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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第九章 プロジェクト・ヤルダバオート編

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第十二話 歪な処刑人

 空を舞う虫の群れが浮遊島へと集まっていく様を見て、圭介は引き返すべきか真剣に悩んだ。


 まず懸念すべきは滑走路に残っている面々の危機である。これまでの経験から考えればこうした明確な状況の変化は戦局がどちらかに傾いた時に生じるものだが、それが味方にとっての優勢とは限らなかった。


 本来であれば戦闘に入っている彼女達の方が優先順位は上で、電話越しにただ危険性を伝えてきただけのレイチェルを後回しにするべきなのかもしれない。しかしそう即決するには不可解な状況でもある。


(校長先生は“ここも安全とも言えなくなってきた”って言ってたのに、都庁のガワは無傷だ)


 甲虫達が重点的に都庁を攻撃しているような状態なら彼女が危険性を主張するのも理解できる。だが、そもそも攻撃を一度でも受けた様子が無い。


 モンスターや魔術が存在するこの世界である。都庁ともなれば有事に備えて防衛用の戦力くらい確保していそうなものだし、王都にいる騎士団も第六騎士団だけではないだろう。

 だというのに戦闘の痕跡すら見当たらないのはいっそ不気味ですらあった。


(……最悪の事態を考えるとあっちに行くべきなのかもしれない。けど)


 都庁に関しては、まず最悪の事態が見えないことに危機感を覚えてしまう。

 加えてレイチェルの場合、戦闘能力をどの程度有しているかわからない。恐らく自衛の手段をいくつか持っている程度だろうと圭介は予想している。排斥派の連中をどこまで相手取れるものかまるで見えない。


 結果、彼は都庁の屋上に着地を果たした。


 金網でぐるりと囲まれた空間の広さはおおよそ三〇〇〇平米ほど。景観にも気遣いがあるのか植栽が点々と配置されており、目に優しい緑色を主張していた。


 足元にはいくつものダクト配管が張り巡らされており、それらが収束する中央部分には機械とともに様々な鉱物の塊が一箇所に集まった状態で浮遊している。レモンにも類似した紡錘形のそれらには何らかの術式が組み込まれていた。

 これがこの世界における空調設備の代用品なのだと圭介は今までの生活を経て知っている。元の世界に存在していたものと比べて燃費が良く、同時に強化術式も組み込まれているため非常に頑丈だ。


 最初にそれを見た時は外観の美しさもあって羨ましくも思ったりしたものだが、今はそれどころではない。


 フェンスに囲まれた決して広いとは言えない空間。そこに向けて飛来する何かの存在を、【サイコキネシス】の索敵網が捉えていた。


(こっちはそれどころじゃねえってのに喜んじゃってまあ)


 目視したわけではない。空間の揺らぎが普通の存在ではないのだと告げているばかりである。

 それでも圭介は自身に向けて文字通り飛んで来たそれの正体を、直感だけで知覚できた。


 捕捉から数秒後、その存在が屋上に着地――否、着弾する。


 舞い降りる、などと形容するにはあまりにも荒々しい。発生した衝撃はコンクリートの床を砕き、付近にあるダクトは着地点を中心に飴細工よろしく陥没する。

 傍迷惑なそれに視線を向けて、圭介は表情を歪めた。


 風を受けて翻ったパーカーのフードからこぼれる真白の頭髪と狼の耳。

 殺意を込めて圭介を睨みつける三白眼と釣り上がる口角は喜悦を示す。

 その手に握られているのは矛のグリモアーツ“エクスキューショナー”。


 この街で最初に出会った時と同じように、そしてルンディアで再会した時のように彼は笑いながら語りかけてきた。



「うっす。なんかこうして直接会うのも久しぶりだな」

「ちっす。こっちとしては二度と会いたくなかったわ」



 ダグラス・ホーキー。

 物理抵抗力を操る排斥派の殺人鬼にして、圭介からしてみればこの異世界で最初に敗北した相手である。


 鞘からクロネッカーを抜き、足元の“アクチュアリティトレイター”を浮かせて柄を握りしめる。いつでも戦闘に入れるよう構えた圭介の様子を見て、ダグラスがやや不平そうに口を尖らせた。


