第十三話 始まりと終わり
「騎士団に属する上で最も大切なことは何か。私は協調性だと考えております」
アーヴィング国立騎士団学校の体育館に集結した全校生徒を前に、舞台上のレイチェルがマイク越しの声を響かせる。
並んで立たされたまま校長からの挨拶に意識を向ける学生などそういるものではない。特に表情を浮かべるわけでもなく、ある者はあくびを漏らし、ある者は指の関節を鳴らした。
「本校の文化祭は憩いと交流を目的とした年間行事、言ってしまえば遊興に過ぎません」
ありがちな言葉を口にするレイチェルもそれは承知している。本当は早く教室や部室に戻って仲間とともに今日という日を楽しみたいのだろう。
だからと省略するべき事項ではないし、この時間は何も退屈な話を聞かせるばかりが目的ではない。
一部の生徒にとってはとても大切な時間なのだから。
「しかしこういった行事を通して得られる結束の経験は必ずや皆さんの糧となることでしょう」
退屈を隠そうともしない者らとは別の姿も散見される。
写真立てを小脇に抱えながら今にも泣き出しそうな顔をしている少年。
胸ポケットに挿し込んだ万年筆を優しく撫でつつ壇上を見つめる少女。
騎士団学校に属する学生の中には危険なクエストを受ける者もいて、その中には文化祭当日を迎える前に死んでしまったケースもあるのだ。
なのでビーレフェルト大陸の騎士団学校では一部を除いたあらゆる国の騎士団学校で、生徒による遺影の持ち込みを許可している。
宗教が絶えて久しい世界においても弔意は決して否定されるべきではない。
「さて、堅苦しく冗長なお話など皆さんとて望んでいないのは百も承知。私自身もこの後学内を歩いて回るのを楽しみにしているところでして」
とはいえそういった事情にばかり気を配るのも考え物だ。
わずかばかりの諧謔を差し込む。それが生徒一同の気を少し引いて、次の予定への移行を進める。
「ここからは生徒会長に開会の宣言をしていただき、暫し生徒らの出し物を楽しんだ後に簡単な今後の予定の確認をする形となります」
いたずらっぽく微笑んで。
「……もう噂でご存知の方も多いかと思いますが、明日の午後からはとある有名人もゲストに呼んでいますので。どうかお楽しみに」
では以上となります、と一歩下がって一礼。直後に拍手が鳴り響き、生徒会長が入れ替わるようにして舞台の中央に移動した。
騎士団学校の校長としては短くカジュアルな振る舞いに年配の教師などは眉をひそめるものの、大多数はレイチェルに対して肯定的だ。
「僕がいた世界の校長とは随分違うね」
他の生徒らとともに彼女の振る舞いを見ていた圭介も同様である。
因みに空気を読んで今はアズマを学生カバンの中に置いてきているのだが、どう考えても後で不機嫌な態度を取られるのが目に見えており圭介からしてみれば億劫この上ない。
「僕の中学時代の校長とか無駄にえーとかあーとか言いまくるせいでゴミ投げつけられてたのに、こっちの校長先生は話を短くまとめてくれてるよ」
「いやこっちの異世界にも話長い校長くらいいるの。そんなんでゴミ投げつけられるのは流石にそっちの世界の校長がかわいそうなの」
背後に立つコリンが小声で呆れ気味に応じる。それと同時、生徒会長の鋭く輝く瞳が並ぶ生徒らへと向けられた。
「以上、校長先生のお話でした。続いては吹奏楽部による演奏です」
以降もつつがなく開会式は進行し、騎士団志望の少年少女による文化祭がゆっくりと幕を開いていった。
* * * * * *
開会式終了後、圭介らパーティメンバーは途中でレオと合流してとある場所へと向かう。
自分達のクラスではなく。
開会の挨拶を終えたレイチェルが待つ、校長室へと。
先立って学校の最高責任者に当たるレイチェルには、圭介の方から排斥派と[デクレアラーズ]の件について報告してある。
生徒とは言え勲章を持つ者が複数名集まっている今、非常事態にどのような動きが求められるかを事前に話し合う必要があったのだ。
