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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十章 第二次“大陸洗浄”突入編

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第十話 見舞い騒動

「なんだか大所帯になっちまったな」

「でもそのおかげで私は気が楽になったの」


 エリカとコリン、小柄な少女二人が金と白の長い髪を揺らしながら圭介の前を歩く。頭にはアズマの重みがあり、隣りにはユーが並ぶ。

 背後ではミアとレオの二人が談笑していた。最近少しいい雰囲気になりつつある彼らを微笑ましく見守りたい気持ちはあれど、片方がもうすぐ王都から去る事実を思うと友人としてどうにも歯痒い。


 圭介及びパーティメンバーがコリンとレオも交えた状態で向かう先は監獄病棟アッサルホルトだ。


 王城騎士であるコリンの父親が個人的に交流を持っていたというガイに、何かしら見舞い品を贈りたいと言い出したところから話は始まる。

 最近[デクレアラーズ]により進められている第二次“大陸洗浄”の影響を受けて王城内は忙しない。そこで自分の時間を割けないと判断したコリンの父親は娘に贈り物を届けるよう言いつけた。

 しかしコリン自身はガイと面識がなく、届けるだけ届けて早々に立ち去るのも気まずいところである。ならばと共通の知人である圭介達に声をかけ、最終的にいつものメンバーと相成ったのだ。


「初対面だからって気ぃ遣うような相手でもないけどね。何なら距離感バグってて鬱陶しいレベルだよあの人」

「そんなん相手にするんだったらやっぱり一人で来なくて正解だったの。それにここまでの道のりもやたらと時間かかったし、話し相手がいないと多分退屈過ぎてキツかったの」


 確かに、と圭介も思ってしまった。


 アッサルホルトは監獄病棟という性質もあってか郊外から更に外れた場所に位置しており、その周辺環境は居住区というより城壁の外側に近い。

 ぐるりと見渡しても街どころか民家さえ見当たらず、広大な緑地と道路の他に存在しているのは工事中の製菓プラントくらいである。バスが通っていなければ学生だけで来訪できる場所ではなかっただろう。


 出入り口で警備員に身分証明書となる学生証を見せ、手続きを済ませて施設の中へと入る。流石に勲章を持っていても学生が素通りできる場所ではない。

 自動ドアを通過した先は清潔な純白の空間だ。来客を安心させる作用でも期待しているのか、そこかしこに設置されている照明器具は暖かな橙色の光を宿していた。


 しかし、それだけでは拭いきれないものがある。


「独特な雰囲気っすね……」


 初めてこの場所に来たレオの言葉は圭介が以前ガイに呼ばれて来た時に抱いた感想そのままだった。


 比較的模範囚が出入りしているとはいえ、罪人の身柄を全体に宿す施設の一画だ。当然ここにいる全ての囚人が真っ当な倫理観を有する人間というわけでもない。

 加えてすぐ近くに建っている留置施設にはより悪意に満ちた加害者側に立つような連中もいるだろう。この場所に務める者、訪れた者、全員に相応の覚悟が必要となるのである。


「言うて急に犯罪者が飛び出してきて殴りかかるわけじゃねーんだ。堂々としてりゃいんだよ」

『来訪者を襲うような真似をすれば囚人の方もデメリットが大きいでしょうし危険性は低いものと思われます。何よりグリモアーツは没収されているでしょうから安心していいかと』

「……なら、まあいいんすかね」


 エリカとアズマの言葉にひとまずは安心したのか、レオがホッと胸を撫で下ろす。

 正直な話、圭介としても気分的にあまり立ち寄りたくない場所だ。彼の気持ちはわからなくもなかった。


 ナースステーションで必要な確認を済ませた一行はエレベーターで四階に移動し、ガイの名札がある病室のドアをノックする。


「ガイさーん。僕です圭介ですー」

「おーぅ、来てくれたか。入りな入りな」


 促されるまま病室に入る。

 中を見るとベッドの上でガイが肩をぐるぐると回していた。


「ちーっす青い鱗のおっちゃん。久しぶりだなぁ」

「どうもー」

「おうおう綺麗どころが随分とまあ集まってくれたもんだ。つっても俺ドラゴノイドだからそのへんの基準よくわかんねーんだけど」


 お世辞をお世辞とわかるように言い切る無礼さは変わらずといった風情だが、運動不足の状態が続いているせいか落ち着きがない。先の腕の動きも肩こりをほぐす意図があってのものだろう。


