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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第九章 プロジェクト・ヤルダバオート編

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第六話 蟲群蚕食

「ここまで来てしまえば今更繕う必要もないな」


 言って自身の体を覆う虫の軍勢から数匹、(つぶて)よろしく甲虫を射出する。それらは全て圭介を狙って放たれた。

 直線的に過ぎるそれを水の剣で薙ぎ払うも包囲されているという危機的状況は変わらない。


 何より今、この状況を作り出したであろう元凶と思われる相手が目と鼻の先にいるのだ。


「バイロンさん、あんた……」

「私が騎士団に所属して一年も経たない頃だったか。あの忌まわしき“大陸洗浄”で多くの同胞が死んでいく様を見せつけられてきた」


 バイロンが気絶しているガイを離して、その掴んでいた右手をずるりと持ち上げる。絡むムカデやヤスデがぼとぼとと滴るように落ち、それらは着地と同時に黒い液体となっていく。

 虫に覆われた手のひらを見つめる彼の瞳には無力感と虚無感が宿っていた。


「実家の店を継がせようとする親から逃げるように王都へ来て騎士になった者がいた。彼は両親と和解する事なく上半身を圧砕された」


 その手を力強く握りしめる。

 握り潰された虫は先の地面に落ちた虫と同じように、泥のような黒い粘液となってバイロンの手に吸い込まれた。


「幼き時分に出会った騎士と並ぶべく日々精進し続けた者がいた。彼は目の前でその騎士を焼き殺され、三秒後に同じ末路を辿った」


 腕を伝う黒い液体はやがて再度別の甲虫へと姿を変え、またバイロンの肉体に纏わりつく。

 まるで最初から汚泥の如き姿が本来であり、虫の姿こそが仮初のものであるかのように。


「何を目標と定めるでもなく、ただ周囲の声に応じる形で騎士になった者がいた」


 足元に溜まる黒い液体が拡がり、そこから這い出るように無数の甲虫が出現する。


 それら全てが圭介達に殺意を向けていて、しかし全てバイロンから漂う殺気に及ばない。


「彼女は初めて騎士である意味を己が生涯に見い出し、直後にその生涯を終えた」


 彼の言葉。彼の態度。この状況。

 大体のところは誰もが察する。


 バイロンは騎士であると同時に排斥派だ。

 それもヴィンスと同じような、(うしな)った悲しみを起因とする者。綺麗事を用いた説得など何も意味を成すまい。


「トーゴー・ケースケ。貴様は知らないままで良い。深い悲しみも激しい憎しみも、身を裂かれる痛み苦しみさえも」


 鬼哭も慟哭も飲み込むが如く体の表面にいた虫達が、バイロンの体の内側へと吸収されていく。


 その下にあるのは騎士団の鎧ではなく喪服だった。

 黒いスーツに黒いネクタイ。憂いを帯びた顔は肉親に先立たれたと言われても信じてしまいそうなほどだ。


「ただ、ここで死ね」

「下がれ!」


 直後に飛翔する虫の群れから庇うように、セシリアが前に出た。既に“シルバーソード”を構える彼女に甲虫達の突進が命中する。


「ケースケ逃げろ!」

「でも、ガイさんが……」

「あの人はあの程度で死なん!」


 飛来する鳩と変わらない大きさの甲虫を水の剣で斬り払いながら、圭介は倒れ伏すガイの姿を見た。

 呼吸はできているようだし目立つ外傷もない。ただ震えが止まらないのを見るに毒か何かを受けている可能性は充分に考えられる。


「【解放“フリーリィバンテージ”】!」


 せめてここから連れ出せないか、と考えていると白い包帯が伸びて彼の体に巻きついた。同時に葡萄色の燐光がガイを包み込む。


「ケースケさん、ここは俺も残るんで早く行くっす!」

「いや、え!? でもレオも……」