既に緊急時の大まかな動きを決めてはいるものの、当日の体調なども加味して最終確認を済ませなければならない。
「教育委員会が味方してるって言っても、物的証拠もないんじゃ排斥派に表立って対処できないから厄介っすね。どうしたもんかなぁ」
「確かにそっちも厄介だが、今回一番警戒しなきゃいけねェのはケースケですら魔術のタネを見抜けなかったっつう客人ヤローだ」
エリカの言う通りである。
教育委員会が工作に関わっているため排斥派も排斥派で対応しづらい相手ではあるが、そちらは不審物のダブルチェック等で対処できなくもない。
しかしエルランドによる複数人を同時に暗殺せしめる手段に関しては未だに術式の特定も進んでおらず、どう対策すべきか決めあぐねていた。
「ともあれ全員元気そうだし、配置は予定通りでいいね」
圭介の声に勲章を持つ者達が揃って頷く。
まず人的被害を防ぐ役目は防御性能に秀でた魔術を使うミアと、回復魔術を扱えるレオの二人。この組み合わせは互いの信頼関係もあってか同時に配置しておいてまず間違いない。
次に校舎内で不審な動きがないかを探るのは索敵手段を持つユーと圭介。二人でそれぞれ別々のルートを巡り、妙な動きをする輩がいれば即座に対応してもいいとレイチェルから許可を得ている。
最後に【マッピング】で広範囲を俯瞰しながら索敵できるエリカが、時間の許す限り屋上で校内の雑多な動きを観測する。個人個人ではなく全体を見渡して状況の変化を探る役目だ。
「今日の配置で一番負担が大きいのはケースケ君とユーちゃんだからね。これまでクラスの手伝いとかもあったし、しんどくなってきたら必ず言うように」
「体力的には問題ないよ。ただやっぱなぁ……」
「うん……。見えない部分が多いと色々心配になるよね」
排斥派が具体的に何を企んでいるのかも、エルランドの魔術の正体も特定できていない。
今まで多くの死線を越えてきたからこそ認めることができた。
自分達は無敵などではなく、不利な相手もいれば勝てない相手もいる。
積み上げた実績や王女から賜った勲章など、ここで誇れるものではないのだと。
「……っと、お喋りはここまで。入ろうか」
話しながら到着した校長室の扉をノックした。
中から「どうぞ」の一言が返ってきて、圭介達はノブを捻り中へと入る。初めて入るであろうレオは強張った顔つきを見るに若干緊張しているらしい。
「お疲れ様です。今日はよろしくお願い致します」
しかし慣れているはずの圭介らも、レイチェルがすぐさま頭を下げたのを見て一瞬動きを止めた。
「ああいや、そんな。寧ろこっちこそいざという時は暴れるような方に話を運んじゃって申し訳ないというか」
「いえ、今回は我が校の生徒としてだけでなく国防勲章を持った一人前の騎士候補として協力を仰いでいる立場ですので」
いつになくかしこまった態度のレイチェルに焦る面々を部外者のレオが目を白黒させながら見ていたが、話を滞らせるメリットなどないためお互い割り切って本題に入る。
「今回の具体的な配置ですが、その前に教育委員会委員長からのお達しをこの場にて発表させていただきます」
言ってレイチェルが机の引き出しから一枚のプリントを取って全員に見えるよう置いた。
「あん? 何か言ってきやがったのかクソババアがよ」
「まだ排斥派と繋がってるって確信はないんだから言い方考えなさい。えー、端的に内容を述べると、急遽来訪が決まったゲストに関する情報ですね」
まだ憶測の域という建前はあるものの、恐らくそれらが排斥派である彼女の放った私兵と見て間違いないだろう。
事情を知った上で見ると実に露骨な動きだ。
「実はこちらで決めた来客の荷物のダブルチェックについて、委員会から昨日まで激しい反対意見がありました。断定できるタイミングではないものの、この急に決まったゲストの情報と併せて考えると怪しい動きに違いはありません」
