第十九話 終着まで走れ
ユビラトリックスの領主邸、その中にある事務室にて領主と使用人頭が向かい合って座っていた。
領地内で予想外の事態に見舞われたアラスターは真剣な表情を浮かべており、自宅を破壊されたカイルは眉間に皺を寄せながら浅く息を吐く。
「……現在、私の自宅地下から出現したフレッシュゴーレムは騎士団の皆様と警備に入っていたセシリア様ご一行が足止めしてくれています。フェルディナントの目撃証言などについてはまだ充分に情報を集めきれていない段階です」
「ふむぅ」
理解し難い現状に対しても冷静に応じられるのは二人がこれまで踏んできた場数によるところが大きい。オカルトや魔術の存在が当たり前に存在するビーレフェルト大陸において、感情すら食い潰す理性こそ上に立つ者の適性となる。
ただ、それでも限界はあった。
「カイル君、報告ありがとうございました。今日は疲れたでしょうからもう休みなさい。客用の部屋がまだ余っていますし、そちらで多少無理やりにでも寝なければ」
「え、いや、しかしこの非常事態に」
「後は残された者がどうにかします。気付いていないのでしょうが、報告中に二度溜息を吐いていましたよ」
「っ……」
優しく力強い声色での指摘に、カイルが押し黙る。
「ご自宅がああなってしまった件についてはこちらでも可能な限りフォローします。細かな物品は難しいかもしれませんが、建築物に関してはまず間違いなく三日以内に修復可能でしょう。魔力付与に秀でた人材にアテもありますから」
「ありがとう、ございます」
「ハハハ、いえいえ。さあもう寝なさい。もし君に倒れられたりしようものなら、それこそ妹さんに怒られてしまう」
冗談めかして睡眠を促すアラスターに、カイルも弱々しい笑みを返す。
返そうと、した。
「失礼します、領主様!」
事務室のドアをノックもせずに開けて入ってきたのはハーフエルフのメイド。この屋敷に仕えてからそれなり経つ彼女は理知的な女性として知られており、本来ならこのような無作法を働くような相手ではない。
だから突然の来訪を咎めるよりも、現状の把握が優先される。
「ど、どうしましたか」
「ま、街が、街が……」
「まずは落ち着いて。えーと、まさかあのフレッシュゴーレムが」
「違います!」
主人に向けてのものとは思えない剣幕に、思わずアラスターもカイルも揃ってたじろぐ。
「おおぅ……」
「おおぅ……」
「フレッシュゴーレムもフレッシュゴーレムで奇抜な状態になっていますが、そ、それどころではなく……」
あれ以上の驚異とは何か。強いて思い浮かぶとするならフェルディナントのグリモアーツだが、彼女の口から出てきたのは予想外の名前だった。
「何者かが空中に魔術円を展開したと思ったら、街の、街に、街が!」
「お、落ち着いてください。何がどうなっているのですか」
「とにかく、お二人とも一旦屋上へ!」
言って彼女はアラスターとカイルの手を引いて走り出す。これまた主人に対するものとは思えない蛮行であったが、領地に何か大規模な異変が生じているのなら説明の内容がどうあれ目視で確認しなければならない。
階段を駆け上がって屋上に出ると、空は青黒く染まっていた。既に日が落ちてしまったユビラトリックスの街並みを領主邸の屋上から眺める。
「なっ」
「うわっ……」
思わず戸惑いの声を揃えてしまう。
荒唐無稽なその光景は、しかし夢などでなく現実のものだった。
* * * * * *
「東郷圭介! そろそろ来るぞ、心の準備を済ませておけ!」
「わぁったよ!」
『何故この人は敵のはずなのに味方のような顔を平然としているのでしょうね』
地上から聞こえるフェルディナントの警告に呼応するかのように、周辺一帯が強く揺れる。
道路が曲がり、建物が歪み、街灯が捻れていく。
街の姿を強引に変えて出来上がったのは、マスタートレントに向かって延びる弓状の長大な道。
レッドキャップ達が有する魔術、【ロックウォール】と【クレイアート】によって実現されたそれこそフレッシュゴーレムを完全なる機能不全に陥らせるための要であった。
そして目印となる魔術円から魔力を帯びた光が降り注ぐ。それに応じるが如く【ロックランス】が魔術円の下、作られた道の両側部からにょきりと生えた。
街路樹ほどの高さを持つ突起に付与されるそれもまた、第五魔術位階相当にまで効果を強められた【コネクト:メタル】。これにより【ロックランス】が巨大な磁石となる。
