表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十一章 偶像と理想の境界編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

268/416

第十話 秋の雪解け-ユーの場合-

 いよいよ文化祭二日前となったある日の放課後。

 魔術によって作られたらしい凝った意匠の装飾で飾られた教室と異なり、何ら飾り気のない調理室で圭介とユーは他の生徒らとともにカレー作りに専念していた。


 異世界には異世界のスパイスや調味料が存在する。

 耳慣れない名称の野菜や動物の肉が並ぶ一方で、カレールーは見慣れた紙の箱に入れられた市販の品だ。圭介としてはそのミスマッチさにも慣れて久しい。


 材料に何を使おうがカレーはカレーである。

 食材を刻んで炒めて煮込み、ルーを投入したところで食欲を誘う香りが圭介の鼻腔をくすぐった。


「まだ食うなよ」

「はっ!」

『危ないところでしたね』

「目の前にカレーがあるだけでそこまで狂うのエルフとしても異常でしょ」


 すかさず忠告しておたま片手に構え始めたユーの暴挙を止める。


 調理担当に割り振られたクラスメイト数人で作ったカレーは極めて無難な出来となった。

 思えば学生が文化祭で出すのだからそうそう飛び抜けた代物にならないのも道理ではある。


 どちらかと言えば強い香りを教室の外に出さないよう特殊な結界を展開する必要があり、そちらに気を回す方が優先されるらしい。他のクラスの出し物にまでカレーの匂いを届けるわけにはいかないのだと圭介も納得できる理由であった。


