第十七話 災厄の文化祭
東西の城門でそれぞれ戦闘が激化している頃、圭介とレオの二人は混乱の渦に飲み込まれた校舎内を駆けずり回っていた。
「わかっちゃいたけど、やっぱ人多くて動きづらいな」
「こればかりは仕方ないっすよ文化祭なんだし」
目的は暗躍している排斥派が暴走し始めた二年生の生徒らと接触する前に、手早く自分達で捕まえて事態を終息させることだ。
圭介は気温の急激な低下を感知するべく【サイコキネシス】の索敵網を薄く拡げながら、自分とレオの後頭部を念動力で保護。
レオはいつでも催眠術式を無効化できるよう分割した【フリーリィバンテージ】を互いの頭に巻きつけつつ、排斥派の霊符対策として体温上昇の術式を二人の体に施している。
現状、生徒から攻撃され得る排斥派を圭介が、排斥派の被害を受けた生徒をレオがそれぞれ保護するべく役割分担している状態だった。
「顔を確認するか霊符が発動するまで相手の位置もわからないのマジで厄介だな。僕らだけで残りの排斥派に対処すんの結構な骨だぜ」
急ぎ走る二人を見た人々が左右に分かれてできた道を進みながら、圭介が愚痴をこぼす。それにレオが唾を飛ばしながら応じた。
「やるっきゃないっすよ。被害者が出ちまった今、多分もうブチギレてる連中は便乗するみたいな形で排斥派を殺しかねない」
「それも考えてみれば異常な話……おっ、流石に来たか」
圭介の索敵網に、二人に向けて飛来する小さな反応が引っかかった。
それは教室から出てすぐ圭介の頭に止まる。慣性の法則で傾いた首がやや痛い。
『お疲れ様です。ラケルなる人物の発言から事情はある程度把握しています』
「助かる!」
金属製の猛禽、アズマが戻ってきた。
今回彼の結界魔術が役立つかどうかはわからないが、空中を移動できて大きさも人間より小さい彼だからこそ任せられる仕事がある。
「アズマ、早速で悪いんだけどエルランドの顔は憶えてる?」
『はい。先日接触した際に記録しています』
「うっしそれならイケるかもしれない。ちょっと校舎の中とか外とか見回って、どこにいるか探してきてほしいんだ。多分いるから」
「えっ?」
『学校の敷地内にエルランドがいると言える根拠は何でしょう』
「……自惚れてるみたいでアレだけどさ」
アズマの問いを受けて圭介は苦々しげな表情を浮かべた。
「こないだ僕を勧誘しに来た時、帰り際に“今日のところは”って言ってた。まだその気が残ってるなら絶対にまた接触してくるはずなんだよ。つまり僕がいる場所にエルランドもいると考えていい」
騎士団の状況を見るに少なくともヨーゼフとピナルは学校に来ていないはず。
他の[デクレアラーズ]構成員が来る可能性も考えたが、トランプのカードと同数の構成員しかいない組織なら迂闊に人手を割けないだろうと一度高を括る。
最優先すべきは今の騒乱を生み出しているであろうエルランドの捜索であると割り切った。
「あのおっさんは必ずまた姿を見せる。何ならさっき最初に人が殺されたのもアイツの仕業かもしれない」
「つまりここで身柄押さえれば騒ぎは落ち着くって考えていいんすかね? なら俺らは一旦救助活動に専念しても大丈夫そうかな」
『理解しました。では屋上から見て回ります』
頼んだ、と言って【テレキネシス】で廊下の窓を開放する。秋空が広がるその先に銀色の翼が飛び去っていった。
それから一瞬遅れてレオが自身の耳に手を当てて視線を床に向ける。
「圭介君、下の階でなんか騒ぎがデカくなったっす! そっちの索敵網はどうっすか!?」
「急に【サイコキネシス】の動きが弱まった! 間違いない、三年生の教室だ!」
それが意味するところは、急激な気温の低下。排斥派の一人が逃げ場を失って土壇場で霊符を使ったのだろう。
頭に巻きつく“フリーリィバンテージ”が葡萄色に輝く。同時、体温がカッと上昇するのを感じた。
