第十八話 輝刃、閃いて
『大軍を相手取る際に最も有効な策とは何か? ワタクシ一生懸命考えました』
空中に浮かぶ巨大な画面の中で、マティアスが己のこめかみに指を当てながら語る。
『一瞬で大地を焦土へと変える大規模攻撃? いやいや、今どきの軍隊は強力な結界を張るための専門部隊や装置を所有しています。もちろん火力によっては例外もありましょうが中途半端な広域殲滅魔術は容易に防がれてしまうでしょう』
目を瞑り、微笑みを象る口から漏れ出す声はどこか優しい。
『ではこちらも同じく大群を率いて戦力で上回る? それではコストパフォーマンスがあまりにも悪い。少し雑魚を投入したところでご覧の通り、相手が騎士団というのもあるでしょうが短時間で決着がついてしまいました。それなり気合いを入れて武装させたのですがねぇ』
朗々と言葉を垂れ流しながら眼鏡の奥に秘められた眼差しを地上に向けて。
『ならば何が正解なのか? 考えに考えてついでに戦争に詳しい知人などから意見を聞き出した結果、ワタクシはとある一つの答えに辿り着きました。それこそがこれ、我が第二のグリモアーツ“イエロースポイル”なのです!』
彼が見下ろす戦場では、既に何人かの騎士が巨大な逆三角形の盾や小型家屋に貼りつけられている。
それらの状況を生み出した特殊な球状術式は既に七つほど展開されており、黄色い魔力弾を射出しては命中した地面を抉り出していた。
抉られた土の塊も小型家屋に吸着し、既に貼りついている騎士やレオを圧迫し苦しめる。更に少しずつ地面の凹凸が激しくなっていくため、残される騎士団の動きもどこか鈍い。
『大軍において最も重要な要素、陣形を崩す! そして同時進行で地形を変えれば地上戦力の動きを抑制できる! 残す課題は空中戦力への対応ですか、まあここは追々ってとこですかね!』
優れた聴覚を有する猫の獣人たるミアとて、その明るい声に耳を傾けている余裕などなかった。
相手に騎士団への殺意がないのはわかる。しかし防衛戦においての無力化は一時的な死とそう大きく変わらない。
グリモアーツ“イエロースポイル”を倒さない限り戦力として復帰できない騎士は、極端だがこの戦いにおいて死んでいるようなものだ。
(こんな障害物も何もない場所での弾幕、私だってキツい)
獣人としての身体能力と鋭敏な感覚を持ちながら、それでも回避に専念しなければいつ魔力弾が命中してもおかしくない。
大砲から射出される魔力砲撃を回避すれば砲台となる球状術式が展開され、そこから放たれる魔力弾を回避すれば地面が削られて移動を妨げる。
かといってどちらも防いでしまえば最後、盾か家屋に吸着される形で無力化されてしまうだろう。ゆえに避ける以外の選択肢がないのだ。
(だからってあの目玉みたいな術式を壊すにしても、アレ異様に頑丈なんだよね)
ミアが試してみたところ、第四魔術位階【ホーリーフレイム】でようやく破れる程度の耐久性だ。
角度と間隔及び位置取りを調整すれば一つ目を貫通して二つ目まで破壊できるものの、魔力の消耗が激しくあまり多用はできまい。
それも体を動かしながら同時進行で呪文の詠唱までできる古武術、カサルティリオによる訓練があればこそ為せる御業だ。
共闘している騎士達も何人かは同じ技術を用いて対処しているようだが、過半数の騎士はやはり回避に集中してしまっている。
どうするべきかと考えるも、ミアの中には可能な限り回避したかった博打とも言える策しか残らない。
(仕方ないか……!)
