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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十一章 偶像と理想の境界編

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第一話 青春、こじれて

 この世界の秋は長いと聞いていたが、実際に体験してみるとその心地良さは想像していたより上だった。

 元より日本と比べて過ごしやすい暑さの夏から徐々に熱が失われ、日照時間が短くなっていくにつれてメティスの景色は美しい夕焼けを長く佇ませる。


「それではこれで帰りのホームルームを終わります」


 窓からオレンジ色の光が差し込む教室の中。

 担任のバーバラ・ネルソンに促された日直当番が号令を済ませ、生徒達は三々五々に散っていった。

 圭介も仲間とホームに向かうべく隣りの席に座るエリカへ声をかける。


「エリカ、今日はホーム行く?」

「あー……あたしはパス。河原でエロ本探す予定あるからよ」

「そっか」


 この世の終わりのように最悪な受け答えだが圭介も同類なので怯まない。


「僕は最近有名になっちゃったもんだから行きづらいや。そっちも顔は知られてるだろうけど頑張ってね」

「大丈夫だって。こないだあたしらに絡んできた週刊誌の記者に盗撮されかけたけど、そいつの自宅特定してプリントアウトした蓮コラ画像送りまくったら大人しくなったから」

「ああ、あのおっさん……じゃあ僕も心置きなくエロ本拾いに行けるじゃん! なんでもっと早く言ってくれなかったんだこのチビふざけんなよ」

「なんだその会話」


 人として大切な何かが欠如したやり取りを聞いて、教室の外に向かおうとしていたモンタギューが思わず口を挟んだ。


「おうモンタ君。今日も部活?」

「いや、今日は休みだ。部長に文化祭の件でもう一度ケースケに確認しとくよう言われてな」

「別に確認とかしなくても普通に見に行くだけなのになぁ」


 近く、アーヴィング国立騎士団学校では文化祭が開かれる。


 当初は圭介もその日本的な学校文化をこんなところで体験できると思っていなかったため、モンタギューから話を持ちかけられた時には度肝を抜かれたものだ。

 もうすぐその時期に入ろうとしている。今日は何もなかったが、明日のホームルーム辺りでそろそろクラス展示の話が出てくるだろう。


 そしてモンタギューの言う“文化祭の件”とは、オカルト研究部の出し物に圭介が顔を出すというただそれだけの話だった。


「んじゃ、あたしそろそろ行くわ。一度パソコン室行って追加の蓮コラ印刷しないといけねーし」

「まだあの記者さんに画像送ってんのかよ。適度にね、適度に」

「そこは普通に見送っちゃ駄目なところじゃねえのか」


 手を振りながらエリカが出ていくのを見送ってから男子二人も歩き出す。

 廊下に出てしばらくすると、モンタギューが声をかけてきた。


「最近どうにも気まずそうじゃねえか、あんたら」


 思わぬ一言に圭介の体が一瞬ばかり硬直する。


「……流石にモンタ君にはわかっちゃうね」

「あんたらのやり取りは見慣れてるからな。うし、なんか安いやつなら奢ってやるから話聞かせろよ」

「マジで? 奢ってもらえるとなるとレモンの種が泣くまで搾り取るぜぼかァ」


 口走る冗談もどこか冴えない。これは見抜かれても仕方ないな、と圭介は心中で自嘲する。


 二人でしばらく歩いて辿り着いたのは学内の購買。

 モンタギューは冷凍ショーケースから緑色のスムージーを加工したらしきシャーベットを取り出し、圭介に好きなアイスを選ぶよう顎で示した。

 何となく一番安いソーダ味のアイスバーを取り出したところ横から無言で奪い取られ、そのまま仏頂面の黒ウサギは二つをレジに持っていって会計を済ませてしまう。


「ほらよ」

「悪いね」


 軽いやり取りを交わしてから購買を抜けて校舎裏に移動する。いつぞやラブレターのように見せかけられた脅迫状を二人で読んだ、焼却炉近くのスペースだ。


 包装を剥がしてアイスバーの先端を齧る圭介に、シャーベットを一口含んだままモンタギューが語りかけてくる。


「アッサルホルトでの仕事を終えてからあんたらちょっとおかしいぜ。険悪になってるならまだわかるけどよ、エリカがあんなんなってるのは異常だろ」

「あれは僕も意外だった。てっきり嬉々としてからかってくるもんだとばかり思ってたけど、変に気まずくなっちゃってんだよな」


 まだ硬い部分の残る緑色をプラスチックのスプーンで崩しながら、彼は問う。


「で、何があった」

「実は僕これでも彼女いんだけどさ」

