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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十一章 偶像と理想の境界編

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第七話 異世界転移はどうして発生するのか?

『異世界転移現象と念動力魔術にどのような関係性があるのでしょうか』


 無感動なアズマの声だけが冷静に事実を確かめようとしていた。一方、圭介としてはそれどころではない。


 念動力魔術があれば元の世界に戻れる。

 帰るための手段は、最初からこの手の中にあった。


 ここからどのように話が転がろうとも見過ごせない情報だ。


「どこまで教えるの?」


 無垢な声はケーキを貪るピナルから。

 彼女も[デクレアラーズ]の一員だからか、その内容を知っているらしい。


「ちゃんと説明するなら少し規模の大きな話になるが、それ以前に圭介君は大丈夫かね? 衝撃が大きいのもあるだろうし、何なら後日でも」

「待てっ! 今っ……今、聞かせてほしい。でも、いや…………それは……」

「煮え切らねえなコイツ。まあ誰だってそうなるか」


 ヨーゼフは呆れと同情がない交ぜになった表情でアイスティーを口に運ぶ。彼も今の話に対して驚いた様子は見せていない。


 騙されているのではないか?


 遅れて湧き出る疑念を察したらしきエルランドが指をパチリと鳴らして注意を向けさせる。


「冷静に。疑うのを止めはしないよ。こちらにその気がなくとも君からしてみれば我々は敵だ」

「お待たせ致しました」


 理解を示す言葉から一拍遅れて彼の前にエスプレッソコーヒーが運ばれてきた。

 店員に軽く礼を述べてから小さなカップの中身を一口で飲み干し、話を続ける。


「聞くつもりがあるなら続けよう。こちらから我々の世界に戻るためには念動力魔術が必要。それは何も出まかせで言っているわけではない」

『対象を動かす魔術が転移現象を引き起こすとは考えにくいのですが』

「アズマ君が知らない情報も絡むからね。しかしこれは我らが道化によって解明されている事実だ」


 我らが道化ことアイリス・アリシアは【ラストジーニアス】という第一魔術位階の魔術で、観測した対象の情報を即座に獲得できる。

 となれば客人がこちらの世界に転移する現象についても、その瞬間を観測できれば理解できてしまうのだろう。


 大前提としてアイリスを信用しなければ意味がない情報とも言えるが、見境なく疑って進展があるわけでもない。

 一旦は信じて飲み込むしかなかった。例え敵の口から出た言葉であっても。


「客人が元の世界からこのビーレフェルト大陸のどこかへ転移する際、実はとある超常現象が発生している」

「超常現象……?」

「マイクロブラックホール。それがあちらとこちらを繋ぐ穴として出現するんだ」


 マイクロブラックホールとは、その名の通り極めて微小な規模のブラックホールを指す言葉だ。

 量子レベルの半径と頼りない寿命しか持たないそれに宇宙で発生するブラックホールのような大規模な破壊力はなく、理論上の話では地球でも当たり前のように発生しているらしい。


「規模の小ささから観測も認識もできなかっただろうけれど、君が元の世界にいた頃からその小さな穴は君の体を通過し続けていたはずだよ」

「そのマイクロブラックホールってのが急に僕らを吸い込んで、こっちに引っ張ってきたって言いたいのか」

「それだけなら人間ほどの体積を持つ物体が吸い込まれるなんてあり得ない。だがここに魔力の源、マナが絡むと話も変わってくる」


 マナ。異世界にしか存在しない、大気中に漂う特殊な物質。


 生物の体内に取り込まれると魔力に変化して様々な現象を魔術として引き起こすそれが、マイクロブラックホールといかなる関わりを持つというのか。


「空間に生じた小さな穴がこちらとあちらを繋げた際、大量に存在するマナが少量ばかり我々のいた世界へと流出する。これが中途半端な形で観測されたためにダークマターなどという言葉も生まれたが、今はどうでもいいから割愛しよう」


 何やら軽々しくとんでもない話を割愛されたような気もしたが、天文学や素粒子論に疎い圭介としては特に掘り下げようと思えなかった。


「ただし宇宙空間でこれが発生したとしても、マナは即座にこの異世界へと引き戻される。魔力として定着するべき生命体が付近に存在せず、こちらに生息する生命体へと移動するからだ」

