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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第九章 プロジェクト・ヤルダバオート編

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第二十話 排斥派との決着

 暗闇の中で幾度目かの爆発音が鳴り響く。

 焼けた粉塵が織り成すは灰色と橙色入り交じる膨らみ。そこから圭介とマシューが飛び出し、金属板による横薙ぎと墓石に包まれた蹴りがぶつかり合った。


 一瞬散った火花が増幅して、新たな爆発を生む。


「ちぃっ」


 咄嗟の防御は間に合うも、衝撃で“アクチュアリティトレイター”が大きく弾かれた。その隙を突くようにマシューの手から臙脂色の鞭が圭介へと伸びる。

 急ぎ今度は【エアロキネシス】で足元に暴風を巻き起こし、自らを後方へと吹き飛ばす。鞭は発生した風によってたわんで、その先端を床に落とした。


 落としたその場所で、先端部分がまた小規模な爆発を起こす。


(クッソ厄介だなこの爆弾野郎!)


 圭介が心中で文句を言うのも無理はない。それほどまでに、彼の爆発魔術は厄介だった。


 マシューと彼が操る鞭は触れても触れずとも爆発する。

 それによって生じる熱は水を四散させ風の流れを乱す。爆風は炎を散らして圭介と“アクチュアリティトレイター”を遠ざける。密着した状態で使う【エレクトロキネシス】など発動しようと決めた瞬間には吹き飛ばされている始末だ。


 ただ相性が悪いというわけではあるまい。

 事前に圭介の魔術の傾向を調べ、対策を講じ、性格と戦歴から次の挙動を予測して立ち回っている。恐らく元の魔術の汎用性が高いのもあるだろう。


 これまでの圭介なら、絶対に一人で勝てる相手ではない。


(でも、こちとら何も変わってないわけじゃない!)


 全身に【サイコキネシス】を纏わせ、同時に【エアロキネシス】で周囲の気流を掌握する。

 準備を終えてほぼ同時、圭介の体が一気にマシューへと接近した。


 念動力によって加速するテクニックに風の力を加えた発展型。ダグラスからヒントを得て再現した高速移動は、通常の知覚能力で追えるものではない。


「むぅっ!?」

「うらァ!」


 かけ声と一緒に繰り出す“アクチュアリティトレイター”の一撃が墓石の鎧を突き飛ばす。マシューの体が圭介から離れて、一拍置いてから爆発が生じた。


 しばらく観察すればわかるが、魔術である以上どうしても起動から発動までにわずかなタイムラグがある。

 つまり爆発が生じる前に有効範囲外へと叩き出せば、圭介が被る被害は最小限に抑えられるのだ。あとは触れた瞬間に爆発を起こせる鞭だけ意識的に避け続ければいい。


 ただ、懸念もあった。


(この状況、さっきまでとは逆だな)


 先ほどのマシューの挙動を見ていた限り、彼は彼のグリモアーツを機器に挿入しなければ計画を遂行できない。それは同時に、こうして戦っている間は目的を達成できないということでもある。

 そしてあまり圭介との戦いに時間を割いていれば今度は騎士団に勘付かれてしまう。少なくとも上層階が崩壊した都庁舎など最優先で調査が入って然るべき場所だ。


 となれば、今度はマシューの方が早期決着を狙ってくる。


(絶対どっかで何か仕掛けてくるだろうなぁ)


 一度離れたマシューをまた追いかける。相手に思考する時間を少しでも与えるのは危険だ。


 傾いた上半身を起こす墓石の鎧に追撃をしかけようと大きく振りかぶった瞬間、目の前で爆発が起こった。


「うわっぷ!」


 片足を後ろに伸ばして体を支えながらのけぞる。

 やや上方へと傾いた視界は粉塵で遮られていたが、【サイコキネシス】による索敵がある今は関係ない。


(う、えだあ!)