周囲を見渡す。騎士団は変則的であり手数も多い攻撃を前にして意識を“イエロースポイル”と球状術式に集中させていた。
民間人が独断で動けば多少の反感を買うかもしれないが、ここはまずミアの手で状況を打開しなければ最悪の場合壊滅する。
後々何か言われそうだなという不安、そもそも上手くいくかどうかの不安。
二つの不安要素を抱えながら彼女は病棟側に向かって疾走する。まずは壁を背にして全体を見渡しながら動かなければ話にならないからだ。
『……んん? おやおやぁ? そこの君ィ、逃げちゃあダメでしょぉ!!』
ミアの挙動に気づいたマティアスがモニターの中で顔を歪めながら吠える。
同時に“イエロースポイル”が右手に携えた砲口をミアへと向けた。
(ピンチに見えるけど逆だ。こうなってくれるなら話は早い)
金属の筒の先端が黄色く輝いた瞬間、削りに削られて残り少なくなった【パーマネントペタル】の花弁を繋げて一本の鎖とする。その先端を出入り口付近の針葉樹に絡めて上へと跳躍し、素早い動きに追いつけない砲口の先端がミアから少し逸れた。
「【眩き華燭 誉と栄光 この手に束ねて象る刃】」
そのタイミングで詠唱しながら左手の魔道具、バベッジを起動する。
ここから先は本当に賭けだ。失敗してしまえば自分も無力化されてしまうだろう。どころか位置によっては踏み潰されて絶命する危険性さえ考えられた。
「【賛美 嬌声 驟雨が如し されど柄を手放す理由足り得ず】」
バベッジの効果が発動し、ミアの全身を山吹色の光が包む。
第四魔術位階【ロケッティア】。彼女は【メタルボディ】と組み合わせて捨て身の突進に使ってきたが、この魔術が有する本来の用途は長距離移動である。
今回はその正しい使用方法に則り、体の強化は行わない。
一本の矢にも似た勢いでミアの体が“イエロースポイル”へと向かう。
あとは上へと逃げた彼女に向けて持ち上げられる砲口が、敵の予定通りこちらの移動に追いついてしまうかどうか。
真正面で光る砲口から目を逸らさず、ただ自分の魔力操作技術と速度の差が間に合うよう祈るばかり。
「【この剣は初めから 護るために握ったものなのだから】」
斯くして砲撃は外れた。
危うく当たるところではあったが、幾度も戦場を乗り越えてきたミアの【ロケッティア】の精度と速度は本人が思っている以上に向上していたのだ。
前提として突進するために使ってきたのが成長に繋がったのだろう。
空中でほくそ笑みながら詠唱が完了した魔術を右手で発動させる。
彼女が新たに習得した、【ホーリーフレイム】と真逆の性質を持つ近距離用の術式。
「第四魔術位階」
瞬間。
彼女の右腕に装備された“イントレランスグローリー”から、山吹色の長大な刃が出現した。
「【ディヴァイン】!」
腕を振るえば輝く線が“イエロースポイル”の右手首を過ぎた。その一撃で刃は消失してしまったが、ミアの表情には勝利への確信が滲む。
『あンれまあ!!』
齎された結果は、砲を持つ右手の切断。
主要な攻撃手段が損なわれたことでマティアスの口から驚きの声が漏れる。
これで陣形を崩すための砲撃は使えないだろう。
それでも地上に残された球状術式は健在であり、レオや他の騎士達も未だ小型家屋に拘束されたままだ。“インディゴトゥレイト”を倒した時と同様に核となる部分を突かなければ被害が広がってしまう。
仮に駆動の軸となる関節部分を砕いたとしても、以前のように周囲の機械を素材として修復されようものならそれこそたった今成し遂げたミアの一撃すら無駄に終わってしまうのだ。
とはいえそんな心配もないかと、どこか安心した表情でミアは地上に降り立った。
「攻め込めぇぇぇ!!」
『うわーまぁそうなりますよねえ。しゃーなし踏み潰すかあ』
地上では砲撃の脅威を恐れずに済むと気づいた騎士団が攻め寄せている。
純粋な物理攻撃では与えられる傷も小さいと見て【インパルス】や【レイヴンエッジ】を交えながら攻撃していく中、わずかずつではあるものの負荷が蓄積したのか“イエロースポイル”の脚部に軋む音が響いた。
マティアスに残された攻撃手段はもはや地上に配置されている球状術式くらいなものだったが、砲による追撃の心配が消えたため魔力に余裕のある騎士がそれらに“シルバーソード”の切っ先を刺して解除していく。
