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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十一章 偶像と理想の境界編

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エピローグ 未来に馳せる思い有らば

「利他的なのは美徳としても、あそこまで極端なのは考え物よねえ」


 王都メティスの北西に位置する廃墟の屋上に、二人の少女の姿があった。


 片や深紅のドレスに身を包み、同じ色の瞳と髪を携えながらアーヴィング国立騎士団学校がある方角を向くロザリア・シルヴェストリ。

[デクレアラーズ]最高幹部[十三絵札]において“シャルルの座”と謳われし彼女は今、玉座よろしく華美な装飾が施された赤い椅子に腰かけている。


「ボクとしても簡単に命を散らしてほしくはない。だがある程度先の戦いを想定すると、ギミックを看破された時点で彼が戦力外となってしまうのもまた事実さ」


 片や対照的に青い髪をクラウンブレイドにまとめ、宙に浮かんだ状態で焼け焦げた地面を携帯端末の画面から確認するアイリス・アリシア。

 エルランドの最期を見届けながらも、涼やかな表情は僅かばかりの惑いすら見せない。


 排斥派の無差別な放火によってそこかしこから上がっていた黒煙も消火活動が進むに連れて数を減らし、街は落ち着きを取り戻しつつあった。


「とはいえ第二次“大陸洗浄”はまだまだ序盤。ここで♦の札を失ったのは無視できない損害だ。申し訳ないが君達♥の札にも異世界の原住民に向けた勧誘活動に参加してもらう運びとなるだろう」

「大丈夫なの? 私達は人を利用する♦と違って、人を活用する方向に特化してるけど」

「既に“ラハイアの座”が動いている。それに“ユディトの座”もやろうと思えば難なくこなしてくれるさ」

「ふーん。じゃあ後は私次第ってわけか」


 ロザリアが楽しげに椅子のアームチェスト部分を鋭く赤い爪先でカリカリと引っ掻く。

 何度も掻いているうちに表面が削れ、やがて中から滲み出てくるものがあった。


 赤いそれは、血だ。


 椅子に流れているはずのないそれに対して、二人の少女は一切触れない。


「最近はずっとみんなが連れてきてくれる出来損ないどもで製造業の真似事ばかりしてて飽き飽きしてたし、たまには営業の仕事もいいかもね。私、人とお話するの好きよ」

「引き受けてくれてありがとう」

「引き受けるとわかってて言ったくせに」


 友人同士のように二人、笑みを交わしてからロザリアが立ち上がった。

 すると今まで座っていた場所に深紅の沼が生成され、腰かける者がいなくなった椅子を真っ直ぐ下へと沈めていく。


 ごくりと飲み込んだような音を立てると紅い沼はロザリアの靴の下にズルズルと吸い込まれ、やがて消失する。

 屋上は最初から沼など発生しなかったかのように平坦な床を夕日に染めていた。


「しっかしやっぱ都会育ちで性格も悪い五十代のおばさん素材にした椅子は座り心地ダメね! 全体的に素材が上等じゃないわ」

「先日の警備保障会社から来た男の骨も組み込んだようだったが、まあ君が気に入らないのは目に見えていたよ」

「かといって若者はねー……。素材としては最適なんだけど、将来性皆無なクズってなると逆に珍しいからなかなか回ってこないし。どっちかと言えばヘイス牧師の方でお世話する感じになりがちだし」


 そう言いながら苦笑するロザリアの輪郭が少しずつ崩れ始めた。

 赤黒く変色する身体はこぼれた先から肉で出来た無数の蝶へと姿を変え、言葉を紡ぐ口元と喉を残して遥か彼方へと飛んでいく。


「ま、仲間集めがうまく行かなくても素材集めにシフトすればいいし、そっち方面でも色々やり方考えてみるとするかな。我らが道化も頑張りなさいよ。東郷圭介周りの予想がここ最近ずっと外れっぱなしなんだから」

「そうだねぇ。とりあえず彼の件に関して数札にだけ任せるのは限界だと思い始めたところだから」


 そう言ってアイリスは焦げ茶色のケープに細い指を這わせながら、騎士団学校がある方向に視線を向ける。


「そろそろ“騎士の札”の出番かな」


 呟いた頃にはロザリアの体が一片残らず空に舞い散っていて。

 独白に近い言葉は[デクレアラーズ]の今後の動きを決定づけた。


 より激しい戦いが始まろうとしていることを、視線の先にいる東郷圭介はまだ知らない。



   *     *     *     *     *     *



 あんなにも大変な事件が起きたというのに、アーヴィング国立騎士団学校の文化祭二日目は滞りなく開催された。


 元来この異世界はモンスターや魔術を使う犯罪者がいる関係で、物騒な事柄が日常の隣りにある。逆を言えばちょっとやそっとの事件で学校行事を中止にするようなことはあまりないのだろう。


 と、圭介は強引に解釈して納得した。


「それはそれ、これはこれで生きてるんだなあ」


 夕方十六時、季節柄もう外は暗い。

 学校の正門前にあるスペースで缶ジュースをちびちびと飲み、物思いに耽る。


 メイド服を着ながら。


「しかしまさかマジで男子もメイド服着るとは……」

「結構人気あったっすよね圭介君。見ててちょっと怖かったっす」

『マスターの顔立ちが中性的なためでしょうか』

「参ったね! これが人気者の運命ってやつかトホホ! 最初は料理担当希望だったのに勲章持ちの男がメイド服着てるのオモロいからって理由で接客させられたからね! クソだよクソ!」