 認識してから構えた“アクチュアリティトレイター”の腹に鞭の先端がぶつかり、爆発を起こす。


 相手の位置は自分から見て斜め上。足の部分でボボボボと断続的に小規模な爆発を起こし続け、空中浮遊しているのがわかった。


 そのまましなる鞭が圭介と周辺の床を叩き始める。


 縦横無尽に動く線の攻撃は時に爆発を伴って念動力による防御を削り、時に足元を叩いて圭介の移動を抑制した。恐らく一方的に攻めきれる位置関係を維持するべく圭介の飛行を抑止しているのだろう。


 だがそれだけで圭介の動き全てを止められるはずもない。


「【剣よ 牙に掴まれし者よ】!」


 衝撃と焦熱を受け止めながら口にするのはエルマーから教わった【フレイムタン】の詠唱。

 本来なら炎の刃をグリモアーツに纏わせるだけのそれは、腕の動きと【パイロキネシス】を組み合わせることで超大型モンスターにも通用する強力な攻撃手段となる。


 天井ごと吹っ飛ばすつもりで圭介が“アクチュアリティトレイター”に魔力を込めた。


「【炎の魔物の糧となれ】!」


 そうして燃え盛る巨大な刃を作り出して、


「【フレイムタン】!」

「【チェーンバインド】」


 両腕両足を臙脂色の鎖で縛り上げられた。


「ンがっ、あ!?」


 鎖はマシューからではなく周囲の床から伸びている。意識を向けていた相手の方から伸びる分には回避も間に合っただろうが、想定外の位置から発生した鎖に関しては一瞬とはいえ反応が遅れてしまうのだ。


 それら【チェーンバインド】の根本には魔術円が展開されていた。


 絡む鎖を解ききれずもがく圭介は、もはや炎の刃を振るうどころではない。そも腕が動かなければ【フレイムタン】は攻撃として機能しないのである。


(……まさか、さっき床をビシバシ叩いてた時に仕込んでたのか!?)


 マシューは鞭を振るいながら移動と飛行の抑止のみならず、迎撃に際して鎖を伸ばし拘束するための下準備をも済ませていたのだ。


 思えば鞭の先端が床を叩いて爆発しない時があったのは不自然だった。

【ハイドロキネシス】にせよ【パイロキネシス】にせよ、超大型モンスターすら殺傷し得る攻撃手段を持っていることは知られていたのだろう。それに対策されている可能性も考慮すべきではあった。


 己のミスに歯噛みする圭介を無視してマシューが鞭を伸ばす。圭介に向けてではなく、別の場所に向けて。


 その先には倒れているヴィンスがいた。


「【赤い実を食べて動き出せ まだまだ仕事は始まったばかりなのだから】」


 鞭の先端を胸元に接続して口にするのは、第六魔術位階【レッドフルーツ】と呼ばれる魔術の詠唱であった。

 一言で説明すると気つけの魔術で、主に意識を手放している相手に使用される。


「っ……ごほっ、っかァ!」


 その効果を受け、咳き込みながらヴィンスが目覚めた。


 意識を取り戻した彼はまず即座に周囲の確認を済ませ、状況を判断する前に圭介を見た瞬間後ろに跳躍する。老人らしからぬ反応の素早さは流石プロと言ったところか。


「都知事、この状況は……」

「ケースケ君を捕らえました。これから彼を確実に殺害するためにあの魔術を使いますので、恐らく騎士団がこちらに向かってくるでしょう。すみませんが外部からの侵入を押し留めてもらえませんか?」

「……はい。そうなると騎士団以外の、例えば冒険者や学生らがこちらに向かっていた場合は」

「計画遂行までまだかかります。相手も手段も問いません。ここに向かおうとする者全員の動きを止めてください。まあ、貴方と“レインウォーカー”の力があれば二〇分前後は対応可能でしょう」

「了解しました。ご武運を」


 都知事としての顔ではなく、気の弱いマシュー本人としての発言であるはずだ。だというのに言葉に含まれた冷酷さは圭介が知る彼のそれではない。


 振り返るその顔は兜に隠れていたが、目元の空隙から見える瞳は安堵の感情を携えていた。


「何やらさっきから【チェーンバインド】に干渉しようとしているようだが、許さないよ。主導権は譲らない」

「……っ!」

「ようやくこれで終わるわけだ。いや、何だか感慨深いな」


 一度は食事を共にしたことさえある相手を殺すなどと思えないような、穏やかな声。

 圭介が今まで体験してきた何よりも排斥派との隔絶を認識した瞬間であった。


 マシューの左手から伸びていた魔力の鞭が消え、空いたその手を圭介に向けてかざす。


「【誰かの耳を(つんざ)いてはいけないからと 僕の叫びを全部箱に閉じ込めて】」


 詠唱が進むにつれて圭介の足元に魔力のサークルが構築されていく。魔術円と異なるそれは、縛られている圭介を取り囲む程度の大きさがあった。


(この円の中にいちゃ駄目だ!)


