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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十章 第二次“大陸洗浄”突入編

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第十一話 破滅的トライアングル

 アッサルホルトから見て南西にある道路を一人の青年――馮軍輝が歩く。

 装いは白いシャツにところどころ破れたダメージジーンズ、サンダルというラフな格好。シャツは前のボタンが全て外されており、はだけた皮膚の表面には蘇芳色の術式が点々と浮かび上がっていた。


『軍輝。見えたか?』


 耳に装着した小型通信機から相方の声が聞こえ、襟につけたマイクで応答する。


「おうギルフィ、ばっちりよ。でも何あの家。相変わらず“カエサルの座”のセンスはわかんねーな」

『あの方が戦闘を開始すると同時に我々は後方から手薄になった施設へ侵入し、リストにある囚人達を殺害する。今回は見せしめの意味も含むため……』

「有機肥料や日用品には加工しないってんだろ? 俺の主義に反するやり方だけどさ、我らが道化が言うんじゃしょうがねえよ」


 苦笑しつつ歩みは止めず、アッサルホルトの留置施設へとまっすぐ進んでいく。残暑の熱を払うかのように肌を優しく撫でる秋の風が心地よい。

 道の両脇に広がる林が宿した葉は赤く染まり、木々の狭間から流れてくる鳥の囀りも相まって美しかった。


 ただ、落ちている葉は紅葉ではない。

 どこまで行ってもここは異世界なのだ。


「で、今回はあの東郷圭介がいると」

『そうだ。勧誘してから返事を聞いていない段階での交戦となるが、彼が[デクレアラーズ]に加入するか否かは今後全体の活動において重要ではない。戦闘に入った場合に殺すなとも言われていない以上必要とあらば殺す』

「ひでぇなあ。仲間にならないなら排除するっての?」

『それが理想社会に至るため必要な手順ならば当然だ』


 残酷な選択を茶化すような声に、変わらない声が応じる。


『彼は変革を進める上で最も警戒すべき異分子だと我らが道化に幾度となく言われただろう。第二次“大陸洗浄”も始まった今、余計な動きをされるくらいならそういった判断もやむを得ん』

「つくづくひでぇなあ」


 少なくとも[デクレアラーズ]にとっての東郷圭介という人物は、本来の計画なら王都メティスにて死んでいたはずの人間である。それを否定し続けてきた()()()()()を除き、全ての構成員は彼がいない状態を前提として今後の動きを考えてきた。

 だがそうはならなかった以上、微細とはいえある程度の予定変更は免れない。今回のアッサルホルト襲撃も元の予定ではマティアスが参戦するはずではなかったのだ。


『今や作戦の行く末を絶対と断ずる手段は我々にない。一応確認するがお前の方で準備は……』

「あーもう大丈夫だってしつけぇな。ちゃんとチビどもにはお別れ言ってきたし大学も退学した」

『……そうか』


 そんな不確定要素に危機感を抱いたのもあり軍輝は前もって身辺整理を済ませてきた。本来なら卒業まで在籍しておく予定だった大学も、そこで出会った人々も既に自身の人生から切り離している。

 これから[デクレアラーズ]として活動する上で失敗する可能性も常についてくる以上、彼らと関わりを持つべきではないと判断したためだ。


「さて、そろそろ本格的に狩りの準備済ませとこうかね」


 同情の色を宿したギルフィの返答から謝罪を引き出さないために、敢えて明るい声を引っ張り出す。


『東郷圭介の周りにいる異世界人も数々の修羅場を乗り越えて、今や一般的な客人と比べて遜色ない戦闘力を有している。決して油断はするなよ』

「油断に関しちゃ何とも言えねーが、手加減は下手だから安心しとけ」


 言って首筋にカードを当てる。

 術式を支えているそのグリモアーツにシンボルは浮かんでおらず、ただ♥の6というわかりやすい記号だけが並んでいた。


「【解放“ヒーローマフラー”】」


 蘇芳色の燐光を伴って軍輝の首周りに顕現したのは大仰なまでの厚みを持つ金属製の首輪。意匠のようなものは彫られておらず、ただのっぺりとした無機質な表面に小さな穴がいくつも連なる形で開いているだけ。