低体温症を防ぐためレオの魔術で新陳代謝が促進されたのだ。これで二人は極寒の領域に躊躇せず突撃できる。
最も近い位置にある階段を駆け下り、現場に到着した時には既に何人かが倒れていた。
凍った空気中の水分が霧のように舞って視界を曇らせ、その奥、廊下の果てに何者かが走り抜けていくのが見える。
目を凝らすまでもない。この惨状を生み出した排斥派だ。
「レオは倒れてる人達の救助を頼む!」
「了解っす!」
伸縮自在の包帯が生徒や来客の体に絡みついては葡萄色の魔力を帯び、体温を上昇させていった。
その様子に安堵しながら圭介は自身に【テレキネシス】と【サイコキネシス】、それから【エアロキネシス】までもを追加して移動速度の上昇に回す。
校舎内では振り回せないからとグリモアーツを【解放】しないまま魔術を発動したが、思っていたよりもしっかりと加速する。
弾丸よろしく疾駆した圭介は白い霧に穴を開け、逃げる男の背中を捕捉した。
そして、勢い余って通り過ぎた。
「待てぇぇぇぇぇええええええええ!? ウッソはっや!」
「ひいぃっ!」
「いや関係ないや、そこまでだ排斥派! このまま大人しくとっ捕まってもらおうか!」
急ぎ相手の方を見ると、タンクトップ姿のひょろりとした体躯が四つん這いになりながら離れようとしている。
だが[デクレアラーズ]に狙われている事実と圭介の襲来に動揺しているらしく、その動きはどこか覚束ない。
「時間取らせんなアホタレ、他にもいんだから。【解放“アクチュアリティトレイター”】」
「ぐぇっ、え」
ひとまず男の背中に載せたグリモアーツを【解放】し、その重みで身動きを封じる。後は冷気に巻き込まれた他の生徒や来客を救助し終えたレオが“フリーリィバンテージ”で拘束するだけだ。
まだ被害に遭っていない場所での避難誘導はレイチェルと生徒会役員が請け負ってくれている。
彼ら彼女らまでもが被害者になる前に、先んじて排斥派の動きを抑制しておく必要があった。
「【焦熱を此処に】」
手元で発生させた炎を【パイロキネシス】で増幅し、周辺の温度を上昇させたところでレオが駆けつけてくれた。ダアトで相当経験を積んできたためか彼の処置は驚くほど手早い。
「とりあえずこれで一人目っすね」
「ああ。最初に殺されたって人を除けばあと三人だっけか」
言いながら“アクチュアリティトレイター”の下から引きずり出された男を包帯で縛り上げ、【ドランク】で眠らせる。
事前にレイチェルと話し合った結果、拘束した排斥派の一味は一旦校長室で身柄を預かる形となった。暴走した生徒やエルランドの魔術を警戒しての措置だ。
その手間がどの程度かかるか、残り何人実行犯がいるのか把握できる理由が騒動を起こしたラケルからの情報というのが何とも皮肉だが。
「東西で皆が騎士団を支援してくれてる。あと三人、どうにか捕まえれば少しは騒ぎも……」
「ケースケ君!」
意識を手放した男を【サイコキネシス】で持ち上げたところで、階段から駆け下りてくる悲痛な叫びが耳朶に響いた。
見ればコリンが白い息を吐きながら近づいてくる。
一般生徒は校庭に集められているはずだが、どうやら【インビジブル】で姿を隠しながらここまで来たらしい。
「ハァ、ハァ」
「コリン? ちょっ、大丈夫? レプティリアンにこの寒さはキツいだろ」
少しは温度を上げたとはいえ、まだ吐息は白いままだ。
コリンの体に体温上昇の術式が浮かんでいるわけでもない。生身の状態でここに来ただろうことは容易に想像できた。
「……そんなん言ってる場合じゃないの。結論から言うと、騎士団は城壁の方の戦いが落ち着いても絶対にこの学校に来ないの」
「は?」
「どういうことっすか」
続く疑問の声でようやくレオの存在を認めたらしい。一介の新聞部でしかない彼女が断定的に言ってのけた点も含めて疑問に思う声を受け、わずかにコリンがたじろぐ。