『その理論に基づくならば』


 エルランドの話を遮るのはアズマの声だ。

 圭介も言葉に出してはいないが、恐らくアズマとある程度まで同じ考えだと確信している。


『宇宙空間ではなく地球上、客人の付近で発生したマイクロブラックホールから流出したマナは異なる動きをするはず。転移する前の客人の体内に魔力として定着することになります』

「僕もそれは思った。だったら地球で魔術を使えるようになってないのはおかしいし、こっちのマナもいつか枯渇するんじゃないのか」


 マイクロブラックホールは日常的に地球に住まう人々へ浴びせるように発生しているという話はエルランド自身によって説明された。

 となれば魔力が徐々に体内に蓄積されていくため、二つの世界におけるマナの量はいずれ逆転してもおかしくない。


 その可能性を示唆しながらも、圭介は話の方向性からその問題がどのようにして防がれているのかを察しつつあった。


「間違った考えではないが実際はそうなっておらず、そうなっていない事実にも理屈はある。その理屈こそが我々客人の異世界転移現象だ」


 圭介達の反応を想定していたのか、エルランドが核心に触れる。


「一応言っておくとマイクロブラックホールの移動速度やマナの流出速度も一定ではないため、地球にいる全人類が魔力を蓄積しているわけではない。ただやはり少数ながら一定の量を蓄えてしまう者もいる」

「それが僕らってことか」

「ああ。そして一定以上のマナが魔力として定着したとしても、地球上で魔術を行使できる可能性は限りなく低い」

『何故ですか?』

「地球上にマナが存在しないからだ。可燃性物質が高熱を持とうと、空気中に酸素がなければ燃焼できないのとほぼ同じだよ」


 魔術が成立しているのは個人の魔力によるものだが、一方で発動した魔術を持続させているのは体外に存在するマナの影響であるとエルランドは語る。


「多少薄まる程度ならまだしも皆無となると発動すら不可能に近い。そうして使われることのない魔力は体内に蓄積していき、時として更なるマイクロブラックホールの恩恵を受けながら増幅していく」

「……もしかして、客人がこっちの世界の人らよりも多く魔力を持ってるのって」

「お察しの通り、体内で膨れ上がった魔力が容量を大きくしていくからだ」


 魔力の総量は肉体の出来に左右される。

 もちろん鍛えられた肉体であるほど代謝が促されてより多くの魔力を蓄積できるが、それは運用の効率化に伴うものであって器自体が大きくなったわけではない。


 生来どれほどの魔力を得られるかという容量の大きさは適性に依存しがちだ。

 大気中にマナが存在しない地球の環境下ではその適性が生まれるより以前から醸成されていく。もちろん時の運もあろうが、客人の強さを裏付ける理由として納得のできる話ではあった。


「そして特定の条件を満たして魔力を得た地球人がマイクロブラックホールに接触した時、マナがこちら側へと引き戻される運動に体内の魔力ごと巻き込まれる」


 誰にでも発生し得る現象というわけではあるまい。


 マナが存在しない環境でマイクロブラックホールからマナを付与され、それを繰り返していく中で膨大な量の魔力を手に入れる。そうして初めて条件が揃う。


「巻き込まれた体はマナが潤沢に満ちているこちらの空間に触れることで魔力を一気に放出し、その膨大なエネルギーが空間を歪めて器たる肉体を引き込む。こうして異世界転移が発生するんだ」


 結果として地球人は客人としてビーレフェルト大陸に引きずり込まれ、異世界から地球人へと移動したマナも回帰する。


 なるほどと納得はしたものの、新たな疑問も二つ生じた。


「……それで、帰るために念動力魔術が必要ってのはどういうことだよ」

「マナがマイクロブラックホールを通してあちら側に流れても結局はこちらに戻ってくる。これは客人も同じで、地球からビーレフェルトに転移できてもその逆はマナが引き戻される運動に巻き込まれるため()()()()成立しない」

