第一話 勲章を得て
「あー、緊張した……合同クエストん時のスピーチより緊張した」
「気持ちはわからんでもないがもう少しシャキッとしろ。ここは外と別空間だ。常に見知らぬ誰かの目と耳があると思って緊張感を維持し続けなければならん」
「マジでさっさと帰りたい……」
都庁舎での激戦を乗り越えた三日後、圭介達パーティはアガルタ王城内部の会議室にて各々椅子に座っていた。
メンバーではないにしても排斥派との戦いに参加したという点では同じ立場にあるレオ、王城騎士のセシリアも着いてきている。
彼らが城に来た理由を一言で済ませるなら、授章式に参加するためだ。
史上類を見ない規模で王都を襲撃した排斥派との戦いにおいて目覚ましい活躍を見せた一同は、その功績を認められ国から勲章を授けられる運びとなった。
当然だが王族の意志が強く絡むこの儀式は報道機関による中継も繋げられている。圭介としては大袈裟に目立つことに対する忌避感もあったものの、もはや個人の一存で断れる規模の話ではない。
結果、彼らは報道陣の前で第一王女のフィオナから勲章を賜ったのであった。
圭介達が授与されたのはギラン・パーカー国防勲章。アガルタ王国で治安維持及び犯罪抑止に関する働きを見せた者に与えられるものであり、国から一年間毎月二六〇〇シリカの年金が送付される。
「ていうか僕こっちの世界に長居するつもりないし年金含めてこういうの全部いらないんですけど」
「お前、城の中でお前姫様から授章された立場でお前何という発言をお前!」
「あ痛っ、痛いごめんなさいごめんなさいぶたないでセシリアさん! でもこんなもんもらったら絶対に今後えらいことになると思う!」
圭介が何よりも恐ろしいと感じているのは、勲章が有する効果であった。
ギルドや各種大手企業、公的機関などから信用を得られるであろうそれは同時に王家から直接依頼を持ち込まれる要因にもなるのだ。即ちフィオナのみならずアガルタ王家全体との距離感が縮まることにも繋がる。
戦いを経て排斥派の脅威が極端に薄まったとはいえ、あまり国に利用されるようでは肝心の帰還する手段の模索に集中できるかどうかもわからない。
「まあまあケースケ君。私ら全員おんなじ立場になったわけだし、これまで通り負担も一緒に背負っていけばいいんだって。何なら今回の件で直接マイナスになる要素ないんだからそこは考え方次第でしょ」
あっけらかんと話すのは思ったよりもリラックスした状態のミアである。
彼女とレオの二人はバイロン・モーティマーとの激闘の末に、仕方なかったとはいえ相手を殺害していると聞いた。それでもこうして前向きでいられるのは異世界人特有の価値観からだろう。
加えて大家族を抱える彼女の実家は決して裕福ではないらしい。自らの家族に仕送りをしているミアにとって、年金を伴う勲章の授与は何かと助かる側面も大いに持ち合わせていた。
「ミアさんの言う通りっすよ。いいじゃないっすか、ついこないだまでと比べて格段に平和になったんだし」
ミアの隣りに座るレオも片腕をさすりながら彼女に同調する。
彼は彼で何か大きな壁を乗り越えたらしく、その表情に憂いはない。というよりも心なしか晴れ晴れとしている風に見えた。
排斥派の一味が死ぬか逮捕された今、彼がメティスに滞在する意味はない。そのため移動城塞都市ダアトが一ヶ月後にメティス近郊で停車した時、この王都を去る手筈となっている。
圭介としては貴重な男友達がいなくなると思うと寂しくもあったが、王国のどこかに必ずいるとわかれば休日に会いに行く機会もあるだろうと一応の納得を済ませた。
「マイナスになるかどうかはわからんけど、今後ゆっくりはさせてもらえなさそうなんだよなあ……」
「安心しろケースケ。王族が絡んでこなくてもあたしが絡むからどっちにせよゆっくりはさせねえ。とりまテーブルゲーム部からまたボードゲーム借りてきたから帰ったら遊ぼうぜ」
「安眠妨害の罪で逮捕されろお前」
変わらず明るい笑顔を浮かべるエリカは呑気に紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいる。
今回の戦いにおいて彼女は圭介と同じく敵を殺傷していない立場なのだが、セシリア曰く敗北したララの状態は駆けつけた騎士団が真顔で沈黙するほど酷いものであったらしい。何をやらかしたのかは怖くて聞けなかった。
ただ当の本人に罪の意識は皆無なようで、ガハハと笑って済ませていた。深刻な大怪我を負わせたというわけでもないのだろう。余計に何があったのか怖くて聞き出しづらい。
「ところでさっきからユーちゃん静かだけど大丈夫か? 辛かったら言えよ」