 外部からは見えないがその厚い輪の中には穴と同じ数の極めて小さな注射器が内蔵されている。その細い針が軍輝の首に向かって伸び、音もなく突き刺さった。


「ぐっ」


 鋭い痛みに声を上げながら彼は術式の作動に入る。

 針を伝って首輪の穴から外へと噴出した血液の量は、明らかに致死量を越えていた。通常であればそれだけの血を失った時点で意識どころか生命活動すら保っていられまい。


 しかし、彼は平然とした表情で歩き続けた。

 やがて大量の血液は重力に逆らって首輪の周囲に纏わりつき、ぐるりと一周してから先は天を仰ぐように末端を上へと伸ばす。

 事前に吸収しておいた他者の血をも内包したそれは主となる軍輝の血を軸として、名を表すかの如く風を受けたなびくマフラーにも似た姿へと変貌していく。


「んじゃ、やろうか相棒」

『ああ。手早く済ませよう』


 血流操作と回復術式、その他諸々の身体操作関連の魔術が無数に組み込まれた首輪型グリモアーツ“ヒーローマフラー”。


 英雄を名乗る死神の鎌は、着々と目前の監獄病棟にその刃先を近づけていた。



   *     *     *     *     *     *



『そんじゃアッサルホルトの責任者の方、とりま囚人をまとめてご提出くださーい! 提出期限は今から一時間後でーす!』


 二本足で立つ小山のように巨大な家屋。

 そんな異常な存在からご機嫌な声が轟いた。


「オイオイオイなんだあれどうすんだあたしら!?」

「知らねーよっつかなんで二種類目とか出してんの!? グリモアーツって一人一つじゃないの!?」

『双方落ち着いてください』


 病室で狼狽しながら右往左往する圭介とエリカにアズマが冷え切った声を投げる。


 しかし無理もない。巨大なグリモアーツを操るテロリストが第二の兵器を持って襲撃してきたのだ。

 この事態を受けてもまだ冷静さを維持できているガイが、窓の外とテレビの画面を交互に見ながら険しい顔で鼻息を漏らす。


「いつぞやニュースにもなった城壁防衛戦のやつか。以前使ってたのとは別の代物持ってきたようだが」

「あれ、本当に冷静な人がいる……。もしかしてグリモアーツを二つ持ってる人ってエリカ以外にもそこらへんにいたりします?」

「あのわけわからん物体が本当にそうかはともかく、理論上でも複数グリモアーツを持つのは不可能じゃねえのさ」


 言って自身の腰を指で軽く叩く。騎士の手によって為されるその動作が示すものを、真っ先に察したのはユーだった。


「“シルバーソード”……つまり武装型グリモアーツですか」

「まぁ野郎は前の戦いで【解放】したって話だし武装型とは違うんだろうが、他にも排斥派でそういう奴らがいくらでもいただろ。見たところおつむは……多少イカれてるようだが優秀そうな相手だ。今更そこまで驚くようなもんでもねェさ」


 そう呟いたガイがベッドから両脚を下ろして座り込むような姿勢になる。応戦するつもりかどうか定かでないものの、仮に逃げるにしても寝たままではいられまい。

 彼が自身の脛に手を当てながら様子を確かめていると、圭介のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。


「……セシリアさんからだ」


 薄々そんな気はしていたので驚くようなこともない。早急に出る。


「はい、圭介です」

『セシリアだ。そちらの状況は簡単にだが聞いている。今、どこに何人集まっているかをまず教えてくれ』


 奇妙なまでに情報の伝達が早く、誰か監視でもつけているのではなかろうかと警戒しつつも現状それどころではない。


「ガイさんの病室に全員いますよ。いつものメンバーに、それからコリン……城壁防衛戦にいたレプティリアンの女の子です、彼女も」

『なるほどわかった。すまんが圭介、一旦全員で避難所まで移動してくれ。そこで具体的な話をしよう』

「わかりました。それじゃ……!?」


 通話の途中、圭介が展開していた【サイコキネシス】の索敵網に反応が示された。


 窓の外で暇つぶしのつもりかステップを踏む一軒家、マティアス曰くグリモアーツ“イエロースポイル”なる異常存在とは別に後方から二つ。

 それぞれ異なる角度から襲撃してきた何者かが接近してきている。


 片やずるりと地を這う頑強で長大な何か。

 片や無数の刃を全身に携えた素早い何か。


「待ってくださいセシリアさん! 何か近づいて――」


 瞬間。

 二つの存在が別々の箇所でアッサルホルトの外壁に接触すると同時、盛大な破砕音がその場にいる全員の耳朶を叩いた。


「うぉああああ!?」

「何ちょっと! また何か来たの!?」

『留置施設がある東側と山岳部に接する南西側からそれぞれ音が響きましたね。加えて双方から強力な魔力反応が観測されています』


 地響きに倒れないよう下半身と背筋に力を込めつつ“イエロースポイル”を見る。今の衝撃に対して反応を示した様子はない。

 ただ、テレビ画面の中のマティアスは手をポンと叩きながら『ああ!』と声を出していた。


『失敬失敬、ワタクシとしたことが言い忘れていました! 今回は二名の部下も別の方面から駆けつけておりますので、要求を飲まず犯罪者を逃がすという選択肢は予め捨てておくのがよろしいでしょうね!』

