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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十章 第二次“大陸洗浄”突入編

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第九話 洗浄されゆく大陸

 合図として決めていた回数、定められた間隔のノックがコンコンと室内に響いた。


「セシリア・ローゼンベルガー、入ります」

「どうぞ」


 扉一枚隔てての短いやり取りを終えてセシリアは声の主が待つ部屋に入る。


 アガルタ王城三四階に設置された特別会議室は閑散としており、長方形のテーブルとソファが存在するだけだ。スクリーンや充電用の配線はもちろんホワイトボードさえ見当たらない。

 技術大国の王城上層階にある部屋としては殺風景と称してもいいだろう。


 グレーのカーペットと白い壁、天井に埋め込まれた照明器具。

 それだけがその空間を彩る全てである。


 そんな中に美しく(たお)やかな少女が一人、入室とほぼ同時に敬礼したセシリアを見つめながら静かに微笑んでいた。

 白いドレスに身を包み、絵画よろしく可憐な姿を額縁の外に顕現させている存在。


 第一王女フィオナは今日も見目麗しい。


「お疲れ様、セシリア。座りなさい」

「失礼します」


 本来であればこういった場合、セシリアとは別の騎士を四人呼び出して二名を王女の左右、二名を出入り口に配置するのが王族としては正しい所作である。

 しかし今回この部屋をセシリアの名義で借りたフィオナは彼女以外が来ることを許さなかった。


 こうした形式での手続きは王城において珍しいものではない。

 常時どこかに誰かの目と耳があると思いながら、聞いた話は信頼できる他人同士のものであっても明確な根拠がない限り疑わなければならないのが王城というものだ。


 今この瞬間においては、王族として結界魔術の扱いに長けたフィオナだからこそ何も準備せず会話に臨めている。これが他の人間になると会話の傍受や覗き見、果ては部屋の爆発にさえ備えて相応に機材と装備を整えなければならない。

 セシリアが鎧を着た状態で特別会議室に入ったのもそういった体裁を保つためだった。


 そんな王城で彼女達が話す内容となれば、もちろん相応に重要な意味を含む。


「[デクレアラーズ]の動画が大陸全土に流されてから三日が経ったわね。あれから世間の動きはどうかしら?」

「まずアガルタを除く三大国家……ハイドラ王国とラステンバーグ皇国から説明させていただきます」


 言いつつセシリアが持ち寄ったバッグからファイルを取り出し、その中にある書類を抜いてテーブルに置いた。


「ハイドラ王国リール地方のデルフィンでは、[クリームカラーワークス]が一夜にして壊滅しました」


 ビーレフェルト大陸において社会情勢を学んでいる人間ならば、この時点で耳を疑うような話である。


[クリームカラーワークス]はハイドラ王国において悪名高い犯罪組織の一つだ。主に違法薬物の売買を収入源としており、構成員の数は一万にも及ぶと言われている。

 それがたった一夜で壊滅とは何事かと向こうにいる権力者の多くが怒鳴り声をあげただろう。


 しかし相手はあの“黄昏の歌”平峯無戒が属している組織である。フィオナも最悪のケースを常に想定しているため大きく動揺はしない。


「殺害された構成員は全て物理的な致命傷によって絶命しており、使われた魔術は未だ不明。身体強化術式を使った客人複数名による犯行の可能性が高いと現地の騎士団は判断しているようです」

「まあ単独ではないでしょうね」

「ただ、そう考えたところ疑問が二点残ります。犯行現場の範囲が広い割に推定犯行時刻があまりにも短く、周辺の目撃情報を集めてもそれらしきグループの存在は見えなかったとの話です。また魔力反応を計測したところ検出された魔力因子は一人分だったという情報もあります」