その先端から溢れ出る第四魔術位階【レイヴンエッジ】を受けて黄色く輝く球は内側から破裂していった。
そうなると見越しての蹴りや踏みつけも迂闊に行使すれば膝裏や距骨に該当する部位を攻められてしまう。
駆動させる上での弱点となる箇所が運動量を伴って移動するとあってか、寧ろ武芸に特化した騎士がカウンターの要領で攻撃を叩き込み罅まで入れる始末だ。
ならばせめてと手の修復に取りかかろうと切断面を地面に伸ばしたところ、予想外の角度から攻撃を受けた。
『あん? 後ろォ!?』
突如騎士団がいるはずのない後方から、地面に落ちている“イエロースポイル”の右手に向けて複数の【レイヴンエッジ】が飛来した。雑木林に向けて吹き飛んだそれはバラバラと散らばりながら木々の狭間に消えていく。
慌てた様子のマティアスが宙に浮かぶモニターごと背後を向くとそこには確かに鎧を着込んだ騎士団が集結していた。
だがそれらはアッサルホルトに常駐する騎士団ではない。
「王都第六騎士団、都合三〇名! 第六騎士団団長の命を受け、ただいま到着した!」
『このタイミングで来られるのシンプルに絶望〜!!』
かつてガイにより統率されていた第六騎士団。
恐らく残り少ない在任期間でガイが援軍に来るよう指示を下したのだろう。現隊長最後の命令により汚名返上の機を得たのもあってか、彼らの士気は見るからに高い。
彼らが駆けつけたことで“イエロースポイル”は騎士団による挟撃を受ける形となった。加えて主力となる武装が機能していない今、盾で庇えない脚部への攻撃を防ぐ手段などない。
一方でミアは小型家屋に貼りつく形で拘束された騎士とレオを救出すべく、新たに詠唱して出現させた【パーマネントペタル】を使って戦場から彼らを引きずり出していた。
「吸着術式自体はシンプルだなあ。メカ作る方に情熱注いでるだけでこっちはからっきしなのかな?」
言いつつ騎士の体を解呪術式で小型家屋から引き剥がしていく。難易度で言えば[プロージットタイム]でピナルが見せた封印術式の方がいくらか上等だ。
次々に解呪して救出していく中、申し訳なさそうなレオと目が合った。
「……ど、ども。なんかすみません」
「へへへ、大丈夫だよ。なんかもう勝利ムード出てきてるし、後のことは騎士団の人達に任せよっか」
「そっすか。なら安心だ。……俺も支援に徹するなら解呪術式くらい覚えなきゃなあ」
「だね。後で教えるよ」
笑いながらレオの腕を引っ張って巨大な金属の塊から引き剥がすと同時。
離れた場所ではとうとう“イエロースポイル”の左手首も破壊された。
『あぁんひどいわぁ!』
マティアスが気味の悪い悲鳴を上げても彼らの猛攻は止まらない。
逆三角形の盾とそこに拘束されている騎士数名が、地上で待ち構えていた第六騎士団によって受け止められる。急ぎ解呪も進めているのか次々と盾から騎士が剥がれていくのが見えた。
即興の編成であろうと同じ系統の魔術に同じ武装型グリモアーツ、同じ訓練を受けてきたのがアガルタ王国の騎士団だ。黄色の巨人がいかに頑強であっても群体にして一つの個となった彼らの連携に耐え切れるものではない。
とうとう渦潮にも似た勢いと一体感を伴う猛攻に耐えかねた黄色の巨人が膝を折る。
『えぇいこうなりゃ仕方ない! せめて最期は盛大に飾ろうじゃあありませんか!』
モニター内のマティアスが手に持った赤いスイッチをポチリと押し込む。
同時に“イエロースポイル”の全身が発光し、複数の魔術円を展開した。
自爆でもするつもりか、と騎士団が警戒して一度大きく後退するも様子がおかしい。
気の抜けた口笛のような音を引き連れて全ての魔術円から魔力弾が出現する。しかしそれらは真っ直ぐ飛ばず、水に浮かぶ木片が如く上へふわりと浮かび上がった。
やがて色とりどりの燐光を撒き散らしながら炸裂していく。
『やべっ、自爆装置と間違えてロザリアさんの誕生日パーティー用に作った花火搭載しちった』
「じゃあ多分そのロザリアさんとやらの誕生日パーティー、爆発するね」
ミアの冷静な一言に応じたわけでもなかろうが、気まずそうな表情のマティアスが画面をぷちりと消失させて。
花火による派手な演出と無駄に強いらしい衝撃を受けながら、“イエロースポイル”は全身に亀裂を走らせて機能停止に至った。