が、すぐに切り替えて懐からスマートフォンを取り出して表示されている画像を見せた。
どうやらアガルタ王国全体の情報を掲載しているニュースサイトらしい。画面に映る景色も見慣れた街並みである。
表示されているのは、そこかしこから黒煙を吐き出す住宅街。
各所で火災が起きている王都の姿がそこにあった。
「ついさっき、メティスで同時多発的に火事が起きたの。原因は放火で間違いないって、既に犯人も捕まってて」
「ハァ!? 何だってこんな最悪なタイミングでまた厄介事が……!」
「いやもうこれ絶対[デクレアラーズ]か排斥派のどっちかがやったんすよ! だっておかしいっすもん出来過ぎてるっしょ!」
ニュースの文面を見る限り、犯人が捕まっていないのはわかるものの情報が新しいせいで詳しい話が出てこない。
いずれにせよ断定できるのは、ただでさえ人員に余裕のない騎士団がその対応にまで追われているという事実。
「多分こっちは排斥派がやったの。捕まったのが客人じゃないって情報はもう出回ってるみたいだし、普通に考えてあっちも騎士団には来てほしくないはずだから何かしら仕組んでても不自然じゃないの」
コリンの冷たい視線が眠る排斥派の男を射抜く。一定の戦闘力を持つ騎士団学校の生徒ですらない、無関係な非戦闘員を巻き込むやり口に対する嫌悪と憤りがあるのだろう。
「ってことは、もし城壁の戦いが落ち着いても騎士団来ないんすか!」
「だからここにいる人員だけで解決させないといけないの。ってなわけで、私は今度こそ戻るの! 寒いし!」
「お、おう! あんがとね!」
実質的に爬虫類とそう変わらない生態の彼女にとって、今の寒さは命に関わると言っても過言ではない。
そんな中でも提供してくれた情報を無駄にはできないと、圭介は全力で頭を回転させる。
「……レオ、事情が変わった。とりあえずそのおっさんを校長室まで運んで。僕は排斥派を探すのと同時に、暴れ散らしてるらしい二年生を抑え込む」
「そんないっぺんにできるんすか。騎士団来ないならこの学校で戦えるの、今は圭介君しかいないんすよ」
暗に「少しくらいは排斥派を見捨ててもいいのではないか」と持ちかけるレオの言葉は非情にも思えたが、何より圭介への配慮に満ちていた。
だからと頷けるはずもなく、走ってきた勢いで緩んだ頭の包帯を締め直す。
「やってやれないこたぁないでしょ。こちとら場数踏んでるし」
嘘は言っていない。
これまでぶつかってきたゴグマゴーグやダグラスとその一味などに比べれば、今回の騒動の主犯格であるエルランドは大した敵でもないだろう。
戦闘力で圭介を上回っているなら搦め手に頼る必要はなく、正面から戦いを仕掛けてくるはずである。アッサルホルトで戦った軍輝などは実際にそうしていた。
「こんな怖い敵、僕以外に任せたくない」
それは事実だが、では搦め手なら怖くないかというと絶対に否と言える。
特にエルランドはその一点において、これまで戦ってきた誰よりも秀でているように思えた。何よりも優先して魔術の正体を掴まなければならない相手なのに、何よりも後回しにしなければならない状況が続く。
排斥派を拘束し、二年生の感情を抑え、どこにいるかもわからない敵を探す。
やるべき事柄があまりにも多い。
「避難誘導を無視して動いてる人らがいるのは索敵でわかってるんだ。まだ他の排斥派が動いてない今、そっちから止めに行かないと」
言って右手に“アクチュアリティトレイター”の柄を握りしめ、天井を――正確にはその向こうで動く何人もの反応を睨みつけた。
「……了解っす。校長室のドア閉めたらまた合流するんで」
「助かる。ぶっちゃけて言うと二年生相手ってなるとレオがいなきゃ困る部分もあるから、かなり心強いよ」
「嬉しいこと言ってくれるなあ。それなら急いで合流しなきゃっすね」
じゃ、とどちらからともなく軽い挨拶を交わし合い。
二人の客人は一旦別れて動き始めた。




