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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十章 第二次“大陸洗浄”突入編

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第十五話 家屋変形

 金属鎧の擦れる音。

 チェーンソーの駆動音。

 断続的に轟く銃声と砲撃音。


 それらに負けまいと張り上げられる声。


「無理に近づくな! 銃弾を避けつつ顔を守りながら後方支援を待て!」

「つっても撃たれっぱなしはキツいぞ!」

「嬢ちゃん悪いけどまた【ホーリーフレイム】頼む!」

「はい! レオ君は撃たれた人の回復お願い!」

「了解っす!」


 機関銃を両脇から突き出して突進してくる二足歩行の一軒家達と、それらに向かい合い魔術を飛ばす騎士団の面々。


 アッサルホルト前の緑地は混沌とした喧騒で満たされていた。


 飛び交う【レイヴンエッジ】や【ホーリーフレイム】といった第四魔術位階が“イエロースポイル”やそれに生み出された家屋に当たる度、突き出されたチェーンソーが歪み機関銃は銃身を逸らされて明後日の方向へと弾を無駄撃ちする。

 中には片側の銃を斬り落とされている個体すらおり、それらの攻撃による死傷者などは今のところ発生していない。明らかに騎士団側の優勢と言えよう。


(落ち着かない)


 だというのに、騎士団に【アクセル】などの身体強化術式を散布しては遠距離攻撃を飛ばしているミアの表情は強張っている。


(空中に浮かぶマティアスの顔に一切の焦りがない。しかも隣りに浮いてる女の子が何もせず見てるだけっていうのも気になる)


 以前圭介から聞いた話とマティアスが口走った「我らが道化」という言葉から、何となくその正体は見えていた。


[デクレアラーズ]首魁、“道化の札”アイリス・アリシア。


 もしもそんな相手が目の前にいるのだとしたら、自分達に勝ち目などあるのかどうか。


「ミアさん! あと何発くらいデカいの撃てますか!?」

「バベッジ込みで残り六発くらいだと思う!」


 レオの声を聞いて意識を即座に目の前の脅威へと戻す。


 魔力と肉体の状態は深く関係している。獣人として優れた身体能力を持つミアの魔力量は最初から高かったわけではないものの、鍛えることで第四魔術位階の使用回数を増やせる程度には伸ばせた。

 アイリスが何をしてくるにしても今はまだ余裕を持って目の前の敵を撃つことができる。その事実が力強く彼女のモチベーションを保ち、心の揺らぎを許さない。


 とはいえ目の前ばかりを見てもいられない事情があった。


『さーて、そろそろパパも動いちゃおっかな!』


 愉快な声色を伴ってマティアスが手元のレバーを動かしボタンをポチポチと押していく。

 その挙動に応じるが如く、八体の小型家屋達の背後に佇んでいた“イエロースポイル”が動き始めた。


(チェーンソーはまだしも、砲弾はキツい……!)


 それまで対処できていた小さな家屋達と異なり、本体からの攻撃は武装を見ただけでも騎士団の鎧だけで防げる威力ではないとわかる。

 魔道具バベッジに仕込んでおいた第四魔術位階は生憎と防御用術式【パーマネントペタル】ではない。今すぐ詠唱を始めたとして間に合うかどうか。


「【枯れて萎れる花はいらない 枯れず萎れない花が欲しい】!」


 右の砲が騎士団の立っている場所へと口を向ける。

 左腕のチェーンソーによる斬撃ならまだ【メタルボディ】で受け流すという選択肢もあっただろう。しかし塔と形容しても構わない程度の大きさを持つ砲からの一撃ともなると、ただ頑丈な防御だけでは対処できまい。


「【水などいらず土も欲さず】」

『イャッハー!!』

「【唯々どうか身勝手に咲き続けてくれ】!」


 ご機嫌な掛け声が響き渡るのと山吹色の花弁が舞うのはほぼ同時。


「【パーマネントペタル】!!」


 頑強な花弁を散らしてあらゆる角度からの攻撃を防ぐ第四魔術位階、【パーマネントペタル】。

 普段であれば全方向に飛ばすべきそれを今回に限り前方へと凝集させた。


 集合して巨大な六角形の障壁と化したそれに、“イエロースポイル”の砲撃が叩き込まれる。


「ぐぃぃぃぃっ……!」


 しばらく巨大な魔力弾を押し留め、ほんの一秒にも満たない間隔を経て大きな破裂音が緑地に轟く。


 最終的にはそれを防ぐことに成功した。ただし相当な威力があったようで花弁はほとんど消失してしまっている。

 緊急事態に近いとはいえ想定外の形で魔力を消費してしまい、慌てて次の砲撃が来ないか警戒するも“イエロースポイル”側は動かない。


『……単に花弁が増えたばかりではなさそうでしたね。一枚一枚の強度も以前と比べて向上している』

「ああ。加えて無作為に花弁を集合させるわけではなく、衝撃を吸収・拡散するために必要な動作を実現していた。それにあれほど多くの動きを一挙に制御するとなれば相当な演算処理を要する」