 早速コリンが前に出て彼と目線を合わせる。


「初めまして、ガイさん。私はイライジャ・ダウダルの娘でコリンっていうの」

「……あーあー、お前さんがコリンかぁ! 話にゃ聞いてるぜ、こっそりパッド買ってるんだっけ」

「あのクソ親父他人に何漏らしてくれてんだぶっ殺すぞ!」

「落ち着けコリンちゃん、あと語尾忘れてっから!」


 思わず両腕に鱗を発生させるコリンをエリカが羽交い締めにする。


 因みにレプティリアンはヒト型爬虫類という特徴から女性であっても胸部に膨らみを持つ個体が存在しない。母乳を持たない種族が背負う悲しき宿命であった。


「はぁ、はぁ……とりあえずクソ、じゃなかった父からのクソ、じゃなかったお見舞い品なの」

「おっ、なんだなんだ食い物か?」

「暇つぶし用の小説なの」

「つまんねっ。クソで合ってるじゃねえか」

「クソ失礼なの」


 下品な言葉の応酬を経てどうにか目的の品は渡せた。とはいえせっかく遠出してまで見舞いに来たのに物を置いていくだけというのも味気ない。

 何か話題は、と少し考えを巡らせる空隙にガイの声が挟まれる。


「そういやちょっくら気になってる話があるんだけどよ」

「はい?」

「ここだと今もらった小説以外にゃそこにある備え付けのテレビくらいしか暇ぁ潰せるもんがなくてな。んでぬぼーっとニュース見てたらアーヴィング国立騎士団学校の話が出てきたんだわ」

「……あー」


 ガイの言い分がどこに向かっているのかをその場にいる全員が察した。

 恐らく先日中等部で発生した男子生徒グループの失踪事件についてだろう。


「[デクレアラーズ]は他でも色々やらかしてるみてぇだがお前らの周りは大丈夫なのか? 悪さしてなきゃ向こうは何もしてこないなんて言い切れねえだろ、ケースケ君とこにそいつらの親玉が乗り込んできたっつー話もあるわけだし」

「ですね。しかもあのアイリスとかいうやつ、底が知れない」


 率直な印象を口にしつつ圭介は幼い少女の不敵な笑みを思い起こす。

 カレンのように何らかの魔術で外見を変えているのかもしれないが、少なくとも見た目通りの年齢というわけではあるまい。


 いとも容易く躊躇すら見せずヴィンスを殺害し、王都の地下に隠蔽されていた初代王妃の死体を転移魔術で強奪する。手段を選ぶ相手ではなく、だからこそ圭介に今後どのような関わり方をしてくるのかわかったものではなかった。

 正直なところ今もいつ来るかわからず内心穏やかでないが、そこは持ち前の図太さとこれまでの経験から醸成された精神力で耐えるしかない。


 難しそうな表情のエリカが腕を組みながら口を挟む。


「ウチの学校以外でも結構ああいう事件あるみたいだな。ご丁寧に遺族に向けた手紙書いて残す事案もあれば不良が行方不明になったり殺されてたり」

「手紙はヤバいわ。あれは常軌逸してる、マジで」


 ミアが嫌悪感を露わにしながらかぶりを振る。

 単純に残虐な行為というだけではないだろう。実家で多くの家族と繋がりを強く持っているからこそ、遺族に向けた精神的追撃を度し難く思っているようだ。


「第二次“大陸洗浄”を謳うだけあって犯罪者ばっかり狙ってるから、被害の規模や死者数に対して世間ではあまり強く問題視されてないの。ていうかネット掲示板とか見ると割と応援しちゃってる人すら一定数いるの」


 言ってコリンが溜息を吐き出しつつスマートフォンをいじって一同に見えるよう画面を上に向ける。


 表示されるのはインターネット上に存在する有名な匿名掲示板。圭介としてはこんなもの作るなよと転移して間もない頃に思ったものだが、こうしてみると表では言えない人々の本音が垣間見えてなかなか至便に思えてくる。


【ラケルちゃん】第二次“大陸洗浄”専用スレPart9【prpr】。

 それがスレッドのタイトルだった。


 書いてある内容は大半が最近あった事件から[デクレアラーズ]の動向を追いつつ称賛するものであり、将来的な不安や今後生じるであろう様々な問題について言及する意見は散見されるものの少数派だ。


 他にも殺された学生から生前いじめを受けていたという学生の書き込みに、[プロージットタイム]で“黄昏の歌”に救われたという女性の体験談まで記載されている。

 果ては公共の電波をジャックして[デクレアラーズ]の活動内容を放送したラケルなるバーチャルタレントのファンアートまで存在した。


 情報の内容こそ過激だが真偽は不明、その方向も五里霧中。

 ただ「犯罪者が死んでも自分達には関係ない」「より世の中が過ごしやすくなったならそれでいい」という考えが拡大していく様子だけは見て取れる。


「……なんか段々わかんなくなってきたっす。やってるのは犯罪だけど、この人達がいなかったらずっと食い物にされてた人もいたんすよね」

「それはそうだ、否定できねえ。だがそれで悪いことした相手ぶっ殺して許される社会ってのも決して健全たぁ言えねえのさ」


 弱音をこぼしたレオにガイが応じた。彼は騎士として生きてきた経歴もあってか、こういったところで感情に譲らない。


「俺ら騎士団や王族の力は完璧なもんじゃねえ。人間だって完璧な生き物なんかじゃねえ。集まりゃ悪事を働く野郎も出てくるのが当たり前だし、それを全部防ごうったって上手くいかないのが普通だぜ」

「そりゃ、そうでしょうけど……」

『犯罪率を完全な0にするためには法律と人類のどちらかを失わなければなりません。これは統計的必然です』

「つってももちろんやれ殺しだ盗みだ見ていく中で無力感やジレンマだってあらぁな。けどなあんちゃん、決まりを作ってまとめてもっと正しい形になれるよう努力して、ってやってく中でこうして病院ができて学校もできたんだ。それが国ってもんだ」