 確かにそうなると話は大きく変わる。特に魔力反応が一人分のみ、というのは不自然に過ぎた。


 可能性としてあり得るのは一人が味方全体に身体強化の術式を仕込んで、強化を受けた他の面々が手ずから殺しにかかったというシチュエーション。

 しかしそうなると身体強化の影響を受けた何人もの人間が街中を移動しているはずであり、そういった目撃情報がないという最初の疑問にぶつかってしまう。


 様々な状況を考えるもはっきりとした結論は出ない。機材を用いず転移魔術を使う客人が率いているならもはや何でも起こり得る。

 そう割り切ったフィオナはこの件を深く考える段階にないと断じて、次の話題へと促す。


「……わかりました。ラステンバーグ皇国の方は?」

「ウォルビス県の孤児院にて預かっていた児童に極めて悪質な虐待を加えていた職員が殺害されています。死体はバスケットボール大に圧縮されており、検出された魔力反応は重力魔術の痕跡を示していました」


 重力魔術。

 その言葉は二人の表情に暗い影を落とした。


 念動力魔術にも匹敵する希少価値を有しており、単純な脅威の度合いで言えば攻撃を目的とした魔術の中でも最上位に食い込む系統だ。

 これを犯罪組織に属する客人が使っているとなれば非常に厄介な問題となる。小規模国家の王城程度なら単体で制圧できても不思議ではないし、そんな存在が大陸各地で暴れれば当人の戸籍によっては極めて深刻な外交問題にも繋がりかねない。


 適性を持つ者が少ない関係で使う人間は限られる。

 なので個人の特定は容易だが、それが誰であっても頭痛の種にしかならないのは明白だった。


「ケースケさんが他国で破壊と殺戮の限りを尽くしているようなものね」

「我が国には重力魔術の使い手がいないのでまだ憂いもありませんが、諸外国にとっては冗談になりません。唯一の救いは無辜の民に手出しをしていないところです」

「それならいい、とはならないから問題なのよ。……次は? 他にもあるでしょう」

「はい。ホラガルレス帝国では――」


 それからもセシリアによる[デクレアラーズ]の犯行と思しき事件は次々と報告されていく。


 読者を煽動するような内容の記事により無実の一家を離散に追い込んだ週刊誌編集者の母親が、介護用ベッドの上で心臓を貫かれ絶命していた。

 過去に様々な裏切りを経験し人間不信となっていく中で唯一信頼できていた相手を失った記者は、現在自宅に引きこもっている。精神的ダメージの大きさを思えば社会復帰まで時間がかかるだろう。

 何より[デクレアラーズ]が活動し始めたばかりであるこの時期にこんな事態が発生してしまった以上、自身の記事が巡り巡って母親を殺したと考えてもおかしくなかった。恐らくもう二度と筆を握れない。


 同級生に売春を強要していた女子中学生は自室にて目の前で愛犬も含んだ家族全員をソファに加工された。言葉だけでは絵面を想像しづらいが言葉通りの意味である。

 発見当時、表情を失った少女の前には人間と犬の皮膚で覆われた奇妙な肉塊が置かれていたらしい。そこから採取された細胞が彼女の両親、弟、姉、そして犬のものであると結論づけられた。

 少女は施設に身を預けてから未だに言葉を発しておらず、過度のストレスによる失声症の疑いが持たれている。


 とある山村では数々の違法行為によって私腹を肥やしていた村長グループ及びそれらと癒着関係にあった現地騎士団が、毎週開いていたという酒宴の中で屋敷ごと雷に幾度も打たれ全員漏れなく死亡した。

 当時そのような規模の攻撃が可能となる人間は生き残った村民の中にいない。しかし数秒の間に複数回同じ地点に雷が落ちるなどあり得ないと考えたため、騎士団側はこれを人為的なものと推定。現在も捜査を進めているが実行した個人の特定には至らないままである。


 その他多種多様な事件の数々を確認し、フィオナは深く溜息を吐く。

 王族が王城でこのような行為をするべきではないのだが、今回ばかりは誰にも咎められないだろうと半ばやけくそになっての行動である。


「それで、我がアガルタ王国においてはどうなの?」

「先日アーヴィング国立騎士団学校にて中等部の男女に対する暴行と恐喝、小等部校舎内での放火の疑いを持たれていた学生数名が一斉に行方不明となりました」


 真っ先に出てきたのは、王都からほど近く東郷圭介にも関わる内容だった。


「更には[デクレアラーズ]の構成員を名乗る人物による貼り紙が校門前に掲示されており、その内容には彼らの死を示唆する文章も記載されていました。ゾネ君主国での大学生グループ失踪事件と同じ手口であり、更に言えば♥の6と名乗る点も共通しています。同一犯の可能性が高いかと」

