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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第九章 プロジェクト・ヤルダバオート編

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第三話 轍

「セシリアさんごめんなさい!」

「うわぁ」


 足場が角度を大きく変えても問題ないように、ユーが“レギンレイヴ”を飛空艇に深々と突き刺した。よく見れば柄の部位に【鉄纏】を絡ませて固定している。

 その様子を見ていた圭介が躊躇のなさに軽く引く中、運転席からセシリアの「いやちょっと待て何を謝られたんだ私は!?」という困惑に満ちた声が轟いた。


「あっ……」

「あーあ」

「おいレオ、あそこの二人のリアクションは何だ!」

「知らない方が良いっす」


 どうやら中にいる他のメンバーからは、天井から突き出る刃が見えているらしい。


「とりあえず急旋回しても平気みたいなんで!」

「くそっ、もしもの時はケースケ頼むぞ!」

「おいユーちゃんマジで大丈夫なんだろうな!?」

「ユーは大丈夫!」

『機体の方もこのまま飛行を継続して問題ありません』


 アズマが損傷を許容範囲と見なしたと同時、機体が大きく傾き方向転換する。直後、つい先ほどまで飛空艇が存在していた空間を薄紫色の何かが通過した。


 下から上へと飛翔するそれは、“ウィールドセイバー”の先端を真下に向けて飛行するジェリー・ジンデル。


 第三魔術位階【噴泉】を下に向けて撃ち続けながら、噴射する魔力の勢いで上昇していた。無茶苦茶なやり方だが空中での機動力は魔動バイクを凌駕するようで、刃の向きを変えながら逃げる飛空艇を執拗なまでに追跡する。


「【鏃・五月雨】!」


 撃ち落とすべくユーが柄の部分に魔力を込め、無数の魔力の矢をジェリーに向けて飛ばした。が、強烈な【漣】の障壁に阻まれて鎧から露出した部分に当たらない。


「無駄な事を!」


 ジェリーを撃ち落とす手段が無いなら速度で劣る以上、飛空艇に逃げ切る手段などあろうものか。


 やがて傾く機体の上に鎧と同じ材質の革で覆われたブーツが叩きつけられた。歪曲した刃を凹凸の部分に引っかけている関係で、多少振り回されても落ちてくれそうにない。


 お互い数歩で剣の届く範囲に入るであろう距離感にあって、師弟は睨み合いながら一秒間だけ静止する。


「なるほどなァ」


 引っかけていた“ウィールドセイバー”を外してジェリーの体が一瞬浮遊する。そのまま足元を強く蹴りつけると、がくん、と艇体が再度傾いて重力と垂直の状態に戻った。

 規格外の脚力が操縦による制御を超えた結果だ。その証拠に蹴られた部分が陥没している。


「あそこからどう助かるかと思ってたが……ケースケのグリモアーツに助けられたか。改めて見るとあんたが言ってた強さってのがわかってくるもんさね。数が揃ってるってのは、本当に厄介極まる」


 呟きながら視線を目の前の愛弟子に注ぐ。足場が安定したことでユーも“レギンレイヴ”を引き抜き、構え直した。


 嘗て自身を打ち負かしたユーの力――仲間との力を高く評価しているような発言だが、しかし顔には嘲笑が浮かぶ。


「結局つまり要するに、だ。アタイも一人で戦うべきじゃあねえんだろう」

「……何ですって?」


 ユーのみならず、優れた感覚の持ち主にとって索敵手段は【漣】のような魔術だけではない。周囲の音や空気の振動、熱の移動などを感じ取る技術で体の外側にまで触覚を延ばせば最低限の気配を察知することもできる。


