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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十一章 偶像と理想の境界編

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第五話 老婆の助言

「まあまあ、恋人がいたのね。ケースケ君も隅に置けないわぁ」


 文化祭の本番が近づくある日の夕方。教室の飾りつけや各種必要な食材の発注などに追われる日々を過ごしている圭介は、自身が担当すべき作業を一区切りさせてから“たばこや”に来ていた。


 店主のパトリシアは過去に想い人と添い遂げた経験を持つ高齢のサキュバスだ。

 こういった異性関係で生じた気まずい状況を打破するとなると、恐らく彼女以上に相談相手として適した知人はいないだろう。


「でもエリカちゃんやユーちゃんとギクシャクしちゃうのはかわいそうね。二人と近い位置にいるミアちゃんが冷静でいてくれるのは良かったけれど」

「この手の悩みを自分が抱える日が来ると思ってなかったんで、ぶっちゃけめっちゃ動揺してますよ」


 言いながら圭介は土産に持ち込みパトリシアによって切り分けられたリンゴを一切れ、爪楊枝で口に運ぶ。

 味そのものはリンゴで間違いないというのに、元の世界ではあり得ない桃かブドウのような柔らかさが口に広がる違和感にも慣れてきた。


「その動揺してるって部分、ちゃんと二人に話した? こういう時にこそ正直にならなきゃ損するわよ」

「まだです。というか話す機会がなくて。仕方ないんで文化祭の時にでもそういう場を設けようかなと」

「あら青春ねぇ。ちょっと不謹慎かもだけど、そういう大きなイベントでわだかまりを消すのって何だか素敵じゃない」

『“素敵”の基準に疑問を覚えます』

「ごめんなさいねパトリシアさん。アズマ、お前は黙ってなさい」


 一応ユーの方は歩み寄ろうという意思を見せてくれている。

 話すとするなら彼女とともに調理を担当する時だろう。


 問題はエリカの方で、微妙に取っ掛かりが見えてこない。


 どうしたものかと考えた結果、かつて彼女と仲良くするよう言ってきてくれたパトリシアに相談してみようと思い至ったのだった。


「異性のお友達ってたまにそういう話題で変な雰囲気になったりするものね。私も夫とまだ付き合ってなくてお友達だと思ってた頃にね、似たような時期があったのよ」

「パトリシアさんも?」

「ええ、変に意識しちゃって。でもだからこそ私から言えるのは、エリカちゃんもユーちゃんも怒ってるわけじゃないと思うの。話を聞いた限りだと浮気とかじゃないんだし」


 それはそうだ。圭介はエリカともユーとも交際関係を築いていない。

 だから藤野との再会によって動揺させてしまう要素はあれど、関係性に亀裂を走らせる要因にはならないはずである。


「あれだけ仲良しだったんだもの。きっと時間が解決してくれるはずよ」


 であれば悩む必要はないのだが、話し合う気概が見えるユーはともかくエリカに対して奇妙な自責の念が芽生えてしまっているのはどうしたことか。


「怒られる謂れはそりゃ僕にもないんですけど……でも不思議なもので、ユーはどうにかなりそうなのに対してエリカとは難しそうというか」

「そんなに深刻なの?」

「それがよくわからないから怖いんです。いつもの会話はできるのにどっか遠慮してる風に見えるし、逆に僕の方も何だか本領発揮できてない感じがあったりして」


 頭の悪い会話を繰り広げる余裕はある。相手の罵倒をお互いに冗談と割り切って受け流せる。

 だがそのやり取りには以前あったはずの何かが欠けていて、見逃し難い空虚のせいでエリカが先に会話を切り上げる。


 まるで無理にこれまで通りを演じているかのような感覚。

 何をどうすれば以前のような関係に戻れるのかわからない。


「向こうも気まずさは感じてるってのがわかるし、僕もどうにかできるならそうしたい。でもどうすりゃいいのやらで……」

「うーん、そうねえ。私もエリカちゃんとはそこそこ長い付き合いになるからわかるんだけれど、ただお友達に恋人がいたからって理由だけとは考えにくいのよね」


 思案する様子のパトリシアは、顎に手を添えながら言葉を続ける。


「恋人がいるのを黙ってた理由については今までエリカちゃんに話したことあったの?」

「いえ、そういう話はしなかったかな。話す機会なかったっていうか、話しても茶化されると思って。別に茶化されたらムカつくってわけじゃないんですけど」

「そ、それじゃない?」

「そ、それとは?」


 圭介の返答に対する困惑気味の声に、答えた方も少し動揺してしまった。

 何かを見落としているのだろうか。であればそれは何なのか。


「そりゃあケースケ君だって恥ずかしさとかで言わなかった部分もあるかもしれないわ。でもエリカちゃんからしたら、元の世界に置いてきた恋人の話を茶化すような人だと思われたって状態なわけでしょう」