「【解放】」

「あれおかしいな。急に殺意剥き出しにしてきたぞこのオカルトオタク」


 即座に苛立ちを見せ始めたモンタギューを宥めて、圭介は話を続けた。

 今の涼しい時期ならアイスも容易に溶けないだろう。ゆっくりと、覚悟を決めるように言葉を紡いでいく。


「元いた世界にね、まあ僕と付き合ってる変な女がいたんだよ。んでそれをちょっとしたきっかけでパーティメンバーの皆に知られてね」

「けっ、ノロケなんざ聞きたかねェんだがな」

「そう言うなって」


 アッサルホルトでの一件を経て、藤野は既に指名手配されている。その件については報道機関も遠慮せず方々に情報を流していた。

 王城側の配慮か勲章持ちの世間体を考えてか、彼女と圭介の繋がりに関しては関係者の間に箝口令が敷かれた。だからここで彼女の名前をモンタギューに話すことはできない。


 それでも現状抱えている悩みを話すくらいならできるはずだ。

 いっそ友人なのだから、と全て話してしまいたい気持ちをぐっと抑える。


「案外エリカはからかうどころか変に気ィ遣い始めるし、逆にスルーすると思ってたユーがドギマギしちゃってるっぽいし」

「ミアの方はどうなってる? アイツ確か客人の彼氏できたんだろ、そのへんの経験値は他二人よか上だろうしいつも通りなんじゃねえのか」


 アッサルホルト襲撃事件から程なくして、ミアとレオの二人は正式に交際を開始したらしい。


 元より気が合うところはあったようで見ていて微笑ましかったし、圭介としてもレオが初恋の相手を助けられなかった過去から脱却した事実を喜ばしく思ったものだ。

 このまま幸せになってほしいと心から願う。


 それはそれとしてここ数日の彼女の動きを思い返すも、圭介にはよくわからない態度が目立った。


「なんかいつも僕らのやり取り見る度に『あちゃー』って顔してる」

「どういう流れでそんな顔されてンだよ」

「わっかんね。訊いてもはぐらかされるし」


 ともあれパーティ内に気まずい空気が流れているのは間違いない。

 こうして友人に愚痴をこぼすのも多少気楽にはなれるが、根本的解決を望むなら相応に経験豊かな相手に相談すべきだろう。彼女いない歴と年齢が同値のウサギ相手ではどうにもならないことだってある。


 ただミアは何かに呆れた様子で質問に答えてくれるかどうか怪しいし、今は他二人のフォローに回ってくれている。なのでこれ以上圭介が負担をかけるべきではないと判断した。


「こうなると経験豊富な、できれば女の人から話を聞きたいところだけど」

「あんたの交友関係よく知らねえから何とも言えねえ。ミア以外で彼氏持ちとかいねえの?」

「えーと校長先生は見た目若くて綺麗だけどアラフォー独身だろ? セシリアさんは仕事人間な上にぼっちで居酒屋来るような人だから多分校長先生と同じ末路を辿るの目に見えてるだろ? コリンは新聞部忙しいとかで放っておいてあげたいし」


 パーティ外で恋愛方面に頼りになる女性となるとかなり限られる。仮にコリンが多忙でなかったとしても、あの生い立ちで浮ついた話があるとは考えにくい。


「つーかミアの彼氏さんはどうなんだよ。そいつ確かダアト経由であんたとも知り合いって話じゃなかったか」

「もうすぐしてダアトがメティス近郊に来たらそっち行っちゃうから、それまではなるべくミアと一緒に過ごしてもらいたいんだよね」


 ダアトがメティス近郊に一時停泊するまで残された期間はおよそ三日ほどだ。その間、彼らの時間を奪うような真似は気が引ける。


 加えてそもそもの話、これは圭介が起因となって発生した問題である。一度はミアに相談してはぐらかされた以上、それより先を求めるならまず自力で現状をどうにかすべきだと判断した。


「文化祭が控えてんのに変に引きずりたくないし、それまでには二人ときっちり話すつもりでいるよ」

「でもさっきのやり取り見た限り避けられてんじゃねえか」

「ユーはともかくエリカ相手なら首根っこ引っ掴んで強引に話せるでしょ」

「別のもん引きずる羽目になると思うがまあ頑張れや」


 シャーベットを食べ終えたモンタギューは容器をくしゃりと握り潰してから手首にかけたビニール袋へと投げ込み、懐から取り出した野菜スティックを咥え込む。


「ところで勲章もらったあたりから気になってたんだけどよ。文化祭当日、ウチの展示には顔出せそうかい?」

「ああ、それは別に全然。特に予定とかも入れてないしね」

「そりゃよかった。部長にはあんたが来るって伝えちまったからな」


 圭介も食べ終えた後のアイスの棒をモンタギューが持つ袋に【テレキネシス】で投げ込み、目を細めた。客寄せパンダになるつもりはなかったがギラン・パーカー国防勲章による知名度向上は想像以上のものである。