「ユーフェミアは最近特に忙しかったからな。これからしばらく収入には困らんだろうし、ゆっくり休んでおけ」
「あはは……ありがとうございます」
心配そうなエリカとセシリアに声をかけられたのは先程からくたびれた様子でうなだれているユーだった。その端整な顔には疲労の他にも様々な感情が混在しているが、師を殺した件は既にどうにか飲み下したようだ。
今回、ユーはただ排斥派による破壊工作とマシューの企てを阻止しただけでなく、国際指名手配犯であるジェリー・ジンデルの討伐報酬もまとめて受け取ることとなった。
ジェリーにかけられていた懸賞金は五〇万シリカ。圭介が日本円に換算したところ、大体七五〇〇万円に相当する大金である。
師匠の命を奪い父の遺品を破壊したストレスはそれらに関連する各種手続きの忙しなさに飲み込まれた。ある意味で丁度良かったと言えなくもない。
「……さて、ケースケ。そろそろ姫様に会いに行く時間だろう。レイチェル殿は既に到着したそうだ」
「わかりました。んじゃ皆、また明日」
セシリアの言葉を受けて圭介が立ち上がる。
勲章を受け取るのも大切な用件ではあるが、圭介にとってはそれよりも重要な話があった。
マシューとの戦いを終えた後で彼とレイチェルの前に現れた一人の客人。
未知なる手段でヴィンスを殺害し、転移魔術でその場から消えた謎多き少女。
アイリス・アリシア。
彼女と彼女が簒奪したリリィ・アガルタの死体についてどうしても話しておかなければならないと判断した彼は、王族と当事者のみによる会合の場を畏れ多くもフィオナに要求したのだ。
結果としてセシリアを経由する形で了承を得た彼は、王城内にある謁見の間で短い時間ではあるが相談するための場を得たのである。
相手は現国王のデニス・リリィ・マクシミリアン・アガルタに第一王女たるフィオナと第二王女のマーシャの計三名。
王妃のレオノーラと第三王女のケイティは今回欠席となった。前者は体が強くないためあまり人前に出ず、後者はまだ幼いという事情が絡む。
それでも相手は王族三人だ。フィオナ一人にさえ苦手意識を強く持っているというのにまさかその家族にまで顔を見せる羽目になるとは、致し方ない事情があるにせよ精神的にしんどい。
増して今回は当時直接その様子を見ていたわけでもない仲間を呼ぶわけにもいかず、圭介一人でその場に向かわなければならなかった。
「んじゃ、行ってきます」
「いってら〜」
「大変そうだし、今晩のメシは俺が奢るっすよ! ファイトっす!」
溜息を漏らしつつ圭介は仲間達に別れを告げ、会議室から謁見の間へと向かう。今回は話し合いの内容が内容であるためアズマも留守番だ。
外装が近代的な城の内部は意外にも石造りの部分が多く残されている。工事に手間と費用がかかるのを思えばそういう選択肢もあるか、と最初は納得していたのだがそうではないとセシリアに聞かされた。
組まれた石材の凹凸は音が反響するように計算して設置されたものだそうだ。つまり非常事態が起きた時、周囲がどれほど騒がしくとも避難勧告や騎士への指示が阻まれることもない。
とはいえその設計もあらゆる術式が開発された現代においては、気遣い程度のものに過ぎないらしいが。
(そらそうだよなあ……いつでもどこにでもワープしてわからん殺ししてくるようなのがいる世の中じゃ、どうしようもないわ)
しばらく歩いた先に豪奢な扉が見えてきた。アガルタ文字で「国王謁見室」と彫られたプレートが壁に埋め込まれている。
感情的な部分がその先にある空間へと参加することを忌避しているが、逃げるわけにもいくまいと覚悟を決めてノックした。
「――入りなさい」
返ってきたのは流れる旋律のような男性の声。決して大きくないはずのそれはみしりと音を立てるかのごとく全身に響く。
ドギマギとしながら「失礼します」と声かけしつつ扉を開けた。
視界に入ったのは直立するレイチェルの背中と、明らかに尋常ならざる雰囲気を纏った三人。彼ら彼女らは一様にして撫子色の頭髪と橙色の瞳を有しており、各々の玉座に腰を下ろしている。
先に聞いた通り王妃と第三王女はいないようだが、今後のアガルタ王国を動かす実質的な権力者は間違いなく目の前にいる三人なのだろう。
恐る恐るレイチェルの隣りに立って、圭介はまず名乗った。
「と、東郷圭介です。本日はお時間いただきありがとうございます」
「アガルタ王国国王のデニス・リリィ・マクシミリアン・アガルタだ。時間が惜しい、早速だが本題に入らせてもらおう」
そう言って圭介の眼を真っ直ぐに見つめるのは四十代後半ほどの美丈夫。
いかなる生涯をくぐり抜けてきたのか、新芽に似た生命力と大樹に似た存在感が同時に濃縮されている。王族としての正装なのか白いスーツに金属製の装飾が加えられた衣服を着ていて、隙のない佇まいを見せていた。