 それだけは確実だろうと踏まえて、【サイコキネシス】で【チェーンバインド】を引き千切ろうとする。だが床に接続されている鎖はガッチリと固定されており、詠唱が終わるまでに間に合うかどうかわからない。


「【けれど叫ばずにいられないから いつか箱の蓋が外れてしまうんじゃないかと それだけが怖かった】」


 サークルの縁から臙脂色の火の粉がゆらゆらと舞い上がり始めた。もう時間は多く残されていないだろう。


「くそっ!」


 半ば苦し紛れに“アクチュアリティトレイター”を【テレキネシス】で操り、マシューの顔面目がけて投擲する。

 だがそれは右手から伸びる鞭で弾かれ、爆発の勢いを受けて横へと弾かれてしまった。


「【或る日 蓋が外れてしまった 僕はそれを見てまた叫んだ】」


 すぐさま回収し、今度は【チェーンバインド】そのものを物理的に叩く。土に沈み込むほどの重量で数度も殴れば砕けるだろう。


 だが、それもまた伸びる鞭に叩かれて爆風で遠ざけられてしまった。


「ぐぅっ!」

「【箱の形そっくりに 天井に穴が開いたのを見て やっぱり叫んだ】」


 手間取っている間にも詠唱は完了する。


 圭介を取り囲むサークルは既に臙脂色に燃え盛り、熱を周囲に撒き散らしていた。


「くっそが…………!」

「第三魔術位階【デッドピラー】」


――響き渡る轟音、破砕音。


 燐光と熱に満たされた円から、円柱状に伸びる爆炎が舞い上がる。


 それはまるで容器に収まっているかのように円の範囲外に漏れることなく、膨大なエネルギーを限られた範囲内に収束させて上へと伸び続けていく。

 天井もその上にあるフロアも全てが悉く、崩れ落ちる暇さえないまま燃え尽き引きつけられ天へと昇った。


 マシューが放った第三魔術位階【デッドピラー】は、巨大な火柱を発生させるというシンプルな見た目に反して緻密な計算と繊細な魔力操作を要求される魔術である。

 先に範囲を設定してからその外部に力を逃さないために複雑な術式処理を詠唱と同時進行で行い、いざ詠唱が完了して爆発による衝撃と炎を発生させてもこれまた出力と同時に調整をし続ける必要があるのだ。


 準備に時間がかかる関係で相手が高速移動していればまず当たらず、加えて魔力の消費量も激しい。

 本来は解体業者などが複数名で、それも魔道具などをいくつか用いて発動する魔術である。はっきり言って人間相手に使うものとして適切な攻撃手段とは言えなかった。


 だが、それがどれほどの威力を持つものかは齎された結果を見て理解できる。


 ぽっかりと丸くくり抜かれたような穴が開いた天井の先には、夕暮れと呼べる程度に色合いを変えた空が見えた。範囲内にあったものは全て焼き払われ、跡形も残されていないだろう。

 無制限に魔力を使える圭介を確実に殺す手段として、充分な攻撃だったに違いない。


「……忌々しい話だ。こういった事態を想定してここの設備関係は全て口出しさせてもらったんだが」


 だからこそ。

 爆発の範囲から後方へと移動し回避していた圭介は、冷や汗が止まらなかった。


 体を縛る鎖は残ったまま、ぜぇぜぇと息をついている。


「あ……っっっっっぶっねええええええええええ!! 死ぬかと思ったああああああああ!!」


 圭介は拘束を振り解いたわけではない。

 ただ、鎖が根ざす床を地盤から魔術円ごと引き剥がして移動しただけだ。


 その発想に至るのがあとほんの一瞬でも遅れていれば今頃死んでいたに違いなかろう。


 生き残れた安堵と同時、一つの疑問が浮かび上がる。


(にしたって随分と調子いいな今。いつもだったらぶっこ抜くのに手間取ってたかもしれないってのに)


 元々【テレキネシス】には木を地面から引き抜くだけの力があった。だがそれでもマシューの言う通り、この床の材質は何らかの特殊加工を施しているのか異様に硬い。

 もしユビラトリックスを出た時の圭介に同じことができたかというと、少々怪しいところである。


(……まあいいさ。それよか問題はこっちだ)