「周りをよく見るっす、倒れてるのはガイさんだけじゃない!」


【サイコキネシス】を巡らせながら周囲を見てみれば確かに、他にも倒れている誰かがそこかしこにいた。

 全員が鎧を着込んで剣を握っている。ガイがいたのも加味するに、彼らは第六騎士団に属する騎士なのだろう。


 バイロンは副隊長という立場にありながら、彼らを裏切った。

 そして、人数差をものともせず勝利したのだ。


「レオも客人だろうが、すぐに逃げろ! まずケースケを連れてハディアの設置場所に……」

「邪魔だ」

「っぐう!」


 セシリアはレオに語りかけている間もバイロンから目を離していなかった。だが相手は一瞬で距離を詰め、腕から無数に生える黒い突起で剣を弾き飛ばそうとする。


 相手の視界から消えるなどの技術を用いた純粋な歩法ではない。

 明らかに魔術を用いて、バイロンは己の座標を変えていた。


「行こう、ケースケ君! 私達がいたら余計にこんがらがる!」

「わかった!」

「もうこっちゃ色々こんがらがっとるわい!」


 ミアに言われるがままユーを抱える圭介とエリカは空港の奥へと進む。滑走路から離れた艇庫に向かう最中でも無数の甲虫に襲われたが、それぞれは大して強くもない。

 水の剣を振るい、あるいは魔力弾で撃ち抜き、もしくは盾に付属する刃で切り裂く。それだけで対処できる程度のものだ。


(だからって安心できない)


 その程度の存在だけなら騎士団の一個小隊が壊滅するはずもないと、圭介でさえ理解できる。

 ガイの様子を見るに毒でも持っているのか、あるいはバイロン個人が突出して強力なのか。


 いずれにせよ防衛に特化したミアと中距離戦闘を得意とするエリカが一緒にいてくれるだけで安定感が段違いだった。寧ろセシリアとレオの方が心配ですらある。


 とにかくまずは自分がこの場から離れよう、とハディアの設置場所を目指して三人で走った。

 走って、走り続けて。

 足を止める。


「……おい、アレって」


 足を止めたエリカが息を呑む。


 異世界転移の原理を調べる過程で圭介はハディアの性能や構造についても軽く勉強していた。その過程で簡単な構造、中心部位の核となる部分などについての知識は初歩的なものだが頭に入れてある。


 それだけに、粉々に砕けたそれが既に機能していないのを一瞬で理解できた。


『基盤に付属しているチップがへし折れています。転送はできませんね』

「いやそれだとどうやって戻るんだよ。僕なんかはまだ飛べるから違うけどさ」

「まあ時間さえ経てば国が何とかしてくれるだろうけど……それもここから生き残れたらの話になっちゃうだろうね」


 言うと同時、ミアが背後に向けて鋭い蹴りを放つ。振り返れば大型犬ほどはあろうテントウムシが頭部を潰されて地面に落ちていた。


「ここも安全とは言えないみたいだし、ケースケ君はエリカと一緒に下降りた方がいい。私まで乗っちゃったら多分重量オーバーだし」

「いやおい、ミアちゃんお前」

「ダグラスがいるんでしょ」


 その名前を出す彼女の表情は真剣そのもので、同時に切ないまでの無力感を内包している。

 同級生の間でもその丈夫さを評価されているひし形の盾を指先で撫でつつ彼女は小さく息を吐いた。


「少なくとも今の私は物理抵抗力操作なんてものに対抗する手段持ってない。でもエリカは魔術の相性で攻撃するくらいできるし、ケースケ君はそいつに殺されないために色々考えてきてると思う。二回襲撃を受けて二回とも生き残ってるのは事実だしね」


 話している間も外からの攻撃は続いているのだろう。周囲を囲む艇庫の壁がミシミシと音をたてて歪んでいる。

 やがて、シャッター部分が突き破られて黒く尖った何かが突き出された。


「校長先生には来るなって言われてたみたいだけど、どうせ都庁行くんでしょ? なら私が足手まといになるわけにもいかないよ。ここで騎士団の人達や、レオ君が生き残れる確率を少しでも上げたい」