「こちらの大陸でも誰ぞか知らんが作っていたな。ならば大陸に住まう者共とて存在は知っているだろう」
スピードに特化した彼の発案はやはり速度を重要視したものであり、そのために再現されるのは磁力を用いた客人の技巧。
「これぞリニアモーターカーが原理、フレミングレール! 我々客人の世界に在る超高速の移動手段である!」
作戦概要は至ってシンプル。
『巨大な肉を巨大な樹にぶつける』
そのために何よりも必要となったのが圭介とエリカ、そしてレッドキャップの魔術が織りなす大規模な運搬方法であった。
「な、な……」
当たり前だが作戦の概要もレッドキャップの存在も知らないセシリア含む騎士団一同は、あまりにも奇妙な光景を前にして目を見開くしかできない。
彼らの思考が途絶えている瞬間はある意味チャンスでもあった。
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
鎧に兜、そして剣。
騎士団の有する金属という金属が全身にめり込んだ状態で、フレッシュゴーレムは咆哮しながら前に進もうと蠕動する。
「そうはいくかバカタレ」
空中に浮かんでいた圭介が“アクチュアリティトレイター”の柄を持って浮遊に用いていた【テレキネシス】を一旦解除。後方に立っていたフェルディナントと一緒に自由落下を始めた。
地面との距離はあるもののフレッシュゴーレムを踏み台にすると思えば、高さは着地可能な範囲である。事前に【コンセントレイト】で集中力を強化しておいたからか恐怖心もそこまでない。
斯くして、念動力による補助を失った超重量のグリモアーツがフレッシュゴーレムの頭頂部に突き刺さった。
「アアアアアァァァアアアアア!!」
「フハハハハハハ! 叫び声だけは元気だな!」
「うるっさいな」
「何だと!?」
「違う多分そうじゃない! 発言が気に障ったとか以前に音量がデカいんだよお前もコイツも! ってかいつの間にこっち戻ってきたんだよ怖っ!」
怒鳴りながらすっかり手に馴染んだ巨大な鉄板を少し動かす。がちゃりとした感触からどこかしらの金属に触れているのだろう。
そこに、【エレクトロキネシス】で電気を流す。
「アアッ」
びくり、と足場代わりにしている巨体が震えた。
しかし今回の圭介の目的は感電によってダメージを与える事ではない。
(思い出せ。昨日エリカがやべー改造してたテディベアを動かした時、それと状況は大体同じだ)
フレッシュゴーレム自身が吸収した金属と、エリカの【コネクト:メタル】によって突き刺された金属。それらに電気を帯びさせて“アクチュアリティトレイター”で強引に引きずり移動させる。
移動先の目印はエリカの魔術で赤銅色に輝いている経路上の太く長い杭だ。湾曲した道を描いて設置されたそこまで運ばなければ、フェルディナントの作戦は成立しない。
そして奇しくも、運ぶための練習はあのおぞましいぬいぐるみで済ませていた。
「……うっし、私らも行こうかユーちゃん!」
その足元で気まずげな笑みを浮かべつつミアがユーの体にしがみつき、
「【螺旋】」
「あっ、俺も行くっす!」
ユーがミアを抱え込んで足元に魔力のバネを作成、跳躍して適当な民家の屋根へと着地する。レオも“フリーリィバンテージ”を伸ばして自身を肉塊に引き寄せる形で移動した。
三人が着地した場所の高さは程よく圭介やフェルディナントと並ぶ位置にあり、互いに相手の顔を見て一瞬だけ安堵したような表情を浮かべる。
「なんかごめんね、僕のわがままに巻き込んじゃって。しかも割ととんでもないことになっちゃってるし」
「あーもうこれ、絶対騎士団の人達とか領主様に怒られるやつだよね。私学校では問題とかそういうの全然起こしたことなかったんだけどなあ」
「ミアちゃんしっかり者ってイメージ強いもんね」
「こ、これ、俺の場合カレンさんに後で何言われるか……」
『何か言われるだけで終わるといいですね』
「いやマジで付き合ってくれるとは思わなかったよ。僕とフェルディナントだけでもどうにかこうにかするつもりでいたのに」
圭介が隣りに立つ怪盗の策に乗じた時、結局全員が手を貸すと決めてくれた。
それは結果的にパーティメンバー全員を共犯者にするという意味も持つ。今回フェルディナントに提案された作戦は、あまり周辺に配慮した内容とは言えなかったから。
「まあ、ケースケ君を手伝ってあげたいってのもあったけどさ。そこの怪盗がわざわざ起こさなくてもいい肉団子を起こして、それを止めるために何もしてないあの三人を殺しちゃうっていうのも何か違うなって」