 弾き飛ばされていた“アクチュアリティトレイター”を引き寄せる。視線を向けた先にはここに来てようやく焦燥感を露わにするマシューがいた。


 一度は周囲に散ったマナを自身に取り込み、息を整えながら圭介は声をかける。


「あの、都知事」

「何だい?」

「そろそろ諦めません?」

「悪いけど断るよ」

「今ので魔力かなり使ったでしょ」

「まだ尽きてはいないさ」

「あんなデカい魔術かました以上、人も集まってきますよ」

「その前に決着をつければ問題ないだろう?」

「僕の口から言わせんなよ。これ以上は意味ないっつってんだ」

「それこそ僕の口から言わせるなよ。何人犠牲にしてここにいると思ってるんだ」


 最初からわかっていたが、会話は平行線を辿るばかりだ。


 既に目の前の相手は理屈で動いていない。交渉の余地などあるはずもない。

 それでも説得を諦めきれない理由があった。


「あんた、さっきから校長先生だけは巻き込まないように戦ってただろ」

「…………」

「巻き込みたくないって、怪我させたくないって思ったんだろ。じゃああんたが大怪我した時に、校長先生がどんな気持ちになるかってどうして想像できないんだ」

「やめろ」


 短い言葉と同時に鞭がしなり、圭介の側頭部目がけて振るわれる。それを圭介は浮かせた“アクチュアリティトレイター”で防いだ。


 それでも両腕が縛られている状況は変わらない。

 足の裏に小さな爆発を起こして予備動作もなく加速したマシューが、左手で圭介の首を掴んで床に叩きつけた。気管が締め上げられて思わず噎せこむ。


「ガハッ、コァ!」

「何も知らない客人が僕らの繋がりを語るな。彼女が妹さんの結婚を心から喜んでいた時も、先を越されたと愚痴をこぼしながら笑っていた時も、ご夫妻の棺を前にして涙を必死に堪えていた時も、エリカちゃんが泣き叫びながら客人を手当り次第殺しに行こうとするのを抱きしめて止めた時も。お前はそこにいなかっただろ。なあ、おい!」


 墓石の継ぎ接ぎが語りかける。


 それはお前が触れていい領域ではないと。


「必要な犠牲だからと、エリカちゃんすら利用する案を部下に言い渡してそれで僕が何も気にしていない冷淡な人間だと本気で思っているのか? そうならないようにできたならしてたさ。そもそもできてたはずだったんだ。……お前が、お前さえいなければ! あのジェリーだって押さえつけて、僕は全力であの子達を無視していたはずだったんだ!」


 締め上げる力が強まる。紡がれる怨嗟の念と一緒に、指が圭介の内側へと食い込んでいく。


「ぐがっ……」

「いきなり異世界に飛ばされて苦労したんだろう、ああわかっているともだからどうした! お前達が何も知らないのをいいことに利用して貪ってきた連中の巻き添えをどうして僕らが受けなきゃいけない! ヴィンスさんにも、バイロン君にも、ララ君にもダグラス君にも、幸福な未来があったはずなんだ! それを奪ったのは被害者を気取って暴れ回っていたお前達客人じゃないか!」


 怒号が響く中で圭介の呼吸が弱まっていく。

 その様子を見て、息も絶え絶えにマシューが冷静さを取り戻す。


「……魔術は肉体の状態から少なからず影響を受ける。そろそろ出血と疲労が積み重なってきた頃合いだろう」


 幾分か呼吸を整えると、そのまま指に力を加えた。


「ろくに魔術も使えないまま、首を折られて死ぬ。それで君は終わりだ」

「…………………………へっ」


 その瞬間。


 圭介が笑った。


「うん?」

「…………った……」

「何?」

「……た…………たっ」


 訝しむマシューの指が、圭介の首から離れ始める。


 震えながらもゆっくりと。

 本人の意志とは無関係に。


 第五魔術位階【テレキネシス】によるものだ。


「お前ッ!?」

「っはァ、た、【滞留せよ】ォ!」


 圭介が声を出すと同時、鞘にしまわれたままだったクロネッカーが飛び出して先端を光らせる。

 発光しているのは魔力の根源となる存在――マナだ。


 大気中のマナを操り魔力を離れた位置まで届かせる圭介だからこそできる荒業が今、鎧を着込んだ大男に牙を剥こうとしていた。


「く、そっ!」


 意図に気付いたマシューはまず真っ先に足元で爆発を起こし、その場から大きく後退して離脱する。爆風に巻き込まれた圭介も吹っ飛んだが【サイコキネシス】で防いだのか、傷は浅い。