『つまり技量も上がっていると。なるほどなるほど、これは将来有望だ』


 空中では大画面に表示されたマティアスと浮遊するアイリスが冷静に何かを語らっているのが見えた。


 いずれにせよ一定時間維持することを前提としているはずの防御手段を一撃で散らされた今、“イエロースポイル”の挙動に最大限の警戒を張り巡らせるしかない。

 続く形で振るわれる三本のチェーンソーは大振りだったためか前線の騎士達も容易に避けていたが、それによって小型家屋の群れとの距離が開く。


 続く機関銃の一斉掃射は騎士達が各々で回避した。

 弾幕は確かに脅威だが小型家屋らの射撃精度は決して精密と言えない。気流操作術式で鎧の重厚さに見合わぬ機動力を確保している騎士団にとって、強く警戒する必要性も薄くなる。


 更に耐え続けた結果として得られた成果もあった。


「……? おい、あいつら撃たなくなってきたぞ!」


 一人の騎士が気づくと同時に他の面々もその情報を認知していく。


 魔力弾ではなく実弾を使用している以上、弾切れを起こしてしまえばそれまでだ。残るは舌のように突き出されたチェーンソーくらいしか武装は残されていない。

 もはや中距離から遠距離の戦闘において警戒すべき対象は“イエロースポイル”本体のみ。隙を突いての砲撃が防がれ小型家屋が近接戦闘しかできなくなった今、攻撃のバリエーションも知れたものである。


 両陣営の勢いは現状騎士団側の有利に傾いていた。


『ありゃー思ったより早く弾切れしちゃった。こりゃよろしくないですね』


 ように見えただけだった。


『えー皆様に凶報凶報。個人的にはもう少しこの状態でのデータが欲しかったところなのですが、射撃精度がイマイチなのとチェーンソーが案外避けやすい感じなのを受けて次のフェイズに移行したいと思います』

「何だぁ……?」


 隣りでただ訝しむレオと異なり、騎士団とミアはその発言を受けて顔面蒼白となる。


 彼らは知っていた。かつての城壁防衛戦において、奇抜な動きを見せる兵器がその姿を変えた事実を。

 そして新たな姿となったそれは、単純な物量だけで勝てる相手ではないのだと。


「突っ込めぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 本格的に動き出す前に、と騎士団が“イエロースポイル”を破壊すべく突撃する。焦燥に駆られながらも前衛が小型家屋に阻まれている間、後衛が【レイヴンエッジ】の詠唱に入る辺り連携はしっかりとしていた。


 が、それではまだ遅い。


『ってなわけで我らが道化! ここからはこのマティアス博士におまかせあれぃ! 最低限の成果は出しておきますんでねェ!』

「ではボクはサンフィエルバの様子を見に行くよ。ここは君に任せた」

『あとあん中に殺傷対象いなかったと思うんですけど、ミスって殺しちゃったらごめんちゃい!』

「この戦いで君が誰も殺さないと知っているから問題ない。さて、と」


 大画面の横に浮かぶ少女が奮闘する騎士団の方を見やる。

 その視線はどこまでも無機質であり、無感情だ。


「今回、ボクが観測した以上の結果は出ないな。やはり警戒すべきは東郷圭介一人に絞るべきか」


 まるで独り言のような言葉と空色の魔力光を残して、道化を名乗る少女は消えた。あくまでも様子見が主目的だったのだろう。


 今やこの戦場で敵として立ちはだかるのは巨大な二足歩行の家屋。

 そしてその操縦者たる白衣の狂乱のみであった。


『さぁよい子のみんなお待ちかね! マティアス博士の愉快なグリモアーツもそろそろ【解放】の時間だよ!』

「【レイヴンエッジ】!」


 一人の騎士が颶風を伴う魔力の刃を“イエロースポイル”に向けて飛ばした。二人目、三人目とタイミングは多少ずれるも断続的に第四魔術位階を射出していく。


『フハハハハ頑張ってるのは伝わってきますけどまだまだ弱いですねえ! そんなんじゃ世界は狙えないゾ!』


 それらは全て三本のチェーンソーによって振り払われ、家屋の壁にも届かない。


「【ホーリーフレイム】!」


 ミアも恐らく防がれるだろうと見越してタイミングをずらしてから【ホーリーフレイム】を撃ったが、振り抜いたチェーンソーとは反対の位置から突き出された砲によって絶妙な角度で弾かれてしまった。