「フハハハハハ! まあそう言うな猫娘よ」
ペストマスクの向こうから笑い声とともに言い訳らしき何かが溢れ出す。コツン、とサーベルの鞘の先端で足元を軽く叩きながら。
「コレもまた哀れな被害者連中ではあるものの、あちらの三人と比べるともはや救う手立てもない。せめて曖昧な意識を残したまま地中で余生を過ごさせるより、外の空気に触れさせながらとっとと殺してやるのが人道的だろうと我輩なりに考えたまでよ」
「人道ってなんだっけか……。っと、向こうまで【コネクト:メタル】が付与されたみたいだ」
エリカの魔術円は全部で二十八門ある。フレッシュゴーレムの上に乗っている今なら、それが全て起動したのを目視で確認できた。
圭介の“アクチュアリティトレイター”を掴む手に力が入る。
「んじゃ、やろうか。三人とも頼んだよ」
「わかった。ケースケ君も気をつけてね」
「レオ君もだよ。拘束が外れたら逃げられる可能性もあるんだから」
「りょ、了解っす」
各々が覚悟を決めたであろうその瞬間を見計らって、【エレクトロキネシス】がフレッシュゴーレムにめり込んだ全ての金属に流し込まれた。
ず、と包帯に包み込まれた巨体が動く。
同時に今度はユーとミアが己の仕事に入る。
「【ささやかな支えが欲しい あとほんの少し寄りかかるだけで倒れる柱を 転ばせずに済ませられるよう】」
「【鉄纏・衣拡】!」
「【フォートメイソン】!」
布の縫い目よろしく細かな編み目を持った群青色の障壁が進路上にある建物を薄っすらと覆い、その上にさらに山吹色の光が宿った。
単純に肉塊を高速移動させればいいというものではない。街への被害を最小限に抑えるためには、建造物に及ぶであろう大規模な損壊も可能な範囲で防ぐ必要がある。
「っぐ……!」
「うぉおお、やっぱキッツい!」
ただ、薄く拡げたとはいえ規模が規模だ。騎士団を目指して日々精進し、数々の修羅場を乗り越えてきた彼女らでも魔力切れ寸前まで追い込まれてしまう。
魔力の総量が多いエルフのユーはまだ余裕があるものの、ミアは既に限界が訪れつつある。迅速に事を済ませる必要があった。
「あざっす! んじゃこれから本格的に動き出すからちょっと離れといて!」
「わ、わかった」
「うぇっ、気持ち悪い……」
仲間達がある程度距離を取ったのを確認して、圭介がフレッシュゴーレムを最初の【ロックランス】が生えている場所へ引きずる。
一つ目のポイントに入った途端、少し前進させるのが楽になった。
二つ目のポイントに入ると、僅かに肉塊が浮き上がる感触を得た。
三つ目のポイントに入る頃には、半分以上磁力だけで動いていた。
「負荷が軽減されたからと気を抜くなよ! 道が大きく曲がっている事に充分留意しろ!」
「わーってるよ! アズマ、先にカーブのとこで待機しといて!」
『わーってるよ』
「いやそこで僕の真似せんでいいわ! 何、そんな微塵もいらない学習機能ついてたのお前!?」
圭介の叫びを無視してアズマが飛んでゆく。その間にも少しずつだが、フレッシュゴーレムの運搬は加速していった。
【サイコキネシス】で周囲を索敵したところ、流石に進路上に侵入する人影は見当たらない。もしそんな人間がいたとしてもフェルディナントがまた地上に降りてどかすだろう。
奇妙な共闘に至ったものだ、と想いに浸って後々怒られるであろう未来から目を逸らす。
既にフレッシュゴーレムは乗用車の速度を越えつつあった。振り落とされないためにも“アクチュアリティトレイター”の柄にしっかりとしがみついて、同時に【エレクトロキネシス】で進行方向を調整していく。
ある程度進むととある雑居ビルが見えてきた。
エリカとレッドキャップ三人組がいるであろうそこに視線を飛ばすと、偶然なのか何なのか窓から自分を見つめるエリカと目が合う。
「……――」
「――……」
言葉を交わそうとして、お互いやめる気配がした。
どうせ届かないし、届かせる必要もない。今は相手がしてくれた、相手がしてくれるという感覚をとことん信じるのみである。
電気を操作する念動力魔術【エレクトロキネシス】の動かし方も段々と理解できてきた。
きっとまだ電撃を繰り出せるほどのものではない。ただ、方向転換に集中するとそれなり思った通りの動きを実現できるようにはなってきている。
とはいえ流石にそこはこれまで会得してきた中でも最高難易度の念動力。慣性の法則に勝てる程度の魔力操作が圭介にはまだできていない。