「ミアちゃん……」

「ただケースケ君、悪いけど先にユーちゃんだけ学校に連れていってあげて。あそこなら人が休むためのスペースとかもあるはずだから」


 これほどまでにしっかりしていて普段エリカやユーに常識を説いている彼女が、「来るな」と言われた場所に「行け」と言う。

 その言葉がいかなる起源から生じたものかを噛みしめて、圭介は自身のグリモアーツを取り出す。

 同時にシャッターの裂け目から無機質な甲虫の顔が、凶悪な造形の角とともに飛び出した。


「【解放“アクチュアリティトレイター”】」


【解放】してすぐ巨大な金属板を振り回し、迫ってきていた虫の群れを【サイコキネシス】で一度吹っ飛ばす。

 次いで地面に置いてユーを抱えたままその上に乗った。


「エリカ、僕の腰に掴まって」

「……わかった。ミアちゃん、悪いけどあたしら行くわ。無事でいろよ」

「そっちもね」


 そんなやり取りを終えて、圭介とその腰にしがみつくエリカは空港から脱出する。

 ダグラスがどこかで見ているかもしれないと警戒しているのだろう。抱え込むユーに負担をかけないよう、ゆっくりと地上に向けて降りていくのがミアの視界からも見て取れた。


 パーティメンバー達がひとまずこの場から離脱したのを見送って、ミアは薄く笑みを浮かべてから自身の戦闘準備に入る。


「【行く当ても定まらないまま 柵を跨いだ羊の群れよ 呆然と眺める私を置き去りに どうか自由を知って欲しい】」


 第六魔術位階【アクセル】による加速を得て小走りで向かうはセシリアとレオがいる滑走路。

 見れば全身に虫を纏い短距離ながら瞬間移動するバイロンに、二人揃って翻弄されているようだ。


(今、私がやるべき事は)


 近距離戦闘ではセシリアに劣る。

 回復魔術ではレオに劣る。


 だが、その二人よりも優れている数少ない点があった。


「セシリアさん!」

「っ、ミア!? どうして戻って……」


 一瞬気を逸らしたセシリアの正面にバイロンが現れ、右手から突き出る蕾にも似た巨大な突起を掲げる。

 悪い気もするがミアの狙い通りだ。少なくともこの中で一番の脅威は王城騎士のセシリアと判断したのだろう、相手の意識は大半が彼女に注がれている。


 だがそこは優れた身体能力を持つ猫の獣人、それも【アクセル】による恩恵まで得ているミアの速度なら容易に対応できた。先ほど見たバイロンの瞬間移動もかくやという速度で追いつける。

 そして鋭い一撃を“イントレランスグローリー”で受け止め、突き出された右手を空いた左手で掴み取った。


「むっ」

「【遠く昏きを厭わず灯せ 道の果てに燭台が待つ】」


 掴んだ手首が急激に膨張する。黒い液体が染み込んだ喪服の袖から現れたのは、小皿ほどの大きさを持つ無数のキマワリやテントウムシだ。

 指にかかる圧迫感で拘束を緩めそうになるもミアは握力を強めて無理やりしがみつく。潰れる虫たちは黒い粘液を迸らせて潰れていき、その感触が酷く不愉快に思えた。


 だが、まだ離していない。


「【其は闇を不要と断ずる聖の焔 立ち止まる闇よりもその先の景色を求めし者】」

退()け」


 今度はバイロンの背後から三匹のムカデがずるりと出現してミアに向かう。

 頭部の先端についた扇状の外殻は鋭い刃となっており、帯のような体も相まってまるで存在そのものが凶器に見えた。多少鍛えている程度では少女の柔らかな肉など一瞬で二十か三十分割されてしまうだろう。