「……なるほど。他には?」

「ロトルアのバスカヴィル留置所が“黄昏の歌”に襲撃されました。中にいる囚人達の四割はその場で殺害され、[デクレアラーズ]所属と見られる客人二名が彼に引き連れられる形で脱走。これを受けて騎士団と法務部の中からは不安の声が上がっています」


 以前もロトルアに“黄昏の歌”が出没したと聞いていたが、どうやら彼はアガルタ王国にしばらく身を置くつもりでいるらしい。


 極めて厄介な相手である一方、悪いことばかりでもなかった。彼は無駄な犠牲を厭う関係で巻き込み事故の発生を回避しようとする傾向にあるし、“大陸洗浄”において他の国々も最後まで対処できなかった存在だ。

 これから[デクレアラーズ]なる組織がどう動いたところで、言い方は悪いが他の被害と比べればある程度の面目は立つ。


「次に、先日レッドメイン・バトル家の屋敷内にて起きた大量虐殺事件についてですが」

「今一番大きなニュースね。聞きましょう」


 そんな甘い考えを一瞬でも持ってしまったがゆえに、フィオナは続く報告で耳を疑う羽目となった。


「現状、外部の人間が侵入した形跡及び魔力反応が検出されていません」

「なんですって?」

「外部から介入した痕跡が見当たらないんです。どころか屋敷内にいた者達は、互いに魔術を用いて殺し合ったと見て間違いないという鑑定結果まで出ています」

「……それは」


 フィオナもセシリアもこの件に関してはただひたすら困惑するしかない。


 レッドメイン・バトルは過激な思想を持つ排斥派としても知られるが、それだけの存在では決してなかった。


 農林担当大臣という役職を持った貴族、それも国に長く名を残してきた伯爵家だ。彼らが住まう屋敷ともなれば当然セキュリティに配慮した立地と設備を当然のように備えている。

 だからこそ実行犯が逃げ切る可能性は著しく低く、仮に逃げおおせたとしても個人の特定など容易であるはずだった。


 しかし調査結果は内部にいる人間同士の殺し合い。外部犯の介入としか考えられない状況において、他者の気配が一切しない。

 到底そんな事態になり得ないはずの出来事が現実となってしまっている。


「騎士団では内部犯によるものという方針で調査を進めようとしていますが、現場から特殊な薬物や毒物などは検出されていません。加えて生存している屋敷関係者の当時の行動を調べたところ全員にアリバイがありました」