「通常なら、って……念動力魔術ならそれができるってのか」

「できる」


 真顔となったエルランドが一切の疑念を感じさせない声で応じる。


「手順としてまず今も地球と同様この異世界に降り注ぐ宇宙線を念動力魔術で動かし、一ヶ所に凝集してマイクロブラックホールを発生させる」


 当然の如くとんでもない規模の話が始まった。


「次に膨大な量の魔力を用いてその穴を拡張する。最後にこちらの世界に戻ろうとするマナの動きを制御して自身を穴の向こう側へと飛ばせば、再転移が完了するだろう」

『極めて困難な作業を最低でも三つこなす必要があるようですが可能なものなのでしょうか』

「一連の流れを効率的にこなすための術式もあるが、流石にこれ以上は現段階で話せないな。今回はあくまでも圭介君にできるできないを示して信頼を得ることだけが目的だ」


 だが、できるできないの話としては間違いなく収穫である。もちろん完全に信頼できるとは言い切れない部分もあれど、帰還するために調べるべき情報がある程度絞り込めたのは大きい。


 となれば次は、ここまでの話を聞いてきた中で生じたもう一つの疑問も解消したいところだ。


「今の話とは別に気になることがある。あんたらを信頼しようにも今まで聞いた話と僕の知ってる情報とで、少し食い違う部分があるんだけど」

「言ってみてくれ」

「客人が元の世界に帰還したって話というか事例というか、そういうのがこの異世界には既にあるよな。でもその時の様子を今の話と照らし合わせると微妙におかしいんだよ。ここの違和感の正体がわからない」


 かつてモンタギューに教えてもらった、客人が帰還したと思われるケースについての疑問。

 帰還した客人が念動力魔術の適性を持っていたかどうかに関しては何とも言えないが、少なくとも余計な現象が一緒くたに発生していたのは記憶している。


「噴水の向こう側に故郷の景色が見えただとか、閉じ込められた街の中で見覚えのある標識を追ってくうちに自宅に着いただとかどう考えても念動力魔術とは別の魔術が関わってるとしか思えないんだ。しかも現場には魔術の痕跡なんてなかったって聞くぞ」