「相変わらず後出しで厄介な真似してくるなあの科学者ヅラ! 前に粉地獄で似たようなことあったぞ!」

『どうしたケースケ、何があった!? 粉地獄とは何だ!?』

「あー思い出したくないの、ていうか考えてみたら多分あの時ケースケ君にパンツ見られてたの……」

「あァ!? どういうこったケースケてめゴラァ!!」

「余計な記憶呼び覚まさなくていいし余計な反応しなくていいんだよ! 状況考えろ! 発端僕だけど!」

「ノックもなしに失礼します!」


 収集がつかなくなってきたところで病室のドアが突如開く。


 次は何かと全員が警戒態勢に入るも、室内に転がり込んできたのは白衣を着た医者だった。

 その顔を圭介は憶えている。かつてヴィンスの仮初の死を告げ、つい最近ではガイの定期検診をしていた人物。

 アッサルホルトが誇る名医、ベンジャミン・デナムだ。


「皆さん無事ですか!? すみませんけど無事ならすぐに移動してください、案内しますんで!」

「ま、実際ここでわやくちゃしてたってなんにもならねえ、行こうぜ学生諸君。そんでもってその前に……おいセシリアぁ!」


 既に歩行も安定しているらしいガイが圭介に近寄ると、彼の耳元に近づけられたスマートフォンに向かって声を上げる。思わず圭介がのけぞるも彼は声を抑えない。


『その声は……ガイか?』

「多分お前だろ? どうやらやっこさん新手を連れてきたみてぇだ。多分姫様からの勅令待ちなんだろうが向こうは一時間しか待ってくれねえようだし、そっちのペースに合わせてちゃいずれにせよ手遅れよ。もうこうなっちまったらアッサルホルトの常駐騎士団とこっちの戦力で応戦するしかねェんだわ」


 ある程度の諦観を宿したかつての騎士は、しかし闘志を失わずしてそこに在った。

 型破りな動きをする厄介者ながら民草を護らんとする彼の言葉は相応に重い。


「後でいくらでも罰則受けてやる。だからここは独断で動かせてもらうぜ、王城騎士様」

『……ケースケ。一旦ガイに変わってくれ』

「あ、はい。耳キーンなってて声が遠いなァ」


 通話をガイに譲ると彼はセシリアと二言三言ほど交わし、すぐにスマートフォンを返却した。

 二人ともルールに従う形では間に合わない状況下だと理解した上でやり取りしたのだろう。ガイはどこか満足げだし、次に聞こえたセシリアの声には若干の疲労が滲む。


『ケースケ』

「はいはい圭介です。どんな感じにまとまりました?」

『とりあえず現地に常駐している騎士団の指示を受けろ。こちらは姫様に状況を説明してから判断を仰ぐ。私から言えるのはそこまでだ』

「ぇあ、はい。じゃあ切っても大丈夫ですかね、さっきからお医者さんがめっちゃ切羽詰まった顔してこっち見てきてるんで」

『ああ。健闘を祈る』

「はいどうも。……あ、大丈夫です。行きましょう」

「急いで急いで!」


 通話を切ると同時、ベンジャミンに声をかける。彼は焦った様子を隠さずにその場にいる全員を急かし始めた。


「国防勲章持ってる騎士団志望の学生が同じ空間にこんだけいんだぞ! 何かやらかそうもんならいくら僕とはいえクビにされてもおかしくないんだよ! うわー勘弁願いてぇ、なんでこんな不幸なんだろめちゃめちゃイライラしてきた!」

「正直なおっさんだなオイ」


 半ば引っ張り出されるようにして病室を後にする。

 この時点で圭介はある予測を立てていた。


(僕らも戦わないわけにいかないんだろうな)


 これまでの戦いを振り返り、自分達がどう動くべきかをイメージしながら。

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