第十六話 西方ゴーレム地獄
メティス西部、モンモリロン街道。
かつて城壁常駐騎士団が、第一王女フィオナや東郷圭介とともに防衛戦を繰り広げた第五アラバスタ街道から程近い場所。
そこで今、瓦礫を素材とする無数のゴーレムが城壁目指して移動していた。
「これほどまでに最悪な敵も珍しいな」
ケンドリック砲が立ち並ぶ城壁の歩廊に部下を連れて立つ指揮官の男が呟く。他の騎士から応じる声は聴こえずとも、間違いなく全員同じ気持ちであろう。
一体一体の戦闘能力は決して高くない。どころか弱いとさえ言えた。
騎士団ほどの練度と連携があれば所詮は粗末な武器を握った人形でしかなく、何体かが集合して一体の巨大なゴーレムになったとしてもケンドリック砲を数発叩き込んで吹き飛ばせばいい。
ただ、厄介なのはその吹き飛ばせるという結果しか出ないこと。
何故だか砲撃を受けても砕けないのだ。そのせいで結果的な戦力は拮抗、どころか活動時間と人員に限りがある騎士団よりゴーレムの群れに有利な流れが出来つつある。
衝撃を受ける瞬間、ほんの刹那に浮かび上がる青磁色の強化術式。あれを見るにゴーレムの主とは別に支援している何者かがいるのは間違いない。
ただ、その所在がわからなかった。
「ゴーレム使いの方はあんなにも悪目立ちしているというのに、歯がゆい話だ」
見れば後方に佇む巨大なゴーレムの上で堂々と腕を組んで直立している客人の姿が見えた。距離の問題もあって目視での確認は困難だが、恐らく二十歳にも届かないであろう少女である。
先ほども彼女が足場としているゴーレムが吹き飛ばされる瞬間を見たものの、跳躍して次なる巨大ゴーレムを作り出し新たな足場とするのみだった。
見境なしに土も石も街道の石材も照明器具すら巻き込むため、周辺の地形は子供の指に千切られた粘土よろしく歪み尖ってしまっている。
客人を追い詰める方針で動いてはいるものの、万が一にでもゴーレムが内部に侵入してしまうと市街地に被害が生じてしまうのは想像に難くない。
敵を倒すことに意識を割かれて護るべき城壁が突破されては本末転倒である。
どう出るべきか、と指揮官が悩ましく頭を抱えていると城門の前に待機していた部下から無線で連絡が入った。
「どうした」
『例のギラン・パーカー国防勲章のパーティが合流。これより戦線に参加します』
「……アイドルグループを巻き込んだバカどもか。遊びに来たようなら追い返したいところだが、セシリア殿と繋がりがあるようなら邪険にもできまい。丁寧にご案内差し上げろ」
『は、はぁ……。こちらからは、以上となります』
「了解。警戒態勢を継続、決して気を緩めないよう留意せよ」
暗に「援軍として数えるな」と示す言葉に戸惑う声など構いもせず、半ば一方的に通信を切る。
「小娘の相手は小娘に任せろとでも言うのか? フン、意外にも王城騎士様はご冗談がお好きと見える」
男の声に滲むのは上からの指示に対して噴出する反発心。
現役の騎士にとって騎士団学校の生徒を援軍として送られるなど、普通に考えれば屈辱でしかない。
加えて冒険者としてもやっていける程度の経験を積んでいるとはいえ、芸能人を参加させている。到底正気の判断とは思えなかった。
(騎士団に入るべく血の滲むような努力を重ねて、城壁常駐騎士団などという末端組織に組み込まれた凡人の気持ちなど連中にはわかるまい)
少なからず私情も交えながら、それでも彼が彼女らの存在をあまり前に出すまいとしたのは一騎士としての配慮でもある。
(アイドルなんぞに興味はない。だがしかし、そいつらの身に何かあった時、真っ先に割を食うのが誰なのか奴らは考えたことがあるのか)
芸能人が冒険者として活動する、というケース自体は大陸全土を見れば珍しいことではない。
自己営業が基本となる以上仕事が入らない時期でも食い扶持が必要となるのは当然だし、魔術の扱いに秀でているところをアピールする機会も得られる。一石二鳥とはまさしくこのことだ。
一方、騎士団との共同戦線で負傷でもしてしまった場合、責任も批判も騎士団に集まってくる。
責任の方はまだ何とでもなるが、ファンからの否定的感情に関しては一切コントロールできない。
騎士団へ向けられた怒りや憎しみは騎士団への評価に繋がり、騎士団への評価は国への評価に繋がる。
増してや[バンブーフラワー]はアガルタ王国在住とはいえ、今をときめく大人気アイドルだ。その知名度は大陸全土に及ぶ。
ケンドリック砲でも砕けないゴーレムの群れを相手取らせて無事で済まなかった場合、国防勲章を持っているだけの学生ごときが不特定多数の悪意相手に何をしてくれるというのか。
(失敗しても謝れば許される連中は気楽でいい。こっちは無能の吹き溜まり呼ばわりされながら完璧を求められて、いるの、に……?)
