第十一話 衝突の予感
「随分と大所帯になっちゃったな……」
文化祭前日の夕方。
排斥派や[デクレアラーズ]の動きについてパーティメンバーと情報を共有するべく全員集合の号令をかけた圭介であったが、そう広くないホームには呼んだ記憶のない何人もの顔見知りが座っていた。
「まあこの際知ってる人全員に話すくらいの気持ちでいてもいいと思うの」
コリンが座っているのは理解できる。排斥派の動きに関しては彼女から提供された情報なのだから、逆にいてくれなければ正確な情報のやり取りができない。
彼女の存在は必要不可欠なのだからこれでいい。
問題はここからだ。
「…………」
「一人めっちゃ無言の人いるけど」
「ほっといてあげてほしいの」
まず居心地悪そうに周囲をチラチラと見ながら震えているエルマー。
エリカが「何かしら協力させたろ」程度の意識で捕まえてきたらしいのだが、極度の人見知りである彼にとって今の状況は地獄に等しいだろう。
一応当人が何かできることがあれば、と応じてくれたらしいのでそこにとやかく言うつもりはない。ただ巻き込んでしまったことへの罪悪感があるばかりである。
(明日どっかで食い物奢ってあげようかな)
そして彼以上に何故ここにいるのかわからない三人組も来ていた。
オカルト研究部に属する黒ウサギと、棺桶とメイドである。
「まずモンタ君は何の用で来てんだよ。ていうか後ろのは誰、てか何?」
「棺桶がオカルト研究部の部長で、メイドは部長が雇ってるメイドだ」
「いやだから結局のところ何? なんか今ちゃんと説明受けたっぽいけど何もピンと来ねえよ」
「こちらのことはお気になさらずケースケ様! ささ、お仲間と明日のことについてお話くださいな!」
「怖……」
赤い術式が表面に浮かぶ純白の棺、という特殊なパーソナリティを有した相手から話の続きを促されるのは初めての体験であった。恐らく一生慣れまい。
とはいえまだ、ここまでの面々は納得のいく顔ぶれと言える。
何せアーヴィング国立騎士団学校の生徒という点で共通しているのだから。
「んで、[バンブーフラワー]は何しに来てんだ」
「たまたま近くに寄ったから……」
「私達がライブする場所で事件起きそうなんでしょ? 事前に話聞いておかなきゃいざという時に対処できないし、そりゃ来るよ」
気まずげなナディアの言葉に付け足すようにリーダーのケイトが説明する。
文化祭における[バンブーフラワー]のライブは二日目の夕方、体育館にて行われるという話だった。
予定では明日の夜に最後のリハーサルを済ませるらしく、今は若干の空き時間を設けているという。
とはいえいかなる理由があれど人気アイドルグループの来訪は、思春期真っ只中の一同に相応の緊張感を生むものだ。何故か平然としているメイドと表情の見えない棺桶は別としても。
「……まあこの際話しておいた方がいいか。完全に無関係とは言えない話も絡んでくるし」
「そうなの?」
「つってもまず話さなきゃいけないのは排斥派の動きだな」
そう言って圭介はコリンがまとめた情報を「セシリアから忠告を受けた」という体で話し始めた。
王都教育委員会の会長がとある荒くれ者のパーティと手を組んで何か企んでいるという情報。
それを見越したかのように同じタイミングで出没した[デクレアラーズ]の動き。
事によっては文化祭という大きなイベントが、二つの勢力によって戦場と化す可能性すらある。
「校長先生にも相談したけど、相手が教育委員会だし目立った動きも今のところ無いから対処しようにもできない状態らしい。ただ[デクレアラーズ]の動きについては騎士団に通報しておいた」
「……あの、もしかして私達と今回の件が関係あるかもしれないって」
「うん。ヨーゼフがこの王都メティスに来てる。あの時と同じように、ピナルも連れてね」
ナディアの表情に緊張が宿る。一度は決着がついたと思っていた相手が脱獄した上に、再び都市部で暗躍しているというのだから無理もない。