 レオに言い聞かせているようで、半ばガイ自身に言い聞かせるような言葉だった。


 彼も騎士団での経験を通して納得いかない事態を幾度も見せつけられ、そして受け入れてきたのだろう。

 だからこそ[デクレアラーズ]のような存在を許せない。感情ではなく論理によって、許すという選択肢があり得ないのだ。


「こうして国から色々してもらってる以上俺ぁ奴らを許すわけにいかねえ。まあこれは俺個人が勝手に感じてる義理の話だが、ケースケ君が奴らの側につかなかったのも大体そんな理由なんじゃねえのか?」


 言われて圭介は考える。


 異世界に来てから飢えずに済んだのはアガルタ王国の法制度、客人に向けて整備された社会側からの支援による恩恵が大きい。だからこそ構築された人間関係もある。

 パーティメンバーや友人達はもちろん、これまで知り合った人々も圭介からしてみれば世話になった人ばかりだ。


 騎士団学校で校長を務めるレイチェル。たばこやで世話になったパトリシア。

 王城騎士のセシリアと第一王女のフィオナ。テディを筆頭とした城壁常駐騎士団の面々。

 アスプルンドのルンディア地質調査隊に、念動力魔術の師匠たるカレン。

 ロトルアで知り合った[バンブーフラワー]にアルフィー率いるトラロック騎士団。

 エルフの森自警団にユーの母親であるメレディス、負い目はあれどユビラトリックスの領主であるアラスターとも関係は繋がっている。


「義理の話するなら、確かに結構いるなあ」


 帰りたいという気持ちに変わりはないが離別するには惜しい人も多い。

 ふと室内にいる顔ぶれを確認してから少々複雑な気持ちに満たされ、圭介は何となく誰の顔も見ないよう窓の外に視線を飛ばした。


 だから気づけた。


「……ん?」


 手前側に留置施設らしき背の低い建物があり、四方には緑地が広がっている。

 そんなある種長閑(のどか)とも言える風景に不釣り合いなほど、巨大な魔術円が空中に展開されていた。


 色は、空色。


「まさか」

『レッディ――ッスアンッドジェントルメーェェェェン!!』


 異変を知覚した瞬間、病室に備え付けられていたテレビが唐突に起動する。

 映し出されたのは何らかの操縦席と思しき背景。

 そして白衣を纏った痩せぎすの男。


 かつて城壁を襲撃した客人、マティアス・カルリエであった。


『アッサルホルトにお勤めの皆さんお住まいの皆さんこーんにーちわー! みんなのお友達、マティアスお兄さんだよ!』

「うわコイツ!」

「また来たの!?」

「コイツね、城壁に巨大ロボットのグリモアーツけしかけてきたとんでもないやつでね」


 エリカとコリンが露骨に嫌そうな顔をする。ミアに至ってはレオに愚痴めいた説明をしている始末だ。

 ユーは圭介が発見した外の魔術円を見て既に臨戦態勢に入っており、瞳孔が開いている。


『先日いよいよとうとうやっとこさ第二次“大陸洗浄”が始まったのでぇぇぇ、とりま全然反省してない囚人とか違法行為に及んじゃってる病院関係者とか? そういうのまとめて殺しに来ました! 再犯なんて、絶対にさせないぜ!』

「無駄にいい声で何言ってるんすかこのおっさん?」

「いやそれどころじゃないって、コイツの言い分が本当だったら……」


 焦る圭介が見つめる先で空中に展開された魔術円が光を強めていく。

 案の定転移魔術の術式であったらしく、何も存在しなかったはずの空間に巨大な塊が出現した。


 縦に回転する藍色の飛空艇――ではない。


 獣の如く折れ曲がった形状の両脚で緑の大地に降り立ったそれは、三角屋根を有する民家。

 全体的に黄色い素材で構成された外観は一見して絵本に描かれていても違和感がない、子供の落書き然としたある種の微笑ましさを含んでいる。


 ただ尋常ならざる大きさだった。

 圭介がこれまで見てきた建造物と比較するなら騎士団学校の校舎よりも一回り大きい程度の体積を誇る。玄関のドアや窓なども総じて通常より遥かに広い面積で存在しており、まるでおとぎ話に登場する巨人が出入りするのを前提としているかのようだ。


 金属部品で構成されている逆関節の二本脚に支えられた巨大な家。

 そんなわけのわからない存在が今、圭介達の前に現れたのである。


「え、何すかあれ!?」

「いや知らない……。てかちょっと待って、まさかと思うけど」


 動揺を示すのはレオだけではない。圭介も、そして他の仲間達も例外なく驚嘆するばかりである。


 誰も知らない、ということは。


『ご覧下さいこちらがワタクシの()()()グリモアーツ! その名も“イエロースポイル”にござーます!』


 本来ならばあり得ないはずの現象。

 マティアスが単独の身でありながら、以前とは異なるグリモアーツを使っているということだった。

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