鬱憤が眉間の皺を深めていく中、目の前で。
何体もいる巨大なゴーレムのうち一体が、山吹色の矢に上半身を貫かれて砕け散り。
次に狭い間隔で並ぶ別の二体が、真横に走る群青色の剣閃で上下真っ二つに切断された。
「………………あ?」
* * * * * *
「ミアちゃん、【ホーリーフレイム】が当たった割に浮かない顔だね」
「ああ、まあね。色々聞こえちゃったからさ……」
強化されたゴーレムの群れを打撃と斬撃で破壊しながら戦場を移動するのは、尋常ならざる速度で移動するユーとミアの二人。
それぞれ【鉄地蔵・金剛】と【メタルボディ】で金属の鎧を着込んだ状態と変わらない防御力を獲得し、遠方で跳躍しながら新たなゴーレムを量産するピナルへと疾駆する。
奥まった場所まで踏み込めば囲まれるだろうことは容易に想像できたが、それを恐れず突き進むのは後ろを二人の味方に預けているからだ。
「二人とも早いって! もうちょっとゆっくり!」
「問題ありません。私がケイトを抱えて走るまでです」
「いやそれが一番怖っ、ひぃぃ!」
海老色に輝く一本の樹木型グリモアーツ“セイクリッドツリー”が、根を地面から引き抜かれた状態でしがみつくケイトごと宙を舞う。
相応に重量があるはずのそれらを羽根のように軽々と持ち上げるのは、青黒い鱗に覆われた腕。
レプティリアンたるアガサ・ボネットの変異した腕であった。
巨木と少女をまとめて持ち上げる彼女は脚で走らず、車輪を持たない楕円状の金属板で滑空している。足場とするそれの表面には木賊色に輝く花のシールが貼り付けられていた。
ユーとミアの足首にも巻き付く形で類似した花輪型のシールが貼られており、そこから第六魔術位階【アクセル】が発動しているのがわかる。
「ごめんごめん、急ぎ過ぎたみたいだね。にしても便利なグリモアーツ持ってるじゃん」
「うふふ、普段の仕事でも重宝しています」
アガサの胸元にべったりと付着しているのは、広がる指が下に向く形で両手の甲を相手に向けて嗤う髑髏を象ったシール。
彼女のグリモアーツ“シンフォニア”の一部だ。
レオの“フリーリィバンテージ”と同様、複数に分割して使用できる特殊なグリモアーツ。今は味方に貼り付けて第六魔術位階でのサポートを行っている。
が、アガサの得意とする魔術系統は後方支援ではない。
「アガサ! 後ろから来てる!」
激しい揺れもあって焦った様子のケイトの声に応じ、背後から迫るゴーレムの群れへ網状のシールを投げつける。
「【慟哭せよ】」
呟くと同時。
ゴーレムに付着したシールが木賊色に輝き、瓦礫の兵を爆散させた。
アガサの適性は詠唱の遅延と魔力の意図的な暴発にある。
第四魔術位階【ディレイスクリーム】は詠唱に必要となる音声を術式の内部に組み込み、一定の時を経て爆薬へと変質させるものだ。
仕組みを見れば異なる術式同士を反発させて炸裂させるエリカの魔力弾に近い。
シールとして付着した“シンフォニア”が次々と爆発を起こすため、ゴーレム本体のみならず歪んで立ちはだかる土の壁や投擲された金属の塊なども障害物としての意味を為さないまま砕かれてゆく。
更に言えばこの状況下では、単なる支援でも攻撃でもない第三の役割を担ってくれていた。
「ごめんアガサ、私とユーちゃんそろそろ少なくなってきたから追加お願い!」
「わかりました!」
言ってアガサが胸元の髑髏に指を這わせ、六つの小さなシールを作り出す。花を簡単に模したそれらがミアとユーの首元にそれぞれ三つずつ投擲され、ぴたりと貼り付く。
途端にミアの首元で一つ、貼ったばかりのシールが弾け飛んだ。
「ひゅーっ、セーフ!」
花型のシールに込められた術式は第六魔術位階【レッドフルーツ】。