 が、彼女の感覚は敵勢力の増援を感知していない。


「ああそんな警戒すんなって、別に他の奴を連れてきたってわけじゃないのさ。そんなのあんたも興醒めだろう? アタイから見ても邪魔にしかならないしね」


 言ってジェリーが左目を覆う眼帯を外す。


 以前ユーとローレンによって穿たれたそこには、彼女の魔力と同じ薄紫色に輝く宝石が埋め込まれていた。眼窩を伝って外へ這い出るかのように奇怪な文様が目元で蠢いている。


「ただ、さ。使えるのがアタイ一人分の力だけってのも、なかなかに寂しいと思わないかい」


 それがただの文様ではないと気付いた時、ユーの背筋に冷たい感触が奔った。


「貴女、まさか……!」

「ユビラトリックスでこそこそと調べものしてたらしいじゃないか。それならプロジェクト・ヤルダバオートについてはもう知ってんだろう?」


 プロジェクト・ヤルダバオート。

 死者が持っていた魔術を奪い操る禁忌の技術。


 本人の適性と無関係に対象となるグリモアーツの力を最大限引き出し、尚且つ自らのグリモアーツもそれはそれとして使う。単純な話、戦闘での選択肢が爆発的に拡幅されるのだ。


 そして既に原型を留めていない左目周辺の文様は、恐らくオリハルコンが含まれる錬金術。

 霊符と類似した形で彼女は眼球に第二のグリモアーツを保管していた。


「見ての通りちぃっと埋め込まれちまってさァ。何に使えるもんか知らないけどまあジンクス代わりに、なあんて気持ちで受け取っといたんだが……なるほどこの状況なら使わない手はないねえ」


 反則じみた力を反則じみた強さの殺人鬼が使おうとしている。

 トラロックで見た脅威を知るユーからしてみれば、当然ここで見過ごせるはずもない。


「【漣】――」

「遅いよユーフェミア」


 半ば反射的に【漣・怒濤】を放出しようとユーは“レギンレイヴ”を振り上げた。

 しかしその瞬間、急接近したジェリーの“ウィールドセイバー”の先端が柄に当たって押さえ込む。こうなれば伸び切ってしまった関節を振り下ろす手段がなくなり、刀身に纏わせた魔力も届かない。


 目の前に禍々しく輝く義眼が迫った。

 光で視界を塞がれた状態からの蹴りや斬撃などといった奇襲を恐れて最小限の動きで後退するが、結果どうしても妨害が間に合わなくなってしまう。


「【解放】」


 凶悪な笑みすら覆い隠すように、より一層左目の輝きが増す。

 目を焼かれまいとユーが“レギンレイヴ”の刀身をかざした。透けた刀身は完全には光を遮断しないが、そのおかげで向こう側の動きがよく見える。


 見えるからこそ、絶望だけはどうしても防げなかった。


「【“オブシディアンカルテット”】」


 ジェリーが第二の【解放】を終えると同時、彼女の体が魔力とマナの燐光に持ち上げられてふわりと宙に浮く。

 それは、足元から浮上するように顕現した。


「……どう、して」


 まず見えたのは四台のバイク。黒く独特な照りを持つそれらは透明感こそないものの、宝石や貴金属とはまた異なる美しさを秘めている。

 誰かが乗るのを想定していないのか、座席があるべき場所には鮫の背びれにも似た大きな刃が搭載されていた。


 その四台を太く重々しい鎖で繋ぐのは、二つの大きな車輪に挟まれた座席。

 ジェリーが鎮座するそこは一人で座るには少々広く、“ウィールドセイバー”を持ったまま横に伸ばす腕が何かに引っかかる様子もない。


 本来ならば馬が担うべき部分をエッジ付きの二輪車に任せているが、それはクアドリガと呼ばれる古き時代の戦車に相違なかった。


「どうして貴女が、それを」


 飛空艇の横幅を埋める大きさのグリモアーツに、ユーが見せたのは戦慄などではない。


 驚愕。困惑。畏怖。悲哀。

 そしてそれら全てを遥かに越える、深く透き通るような懐旧。


「何も不思議なこっちゃないだろう。あんたもあんたのお仲間連中も知ってるはずだよ。アタイの後ろにいる連中はかの悪名高い神殺しの双翼、“涜神聖典”トム・ペリングの“ブラスフェミー”だって調達できちまうんだ」


