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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第一章 異世界来訪編

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第二十二話 三人娘の本領発揮

 物体に憑りつくことで異常現象を引き起こす下級妖精のスペクターを使役し、自身の影を媒体に兵隊を作り出す第五魔術位階【シャドウナイツ】。

 周囲の光を吸収して意図的に暗がりを生じさせる第六魔術位階【イクリプス】。


 この二つの魔術を組み合わせて作り出した漆黒の兵団はウォルト・ジェレマイアという人間にとって一つの大きな武器であると同時に、誇りでもあった。


 無数のスペクターと何度も契約し続けるという大変な手間が大前提となる代わりに、詠唱も儀式も術式の用意も要さず即座に影の人型を生成して操ることができるという優れものである。

 しかも【イクリプス】による強化が施された個体の身体能力は常人を上回る。例え騎士団学校を卒業した現役の騎士であっても、囲まれればひとたまりもない。

 その面制圧力たるや凄まじく、ウォルトが有する実績や人脈はそのほとんどがこの魔術によって築き上げられたと言っても過言ではないだろう。


 そんな彼ご自慢の影の兵士が、バラバラになって無様に宙を舞っていた。


 彼からしてみれば何が何だかわからない。

 暗闇によって力を増した影の耐久性はグリズリーの分厚い皮膚にも匹敵するはずなのである。

 傷をつける事すら容易ではないのに、だというのに足元に落ちてきたのは彼らの腕で左頬を掠めて飛んでいったのは彼らの頭部だ。


「あ……?」


 つい先ほどまで、彼は獲物を狩る側に立っていた。錯乱しながらも多少の優越感と嗜虐性すら実感していたのが今では嘘のようだが、確かに相手をじりじりと追い詰めていたはずなのである。

 しかし現実には追い詰められていたはずの一人、小柄なヒューマンの少女がグリモアーツを【解放】しただけで形勢は逆転してしまった。


「あっぶね、もう少しでボコボコにされるとこだったじゃねーか。後輩には優しくしてくれや先輩」


 言葉の割に悪びれもしない笑顔で少女は窮地から脱出して見せた。

 その両手にはそれぞれ、赤と青の拳銃が握られている。


「何だよ、あたしのグリモアーツ見るの初めてか?」


 赤い拳銃を持った右手で頭をポリポリと掻きつつ、エリカはへらへらと笑っていた。


「“レッドラム&ブルービアード”。世にも珍しい二つで一つのグリモアーツさ。ちっさい頃にこれの件で雑誌からインタビューとかも受けたことあんだけど、ご存じねーか」


 余裕綽々の様子で語るエリカの周囲には、魔術円と呼ばれる円状の術式が赤銅色の輝きを放ちながらいくつも浮遊していた。


 その数、都合二十六。


 いかなる役割を任されているのか、それはエリカが二丁拳銃の引き金を引いた瞬間に理解できる。


「そらよ」


 再びウォルトの影から飛び出した五体の影に向けて一斉に射出される十発の魔力の弾丸。光り輝く楕円形のそれは、銃の口から一発、九つの魔術円からも一発ずつ撃ち放たれた。

 衝突と同時に破裂するそれらは、一切の慈悲を持たず影の兵士の四肢を捥いで頭を吹き飛ばし、体を上下に分断させる。


 後方で飛び散る影の残骸を見ながら、圭介は以前レッドキャップ討伐クエストでミアがエリカの参戦を拒否していた時の事を思い出していた。


『あたしも手伝おうか?』

『んー、道路とかバス停とか無駄に壊れるからダメ』


 なるほど、と思う。

 圭介が仕掛けた数々のつまらないトラップが子供の悪戯に見える程に、その威力は圧倒的の一言に尽きた。


「……あ、ああぁぁ」

「やべぇだろ。やべぇよな。前にコレで旅行先に湧いて出た山賊の残党を山道ごとぶっ飛ばしてから滅多な事じゃ【解放】しないように気ぃつけてたんだけどさ」


 ゆっくりと歩み寄るエリカの表情が近づくに伴い、ウォルトは一つの事実に気が付く。

 その人懐っこいように見える笑みはしかし、目だけが一切の感情を持っていない。


「ホラあんた強いじゃん。そんなのが聞く耳持たずに暴れ回りやがるもんだからさ、こっちとしても冷静にお話するためにちょっと努力する必要があるかなって思ったわけよ」


 そして、銃口をウォルトに向ける。


「――で、何? 伯母ちゃんの弱みが何だって? 姪っ子としてその話に興味あんだよね」


 そのエリカの様子は、圭介からしてみれば大変な豹変であると同時に理解できる部分も多分にあった。

 そもそも彼女は前日の夕方、家庭の事情をウォルトの口から触り程度とはいえ暴露されている。彼女がウォルトに家族の話をしたことがないとするのならば、ウォルトの後ろにはエリカの家庭事情を知りながらその概要を悪辣に利用する誰かが存在することになるのだ。