気を失った相手を覚醒させる気つけの魔術が、たった今発動したのだと小さな衝撃が伝えている。
騎士団を襲っている謎の遠隔攻撃――突然騎士の意識を奪ったり後頭部を焼き切るというそれら、エルランドによるものと思しき魔術。
自分達が狙われた場合を想定してせめて催眠魔術だけでも防ごうとアガサが提案したのが、この気絶した瞬間に自動で叩き起こすシールだった。
タイムラグがないため気を失っていないのと同じような状態で、彼女ら四人はピナルが統率する【ミキシングゴーレム】の群れを突っ切ることができている。
「今までシールが弾けるタイミングを見てきたけど、ゴーレムの破損とほぼ同時みたいだね」
「ミアちゃんも気づいた? そうなると強化術式も多分内側から発動してるってことになるけど、今まで斬ってきた中で怪しいものは特になさそうだったなぁ」
「ってなると他人が操るゴーレムに干渉してるか、それとも……あ、ここまでっぽい」
頭上から聴こえた異音とそこから感じる脅威に、ミアが会話を打ち切った。
瞬間、四人に雨あられと降り注ぐ岩の矢、第四魔術位階【ストーンタックス】をバベッジから出した【パーマネントペタル】で受け流す。
上から攻撃を仕掛けてきたのは他でもないゴーレム軍団の主。
「うわー、まただよ! ゴーレムの動き止める嫌なのと、ゴーレムじゃ倒せない嫌なのが来ちゃった!」
「ご挨拶だね。それ言うならそっちはゴーレムを増やしまくる嫌なのでしょ」
客人、ピナル・ギュルセル。
褐色肌とおさげの黒髪が特徴的な少女は、ローラースケート型グリモアーツ“レギオンローラー”の車輪をガリガリと回転させながら大型ゴーレムの肩に立つ。
「しかも今度は仲間連れてるよ~。テキトーにゴーレム作れなくなっちゃったじゃんかさ~」
「【首刈り狐・双牙】!」
二つの異なる方向から飛来する三日月状の刃をピナルは地上に向けて真下へと加速する形で難なく回避し、足を動かさずして四人の前に進み出た。
先ほどまで遠距離からゴーレムをけしかけていた少女の挙動として不自然ではあるものの、直接対決は数で勝る方にとっても望ましい。
アガサがケイトの“セイクリッドツリー”を地面に下ろし、根が地面に食い込んでいくのを見届けてから新たなシールを作ってピナルと向き合う。
彼女のグリモアーツはゴーレムの動きをジャミングで封じ込める手段となり得るため、攻撃を受けないよう他三人の後ろへと下がらせた。
「一度はミアさんとケイトの二人に敗れたと聞きましたが。随分と余裕があるようですね」
「うん。ピナル、あれから強くなったからね」
言ってピナルは右足を一度上げてから振り下ろし、地面を勢いよく踏み抜いた。
それに呼応するかのように、周辺から岩の柱がいくつも生えて伸びていく。
第五魔術位階【ロックピラー】。
本来ならもっと速度をつけて相手の足元を隆起させ攻撃に用いるか、あるいは複数を並べて防壁とするのがセオリーとなる魔術だ。
しかしピナルの挙動からは攻撃の意図を感じず、防御の手段とするにはまだ本格的な攻撃が始まっていない。
加えて柱の一本一本に伽羅色の術式が張り巡らされていて、どこか不穏な雰囲気を漂わせていた。
「何……?」
意図が読めない、という不測の事態にケイトが思わずといった様子で不安げな声を漏らす。
「ここからはピナルが本気で戦う時のやり方でやらせてもらうから、死なないように気をつけて。みんな優しそうな人ばっかりなんだもん。できれば殺したくないんだ」
「……っ! ケイトさん、【ロックピラー】にジャミングを!」
「しても無駄だよ」
何かを感じ取ったらしきユーが叫ぶも虚しく。
「ぐっふぅ!」
消えた、と思ったピナルのつま先が、次の瞬間には後ろにいたはずのケイトの左わき腹を蹴り飛ばしていた。