 これらの情報を事前に調べていたからこそ、圭介はここまで聞かされた話に対して冷静さを維持できていた。

 少なくともフェルディナントに挑発された時ほどの激情はまだない。


「ああ、ラステンバーグとサンフィエルバの帰還例か」


 圭介が提示した疑問点に対し、エルランドは何でもないかのようにさらりと地名を口にする。

 どちらもオカルト界隈では有名な事例らしいので知っていること自体は何もおかしくない。ここからいかなる話が続くのか。


「その二つのケースに共通するのは住んでいた土地の景色が見えたことと、魔術を使用した形跡がなかったこと。そして、オカルトであること」

「オカルトって、だからさっき言ってた再転移と同じ現象じゃないの?」

「そもオカルトと呼ばれる現象がどうして発生するのか、君は知っているかね」

「質問に質問で返すんじゃないよ」


 苛立つ圭介に「まあまあ」と手で抑えるような動作を見せるエルランドに、ヨーゼフが横から話しかける。


「オカルトの仕組みまで話すンすか」

「いや、そこは今回必要ないだろう。だから今の質問に対する返答はしかねる。ただ圭介君、これだけ憶えておきたまえ」

「な、んだよ」


 やや強引に話を締めくくろうとする動きを察知しながらも、目の前の男が発する気配に飲まれて圭介の敵意が弱まってしまった。


 その隙を、彼の一言が穿つ。


「我々から得られる情報がなければ、君が元の世界に戻れる日は永遠に来ない」


 そう言って立ち上がると、エルランドは財布を取り出して会計を済ませるべくレジへと向かった。

 少し遅れてアイスティーを飲み干したヨーゼフとケーキを食べ終えたピナルも腰を上げる。


「んじゃ、今日のところはこのへんで」

「じゃーねー!」

「お、おい」

「ああそれと、なんか私服の騎士が数人この店に入ってきてましたけど」


 ヨーゼフの言葉を受けて圭介が思わず周囲を見渡す。


 確かに話している最中、一般の客に紛れて何人かセシリアと似た歩き方をする人物が入店していた。

 恐らく[デクレアラーズ]の構成員が国防勲章を持つ圭介に接触しようとした旨を聞き、彼らを捕縛すべく集まった人員なのだろう。


 だがしかし、様子がおかしい。

 誰一人として会計を済ませるエルランドに近づこうとしていないのだ。


「僕が対処する前にエルランドさんの方で片付けたっぽいですね。ていうか一人は死んでんじゃねーの、殺処分リストで見たぞあの顔」

「なっ……!」


 目を見開いて急ぎ店内の様子を見回すと、確かに何人かうつ伏せの状態で気を失っているように見える。

 しかも一人は他と比べて明らかに異なり、呼吸などによる体の振動が感じられない。


 話している最中、ヨーゼフやピナルはもちろんエルランドにも妙な動きは見受けられなかった。会話しながら片手間に複数人を仕留める魔術など聞いたこともないが、現実として騎士が戦闘不能の状態に陥っている。


「アズマ、さっき話してた奴が魔術を使った様子は見えた?」

『いいえ。それらしき挙動は観測されていません』


 使用された魔力が微量であった場合、街中でのアズマの魔力感知は機能しない。

 つまりエルランドは極めて微弱な魔力によって小規模な魔術を発動し、複数の座席に分散した騎士を周囲に悟られないよう静かに攻撃したということになる。


 一片の殺意も漏らさないまま。

 念動力による索敵に引っかからず。

 圭介との会話を続けていく中、堂々と。


「数札の下から四番目と言えども相応に経験積んできた客人ですからね。そら条件揃えて細工すればこのくらいの芸はこなせるでしょうよ」


 冷徹なヨーゼフの言葉が響く。

 既にピナルとエルランドは店の外に出た。掴みかかれる距離にいるのは彼一人だけ。


 逃がすか、と両脚に力を入れる。


「それじゃ、今度こそさようなら」

「待てコラ!」


 言って立ち去る三人を追いかけようとした瞬間。


「おわっぷ!」


 足を滑らせ、床の上に倒れ込んでしまった。


 再度立ち上がろうとするも床の摩擦力がおかしい。つるつるとした感触は手にも足にも取っ掛かりを許さず、圭介を歩かせまいとしているかのようだ。


 よく見れば床のタイルに霊符が貼ってある。貼る動作をここまで一度も感知できていないことから察するに、圭介が来るより以前から仕組んであったものだろう。

 床から摩擦を奪っているのはこれだ、と断ずるも少々間に合わなかった。


(僕のせいだ。僕の認識が甘かったからこうなったんだ)


 体を【サイコキネシス】で強引に浮かせて前方を睨みつけた時点で既に三人の姿はなく、マゲラン通りの雑踏に紛れた気配はもはや個人を特定できず辿れない。


 まんまと罠にかけられ隙を突かれて、呼び出した騎士も討ち取られた。どころか死人まで出してしまっている始末。


(いや、認識の甘さだけじゃない。単純に僕が弱い)


【サイコキネシス】による索敵の精度がもっと高ければこうはなっていなかった。


 床に貼られた霊符が生じさせる僅かな感触の違い、エルランドが発動した魔術による空間の揺らぎ。

 それらを感知できていればむざむざ騎士を犠牲にせず、彼らを取り押さえることができていたはずだった。


 あるいは最初から油断せず飛行していれば、こんな無様は晒していない。

 少なくともヨーゼフに掴みかかって動きを阻害できていただろう。


(実力も覚悟も足りちゃいない。油断して逃げられて、何してんだこのバカ野郎)


 いくら戦闘経験を重ねても。いくら選択肢を増やしても。

 敵は常に圭介の魔術と性格を分析し、隙を突いて対策してくる。


 対策されているという一つの事実が圭介を容赦なく責め立ててきた。


 この喫茶店で一人死んだのはお前のせいだと。

 あの三人はお前が逃がしたのも同然なのだと。


「……くそおおぉぉぁぁぁああああ!」


 不甲斐なさと悔しさをそのまま吐き出したかのような怒号が、静かな店内に響き渡った。

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