「では突然屋敷の中にいる人々が互いに互いを攻撃し合った、と?」

「今出ている情報からはそうとしか言えません。が、先にアリバイを証明した生存者曰くそのような凶行に及ぶ兆候は一切なかったと」


 不気味、の一言で済ませるなどできない話だった。


 仮にこれも[デクレアラーズ]が関与しているのだとしたら、彼らの隠蔽工作技術は騎士団の調査能力を上回っている。

 即ち貴族の屋敷程度のセキュリティでは防げない手段で、騎士団では実行犯を特定できない形でいつでも権力者を殺害できるということだ。


 どういった方法で証拠を消しているのか。いかなる魔術で大勢の人間を錯乱状態にして殺し合わせたのか。

 それらが判然としていないため対抗手段など誰も持っていない。次の犠牲者が出るとしてもそれを未然に防ぐ手段がない。


 大陸全土において悪徳な行いをする者は、身分も罪の重さも問わずまとめて彼らに命を握られている。

 現状[デクレアラーズ]相手に先手を取る手段が全くない。また誰かが狙われるのを待つばかりだ。


「……この分だとまた誰か特定の地位に立っている者が殺されるでしょうね。頭が痛いわ」

「心中お察しします」


 もはや弱音を隠す必要すら感じない。どうせこれを傍受しているような輩がいたとして、そこに下卑た悪意があれば王族を貶めるよりも自らの身を守る方に意識を割くだろう。


[デクレアラーズ]の影響で犯罪率が低下し、国会での議決特有でもある足の引っ張り合いが減少する。

 そんなあるべきでない明るい未来が今から見えてしまい、それがまたフィオナにとって不快だった。


「こちらから報告すべきと判断した事案は以上となります」

「ありがとう。ケースケさんの様子はどうかしら? 勧誘を受けたという報告が入ってから一日経ったけれど」

「今のところ彼に[デクレアラーズ]と手を組む気はないようです。一応彼が目指している元の世界への帰還を交渉材料にされたようですが、その上で拒否するとのことでした」

「そう。ただ万が一を考えなければいけないわ。もう護衛という大義名分はないけれど、引き続き彼の動向を追いなさい」

「はっ」


 少なくとも現時点で圭介が社会に牙を剥く可能性は低い。ならばそこまで強く警戒する必要はないだろう。

 そう判断してセシリアに命を下したところで、ようやくフィオナは束の間ながらも現状を整理するための暇を得た。


(目立つ事件以外にも行方不明者、不審死の報告が増えている。全ての[デクレアラーズ]構成員がロトルアのテロリストグループと同等かあるいはそれ以上の能力を有しているなら、あまり悠長に構えていられない)


 平峯無戒に気を取られがちだが当時[プロージットタイム]を襲撃していた他二人の客人も充分な脅威である。

 あの二人を相手に遊園地という限られた面積の中で決着をつけられたのは幸運だった。彼らが市街地で被害を顧みず暴れようものなら、確実に大規模な破壊と死を撒き散らしていただろう。


 そんな強力な魔術を操る客人が、もしくはそれを大きく上回る怪物達が自分達の物差しで見定めた“悪”を殺し回っている。


 何人かの貴族が最近体調不良で業務を滞らせてしまっているという報告も別の騎士から入った。つまり後ろ暗い何かがあるということなのだろうが、そこでその貴族や家族が殺害されるような事態にでもなれば国が立ち行かない。


(せめて末端の人間だけでも捕らえられれば……)


 自身も頭痛に悩まされながら次のスケジュールを済ませるべく立ち上がったフィオナは、ふと王城の中においてあり得ないものを感じ取った。


(……何?)


 焼き菓子。

 あるいは蜜。


 そんな甘い香りが鼻腔をくすぐったかと思うと、一瞬で消える。


 もちろん王城の主に話し合いを用途として作られたフロアに、そんなものを持ち込む輩などいない。

 気のせいかと思い直して顔の筋肉を軽く揉みほぐす。見ればセシリアも何か特別気にしている様子は見せておらず、一瞬動きを止めたフィオナに少し視線を向けているだけだった。


 この時フィオナは気づけなかったが、セシリアは彼女が視線を向ける直前に自身の鼻先に軽く触れている。

 まるで何か不思議な香りを感じ取ったかのように。


 違和感の弱さから流してしまった二人だが、今後のスケジュールを思えば無理もなかった。


(疲れているのかしら。とはいえ弱音ばかり吐いてもいられないわね)


 一〇分後には国王直属の騎士団“銀翼”にて新しく任命された騎士団長との午餐会、その次には都知事の不祥事が原因で一度延期していた医療関係での受勲式が控えているのだ。

 くたびれた顔を見せるなど王族の品位が問われてしまう。下々の者は上に立つ者の強さに対して鈍い一方、弱さに対してはそれなり鋭い。


「行きましょう、セシリア」

「はい」


 立て直しが素早かったからか余計な心配をかけずに済んだようだ。

 その事実に内心ほっとしつつ外の通路、そこから先に続く王族としての自由なき一日に思いを馳せる。


 自分は第一王女なのだと強く自覚しながら。


(道化率いる客人の集団が何だと言うのか。私は私を崩さない)


 気高き少女が己を激励しながら騎士を引き連れて部屋を出ていく。

 そうして無人となったはずの部屋の中。


 クスクスという静かな笑い声が響いていた。

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