しかしヨーゼフ以外に、圭介としては他の何よりも警戒すべき相手がいた。
「その二人と一緒に行動してるエルランドって客人もいるんだけど、そいつの魔術の正体が掴めてないんだ」
「喫茶店で張り込んでた数人の騎士を無音無動作で全員ブッ倒しちまったって話だろ? あんたの索敵には何も引っかからなかったのか」
「何もなかった、と思う。本人は[デクレアラーズ]の中じゃ弱い方とか言ってたけどそれもどこまで信用できたもんだか」
思い出しながら知らず圭介は拳を握りしめる。
情報が出揃っていない状態で取り逃がしてはいけない相手だった。騎士団の調査を待ってはみたものの、結局エルランドの魔力反応すら満足に回収できていないと聞く。
悟られずして複数人を同時に殺してしまえる上に、証拠も残さないテロリスト。
その危険性から現在、彼はアガルタ王国内で指名手配されている。圭介もそれが妥当な扱いだと心から思えた。
「私達[バンブーフラワー]もつい最近になって手配書を見ましたが、相当な額の懸賞金がかけられていましたね」
「ロトルアにまで名前が広まってんのか……」
『ここ数日でそれなりの数の賞金稼ぎがメティスに来ているようです。エルランドのみならず、他の二人も指名手配犯には違いありませんから』
物々しい話ではあるが、これは圭介にとって朗報でもある。
ヨーゼフもピナルも広範囲に影響を及ぼす系統の魔術を使うため、万が一彼らが暴れるようなら人手が必要になってくるだろう。その時になって報酬目当てであっても戦力となる人員がいるなら何かと助かる。
「じゃあ[デクレアラーズ]に関してはその賞金稼ぎとか他の冒険者に任せちゃってもいいかもね。僕らはとにかく排斥派に注意しながら、明日と明後日の文化祭を乗り越えることだけ考えよう」
圭介と同じ意見なのか、他のパーティメンバーも今の話を聞いて少しだけ張り詰めた空気を緩める。
後は持ち寄った菓子類や飲み物も手伝って、学生らしくおしゃべりに興じる流れとなった。
「っぱ僕ら以外に戦う人がいてくれるのは心強いや。つーかもうその人らの方で勝手にエルランド見つけてくれてりゃ一番いいんだけど」
「見つけたとして一山いくらの賞金稼ぎにどうこうできる相手なんすかね。騎士団殺されてんのに」
「やめろレオ、あんま考えないようにしてんだからそのへんは」
「ともあれ明日はほぼ確実に私達オカルト研究部の展示に来てくださるということですよね! 楽しみに待っていますからね!」
「助けてモンタ君、君んトコの白い棺桶が僕にサクラ要求してくるよ。あと後ろにいるメイドが何か知らんけど無言でじっと見つめてくるよ」
「来るのは元々約束してたろ」
各々がはっきりとしない未来に想いを馳せて、
「明後日やる私達のライブもこの分だと大丈夫そうかな。ナディアは平気? 初恋ふっ切れた?」
「は? 別にあんな男のことなんて最初から何とも思ってないが?」
「嘘でしょその嘘通ると思ってんの!?」
「離れてしばらく経ってるならよそで女作ってンじゃねえのか」
「エリカちゃん、加減してあげて。泣いちゃったから」
「こ、こんなに静かに涙を流すナディアたん、初めて見た……」
「へぇ~、やったなアイドル。ドラマで負けヒロイン役いけんべ、これも仕事に繋げれば男はともかく金は稼げるぞ」
「この子どんだけ容赦ないんだよ」
「うぅううぐっ……ひぃっ、うっうっ」
胸中にある不安を薄っすらと自覚しながらも、
「アイドルの私生活とか一個人として興味あるんだけどそこんとこどうなんですかクリスティアーナ・ホーリーランドさん!」
「あの、その……」
「や、やめてあげてください。彼女困ってるじゃないですか」
「若干キャラ被りしてるエルマー君、ここは一旦新聞部の性分として見逃してほしいの。ライブ終了後に文化祭の記事を出すだけなんてつまらない広報活動は私のポリシーに反するの。直撃インタビューで一花咲かせて何ぼなの」