 ただ友人の展示を見たいだけなのだからゆっくりしたいところだが、そうも言っていられないかもしれない。


 どうにも最近有名になり過ぎたのか声をかけられる機会が増えた。


「芸能人とかが歩いてても全然声かけられないらしいのに、何でか僕ばっか目立ってるみたいでさ。何? 顔憶えられてんの?」

「どう見ても頭ん上に乗っけてるソイツが悪目立ちの原因だろ」

『今日一日は無言を貫いてアクセサリーに徹してみようと判断したのですが』

「こんなだっせぇアクセサリーがこの世に存在してたまるかよ」


 頭に食い込む爪の力が強まったように思えた。



   *     *     *     *     *     *



 アガルタ王国西部にあるステラ平原は緑が広がる穏やかな光景で見る者に癒しを与える土地である。

 障害物が少ないため遠方に佇むウォルバラインの山麓もよく見えて、夕暮れ時などには秋の風が心地よく吹きすさぶ。この場所にはそういった情景を堪能する上で邪魔となり得る凶暴なモンスターもいない。


 この比較的平和な場所に移動城塞都市ダアトの姿があった。


 複数の煙突から煙を吐き出すその巨大な金属塊は、現在遥か彼方の稜線を睨みつけつつ停まっている。

 本来ならばここで停泊する予定などない。緩やかな段差に少々揺れながら線路を渡るはずだったのだ。


 予期せぬ停滞に見舞われた城塞都市上部を覆う、貝殻にも似た外装に一人の小柄な影が立つ。

 水色のフリルワンピースを身に纏い、左眼窩周辺を包帯で覆い隠したアルビノの美少女。


 カレン・アヴァロン。


 多数の客人と冒険者を率いるダアトの主にして、東郷圭介の師である。


「完全に予定が狂ったわね」


 彼女は幼くも見惚れてしまいそうになるほどの美貌を怒りに歪ませながら、本来ダアトが進んでいたであろう経路の惨状を見ていた。


 本来であれば彼女の眼前には平原に敷かれるレールが存在していたはずなのに、どういったわけか線路をなぞるようにして深い渓谷が発生してしまっている。

 巨大な裂け目は長く続いている上に底が見えないほど深い。


 と、磁器よろしく白い耳を飾る通信機から声が聞こえた。若い男の声だ。


『カレンさん。たった今修復工事のスケジュールが送られてきました』

「工期はどれくらい?」

『いやあ規模が規模ですし、地形操作のエキスパートを何人も派遣してようやく半年くらいになっちまうかと』


 常識的に考えれば半年で渓谷を平原に変えるなど規格外の話だが、カレンはその情報を受けても喜んだりしない。


「……そう。ダアトを私が向こう岸まで運ぶって手も考えたんだけどね」

『勘弁してください。これがオカルト現象ならともかく、多分違うでしょ』


 主たる彼女のみならずダアトに住まう客人は皆、この突如現れた谷を人為的なものとして見ていた。


 何せタイミングがあまりにも良い。つい先日までこの場所はどこまでもただの平原だったはずなのだから。

 問題となるのは地形操作術式の使い手が複数人集まって半年かけなければ修復できないほどの広範囲を、ここ二日以内でここまで徹底的に破壊せしめた事実だろう。


『しかしこんな地形を変えちまうような化け物がいるんですかい、あの[デクレアラーズ]とかいう集まりには』

「実際その手の化け物がいるからこうなってんでしょ」

『言っときますがね。いざという時には逃げますよ俺ぁ』

「はいはいわかってるわかってる。ただし雑兵相手には死ぬ気で頑張ってもらうからそのつもりでいなさい」


 耳元でこぼれる溜息を聞き流し、カレンは破壊の痕を観察した。

 改めて見ても見事な壊しっぷりと言えよう。左右のどちらかに力が偏った形跡はなく、均等に衝撃を走らせながら線路に沿って移動していく。


 その気になればカレンにも似たような芸当はできる。

 ただこれを修復するとなると必要な労力は倍では済まない。


 念動力魔術でこれを修復することも決して不可能ではないものの、各部門の専門家が集まって施工するのと比べれば確実性と効率の面で劣る。

 にわか知識で固めた地盤が重みに耐えきれず崩れ落ち、ダアトを飲み込むような事態になってしまっては笑えない。


 いかに強力な魔術が使えるとは言っても、カレンとて学んでもいない知識を活かす手段は持ち合わせていなかった。


(やってくれたわねクソピエロが)


 青い髪の少女がカレンの脳裏で不敵にほくそ笑む。

 この怒りは決して忘れまい。直接会ったらこの手で確実に殺そうと心に決める。


 そして、後日。


 アガルタ王国騎士団の調査により、現場に残存している魔力のパターンが“黄昏の歌”平峯無戒の魔力と一致するという報告が入る。

 その報告で調査した騎士団とダアトの客人達は揃って震え上がり、カレンは今後線路の破壊にどう対処すべきかという難題を抱え込む羽目となった。


――レオ・ボガートの帰還はまだ遠い。

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