「んだよ随分と気ィ張ってんじゃねえの。今回は前みたくお仲間連中で囲んでねーから不安ですぅってか?」

「僕にも色々事情があんの。少なくとも今ここでお前に構ってる暇ないの。悪いんだけど刃物振り回すなら他の場所でやっててもらえないかな、そんで二度と顔見せないでくれると嬉しい」

「んー、やだ」

「うっざ……何コイツ死んでよぉ……」


 急ぎレイチェルを見つけて安全を確保したいところだがこうなっては仕方ない。

 タイミングの良さから察するにどこか離れた位置から都庁に向かうところを目撃されていたのだろう。最初から避けられない戦いだったと割り切る他なかった。


 今度は不意打ちの類も通用しないと判断してか、ダグラスも真正面で“エクスキューショナー”を構える。刃の表面に映る夏の日差しが少し眩しい。


(様になってやがる……)


 以前ユーからその可能性を示唆されはしたが、やはりダグラスも裏社会で通用するだけの戦闘技術を有しているようだった。剣術を叩き込まれてきた今の圭介だからこそその形跡を見抜くことができる。

 関節の位置や握られた柄の角度。積み上げてきたものがなければ成立しない体勢。


「じゃ、精々楽しませてくれや」

「いや、さっさと終わらせよう」


 わかっていた事ではある。

 目の前の男は、一筋縄ではいかない。


「【水よ来たれ】【滞留せよ】」


 水の剣が迸ると同時に矛の切っ先が揺れた。


 最初にダグラスが繰り出したのは心臓目がけての刺突。触れる物体から働く抵抗力を拒絶する穂先は万物を貫くだろう。

 だが第四魔術位階【タッチチョッパー】への対抗策は既にある。ユーに相談した結果、白兵戦を得意とする彼女はこう答えたのだ。



――少なくとも攻撃する瞬間は刃の部分に意識が集中してるはずだから、



「おらァ!」

「ん、な、にィ!?」



――柄を横から弾けるはずだよ。



 敢えて急ぎ回避するのではなく、突き出された矛の全体的な角度を見抜き柄に蹴りを叩き込む。足に【サイコキネシス】を纏わせているため抵抗力の無効化という防御も念動力で相殺できた。

 たまたまではあるもののそれは握りしめるダグラスの手に当たり、つま先に手の甲を蹴たぐる感触が伝わる。


 そこから蹴った勢いを損なわず独楽のように回転して“アクチュアリティトレイター”を大きく横に振った時、ダグラスは体勢を崩されたからかまだ隙を残していた。


 その横腹に巨大な鈍器が食い込まんと迫る。


「やるなあオイ!」

「っだぁあクッソ!」


 が、焦ってただ薙いだだけの一撃は抵抗力によって相殺される形で止められた。脇腹に触れた状態のまま動きを止めた金属板はすぐに払いのけられ、次いで矛が振り上げられる。


 大きい動作に晒されたダグラスの胴体はどう見ても隙だらけだ。


(ってことは何か企んでやがるな)


 だからこそ圭介は一旦【サイコキネシス】で自身を後方に移動させる。発生した隙の大きさがあまりにも露骨で怪しかった。

 相手にとっては予想に反した動きだったようで、ダグラスがつまらなさそうに圭介の移動を見送って矛を下ろす。特に追いかけてくる様子はない。


「ありゃ、読まれてたか」

「まあそりゃあ、うん」

「けどそのくらいはするのかね。今まで色々戦ってきたんだろ?」

「まあそりゃあ、うん」

「テメェはbotか何かかよ」

「もう面倒過ぎるわお前。普通に武器ぶつけ合うだけならこんな頭使わなくて済むのにさあ」


 いざ真正面からぶつかってみると、真正面からぶつかれない相手なのだとよくわかる。


 特別な動作を要さず攻撃を受け流しながら通常の防御を貫通する。圭介からしてみれば常に発生する動きを観測して適した対応をし続けなければ、攻めきれないし防ぎきれない。

 エリカの炸裂する魔力弾のような攻撃手段を持たない圭介は、タイミングを見計らって動かなければ対等な戦いすら臨めないのだ。


 だが、そんな前提は以前の戦いで嫌というほど味わった。


(あいつの魔術は厄介だけど、正体さえわかっちまえば本当にただ厄介なだけだ)