『事実として来訪した元騎士団のガイ・ワーズワースは爆笑して傷が開いていましたね』

「鍛えてるからごつごつしてるし肩幅は言い訳できねっすけどね。顔とか関係なくふっつーに女装してる男って感じ」


 懲りずに遊びに来たレオと頭上のアズマも一緒にいた。


 パーティメンバーの女子三人は今、舞台上でライブに勤しんでいる[バンブーフラワー]の裏方の手伝いをしているらしい。

 ただしライブが始まった今はもうある程度仕事も一段落ついて、残りの時間は特等席でアイドルの歌と踊りを眺めるだけの余暇となるだろう。


 校門前に残された彼らは一応名目上の立場としては警備に近い役目を負っていたが、二人と一羽を興味深げに見つめる来客が出ていくことはあっても中に入ってくる者は多くない。


 二日目はちゃんとカレーメイド喫茶という奇妙な出し物に参加してそれなり楽しかったし、オカルト研究部の展示会をサクラとして見に行ったりもした。


 その場に、アラーナの姿は無かったけれど。


 一日目のようなアクシデントもなく平和に閉会式へと移行できそうだ。

 安堵に緩んだ空気に包まれているこの時間が、圭介にとってはたまらなく心地よかった。


「にしてもバンブラの人気ってすごいんだね。今日の昼なんて他の国から見に来た人までいたよ」

「何となく接してたけど大陸規模で人気ある芸能人っすもんね……。いやまあそれ言ったら俺らも国防勲章もらってるんすけど」

『私には何もありませんが』

「アズマがそれ言うと寂しがってるのか冗談言ってるのかわかんないっすね」

『単なる補足説明です。他意はありません』

「所詮は機械だからしゃーないよ。その手の感傷とか気遣いとか無縁いっだだだだだ爪食い込ますなお前くっそいててて!」

「今のは圭介君が悪いっす」


 のんびりとした時間が過ぎる中、空の向こうに少し残ったオレンジ色の雲が徐々に消えていくのを眺め続ける。


 ここ最近は夕方が短い。


 あの後、エルランドに加担していた生徒は全員退学処分になったと聞く。

 もちろん校舎内に残って暴れていた二年生も相応に罰は受けたものの、興奮状態に陥らせる何らかの魔術の影響を受けていた痕跡が認められた。そのためしばらく学内での清掃活動に従事するだけに留まったらしい。


 ピナルとヨーゼフは再逮捕され、以前より厳重に監視されている監獄に送られることが決まった。

 ナディアのメンタルが心配になったものの、事件が終わってから接した限りひどく落ち込んだ様子はない。少なくとも表面上はあっけらかんとしたものである。


 今回乗り込んできた排斥派の残党は教育委員会会長との繋がりを訴えていたが、肝心の会長本人が騒動の始まる直前から行方不明とのことで真相が未だはっきりしない。

 会長はどこに雲隠れしたのだろうか。何となく既に生きていないのだろうと圭介は想像していた。


 東西の城壁、アーヴィング国立騎士団学校。

 いずれの場所でも自分達が勝てた。つまらない仲違いも終わらせた。


 なのにエルランドの忠告が心に引っかかって、気分はささくれ立ったままだ。


(僕は[デクレアラーズ]のやり方を間違ってると思ってる。思えている)


 だがそうでない誰かがこの世には存在する。それも一人や二人ではなく、思った以上に多く。

 理不尽な形で大切な人や自身の尊厳を失った者は、心の傷を日常で癒せないのだと今回の件で思い知らされた。


(多分エルランドは言葉の力であれだけの人数を勧誘したんだろうけど、僕には口先で彼らを説得なんてできなかった)


 アラーナのケースが最も典型的なのかもしれない。

 綺麗事をまやかしと断じて信じず、明確な被害者と加害者の関係を見てきてしまった。その在り方を否定したくて加害者を排除するべく動く。


 間違いなくそのやり方で人を救うことは可能だし、そうしなければ救えない人がいると彼女は知っていた。


 これからも彼女のような誰かが[デクレアラーズ]の協力者として圭介の前に立つかもしれない。そう思うとひたすら憂鬱な気分になってしまうのだ。


 お前は恵まれているだけだと言外に叱責され、しかもそれにどうしても反論できない自分がいる。

 それで彼らを肯定するつもりもないが、やりきれなさは拭えなかった。


 少なくとも元の世界に帰ろうとする上で[デクレアラーズ]との接触が避けられない以上、この懊悩も突き詰めるところまで行かなければならないのだ。


「昨日も今日も疲れたし、明日は一日ぐっすり寝るかぁ」

「っすね。俺もくたびれましたもん。多分他の三人も同じような感じっすよ」

『明日はロトルアに帰る[バンブーフラワー]の面々を見送る約束があったはずですが』

「そういやあったな! あっぶね、忘れるところだった」

「アイドルとの約束忘れそうになるとか俺らも偉くなったもんっすね!」

「ぶっちゃけアイドルとの約束より寝たい気持ちあるわ僕。いや行くけどさあ」

『国防勲章を得た客人は余裕があってよろしいですね』

「そうだろそうだろ、もっと崇め奉れ。銅像建てろ」


 機械からの皮肉に冗談で応じながら圭介は手に持った缶の中身を飲み干す。

 ジュースの酸味で取れない疲れはこの際、祭りの雰囲気で誤魔化した。

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