「だからって、そんな、こういうの苦手そうな人相手に……」
「さあ、大人しく普段行きつけのお店やハマってる趣味について教えるの」
「でもその、そういうことを学級新聞とかでやると、プレミア価格ついて高値で転売されて騒ぎになるかもって、ケイトちゃんが」
「ぐあああああああ!!」
「……そう言えばケースケ君のインタビュー記事で、そんな風になっちゃったって聞いたなぁ」
隣りにいる同世代の相手と語り合い、解り合う。
いざという時、互いに力を貸す関係となれば間違いなく困難を乗り越える助けとなるだろう。
排斥派にせよ[デクレアラーズ]にせよ、本来なら学生数人で対処するべき相手ではない。
ただ、夕暮れに染まるプレハブ小屋で盛り上がる彼らの会話はほんのりと諦めの感情と閉塞感を滲ませていて。
それはどこか、開き直った逃避に似ていた。
* * * * * *
ラブホテル裏にある狭い路地、大人しそうな性格の部下に刃物を突きつけて肉体関係を強要してきた男を殺した。
カジノに続く鉄橋の上、息子が進学のために積み上げていたアルバイト代を一晩で賭博に溶かした母親を殺した。
オフィスビルの展望台、公園にいる子供を遊び感覚で拉致して拷問と凌辱の末に生き埋めにした大学生を殺した。
それぞれ同じ時間帯、別々の場所にいたが同じ方法で殺した。
エルランド・ハンソンという客人にはそれが可能だったから。
「やあ、お疲れ様。順調に“洗浄”してくれているようで何よりだ」
「我らが道化か。直接会うのは久しぶりだな」
月明かりに照らされるのは第五アラバスタ通り付近の城壁。かつてマティアスが操る“インディゴトゥレイト”と東郷圭介達が戦った場所である。
いつ騎士が見回りに来るとも知れない場所に直立していたエルランドは、背後から突然転移して話しかけてきたアイリスに対して気さくに応じた。ややざっかけない態度ではあるがアイリスもそれに対して言及はしない。
彼は常にこうだった。
アイリスであろうと他の絵札であろうと、態度を大きく変えずに接する。
「リストに掲載されていた連中は計画に必要とされる一部を除き、こちらにて殺処分を完了した。残すところは明日、アーヴィング国立騎士団学校の文化祭中に実行する形となるだろう」
「隠密性で言えば君は数札の中でも相当な才能を有しているからね。このまま順調に事を進めてくれると信じているが」
微笑んだまま、アイリスはメティス中央に視線を向ける。
「真正面から東郷圭介と衝突するとなれば君の戦闘力ではやや不安が残るだろう。備えが過ぎるということはないからね、神経質なまでに準備を進めておきなさい」
「ああ。子供に己を護らせるのは少々気が引けるがね」
この場にヨーゼフとピナルはいない。
ヨーゼフたっての希望で別個に寝床を用意してあるため、今頃は明日の計画に向けて早めに寝ている。
「だとしてもすべき事は変わらない。ボクが君達に求めているのが何か、憶えているね?」
「当然だ。殺すことと、誘うこと」
「正解」
彼らが実行するべき計画の最終目的は二つ。
一つはメティスでも悪い意味で有名な冒険者数名と、教育委員会会長を務める排斥派の殺害。
そしてもう一つは、東郷圭介に対するアプローチ。
基本的に[デクレアラーズ]での東郷圭介の扱いは勧誘に応じるなら身内に引き込み、応じなければその場で各自判断の下に対応するというものである。
前回アッサルホルトで軍輝にも交渉させてみたものの、同年代からの声を聞かせたからと言って納得してもらえるわけではないと確認できた。
「軍輝では難しくとも君なら、と信じて今回この計画を伝えた」
なので今回は♦の札を使う。
戦いではなく話し合いに特化した人員を投入する。
「期待しているよエルランド。ボク達の理想の為にも」
「♦の4に何をそこまで期待しているのやら、全く」
言いながら息を短く吐く彼の顔は、まんざらでもなさそうに見えた。