 家族を守ろうと足掻く姿が必死に見えるのは不自然ではない。


「やめろ! こっち来るんじゃねえ!!」


 後退しつつもウォルトは仮面を被った自分の顔を押さえつけ、次の一手に出た。


「【上枝ほづえ下枝しづえも束ねれば幹に劣らぬ太さとなろう 其は浅ましき小人を集めた大らかなる巨人】」


 呪文の詠唱。同時に彼の足元で影が渦巻き始め、その奔流にエリカが撒き散らした影の兵団の残骸や生き残った兵士まで巻き込まれていく。


「【安らぎの暗がりより来たれ 主たる我が命を受け敵を薙ぎ倒せ】」


 朗々と詠唱を続ける彼の周囲には詠唱を中断させないためか、陽炎のように揺らぐ闇が旋風となって外敵を近づけまいと周回している。

 が、エリカは特に妨害しようとはしていなかった。最早両手に握る銃を相手に向けてさえいない。


「おい、先ぱ……」

「【シャドウジェネラル】!!」


 怒号と共に影の渦から立ち上がるように出現したのは、術式を完成させた本人の二倍はあろうかという巨躯に漆黒の甲冑を装着させた影の騎士。

 ウォルトの周囲に展開されていた【イクリプス】の旋風をも吸い込み纏い、全身に湧き立つ湯気のような闇を纏った姿は禍々しくもあり、美しくもあった。


 第四魔術位階【シャドウジェネラル】。全面的に【シャドウナイツ】を上回る能力を有する、ウォルト・ジェレマイアにとって最強の切り札であった。


「だぁから、何で話し合おうっつってんのにまだ喧嘩しようとしてんだよ勝ち負けでしか何が正しいか決めらんねーのかアンタは」


 その異様を目の当たりにして尚、エリカは呆れた表情を隠さない。


「るっせぇ! 他人ヒトん家の事情をかき回そうとしといて話し合いも何もあるか!」

「オイ自覚してるかわからんけどアンタ今盛大なブーメラン投げたぞ!」

「黙りやがれぇぇぇぇ!! 全員まとめてぶっ潰してやるぁぁああ!!」


 その叫びを命令と認識したのか、【シャドウジェネラル】がゆらりと前に出る。


 が、


「【ホーリーフレイム】!」

「何ぃ!?」


 前進した途端、エリカの後方から光と熱の矢が高速で射出された。

 寸分(たが)わず【シャドウジェネラル】の胸に突き刺さったそれが強く発光すると共に、影で構成された鎧と肉体は焼いた鉄の串を刺し込まれた砂糖細工よろしく溶けて崩れ始める。


 闇によって強化されるならば、光を浴びて弱体化するのは当然の理であった。


「相手が悪かったね先輩、不用意に私に詠唱の時間を与えちゃダメだよ!」


 ミアの【ホーリーフレイム】は【シャドウジェネラル】と同様に第四魔術位階に属する魔術であり、旧式の魔術分類を用いるならば基礎四分類の炎属性と特殊分類の光属性を複合したものとして扱われる。

 これは即ち、光を弱めて暗い環境下に置かれることで強化されるウォルトの魔術には抜群に突き刺さるということをも意味していた。


 そして端的に彼の敗因を述べるならば、それは上述したような魔術の相性だけではなく。

 エリカを恐れていたばかりに伏兵の存在を忘れてしまった愚かさと、人数差によって生じる純粋な力負けであった。


「【乱れ大蛇おろち】」


 ウォルトの意識の空隙を縫って接敵していたユーが“レギンレイヴ”を振り上げると同時、崩れゆく【シャドウジェネラル】の体を蛇行する斬撃の嵐が飲み込む。あらゆる角度から加わる衝撃に耐えきれず、黒き巨躯は花火にも似た音と共に爆散した。


