プロローグ 変態飛行の藍色船舶
晴れ渡る青空の下、初夏の訪れを予感させる日の光に暖められた王都メティス城壁外の草原にて。
三人の青年が彼らの背丈の倍はあろうかという灰色の巨躯と向かい合っていた。
青年達に剥き出しの殺意を向けている醜悪な怪物。オーガと呼ばれる、単体でゴブリン十体分に匹敵するとも言われている中型モンスターである。
筋肉質なその異形は雄叫びと共に三人に向かって走り出し、彼らをまとめて薙ぎ払わんと右腕を大きく掲げる。……が、事前に詠唱を終えていたのか突如隆起した土の壁に動きを阻まれた。
「ダミアン、下がって第四魔術位階の準備! 俺とチャドで時間を稼ぐ!」
「了解!」
薄い無精髭を生やした長髪の男が後方に下がる痩せぎすの男へ指示を飛ばす。同時に、彼の短槍を握る右手と盾を掴む左手に力が入った。
その隣りでは仮面に黄土色のローブという怪しげな出で立ちの男が袖から茨にも似た棘付きの鞭を覗かせる。どちらも【解放】済みのグリモアーツ、加えて立ち位置や構えに絶妙に隙がない。
彼らはフリーランスの冒険者だ。
特定の企業に属さず、クエストの報酬や賞金首の報奨金で生計を立てて場合によっては国々を行き来する根無し草。
その存在は大陸全土で認知されており、冒険者として満たすべき複数の条件を満たしていれば一部の国境は身分証明を見せるだけで通過できる程の影響力も持っていた。
つまりこのように討伐対象であるモンスターと命のやり取りをするのも、彼らにとってはある種の日常なのである。
「ゴアアアアアアア!!」
強力な体当たりで土の壁を破壊して、オーガが彼らの前に姿を現す。
体重をかけようと前のめりになった体は必然的に前方に頭を差し出す形となるが、待っていたとばかりに仮面の男の袖から伸びた茨状の鞭が首に絡まって上半身を地面に叩きつける。
鞭は伸縮と先端の挙動をある程度制御できるらしく、倒れた所を確認すると今度は太い首と大地の間からズルズルと引き抜かれた。
その動きによって首の皮膚をついでとばかりに削ぎ落とされ、苦悶の声が響くも彼らは手を緩めない。
鞭の動きに合わせて痛みに耐えかねた上半身が起き上がると、今度は短槍の切っ先がオーガの右目を穿つ。
「ギァアっ!?」
「いただきぃっ!」
跳躍によってその顔面の高さまで跳んだ短槍の青年は突き立てた槍を横に払うように目から抜くと、次に思わず刺された目を覆おうとして右手を持ち上げた結果生じる右脇の隙を突く。
脇という部位は神経が集中している関係で痛みに敏感な事もあり、強い衝撃を受けたオーガはのた打ち回る余裕も無くただ動きが停止する。
人間と類似した体の作りが災いしてか、脇を槍で突かれた瞬間に「ギャン!!」という短い悲鳴を上げて蹲った。
しかしそこは硬さに定評のある中型モンスター、浅く刺さっただけの傷しか負わないのは民家の玄関に用いられるドアと同等の厚さを誇る皮膚による頑強さ故か。
だが一度止まったその瞬間が勝負を決した。
「今だ、ダミアン!」
充分な時間稼ぎを受けて詠唱を終えたのは、二人の後方で呪文を詠唱していたダミアンと呼ばれる痩躯の男。
その胸元でグリモアーツと思しき水晶玉が眩い光を放っている。
「【ロックフィスト】!」
第四魔術位階の術式によって作り出された岩の拳が砲弾よろしく飛んでいき、身動きのとれないオーガの顔を貫く。
表情を永遠に奪われた灰色の巨人は、死の苦痛を自覚する事無く絶命した。
「うっしゃ一丁上がり! 相変わらず詠唱速度は一人前だなオイ、おかげでいつも楽に仕事できる」
「うん……ダミアンがいるから、俺も安心して戦えた」
「よして下さいよ、私にゃ勿体ないお言葉だ。それにこの後の処理こそがチャドの本当の仕事でしょ。私らじゃあまだ使い物になる臓器を間違って裂いちまいそうなんで、頼みましたよ」
こく、と頷くとチャドと呼ばれたローブの男は、オーガの死体付近に麻の布を敷いて懐から肉厚のナイフを取り出し、無言のまま解体し始めた。
慣れた手つきで皮、肉、骨、臓器と分けては布の上に売り手のいる部位を値の張る順に並べていく。
こういった倒した現場での解体処理に関しては特別法改正なども絡まず、新しい技術の介入する余地も必要性も見込めないからか大昔からやり方は変わらない。客人もこの技術の効率化には無関心な様子である。
「最近はモンスター共も妙に大人しいな。久々にオーガの討伐クエストが来たと思ってたら、今回の城壁外での目撃例ってのがなんと二年振りらしいぜ。逆にそれまでちょいちょい見つかってた連中はどこ行ったんだっつー話だよな」
短槍の青年が自身のグリモアーツである短槍をカードの形態に戻しつつ、少し退屈そうに言う。
彼ら冒険者にとってモンスターの出現頻度と討伐クエストの受注頻度は死活問題だ。明日の食事にありつけるかどうかの瀬戸際までは未だ遠いが、安泰な未来が待っているわけでもない。
不謹慎な話、今の彼らの心境は平和によって生じた漠然とした不安を孕んでいる状態なのである。
「平和になってるんだか嵐の前兆なんだか。前者だと嬉しいんですが」
「こういう時って大概俺らが嫌がる方向に世の中動くもんな。絶対後者だね、一シリカ賭ける」
「絶対とか言いつつ金額がしょっぱいのは何なんですか」
二人が軽口で笑い合っていると、
「うわあぁぁ!! ふ、二人ともアレ、アレ!!」
死体の解体をしていたチャドが走り寄りながら空を指差す姿が見えた。
「あん!? どしたぁ、ってうぎゃおう何だアレ!?」
「は? 何です突ぜンンンン!!」
談笑していた二人も彼の指の先にあるそれを見て、驚愕を隠せず裏声で叫び出す。
彼らが目にしたのは、空を飛ぶ藍色の中型船舶。
ビーレフェルト大陸において、空を飛ぶ船というものは特段珍しいわけではない。
数多くの客人が来るこの世界だが、飛行機やヘリコプターを作り出せる者はいないか作り出す前に死んでしまうかしてしまっていて空路の行き来は従来の技術が先に立つ。
特にアガルタ王国においては浮遊島の有効活用の一環と他国へ向けた技術力のアピールも兼ねて、大陸の中でもその姿を見る機会は多い。
藍色というカラーリングは珍しいと言えば珍しいかもしれないが、見たとしても写真を撮るか撮らないかわからないくらいには普遍的である。
つまり彼らが驚いたのは空中に浮かぶ船そのものではなく、
「どうやったらあんな変態的な動き出来るんだよ!? 積んでる荷物とかぐちゃぐちゃになるぞ!」
「うっわこっちまで風来てますよ絶対中の人死にますってあんなの!」
「……気持ち、悪い…………っ!!」
水車の如く縦に回転しながら前進する異様に対する、正当にして真っ当な感想だった。
これが後に“変態飛行の藍色船舶”というオカルト案件として政府に報告されることとなる、国を巻き込んだ壮大な珍事の始まりである。