「………………あっ」


 指摘を受けてようやく圭介は自らの行いがどれほど不誠実なものかを理解した。


 ただ単に茶化されるのが嫌だからという理由だけで話さなかった、というのならまだ救いようはある。

 パトリシアはそれこそを問題視しているようだが、それだけで人間関係に問題が生じるほどこれまで築いてきたものは脆くない。


 だが、圭介がエリカに対して「どうせ茶化すから」という理由で藤野の存在を言わずにいた。

 これはパトリシアが知らない事情も絡み、結構な問題となってしまっている。


 圭介はエリカに一つの宣言をした。


――僕は、勝手にエリカを『コイツはいい奴だ』って信じるよ。


 遠方訪問先での仕事を終えてそれぞれ違う場所へと向かう、あの別れ際で。

 排斥派の思想に染まった経験を持ちながら大陸出身の知人友人に裏切られ、疲弊しながらも圭介を気遣ってくれていた彼女に向けて。


 圭介は『コイツはいい奴だ』と信じると、言ったのだ。


「……嫌な奴扱い、しちゃってたんかなあ。会えない彼女の話を茶化すような奴だと思われてる、って思わせちまったのかもしれない」


 言いながら自分の額を手で押さえる。


 悪いことをした。

 ちゃんと謝ろう。


 そう思える程度に、圭介は正しく反省する姿勢に入っていた。


『それでどうするおつもりで?』

「準備期間中に全部どうにかするよ。よくよく考えてみたら文化祭当日まで待ってから片づけようとか甘ったれにも程があった」


 せっかくのイベントなのだ。心につっかえた何かが残った状態では楽しめるものも楽しめないだろう。


 とはいえ今日中に解決というわけにもいかない。

 ホームに行かないための言い訳かもしれないが、エリカもユーも今日は別件でそれぞれ用事があるようだった。

 直接謝りたいからこっちを優先しろ、などと馬鹿げた提案は当然しない。あくまでも下手に出る。


「すみません、ちょっとスマホ使いますね」

「ええ、どうぞ」


 スマートフォンを取り出してチャット用アプリを開き、エリカとユーにそれぞれ文章を送った。


 別々の時間と場所を指定した上での予定の確認。応じてくれればその時間帯に顔を合わせて謝ろうと覚悟を決める。


「ひとまず今はこれが僕にできることなんで、後はあっちの予定と話す気があるかどうかに任せます」

「ケースケ君がそうするべきと判断したならそれでいいのよ。頑張りなさい」

「あざっす。今日はお世話になっちゃってすみません」


 優しく微笑むパトリシアに一礼してから帰宅準備をまとめる。いずれにせよ今日はもう何もできまい。


「リンゴ切ってくれてありがとうございました。また今度、次は他のメンバーも一緒に会いに来ますね」

「あまり待たせても悪いから、なるべく早めにね」

『それでは奥方。またお会いしましょう』


 この手の話にしては珍しく急かすパトリシアの言葉に少し驚きつつも「はい」と応じて、圭介は夕方から夜に変化しつつあるマゲラン通りに出た。


 今はおよそ十七時半くらいか。平日はこのくらいの時間帯の往来が最も激しい。

 季節も関係してこの時間帯から既に活動し始めているヴァンパイアらしき魔族の類が、赤紫色に染まった雑踏の中にちらほらと見受けられる。


 遅くならないうちに食材と冷凍食品をいくつか買っておくためスーパーマーケットに足を向けると、とすんと何かが胸元に当たった。


「っとと」

「ぷわっ、ごめんなさい!」

「いやこっちは大丈夫ですけど……」


 念動力を使っての索敵も人ごみの中で全ての人間の挙動を掌握できるほどの精度はなく、ちょっとした不注意で他人とぶつかる可能性は常にある。

 相手も急いでいたのならこういう小さなアクシデントも起こり得るので、圭介自身も自らの不注意によるものと受け流そうとした。


 が、自分を見上げるその顔を見て到底受け流せない既視感に見舞われた。


「あれ、圭介君? 圭介君だ!」


 褐色の肌と濡れ羽色のおさげ。活発そうな丸い目。

 涼しくなってきたからか白のタートルネックセーターを着用する彼女を、圭介は以前見たことがある。


 ロトルアの遊園地、[プロージットタイム]で。


「お、お前っ!」

「ちょっともう何してんですか。人にぶつか、あーもうクソほど厄介なのとぶつかりやがってダルいなふざけんなよ」


 更に後ろから同じ日、同じ場所で見た青年が現れた。


 以前見た時と同様に長袖の黒いシャツとくたびれたジーンズ。

 ダークブラウンの巻き毛も相変わらず伸ばされている。


 縁なし眼鏡の向こうから注がれる気だるげな視線には生気がない。


「お前らっ、どうしてここに……!」


 かつて遊園地に大規模な破壊工作を仕掛けた実行犯にして。

 結果的に人身売買を暴き出し、商品として売りに出されていた人々を救済した清濁入り交じるテロリストのコンビ。


 アイリス・アリシアが統べる[デクレアラーズ]の構成員。


 ♣の6、ピナル・ギュルセル。

 ♠の6、ヨーゼフ・エトホーフト。


 圭介とミアによって倒され一度は騎士団に拘束された二人が、何故かメティスに来ていた。


「久しぶりー!」

「ちっす、どうも。ちょっと今日は野暮用で来てます」


 様々な要因もあってあまり話しかけやすくはないはずの圭介に、しかし二人は気安く応じた。


『野暮用とは?』

「あのねあのね! 今日はお仕事で会わなきゃいけない人がいるの! 誰に会うのかピナル知らないんだけど!」

「教えたらこういう状況で名前出しかねないんで、僕だけが知ってる状態です。まあ以前のような仕事は今んとこする予定ありませんね」


 確かに気軽に機密情報を漏らしそうなピナルを見ているとヨーゼフの判断も理解できるところだ。

 それでも圭介からしてみれば安心はできない。どれほど気安く親し気に話していようとも、彼らは犯罪組織の一員であり圭介にとっては敵なのだから。


「……今度は何を企んでやがる」

「そうだよ! 何を企んでるの!?」

「オメーがそっち側についてどうすんだ。まあでも確かに、立ち話もなんですし」


 言ってヨーゼフはマゲラン通りを直角に曲がる形で存在する交差点を、ビッと親指で指し示す。


「あっちも近いうちに圭介さんと会いたいっつってたんで。そっちさえ良かったらついでに一緒に来ます?」


 街中で遭遇したとは思えないほど戦意も敵意も見えない態度で、彼は圭介を敵地へと誘った。

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