の対応が雑なのも否めないの。第一騎士団なんて国王を護るために存在してるような連中なのに、ここ一番で国防勲章持ってる人に任せるなんておかしいと思わないの?」


 怒り狂う圭介の背中をコリンが撫でながら、しかして続いて苦言を述べた。


「お前はどっちの味方なんだ結局……。第一騎士団は確かに国王を護るため存在しているが、それでも騎士団であることに変わりはない。そして騎士団とはそもそも本来、王を護るのではなく民を護るために存在している」

「つまり?」

「最近[デクレアラーズ]が問題ある騎士を殺して回っているせいで、騎士の総数が減少傾向にあってな。人手不足を解決するためにも第一騎士団とて出向かざるを得ないほど事態は逼迫しているんだ」


 まるで現場作業を手伝わされる中間管理職のような有様である。が、それこそ大陸全土で[デクレアラーズ]に対処しなければならない理由となるのだろう。


「……だとしても、ですよ。そんなん伝令か何かで条件揃えておけばいいのに、どうしてわざわざ王様が直接他の国に出向くんですか」


 理由が理由なだけに、それこそ事情があるのだから各国で連携を取ろうと思えば取れそうなものだ。

 そんな圭介の考えを見透かしたように、セシリアが申し訳なさそうに応じた。


「それが今回こうしてケースケだけを呼んだ理由だ。この世界に生まれ育った者であれば逆に納得しづらい話にもなってくるからな」

「はあ。というとどんな理由でしょ」

「私もちょっと気になるの」


 運転席の向こうから見える満月は、空中で月青点に入ったのか色合いを青く変化させる。


「端的に事実から言うと」


 まるで、青ざめたかのように。


「ラステンバーグ皇国とハイドラ王国は現在、[デクレアラーズ]との戦いに消極的な姿勢を見せている」

「は?」

「言い方を変えよう。他の二ヶ国は[デクレアラーズ]との衝突を避けて放置しようとしている。戦おうという意志を見せているのは今現在、アガルタ王国だけだ」


 前方に他の飛空艇が浮いていないのを確認したセシリアは、圭介の方に顔を向けた。

 本当に、すまなさそうな表情を浮かべて。


「だから奴らに目をつけられているケースケを連れて行くことで、あわよくば危険性を再認識させようというのが国王陛下のお考えなのだろうよ」

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