 しかし、山吹色の燐光を纏う体はその鋭利な暴虐を受けてなお健在だった。


「ちぃっ、面倒な」

「【何となれば手当たり次第に丸ごと焼いて暗がりを照らそう】」


 第五魔術位階【メタルボディ】。筋肉量においては他の種族より幾分か優れている獣人にとって、強力な自己防衛手段となる身体強化術式である。

 未だ不完全ながらもミアが使うそれの頑丈さは甲虫の力を凌駕するようで、這い回る無数の節足と外殻を受けてほんの僅かな擦り傷さえつかない。


 そして彼女の戦闘スタイルは肉弾戦の中にあって呪文の詠唱を成す古武術、カサルティリオ。

 一瞬一瞬の攻防をやり過ごせばそれだけ口を動かす時間を確保できる。

 相手の戦略を潰せば潰しただけ勝機に近づける。


「【ホーリーフレイム】!」

「ぐっ……」


 盾から射出された眩く輝く炎の矢を受けて、バイロンが爆発とともに後方に吹っ飛んだ。纏っていた蟲を振り払って滑走路の上を喪服姿が転がり回る。


 至近距離で第四魔術位階を命中させたもののミアの表情は晴れない。


 遠距離にまで届いてなお威力が死なない【ホーリーフレイム】を真正面から受け止めたなら、通常は肉体を貫通して然るべきなのだ。しかし結果を見る限り生じたのは爆発、加えて相手は大きな怪我を負ったわけでもなさそうに見える。


 想定外の防御力に戦慄するも一筋縄でいかない相手だと覚悟はしていたし、どこか殺さずに済んだことへの安堵もある。客人を打倒しようとする勢力なのだから客人に匹敵する戦闘能力は有していておかしくない。

 ふっと息を吐いて気合を入れ直すミアの隣りにセシリアが並び、レオも後ろから駆けつけた。


「無茶をするな馬鹿者。……お前がいるという事は、ハディアは駄目だったか。ケースケとエリカは?」

「先に学校に向かわせました。ユーちゃんを避難させるのが最優先なので」

「他の騎士の人達はもうある程度回復させたっすけど、無理させたくないんで陰の方でまとめて寝てもらってるっす。そんでっすね」


 煙の中で立ち上がるバイロンを睨みつけ、手に包帯の束を握りながらレオが言う。


「あの人が使役してる蟲、毒を持ってるみたいっす。ミアさんはさっき防げてましたけど、セシリアさんは肌が露出してる部分に攻撃を受けないよう気をつけてほしいっす」

「わかった。レオもなるべく自力で避けろよ」

「……カサルティリオを使う獣人に王城騎士、それと回復魔術で支援する客人か」


 体についた砂や埃を払いながら喪服の男が歩み寄る。見れば破れた衣服の向こうに見える肌はみるみる内に傷を直していき、どころかシャツまで黒い粘液を滲ませながら元通りの形状へと戻っていくのが見て取れた。

 回復力だけで説明できるものではない。その特異性に三人の警戒心はより一層強まる。


「面倒だがまだこの騒ぎを収めるわけにもいかん。加えて立場を明確にした今、そこの客人を見逃す理由もない。トラロックの時は耐える必要があったもののこれで心置きなく殺せるというものだ」


 数秒で完全に無傷の状態となったバイロンが再度足元に黒髄液の水たまりを展開し、そこから無数の蚊にも似た羽虫を出した。

 毒という攻撃手段が露見して隠す必要がなくなったのだろう。酒瓶ほどの胴体を有するそれらは明らかに何かを注入する行為に秀でた造形をしている。


「レオは下がっていろ。前衛に不向きというのもあるが、恐らく奴が優先して殺そうとするのは間違いなくお前だ。最悪ミアと一緒に逃げてくれても構わん」

「だ、大丈夫っす……」

「私も逃げませんよ。この人をこのままにしておいたらあの二人にユーちゃんを任せた意味がなくなっちゃうし、こんな規模で毒虫を操るような相手と市街地で追いかけっこは避けたい」


 言いつつミアとセシリアがそれぞれ構えた。

 同時にゆったりと歩いていたバイロンが足を止める。


「我らが壮挙の妨げとなるならば同じ大陸の出身だからと手心を加えるつもりもない」


 彼が手を上げると、周囲に巨大な甲虫が集合してきた。

 それこそ飛空艇もかくやという大きさのものばかりで、それら全てが三人を無機質な瞳で見つめている。


「精々構えるがいい。ジェリー如きに仲間一人減らしているようではあの人どころか私にさえ遠く及ばんぞ」


 その言葉を合図としたかのように蟲の群れが羽を広げた。


「そこから離れるなよ、レオ!」

「もしもの時は回復よろしく! あと背後には常に気をつけて!」

「了解っす!」


 応じて剣と盾が魔力の光を帯び、包帯が宙を舞う。

 蟲に囲まれた浮遊島の上、次なる激闘が幕を開けた。

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