 ダグラスの防御力にはからくりがある。

 自身に向けられた運動量を同じ数値の物理抵抗力で相殺する第五魔術位階【リジェクト】。あらゆる衝撃はこれによって打ち消され、彼の肉体に損傷を与える事ができない。


 しかし、その防御も絶対的なものではなかった。


「【焦熱を此処に】」

「おっ」


 圭介の周囲に炎が舞う。

 第六魔術位階【トーチ】によって発生した小さな火を第四魔術位階【パイロキネシス】で増幅させた結果だ。物体の動きに干渉する念動力魔術は高い熱を受けてその速度と精度を増す。


 ダグラスが使う魔術、抵抗力操作には弱点がある。


 一つは方向性を持たない力、いわゆるスカラーと呼ばれるものだ。今回の場合それは炎であり、彼が“アクチュアリティトレイター”の攻撃を停止させたとしても熱を防ぐことはできない。

 特に白兵戦ともなれば一瞬での的確な判断が必要とされるため、熱源から体を遠ざけるというわかりやすい反応に行動を制限される。


 二つ目には密着した瞬間に発生する運動量を防げない事。

 こればかりはダグラスの努力や機転で補える範疇ではない。魔術とは同じ箇所で断続的に発動しようとするとどうしてもインターバルが発生してしまい、その空隙を突かれるとまずもって対処が間に合わないのだ。

 魔力が肉体と密接に関わっている以上どうしても機械的(オートマチック)な挙動には限界がある。なので圭介が編み出した“スパイラルピック”やエリカの炸裂する魔力弾は受けてしまった時点でダメージが通るのである。


 そして三つ目、最大の弱点が魔力の消費。

 あらゆる物理攻撃を防ぐ彼の【リジェクト】だが、抵抗力で運動量を相殺するという特性を考えれば寧ろ圭介との相性は最悪と言える。

 素手での殴打と“アクチュアリティトレイター”での殴打が同じ魔力消費量で防げるはずもない。圭介の攻撃を防げば防ぐほど彼の魔力は大きく削れていくのだ。


 これらの要素を総合した結果、圭介が出した結論は【パイロキネシス】を使用した状態で殴り勝つという極めてシンプルなものだった。


「ゴードンのジジイをぶちのめしたやつか。いいねぇ楽しくなってきたじゃねえの」

「うっさいなあとっととかかってこいよビビってんのかオォン?」


 ただこの作戦には致命的な弱点が存在する。


(僕もあんま長く付き合ってられない!)


 レイチェルの安否確認を急いでいるのもあるがそれだけではない。

 単純に、この戦い方は長期戦に向かないのである。


 季節は真夏。加えて場所は太陽に近い都庁の屋上だ。

 こんな中で炎を身に纏って激しく動けばすぐに脱水症状を引き起こしてしまうだろう。


「おう、わりぃわりぃ。んじゃ覚悟決めようぜェ!」


 そう言うとダグラスが勢いをつけて真上へと跳躍する。直前に踏み抜かれた屋上の床が割れた。


 上空で身を逆さまに翻すと同時に真下に向けて“エクスキューショナー”の切っ先を構え、圭介目がけて突っ込む。

 足の裏が触れている空気抵抗を強めて踏み抜くための足場としたダグラスの動きは、獣人が持つ驚異的な脚力によって弾丸のように加速する。


 圭介はその突進の軌道から難なく離脱できたものの、離脱してから奇妙な事実に気づいた。


(いやコイツがこんな避けやすいだけの攻撃するか?)


 これまでの戦いで得た信頼とも呼べるものを起因とする違和感。

 そしてダグラスの接近とともに発生する風に対して抱く既視感。


 それを抱いた時点で既に手遅れだった。


「おらァァァァああああ!!」


 二度目となるダグラスの着弾と同時、強い振動と暴風が屋上全体を包み込む。

 そうして圭介が立っていた屋上が――否、都庁の上層階全体が粉々に砕け散った。

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