 次いですぐさま腕を振り上げ、鞭でクロネッカーの動きを妨害しようと試みた。


「やらすかぁ!」


 そしてそうなる前に圭介はマシューの体を【テレキネシス】で拘束する。

 ついさっき指にも受けたその魔術が、今度は全身の動きを阻害した。


「ぐっ!?」


 砂に埋まるかのような窮屈を覚えるこの魔術。本来であれば爆発によって振り払われるだろう。

 だがそれでも時間稼ぎにはなる。


(あいつに見られてたら恥ずかしくて使えたもんじゃないけれど)


 マシューの目の前に浮遊するクロネッカーは圭介の思う通りに動く。

 まるで筆を走らせるかのように、マナで空中にとある図形を描いていく。


(何度も見てきた。一度や二度は憧れた。再現そのものは余裕でできる)


 まず車が中を通れそうなほど大きな円。次に細かな要素を付け足す。

 最終的に自身の魔力を注ぎ込み、図形を構成するマナも魔力へと変換する。


 その間にマシューが肉体の表面に働く念動力を断続的な小規模爆発で振り払うも、今となってはもう遅い。

 術式が完成した時点でこれから逃げることはできないのだ。


(向き不向きがあるからって教えてもらえなかったけど、僕にとっちゃこれほど頼もしいもんもない)


 完成したそれは、【チェーンバインド】と異なる術式が組み込まれている大きな魔術円。

 鶸色に輝くそれがいかなる術式を描いているのか。きっとマシューも理解しているだろう。


 何故ならそれは圭介と同じく、彼が知っている一人の少女のものなのだから。


(絶対外さずに済む上に威力が頭おかしい、最高の魔術だ)


 術式を起動すると、術式を挟んで立つ二人の間に鶸色の燐光が散る。




 現れたのは巨大に膨れ上がった魔力弾。

 エリカがいつも使っていた魔術を模して、圭介が再現した魔力の爆弾であった。




「食らいやがれオラァ!!」


 かけ声一発、圭介の意志に応じるが如く魔力弾は魔術円から離脱する。狙いはもちろん目前にいる排斥派の首魁だ。


「クソッ!」


 マシューが急ぎ足から爆発を発生させてその場を離れる。

 だが本来なら直進するか決められた動きを再現するしかないはずのそれは、彼の動きを追うように動いて逃さない。


 追尾されてしまえば車ほどの速度で魔力弾の弾速に勝てるわけでもなく、どんなに全力で逃げようとしてもいつかは必ず当たってしまう。すぐさまマシューは鶸色の塊に追いつかれてしまった。


 これこそ圭介が再現したエリカ式魔力弾の脅威。

 念動力で動作を操られるそれは、常に相手を追いかけ続けるのである。


 そして、エリカの魔力弾を再現しているのであればただ当たって終わるはずもなく。


「やめっ――」


 マシューが反射的にかざした手に触れた途端。

 天井に開いた穴の向こうまで轟く炸裂音とともに、魔力弾が弾けた。


 あまりの威力に叫びすら聞こえない。ともかく至近距離で膨れ上がった魔力の爆発を受けて、墓石の鎧はバウンドを繰り返しながら壁と床に何度も叩きつけられた。


 いかに強靭な肉体を持っていようと、頑強な鎧を着ていようと関係あるまい。

 最終的に床の上で転がる彼は、どう見ても戦える状態ではなかった。


 四肢を放り出し仰向けに倒れるマシューの口元から血が吹き出すと同時に、“ストレングスグレイブ”が元のカード形態に戻り床に落ちる。

 スーツ姿の巨漢は浅い息を漏らしながら、橙色と青紫色が入り交じる空を見つめていた。


 圭介が駆けつけると、マシューが悔しげに口を開く。


「今、の、は。エリカちゃんの、魔力弾を、真似たものか」

「そうですよ」

「それを、念動力魔術で、操ったと」

「ええ。威力はこないだホムンクルスの群れをぶっ飛ばした時のでわかってたんで、あんたが死なない程度には調整しときました」

「……ふっ」


 流石に敗北を悟ったのか、完全に諦めたような笑みを浮かべた。圭介としてもこれ以上は殺しかねないため、今更ながら安心する。


 と、背後で動く気配が一つ。どうやら彼女も起きたようだ。


「……こんだけバカ騒ぎ起こして、あんたそれで都知事の自覚あんの」


 悪態を吐きながらゆっくりと歩み寄るのは、度重なる轟音で目覚めたらしいレイチェルだった。相当疲れているのか頭を押さえつつマシューに話しかけている。


「レイチェルちゃん……」

「ちゃんをつけるなバカ。ったくコイツってば、おっさんにもなって何やってんだかなーもー」

「はは……勘弁してよ」


 呆れた声を聞いて、マシューは屈託のない笑顔を浮かべた。

 少年のように純朴でどこか情けない、大男に似合わぬ笑顔を。


(ああ、これがこの人の素なのか)


