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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十一章 偶像と理想の境界編

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第四話 準備期間

「では文化祭のクラス企画はカレーメイド喫茶ということで」

「うぃーっす」

「当日は男子もメイド服着ようぜ」


 明くる日のホームルームにて。

 圭介達のクラスでは文化祭で何をすべきかの方針がまとまったところであった。


 防火用の第六魔術位階が存在するためか、教室内での調理に関しては日本のそれより自由度が高い。昨年の文化祭では揚げ物を出したクラスもあったという話である。


(そこで僕らの世界と違い出さなくてもいいんだけどな)


 久しぶりの「思っていたのと違う」という感覚を噛み締めつつ、各自役割を決めていく。

 料理担当と配膳担当、それから呼び込みと受付を担当する生徒に分かれる必要があった。


「ケースケ君はどうすんべ? 勲章持ってる客人が受付とか呼び込みしたら集客力ありそうなもんだけど」

「つっても僕、教育委員会にいる排斥派のおばちゃんに目ぇつけられてるしなあ。逆に裏方やってた方がいいと思うよ。とりま料理担当希望で」


 なら仕方ないか、と学級委員長を務める男子生徒はあっさりと引き下がる。


 いつもならここでエリカが「じゃあケースケお前メイドやれな」くらいの絡みはしてくるはずだが、やはり気まずさが残るのか特にそういった発言はない。


 そろそろ一度きちんと話すべきか、と溜息を吐きそうになったところで思わぬ人物が挙手した。


「あの、私も料理担当したいです」

「ん? ユーフェミアか、了解。言っとくけどつまみ食いは厳禁だかんな」

「食べませんよ。……いや本当に食べませんって。ちょっとどういう視線ですかそれ。エルフならウチのクラスに他にもいるじゃないですか。なんで私だけ」


 学級委員から注がれる冷ややかな眼差しに苦言を呈すユーは、ちらちらと圭介の方へ視線を送っている。


 思えばこういった問題に無頓着な方だと思い込んでいた彼女も最近ずっと態度がおかしい。エリカほどわかりやすくはないものの、違和感はあった。

 恐らくあちらもそれを自覚しており、その上で話し合いの機会を設けようとしてくれたのだろう。


(きっとそうに違いない。つまみ食いとかカケラも考えてないはずだ、うん)


 圭介が小さじ一杯ほどの疑念を振り払おうとして失敗していると、隣りの席でも動きがあった。


「委員長。あたし、受付と呼び込みやりてえ」

「ん? エリカか、了解。言っとくけど客に嫌がらせしたら追放するかんな」

「しねぇよ。……マジで何もしねーって。おい。なんで睨む。まさかアレか? 中等部時代にナンパ野郎の眼球にアレした件か。二年前の話だろ忘れとけやクソが」


 不機嫌そうにグリモアーツを胸ポケットから出し入れするエリカは、逆に圭介の方に一切視線を送らない。自ら配置をずらした事実にも何らかの意図が介在しているように思えてしまう。


 とはいえ全く話す機会が得られないわけでもないはずだ。どこかで必ず話しかけようと意気込んで、他の生徒の配置が決まっていく様子を眺める。

 ミアは配膳担当、モンタギューは受付と呼び込みを担う形となった。


 役割分担が終われば今度は文化祭で物品を購入するために必要となるチケットの配布が待っている。


 聞けば文化祭が行われている期間中、品物の売買は学内の店舗限定で使用できるチケットによってやり取りされるらしい。

 来客がそれらチケットを入手するには校門前の換金所で現金と交換しなければならず、そこで同時に武器やグリモアーツ等の危険物も一時的に預かるという。


 これもまた日本と異なりモンスターなどが存在する異世界であるためか、危険物そのものの所有について咎められることはない。言ってしまえば銃にも刀剣にもなり得るグリモアーツが既に凶器なのだから、これには圭介も納得した。