「ある意味結界とか防火術式とかありきの出し物ができるってのは、異世界の文化祭ならではだよなぁ」

「ケースケ君の世界ではこういうのできないんだ?」

「カレーとか絶対無理だろうね。あっちの世界には魔術なんて便利なもんはない」

「そんなのもったいなくない? こんなに美味しそうにできてるのに」

「つっても引火する可能性を考えたらどうしようもおたまから手を放せ!」

『彼女は病気なのかもしれません』


 ユーの手からおたまを奪取してから掬い取った一杯分のカレーソースを紙の器に入れて調理台の上に置く。

 別のクラスメイトが用意したスティック状のパンを一人一人手に持ってカレーにつけると、各々それをむしゃりと齧った。


 神妙な面持ちの調理担当者らが口々に味の感想を述べる。


「…………うん、フツーの味だ。フツーに美味しいとも言える」

「私あんま甘口好きじゃないんだけど」

「でも子供とかが食べられるようにしないとさ」

「にしたってもう少しくらいパンチ欲しいよな。追加で何か入れるか?」

「やめときなって、まずいよかマシでしょ」


 異世界特有の食材をふんだんに使っているはずだが、味はそこまでおかしなものでもない。

 逆を言うなら面白みに欠けたカレーが出来上がったとも言えよう。


 圭介は自身の中で暴れる白米への欲求を抑えながらパンを食べ終え、美味しそうにパンを食べているユーの手首を握った。


「んじゃ、僕は一旦この食いしん坊を隔離するから味付け変えるとかは任せたいんだけど大丈夫そう?」

「えっ、ちょっ」

「おう、頼むわケースケ君。この時間帯のユーフェミアを迂闊に食い物に近づけちゃいけないもんな」

「流石に一人で全部食べようとかは思ってないよ!? それはそれとして私まだスティック一本しか食べてな……」

「アズマ、悪いけどちょっとここで待ってて」

『……はい。どうぞお気を付けて』


 明らかに不服そうなアズマを置いたまま騒ぐ彼女の手を引いて調理室から廊下に出ると、校舎裏に続く位置にある階段へ向けて歩を進める。

 既に生徒も教員も通らなくなった踊り場には二人の足音がやけに響いた。


「あの、ケースケ君」

「強引に引っ張ってごめん」


 手を放して振り返ると、何かを察したらしいユーの目は圭介の方を真っ直ぐ見つめていた。少し開いた口をすぐ閉じたのは続く言葉を待っているからだろう。


「それとは別に、もう一つ。ごめん。ずっと気ぃ遣わせちゃったね」


 圭介も待たせるわけにはいかない。この仲違いとも言えないような嫌な繋がりを一度絶つ必要があるのだ。

 言おうと思って用意しておいた言葉を極力冷静に吐き出していく。


「最近どうにもギクシャクしてて変な空気になっちゃってたのは僕も感じてた。その理由が藤野なのもタイミングで何となく察してる」

「……うん」

「一応事情もあるっちゃあるけど言い訳にしかならないだろうから、そこは伏せるよ。あんなのと付き合ってるとか誰だってドン引きだわ。つーか犯罪者だし」


 気にしてない、と首を横に振るユーは未だに浮かない顔をしていた。

 その態度を見て安堵などできるものか。彼女にそんな顔をさせた元凶が誰なのかを圭介は知っているのだから。


「僕が気にするんだよ。からかわれると思って黙ったまま放置して、ユーやエリカとの間に中途半端な溝を作ったのは僕だ」

「でも、私だって引きずり過ぎた」


 言って歩み寄るユーに手を握られ、思わず後ずさりしてしまう。細いようでいて鍛えられたその指は圭介を逃がすまいと食い込んでいた。


「ごめん、ケースケ君。変な態度取っちゃって。私も謝って、早く元通りになりたかったんだけど、遅れちゃって」

「いやいやそんな。あんまり気にしなさんな」

「フフッ、何その言い方」


 謝って、謝られて。

 それで完全にすっきりとしたわけではないけれど。


 ただ、今できる精一杯をお互いに見せ合えたのだ。


 それ以上はこれから先を通して求めていけばいいのだと、この場で割り切れたのは大きい。


「……戻ろっか。待たせて変に思われても嫌でしょ」

「アズマさんだって早くケースケ君の頭に載りたがってるだろうしね」

「ユーってアズマのことアズマさんって呼んでんの? 違和感ヤバいな」


 一旦気持ちの整理を終えて戻ろうとしたところで、圭介の足が止まった。


「あ、そうだ」

「どうしたの?」

「急で悪いけど今夜、他のメンバーも集めてホームに集まれないかな。色々立て込んでて話せずにいたけど文化祭の件でどうしても共有しておきたい話があるんだ」


 首を傾げるユーに向けて、先ほどまでとは異なる表情で語りかける。


 わだかまりを解消した今なら分かち合えるだろう。

 圭介の頭にのしかかる、厄介事の数々を。



   *     *     *     *     *     *



 王都メティスの末端、城壁付近という一等地に存在する焼き肉専門店の個室内に複数の男と一人の女が集まっていた。


 窓と呼べるものは壁のどこにも存在せず、空気清浄機が埋め込まれた蔓草模様の天井から吊り下がるランプが橙色の光を部屋中に注ぐ。

 壁沿いに並ぶ黒い革で覆われた四角いソファに何人もの男が並んで座り、彼らの眼前には空の皿が置かれていた。どうやらこれから焼いた肉を次々と載せていく手筈であるらしい。


 控えめな音量で流される音楽は個室用の店員が肉を焼く音で塗り潰され、周囲の壁に飾られた誰が描いたとも知れない絵画の数々は誰に見られることもなく客たる彼らを睥睨している。

 いい加減な音楽の扱いと焼き肉を食す場にそぐわぬ内装。教養と品格に富んだ人物が見れば店の質など知れたものだ。


 そんな中で一人、胸にも腹にも脂肪を蓄えた中年の女が口を開く。


「今日はお集まりいただきありがとうございます、皆様方」


 パーマをかけた紫色の頭髪を肩で揃え、フォーマルなスーツとタイトスカートに身を包む彼女は香水の匂いを漂わせながらその場に集結した顔ぶれに会釈した。

 いかにも殊勝な態度に見えるものの眼鏡の奥にある瞳は鋭く、振る舞いに反して他者を見境なく見下すような色合いを秘めている。


 声をかけられた数人の若者は普段口にしないであろう高級な肉から目を逸らし、女の方に意識を向けた。

 その中にいる一人、サイズ違いのタンクトップをゆるく着込んだ屈強な男が後頭部で束ねたドレッドヘアを揺らしながら半笑いで応じる。どうやら彼が集団のリーダー格であるらしい。