「初代王妃リリィ・アガルタの聖骸なるものを持ち去られたという話は既に聞いた。ただ実物を調査したわけでもなし、国の体裁に関わらない以上現存を疑われているようなものに注力する余裕は今の政府にない」
「は、はぁ」
「それより重要な情報がいくつか報告されている。まずレイチェル校長から聞いた話によると、アイリス・アリシアと名乗った少女はカードゲームのジョーカーを用いて転移魔術を行使したそうだが」
言って懐から二枚の写真を取り出す。
それはどこかで見覚えのある、少年と少女の顔写真。
「実はロトルアの[プロージットタイム]を襲撃した客人も類似した形態のグリモアーツを所有していたことが明らかになっている。ヨーゼフ・エトホーフトの方はカードが破壊されてしまい確認困難だが、ピナル・ギュルセルは♣の6の札を所有していた」
思い起こすのは炎に焼かれ瓦礫の巨人が跋扈する遊園地。
あれだけの騒動がまさかたった三人の客人によって引き起こされたものだとは、今思い返しても信じ難い。
「加えて彼らはあの“黄昏の歌”ヒラミネ・ムカイとも繋がりを持っていたとも聞きます。とはいえ実質的な破壊工作はその両名が主軸となっていたようですが」
学校行事に関わる話題だからか、レイチェルがそれに情報を加えた。
記憶の中で対峙した時の情景が思い起こされる。
炎と瓦礫の中にありながら、巨大な深海生物と目が合ってしまったかのような絶望に頭も肌も冷やされた。願わくば二度と会いたくない。
「“黄昏の歌”は強力な客人であると同時に“大陸洗浄”で積極的に戦闘に参加してきた活動家でもある。それを味方に引き込んでいるならば、アイリス・アリシアの言う[デクレアラーズ]なる組織も類似した目的意識で動いていると想定して然るべきだろう」
「あ、あのっ! そのことについて僕からも一つ、ご報告があります」
そこまで聞いて圭介が挙手する。話の流れを遮るような形になってしまうが、今日この場を用意してもらった理由の一つでもあったため黙っているわけにもいかない。
デニスがふむ、と短く息を吐く。
「言ってみたまえ」
「あ、ありがとうございます。先日僕らパーティはユビラトリックスに行って、そこでフェルディナントという客人と出会いました。怪盗としてあちこちで迷惑をかけている男なんですが」
「その怪盗がどうかしたか?」
「僕、そいつが【解放】する直前に見たんです。持っていたグリモアーツもトランプのカードで、柄は♦のJでした」
「あらあらまあまあ」
報告した途端、楽しげな声が聴こえる。見ればフィオナの隣りにある玉座で十代中頃と思しき少女、第二王女のマーシャが軽薄そうな笑みを浮かべていた。
何か言葉を紡ごうとする気配を感じさせたものの、フィオナからの諌めるような視線を受けて苦笑しながら黙り込む。肩をすくませる動作は本来なら鬱陶しく思えるものだが、彼女のそれに限っては気品を失っていない。
気を取り直して圭介は話を続ける。
「その、それで。本当かどうかはわからないんですが、フェルディナントはあの城壁防衛戦で僕らが戦ったマティアスを自分の上司だって言っていました」
「……[プロージットタイム]襲撃犯に“黄昏の歌”がついていたように、怪盗もマティアス・カルリエと繋がりを有している可能性があったか。貴重な情報の提供、感謝する」
「いえ、そんな」
言葉に反してあまり収穫を得たような反応には見えなかった。
余計な話で時間を使わせてしまったかな、と不安な気持ちにさせられるも話さないわけにはいかない内容だ。
「マティアスが以前襲撃した時の理由も“大陸洗浄”における過激派の思想に即したものだったと聞く。となれば今後の彼らの行動原理は倫理や道徳に反する存在の削除、及び社会全体への意識改革となる可能性が非常に高い」
「……それは、つまり」
「我々は第二次“大陸洗浄”が生じる可能性について考慮しなければならないだろう。ギラン・パーカー国防勲章を授けた以上、今後は君達にも何かしら依頼する機会があるかもしれない」
圭介としては投げ飛ばしてでも手放したい勲章が、早速厄介な働きを見せ始めていた。
だが断る理由もまたない。前向きに考えれば寧ろ圭介にとって望ましい展開とも言える。
マティアス・カルリエと繋がりがあるということは、[デクレアラーズ]が異世界と元の世界を行き来する手段を有している可能性も高いのだから。
「その時には色好い返事を期待しているよ」
「…………はい」
覚悟を決める一方で、一つ確信を得た。
排斥派との戦いを終えたからといって、安寧を得たわけではないのだと。