 やがて巨大な家屋の内側から黄色の光が漏れ出す。


『【解放“イエロースポイル”】ゥゥゥ!!』


 光に包み込まれた家とそこから生えている両腕両足が輪郭を歪め、より太く強靭な造形へと変わっていくのが見えた。


 ある意味それは城壁防衛戦で見た“インディゴトゥレイト”の【解放】状態と対照的な姿と言えよう。

 あちらは細く鋭い外観をしていたが、こちらはまるで箱めいた装甲に覆われた四肢がそれらと変わらない太ましさの胴に取り付けられている。


 更に先の巨砲を組み替えたと思しき巨大な銃を右手に持ち、左手には三本のチェーンソーだったであろう刃が左右斜め下と真上に伸びていた。

 それぞれの先端を線で繋いだ面積の広い三角形は恐らく盾としての役割を担うのだろう。


 全体を見てわかるのは、かつての“インディゴトゥレイト”と異なり重厚な武装を揃えて戦いに赴いているという点。

 殺気など微塵も感じさせない無機質な巨大ロボットは、しかしてその黄色い機体の外観から恐ろしいまでの殺意を滲ませていた。


 眼球にも似た球体の頭部が、中央にぽつりと設置された黄色い光点でぐるりと騎士団を舐めるように見回す。


『さあさあさあさあ! 皆さんお待ちかね第二形態にござんす! というわけで挨拶代わりにくらえぃ!』


 マティアスの掛け声とともに巨大な銃から魔力砲撃が射出された。騎士達も覚悟を決めていたからかその直線的な軌道から免れて、結果無人の大地に着弾する。


 着弾して、抉れた地面に黄色の術式が刻み込まれるのが見えた。


「な、何すかあれ?」

「わからないけどさわんない方が良さそうだから、次の攻撃に備えて……」


 奇妙な術式に目を丸くしているレオにミアが警告していると、その着弾地点に変化が訪れる。


 掘り起こされた土と草の中に刻まれた黄色の模様は、周囲のマナに影響を与えて何かの輪郭を描く。それは黄色く立体的な質量となって一つのオブジェクトを作り上げた。


 最終的に出現したのは、“イエロースポイル”の頭部にも似た球体。

 バスケットボールほどの大きさを持つそれが本体と同じく黄色の光点を携えて、騎士団全体を見つめている。


『挨拶は二度刺す!』

「え? うわっ!」


 理解し難い言葉と同時、その球体から光線が放たれた。

 予兆もなく撃たれたそれを避ける暇などなく、視線の先にいたレオが光線の餌食となる。


「レオ君!?」

「お、おおおぉぉおおおお……? あれ、痛くも何ともなぶっ!?」


 当たってから数秒は特に変化を見せなかったレオだが、突如体が吹き飛んで小型家屋に衝突した。

 チェーンソーの刃で体を傷つけないよう“フリーリィバンテージ”を幾重にも重ねて防壁とし、接触時の衝撃を緩和する。そこまではできたもののそこから次の行動に移る様子が見えない。


「お、おい大丈夫か君!?」

「ちょっとびっくりしたけど、傷とかはないっす! でもこれ、体がこの変な家に貼りついて動かな……」

『そぅら第二弾!』


 騎士がレオの身を案じている間にもマティアスの砲撃が二発目を放つ。今度はレオの身を心配していた騎士に魔力砲撃が直撃したが、彼もまたそれで吹き飛んだりはしなかった。


「うおっ……え、あれ? まさかこれっておわぁっ!?」


 その騎士の体は“イエロースポイル”が持つ盾へと吸い込まれるように飛んでいく。そして接すると同時、四肢を広げるようにしてへばりついた。

 結果がレオと異なるのは直接砲撃を受けた場合と固定砲台の光線を受けた場合との差異か。


 まるで磔のような状態となった彼は目を見開いて叫ぶ。


「全員、意地でも避けろォ! 変則的だがこれは恐らく磁力付与術式だ!」

『厳密には違うんですがまあその理解で構わないでしょう! ほれほれ避けないと盾に磔の刑、避けたら今度は固定砲台の餌食ですよ!』


 嬉しそうな声色でマティアスが第三の砲撃を放つ。今度はわざと外したらしく、騎士団がいない地面に着弾させた。

 結果として二つ目の黄色い球体が術式によって出現する。それを見て聞こえた小さく息を吸い込む音は、果たして誰のものであったか。


 砲撃を受ければ本体である“イエロースポイル”の盾に吸着し、残された仲間の攻撃を躊躇させる。

 かといって避ければ着弾地点で球状の固定砲台が生成され、自律移動が可能な小型家屋に吸着する。


 この“イエロースポイル”を前にしてはもはや陣形など意味を成さない。


 誰一人として「傷を負うわけでもないなら」などと油断していられなかった。

 ミアが、そしてそれ以上に経験を重ねてきた騎士団全員がこの状況に強い危機感を抱く。


「急いであの砲撃をやめさせ……あああああ!」


 声を張り上げた壮年の騎士が球体の光線を受けて叫び、数秒後には巨大な機体の足元に集まる小型家屋の方へと飛んでいった。レオとは違った個体に縫い付けられた彼は背中を強く打ったようで、苦痛に顔を歪めている。


『どうやら我がグリモアーツ“イエロースポイル”の恐ろしさはご理解いただけたようですねえウーッフッフッフッフッフ!』


 不気味な笑いに同調するかの如く、小型家屋から突き出されたチェーンソーが再度駆動音を鳴らした。

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