『直接的な金銭の持ち込みを事実上規制した上でトラブルによる私闘も未然に防ぐわけですね』

「排斥派が大人しくなったとはいえ僕ら勲章持ちが悪目立ちしてるのもあるし、個人的にこういうのは助かるよ」


 言いながら前の席に座る生徒に手渡されたチケットを見る。

 枚数は一枚につき一シリカとなっており、金額は二〇シリカ相当。日本円で三〇〇〇円ほどになる金額であった。


「当日は貴族も平民も等しくこれでやりくりするっつーわけだ」


 一年越しに見たであろうチケットを扇状に広げて扇ぎながらエリカが呟く。

 圭介との関係が少しこじれてはいるものの、やはりこういったイベントは楽しまずにいられない性質なのだろう。やや吊り上がった口元を隠せていない。


「それでは今日はここまでとします。皆さん、話し合いお疲れ様でした」

「お疲れ様でした!」

「お疲れーっす」

「バーバラちゃんもおつでーす!」


 話すなら文化祭の中で話すべきだろうか、と考えているうちにホームルームが終わった。担当教師のバーバラが朗らかな笑顔を浮かべながら別れの挨拶に入ろうとしている。


おざぇっ(お疲れ様で)したー!」


 完全なる居酒屋のノリで発された新任への挨拶とともに頭を下げて、圭介はパーティのホームへと向かった。



   *     *     *     *     *     *



 一日のカリキュラムを軒並み終えたアーヴィング国立騎士団学校、校長室。

 普段通り何匹ものケサランパサランが、窓から差し込む夕焼けを受けてオレンジ色に染まりながらぷかぷかと浮遊している。


 この部屋には今、一組の男女が校長であるレイチェルと向かい合う形で立っていた。

 生徒会執行部に属する生徒会長と副会長である。


 その片割れ、副会長となる男子生徒が提出したプリントの内容を簡略化して伝えていく。


「クラス展示は高等部の二年生がまだ話し合いを続けている状態です。何をするべきかで随分と白熱しているようでして」

「私も何度か文化祭を経験していますが、珍しいこともあるんですね。この手の遊興を主な目的としたイベントでこそ学生の皆様は協調性を発揮するのが常ですが」

「まあ、十中八九あの客人とその仲間達の影響でしょう」


 苦笑いする副会長の言葉にレイチェルは「ああ……」とだけ返した。


 東郷圭介とそのパーティメンバーがギラン・パーカー国防勲章を受章したことで対抗意識を燃やす上級生がいる、という話は既に聞いていた。

 その上で自身のステップアップに向けてのカンフル剤となるのなら望ましかろうと当初こそ楽観視していたのだが、どうにもそれが原因で衝突する場面も散見されるようになったものだから無視し難い事態になりつつある。


 今になってウォルト・ジェレマイアの一件を持ち出す生徒すらいるらしい。当時彼と組んでいた不良学生数名はさぞかし肩身の狭い思いをしているだろう。


 やや呆れが声に宿ったのか、それに応じて生徒会長の方が口を開いた。


「とはいえ、結果として出し物が遅れるようなことがあればそれこそ恥となるでしょう。我々生徒会も明日のホームルームで一度注意を促しますので、以降は彼らの自己責任とする所存です」


 目に光を宿しながら彼女は語る。

 耳や尾の痕跡すらないものの、血が薄いとはいえ虎の獣人だからか。月のように黄色く輝く瞳は見る者に怜悧な印象を抱かせると同時、肉食動物特有の迫力を孕んでいた。


「それで構いません。さて、部活動別の展示については問題なさそうでしょうか」

「強いて言うならオカルト研究部ですかね」

「……まあ、言われるような気はしていましたが」


 フレデリカ・オグデン・ヘイデン。

 司法省法務大臣の家系に連なる由緒正しき貴族の家柄、ヘイデン家の次女たる彼女が部長を務めるオカルト研究部。


 この部にはとある問題点があった。


「展示物の内容はチェックした限り至極真っ当。場所は例年通り部室棟のオカルト研究部用に用意された部室で、そこから外に看板がはみ出ているなどの問題も見受けられませんでした」

「そこまでは普通なんですけどね」


 生徒会長の言う通り、オカルト研究部の展示物や展示方法には一切問題がない。

 だが一つ、どうしても無視できない部分があった。


「その、フレデリカさんの……何と言うべきでしょうか。えー、体積がですね」

「デリカシーの欠如した男だ。女性に対して体積がどうのと失礼な話をするんじゃない」

「急に裏切るのやめて? 他に言いようねーだろこんなの。つか会長そんなだから美人のくせして彼氏いねぇんだよ性格がブスなんだもんな」


 デリカシーの欠如は客観的事実のようだが、確かに問題となるのはフレデリカの体積に他ならない。


 彼女はヴァンパイアとしての種族的特徴が影響して、日光を浴びると生死に関わるほどの痛手を負ってしまう。

 それを防ぐべく普段は体を棺桶のグリモアーツ“ノウヴルレクタンギュラー”に納めた状態のまま日常生活を送っているが、展示によって部室が狭くなると巨大な箱に入れられた彼女の存在は来客にとって邪魔となり得るのだ。


 ブス呼ばわりした副会長の顔面に幾度も拳を叩き込む生徒会長を宥めつつ、レイチェルは思いつくまま案を出してみることとした。


「部室の窓をカーテンで覆う、というわけにはいきませんか」

「オカルト研究部の部室は最上階の五階にありますから、日当たりの面で完全に陽光を遮断するのは現実的でないかと」

「【イクリプス】なら可能では? 第六魔術位階ですし習得は誰にでも容易なはずです」

「そういうことでしたら一度彼女に提案してみますが、果たして確実に防げるかどうか。そもそも棺の外に出たがらない可能性があるのであまり期待は……」


 生徒会長の言う通り、その程度なら彼女の近くにいる誰かが既に実行していてもおかしくはあるまい。

 現状そうなっていないのは彼女の身に何かしらの問題が起こってからでは遅いからだ。司法省との繋がりが強い名家の人間ともなれば、迂闊な扱いが多大な責任問題に繋がる可能性もあるのだから。


「あーいってぇなクソ女が……。でも校長先生の気持ちもわかりますよ。せっかくなら箱ん中に閉じこもってないで普通に文化祭楽しんでもらいたいですよね」


 顔面全体についた傷を回復魔術で癒しながら副会長が会話に戻る。


 確かにそういう気持ちもあるにはあった。ヘイデン家の令嬢という点を無視しても、一生徒として学内のイベントを積極的且つ直接的に味わってもらいたい。

 立場ある者が抱いても仕方のない感傷と言えばそれまでだが、生徒への想いがあればこそ学校を勤め先に選んだのだ。


「特に今年はメインイベントがめちゃくちゃレベル高いからな~。何せ特別ゲストがあの人達でしょ? 去年卒業していった先輩方とか在学中に死んじまった奴らに申し訳ないくらいですよ」


 やや不謹慎ながらも相応の弔意が込められた声色に、レイチェルも生徒会長も黙って頷く。事実として例年よりネームバリューの高い相手が来るのは間違いないのだから。


 レイチェルがめくったプリントには二日間続けての文化祭、最終日に呼ばれるスペシャルゲストの名が記されている。


 アガルタ王国が誇りしアイドルユニット、[バンブーフラワー]の名が。


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