「……………………」


 その光景を前に呆然とするウォルトをエリカの魔術円が取り囲む。

 この短時間で彼らの立場は入れ替わっていた。


「んじゃ、お話といこうか。アンタ一体誰にウチの事情を吹き込まれたよ? ついでにどうしてこんな場所でケースケいじめてたのかも吐きな」

「僕の事はついでかい」


 どさり、と地面にへたり込み“アナマルザレア”の【解放】状態を解除する姿に戦意はもう見受けられない。ここまで追い込まれてようやく彼は交渉のテーブルについたのだ。


「……手紙、だ」

「は?」

「今回のも、昨日の朝も…………ウチのホームに届いた手紙が、あったから。だから」


 ウォルトの目が横に滑る。その視線の先にある便箋が、全て騒動の原因であると彼は主張した。


「ああ、多分僕のトコに来た手紙と同じ人が書いたんじゃないかな。便箋は少なくとも同じものを使ってるみたいだし」

「え? 何? じゃあ手紙に書かれてたからエリカに脅迫紛いの勧誘して、手紙に書いてあった脅迫を見てケースケ君殺しに来たの?」

「……んだそりゃ馬鹿じゃねえの。じゃあアンタ手紙に『ケースケと仲良くしろ』って書いてあったら仲良くすんのかよ」

「だ、だってよぉ!」


 否定されたと感じたのか、その声に熱がこもる。


「今にして思えばタイミングが良かったんだ! そこの客人が俺らが顔見せる前にパーティ組みやがったからこれからどうやってぶちのめすか考えてた時に、校長の姪でそいつと同じパーティにいるお前に関する話が転がり込んできて! だから思わず……!」


 余りにも短絡的な行動理由に圭介もエリカも辟易していると、ユーが無言で落ちていた便箋を拾ってきていた。

 ウォルトが元々持っていた、彼の家について書かれている便箋である。


「ねえ皆、コレ見て」


 その声を聞いたウォルトが「やめろ! 見るな!」と制止したが、構わずその場の全員が便箋に記された文章を確認した。


「どれどれ……ほーん。ジェレマイア家が造船業に手を出す時に客人が運営する組合から結構な借金した、と。んでその利子が膨れ上がってたもんだから返金するために脱税しましたってか。しょーもな」


 エリカが口に出した事実はウォルトが排斥派として客人を毛嫌いする理由でもあり、その排斥派としての活動を客人に大きな借りがある父親に反対されていた理由でもあり、今回圭介を殺してでも事実の隠蔽を謀った理由でもあった。


 要するに彼もまた、自分の家を守ろうとしていたのだ。方法はともかくとして。


「てめ、テメェに何がわかんだよ! 俺に散々厳しくしてた親父が、わけわかんねえ理屈で客人相手にはへこへこしやがってよ! そんでへこへこした回数分だけ、俺が家でヒデェ目に遭わされんだよ! そんなの許せるわきゃねえだろうがあ!」


 そして同時に彼が被虐待児かもしれないというレイチェルの推論は、結果的には正解だった。

 話に聞いた彼の父親の暴力は、内容としては圭介の母親と変わらないように見える。しかし根本的な意味合いが異なるのだ。


 圭介の母親は、人道から外れた行いをした息子への説教として。

 ウォルトの父親は、借金を返済しきれず喘ぐ中での憂さ晴らしとして。


 そんな彼我の境遇の違いを見せつけられて、臨戦態勢で相手を出迎えた圭介も今では闘争心より憐憫が勝った。圭介はまだ物事の正当性を教えてくれるだけ彼より親に恵まれた方である。

 しかしこれまでのウォルトの発言を思い返すに、恐らく彼は彼の発言と大差ない理不尽な話――彼が言うところの『わけわかんねえ理屈』で、父親から暴力を受けてきたのだろう。理不尽な八つ当たりであると理解は出来るが、同情が先立つとどうしても責める気になれない。


「先輩……」


 慰めても聞いてもらえるとは思えないが、それでも圭介が罵倒される未来を承知の上でウォルトに声をかけようとした時。

 不意にエリカの胸元からシンフォニックメタルが流れた。圭介に弱みを握られていることになっている、レイチェルからの着信を告げる音楽である。


「……ちょっとごめんな」


 気まずさの混じる沈黙の中でエリカがレイチェルからの電話に出た。


「はいよ、今日も元気なエリカちゃんでぇす。……そういうの察しなくていいから。いや、ケースケとは元々喧嘩してないし、もう気まずかねーから安心しなってすぐそこにいるし」


 雰囲気に引っ張られたのか若干気だるげだったが、どうやら向こうはエリカと圭介の関係修復を応援するつもりで電話したらしい。忙しいだろうに、と圭介も恐縮する。


「………………今? ああ、ちょっと焼却炉裏の変に広い場所でウォルト先輩がケースケ相手にヤンチャしてたもんでな」

「その表現は誤解を招く!」


 圭介のツッコミも聞き流して、通話は続く。


「あ? そうそう手紙、聞いた聞いた」


 圭介が持っていた便箋とウォルトが持っていた便箋を見比べたミアが、「これ随分丁寧な字で書かれてるね」とユーに話しかける。


「うん、それな。え? 何?」


 それを確認しようとユーも二つの便箋を見比べて、「あれ、この字って……」と何かに思い当たる。


「……荒事が起きないように、呼んだはず?」


 何もかも洗いざらいぶちまけたウォルトが、心底悔しげに俯いた。




「いや、ヴィンス先生なんて見かけてねーけど」




 そして。


 広場唯一の出入り口、その向こう側から尋常ならざる殺意を伴って。




「困るなケースケ君。ここは秘密の場所だって教えただろうに」




 ヴィンス・アスクウィスが姿を現した。

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