「けど、逆に言えば今日になって反対しなくなったってことですよね。……チェック項目とか全部読まれて、その上で対処されてる?」
ユーの意見が最も現実的である。何せ教育委員長が得た情報は、荒くれ者の冒険者連中にも流されているのだから。
「だとするなら学内に不審物の持ち込みを許しちまう可能性もあるってこった。極端な話、ケツに爆薬突っ込んだ人間が自爆するパターンなんざウチの警備員が想定してるとは思えねえ」
「例えは汚いけどエリカの言う通りだ。そういう想定外に対処して文化祭を無事に終えるために、僕らはこの話を持ち込んだんです」
なるべく他の生徒や来客には普通に文化祭を楽しんでもらいたい。
それが彼ら彼女らの最終的な結論であった。
無論最低限の注意喚起はするものの、魔術が存在する世界においてそんなものは常識の範疇である。
「今日までクラスのみんなと一緒に準備してきた。僕だって今日という日を台無しになんてしたくない」
とにかく排斥派と[デクレアラーズ]の存在を生徒達や来客に知られないため、速やか且つ密やかに事を済ませなければならない。
決してこの学校行事を、戦場に変えてはならない。
「何としてでも今日、文化祭を平和に終わらせてみせ……」
『あーあー。マイクテス、マイクテス』
「……は?」
そして。
そんな彼らの想いなど、[デクレアラーズ]は汲んでくれないのだ。
『えーどうもアーヴィング国立騎士団学校の皆様、おはこんばんにちは! いや普通にこんにちはでいいのか。私[デクレアラーズ]所属の客人でバーチャルライバーもやってます、ラケルです!』
いつぞや聞いたおぞましいほど軽快な声が室内に、校内に、文化祭参加者全員の耳朶に響き渡る。
ラケル。
第二次“大陸洗浄”を[デクレアラーズ]が告げたあの日、大陸全土の通信網を支配下に置いて好き勝手に持論と事実を告げていった最悪の動画配信者。
その声が何故かどうしてか、学校のありとあらゆる放送機材から流れていた。
「何だよ、これ……」
「っ、放送室! 放送室に誰かいるかも!」
『先に言っておくと学校の放送室をジャックしたりはしてません。そんな真似しなくても私は私の声を皆さんにお送りできるのです! 実際もう放送委員会の人が見に来てくれてるけどホラ、誰もいないでしょう?』
咄嗟に思い浮かんだ可能性も容易く潰され、これから確認しに向かおうとしていたレイチェルの動きが止まる。
それをまるで見ているかのようにクスリと笑った声がして、学内に向けた声は話を続けた。
『さて、本日皆様にご提供するのは雑談やゲーム実況じゃあありません。ちょーっと怖いお話をね、させてもらおうかなって思いまして』
「やめろ……!」
[デクレアラーズ]総帥であるアイリス・アリシアは、観測しただけで何もかもあらゆる情報を読み取れる。
『実はですねえ……へへっ、いや失礼。悪人の邪魔できるなんて楽しくって笑っちゃったな』
それを前提とするならば、今からラケルがしようとしている事は。
『何とこのアーヴィング国立騎士団学校の文化祭に、危険物を持ち込もうとしている人達がいるんです!』
排斥派である教育委員長が悪名高い冒険者と癒着して行おうとしている計画の、暴露。
『容姿と名前は生徒の皆様のケータイに一斉送信しましたので、各々ご確認ください。ちゃんと懸賞金もかけておきましたよ!』
声を聞いた一同が急ぎ自分の持つ携帯電話を確認する。
偽りなく例外なく、圭介達にも送られてきたのは複数の顔写真と人物名。
そしてその下には懸賞金。
生きている場合よりも、死んでいる場合の方がずっと高額な。
まるで彼らの殺傷を推奨するかの如き内容に、校長室にいる面々が揃って唾を飲んだ。
『一緒に記載したルールには目を通してもらえたかな? じゃあ、アーヴィング国立騎士団学校限定企画――』
そうして始まる。
先ほどまで話し合っていた全てを無に帰すような、最悪のイベントが。
『――テロリストハンティング、開始!』