 コツン、とジェリーが左の拳で座席をつつく。




「だったら、お前の親父のグリモアーツくらいあっても不思議じゃないだろう」




――その小突かれた座席に、小さい頃たった一度だけ座った記憶があった。


 あれは確か七歳の誕生日だったか。体の弱い父が「一緒におでかけしたい」という娘のわがままを聞き入れて、あの大きくて綺麗なグリモアーツを使ってピクニックに連れていってくれたのだ。

 母の運転の荒さも絡んでか、家族三人で外出するというイベント自体あれが最初で最後である。翌年の誕生日も乗せてもらえればなどと無理を承知で夢見たが、父の体調が急変してそのまま帰らぬ人となり結局その夢は夢に終わった。


 以降、父のグリモアーツは長老が管理する(ほこら)に預けたままのはずだ。あの場所は強固な結界に守られていてジェリーと言えども容易に侵入できる場所ではない。


 しかし現実として父親が持っていたクアドリガのグリモアーツ、“オブシディアンカルテット”は目の前に存在している。

 自身を鍛えた嘗ての師を乗せ、自身に牙を剥こうとしている。


「じゃあこれで最期になるんだろうし。せっかくだからリクエストしてみな」


 エンジン音が鳴り響く。四台分ともなれば巨大な獣の唸りを間近で聴かされているようだ。恐らく飛空艇の中にいるミアは急いで耳を押さえただろう。


 その音に紛れて、酷薄な笑みから漏れる声が耳朶に届く。


「師匠に殺されるか親父に殺されるか。好きな方を選んでいいよ、ユーフェミア」


 並みの人間であればそれだけで萎縮するような爆音と物々しいグリモアーツ、何より濃密な殺意を前にしてユーは怯んだ様子を見せない。

 ただ、応じるかの如く唸るような声を出した。


「……あの人はそんな大きな音を出さなかった。ご近所迷惑になるし、森の生き物を怯えさせてしまうから、って」

「あん?」

「【解放】するにしても場所を選んでた。広いスペース、家の庭以外なら駐車場の空いた場所を選んで、離れた位置にいる人達にまでわざわざ声をかけて。どの方向を向いた状態で出すかまで細かく説明して呆れられて、しょんぼりしてるところにお母さんが『普段外に出ないから気を張り過ぎてるのね』って言って笑って……」


 いつかは別の人になって失われてしまうのだと、エルフの宿命を知りながらそれでも大事に抱え込んできたあの日の情景。

 今も色褪せてなどいない。優しかったあの人が生きていた痕跡は、心の中に残されている。


 そうして自分達が生きてきた痕跡を残し、それを次に繋げる事でエルフは自分を自分に残せるのだと。

 泣きじゃくる自分に母親が優しく教えてくれたから。


「へぇ。その頃はお前だってまだまだ小さかっただろうに、随分としっかり憶えてるもんだ」

「憶えてますよ」


 胸元に下げるブローチ型の魔道具、ハリオットを握りしめる。

 ここまでどうにかジェリーを相手取りながら無傷で生き延びている彼女だが、組み込まれた回復術式で何が癒せたのだろうか。


「忘れるわけが、ない」


 ユーの胸中に火が舞い上がる。

 それは快楽殺人鬼の殺意に劣らない激情。


 亡き父との思い出を踏み躙られた事への、怒りであった。


「そうかい」


 しかしジェリーにとってその反応は、戦闘続行の意思を確認するための判断材料に過ぎない。


 だから軽く笑って流す。

 心の動きより体の動き。思い出の重みより刃の重み。


 戦いなど所詮それだけだ。それだけのやり取りだからこそ愛せるのだ。


「なら簡単に終わらないでくれよ」


 そんなちょっとしたやり取りを皮切りに、四台のバイクと一台の戦車が走り出す。

 高い位置に剣を構える敵に向け、ユーも両足の駆動を最大限活かして跳躍する。


 交差する“レギンレイヴ”と“ウィールドセイバー”の衝突音。

 今度は空に響かず、エンジン音に飲まれて消えた。

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