「そりゃ報酬とは別にこんな高級店で奢ってもらえるとなりゃあ、俺達だって是非もねェさ。……いやしかし、驚いたね」


 男が指でトントンとテーブルの表面を軽く叩きながら言葉を紡ぐ。


「王都教育委員会の会長さんともあろうお人が、俺らみたいな集まりに声をかけるなんて随分と意外な話でな。しかもまあ酷い作戦を思いつくもんだ」

「やめてくださいな、もう。こちらだって本当は不本意なんです。ただ、以前もお話した通り」

「王家が味方についてる客人相手じゃ下手な嫌がらせできねえってだけだろ。変に取り繕うのやめようや。この期に及んでまだ体裁に愛着あるならそもそも俺らに関わるべきじゃねえ」


 立場や動機について言い訳する余地を奪われ、教育委員会会長と呼ばれた女は不服そうに鼻息を漏らす。


 夫の取引先として定期的に交流を持っていた大企業が“大陸洗浄”によって壊滅に追いやられて以降、彼女は表立って主張こそしないものの排斥派として活動してきた。

 自慢話の種が減ったこともそうだが、何より腹立たしいのは彼女にとって最愛の不倫相手でもあったその企業の顧問弁護士が殺害された一点にある。


 内容が内容であるため心に生じた黒い感情は封印せざるを得なくなり、鬱屈した想いは八つ当たりする形で客人全体に向けられた。

 その浅はかな憎悪を彼女が内心ゴミのように思っているならず者に見抜かれてしまったのだから、当然気分は悪いのだろう。


「……ええ、完全に否定はしません。そういった言い方もできますね」


 一度は眉間に皺を寄せたものの今後のやり取りに支障が出るのを恐れた女は、男の言葉に僅かな反発を示しながらも本題に入る。


「それより例の品はご用意いただけたかしら? トラロックも最近は検閲が厳しいですし、安全なルートを辿っていただかなければ困りますよ」

「それ自体を仕入れる必要なんざねェや。材料と知識さえ揃えば誰でも作れる程度の代物に検閲も何もありゃしねえ」

「重畳、重畳。となれば残る不安材料は例の客人とその一行くらいでしょう。当日は騎士団も()()()()()()出遅れますからねえ」


 話している間にも肉は次々と焼けていき、それを慇懃な物腰の店員が各々の皿に飾るようにして並べていく。流石に待ちきれなくなってきたらしい冒険者達に対して女は手をパチンと閉じるように鳴らしてから声をかけた。


「さあさ、お仕事のお話はこれくらいにして。今日はどんどん食べていってくださいな」


 促す言葉を受けてならず者達が次々にフォークで肉を突き刺し、口へと運んでいく。

 仲間が満足そうに肉を頬張る姿を見て少し笑みを浮かべた男だったが、すぐに深刻そうな顔に切り替えて女に話しかけた。


「なあ会長さんよ。アンタはターゲットに作戦がバレるかどうかばかり気にしてるようだが」


 自分もこれから肉を喰らおうとしていたらしい女は食事の邪魔をされたことへの不満を隠そうともせず「何ですか、もう」と応じる。


「さっきも言ったじゃないですか。騎士団なら当日は」

「いや、そっちじゃねえ。というかアンタまさか可能性すら考えてねえのかよ」

「何が……ああもう、嫌な話なら後にしてくださいな。せっかくのお肉が不味くなっちゃうでしょ!」


 小馬鹿にされたと捉えたらしい女によって、話は強引に切り上げられた。

 依頼主と冒険者。そのパワーバランスにまで背くわけにはいかないのか、男は溜息を一つ吐くだけに留めて自分も自分の皿に手をつけ始める。


 そこそこ高い肉を咀嚼して飲み下すも旨味に意識が向かない。

 男は密かに絶望していた。


 第二次“大陸洗浄”に警戒心を向けているのは、恐らくこの室内で自分だけだと。


「……今のご時世、こんな商売続けるべきじゃなかったのかもしれねえなあ」


 憂いを帯びた声など、その場にいる誰も聞いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