 それを見て圭介は何となく色々と察したが、深く掘り下げようとはしなかった。


「私が落ち込んでてそれ見て我慢できなかったとか言ってたけど、だったら落ち込んでる私に声かけろっつーの。なんでそこで幼馴染ほっぽっといて人殺しに走るの、意味わかんないんだけど」

「君に声をかけて慰めたって、そんなの一時しのぎにしかならないだろ。問題の大きさを考えると、早めに動いて山のような事前準備を、進めないと……」

「んで一時しのぎすらできてないでしょうが、今」

「……………………まあ、はい」

「んっとにバカねーあんたは。あのねぇ、どんだけ言い繕ったところでね」


 そう言ってレイチェルはマシューの胸ぐらを掴み上げ、


「哀しみは差別と人殺しの理由になりゃしないのよ」


 端的な言葉を投げつけてから、すぐに手を離した。


「づっ……」

「はぁ、全くもう……。ケースケさん。うちのバカな幼馴染がこれまで大変な迷惑をおかけしてしまいました」

「いっ、いやいやあのまあその、何ていうか」

「れ、レイチェルちゃんが謝る必要は」

「誰のせいで頭下げてると思ってんの。あと“ちゃん”づけ!」

「……その、ケースケ君。ごふっ」


 喀血しながらもマシューは圭介の方へと顔を向ける。


「あ、はい。いや何か言う前に病院行きましょうよ。結構なダメージあるでしょそれ絶対」


 彼がまだ会話できる程度で済んでいるのは、体格と種族の特徴である頑健さに守られた結果に過ぎない。通常であれば全身複雑骨折に加えて折れた骨による内臓破裂で最悪死んでいるはずの重傷だ。

 とはいえまだ少しは話せる余裕を残しているためか、特に気にせずマシューは言った。


「謝って許されるはずも、ない。だから、薄っぺらな謝罪は、言わない。感情で、まだ納得できていない部分だって、あるからね」

「はあ……」

「だから、うん。これから先、君に何を言われても、何をされても、僕はそれを罰として受け止めよう。……許せないなら、殺されても、文句は言わないさ。状況が許すなら、抵抗しない。黙って殺されてやる」


 その言葉にまたレイチェルが溜息を吐いたが、何か言葉が出る前に圭介は手で彼女を制した。


 ひとまず彼の計画――プロジェクト・ヤルダバオートとやらは失敗に終わったのだ。


 なら今は簡潔に、自分の言葉を伝えてこの事件を終わらせよう。


「あのー、まあさっきも言ったんですけど。ぶっちゃけ僕あんたらに何もしてないんで、こっちとしちゃ通り魔相手に頑張って抵抗したって感覚しか無いんですよね」

「……うん」

「だからまあ、何て言えば良いのかな。客人がどうとか排斥派がこうとかって話じゃないんですわ」

「と、いうと?」

「無関係な他人に当たり散らすそのガキみてぇなクソメンタルをまず鍛え直してください。僕からは今んとこそれだけです」


 言った瞬間、異様なまでの疲れと虚脱感を覚えた。

 これまで幾度となく続いてきた排斥派との戦い、その決着がついたというのに。


 振り返れば感情に支配された人間との戦いでしかなかったのかもしれない。

 そう思うと急に虚しくなったし、同時にとある考えも芽生えた。


(まあ、感情的じゃない理由で戦う奴なんていないか)


 鼻息をフンと吹き出しながら反応を見ていると、マシューが無表情のまま小さく頷くのが見えた。


「……ガキですまなかったね」

「その返しがもうガキよあんた」

「んじゃ、とっととこの人を騎士団に突き出しますか。さーて次の都知事はどんな人かなー」


 煽りを受けて睨みつけてくるマシューを念動力で持ち上げながら、圭介はクロネッカーを鞘に納めた。

 感慨深さを感じる余裕はないが、確かな事実が一つある。






 排斥派との戦いは、ひとまず終わったのだ。






 それだけは、力強く認識できた。

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