彼女らのいる雑居ビルを避けて大きく迂回する経路は、曲がる際に強い負荷がかかるのだ。何かと情報を処理しながら電気を送り続ける中、これを御するだけの集中力を圭介はまだ手に入れていない。
肉塊の有する運動量が磁力の強さを上回りつつある中、勢いに乗ったままコースアウトしようとしてしまうのも当然と言えば当然な話だった。
だからこそアズマを先に行かせたのだ。
『第三魔術位階相当防衛術式、展開』
強力な結界を展開しながらの突進。戦闘機すら大きく揺るがすそれを真横からぶつけて、力の向きを変える。
衝撃を受けてずれた軌道は、再度レールの上を沿って的確な移動を始めた。
「ありがとうな!」
『一つ貸しですよ』
「誰だアズマに貸しとか教えたの! エリカか!」
「まあ多分そうだろうな」
背後でうんうんと頷いているフェルディナントを無視しながら、修正された軌道を逸脱しないように魔力を送り続ける。もう方向の調整に集中しても構わない程度には勢いもついていた。
既に更なる外力を要さない場所まで辿り着いた肉塊が、二十二番目のポイントを通過してまた加速する。
もうすぐだ。
もうすぐ、マスタートレントの聳える場所へと到着する。
「フェルディナント、準備できてんだろうな」
「フハハハハハハハハハハハハハ!!」
「どっち? ねぇその反応どっちなの?」
「誰にものを言っている! 吾輩こそ砂金一粒秘めし砂漠も裸足で逃げ出すであろう世紀の――」
「さっさと言えや!」
「準備できてる!」
まどろっこしいやり取りを経て、最後のポイントに差し掛かる。最終的に肉塊はそれこそリニアモーターカーの如き猛烈な速度を実現していた。
ここまで圭介達が振り落とされずにいられたのは主に【サイコキネシス】による身体保護の恩恵が強いが、それ故に魔力の消耗も限界に近い。
霞んできた目線の先で、巨樹の枝葉が風もないのに大きく揺れるのを見る。
矢のような勢いで向かってくる動物性タンパク質の塊をマスタートレントの方も認知したようだった。蛇の頭部にも似た摂食器官を有する触手が幹から無数に生えて、新鮮な肉を迎え入れんとしている。
その一つ一つがきっと、第四魔術位階でようやく相殺できる程度の力を持っているのだろう。なるほど迂闊に戦闘に入るなど愚の骨頂だ。
そこに肉を抱えて突っ込むという事実に圭介がふっと笑いそうになったのと同時、
「さて、仕上げか」
フェルディナントが胸ポケットから一枚のカードを取り出す。
シンボルが浮かび上がる通常のカード型と異なるそれは、トランプに似ていた。
描かれているのは♦のJ。
「東郷圭介。しっかりと掴まっておけよ」
そのグリモアーツを彼はあろうことか、背後に放り投げた。
「えっ、ちょっと――」
「【解放】」
戸惑う圭介も後に得心する。
背後に放り投げたのは、捨てたからではない。
後方で【解放】しなければ危険だからなのだと。
「【“ヨルムンガンド”】」
フェルディナントの【解放】に伴い、背後から響く轟音とほぼ同時。
気づけば目の前に広がる光景は捕食者たるマスタートレントではなく、俯瞰される地上へと変わっていた。
「……あぁ」
投げ出された感覚とともに、空中でひっくり返りながら圭介は見る。
一秒前までフレッシュゴーレムだった血肉の四散する様。
大きな穴を開けて中心からひん曲がるマスタートレント。
そして、それを貫通して尚も直進する真っ黒な一本の線。
否、線に見えるのはそれほどまでに高い位置までふっ飛ばされたからに違いない。実際のそれはきっと恐ろしく頑強で、物々しく、そして長大だ。
グリモアーツ“ヨルムンガンド”。
フェルディナントが有するそれは、天駆ける装甲列車だった。
「とんでもないなぁ……」
まだ辛うじて魔力切れしていない圭介は“アクチュアリティトレイター”を足場にしながら空中で静止し、自身に怪我がないかどうかを確認する。
それも終えて状況を見れば、肉は既に肉塊とは呼べない状態でマスタートレントの背後にあった森に撒き散らされていた。
フェルディナントの言葉を信じるなら、コアとなるレッドキャップ三人組を遠くまで離せばあのフレッシュゴーレムは回復するための手段を損なって死ぬ。
そのため生存本能に従って追跡するので、二度と追ってこられない状態にする必要があった。
そして広範囲に散らばった今、自身の触手で肉を集めるにしても時間がかかるだろう。
「さーて、そんじゃトドメだ」
疲れてはいるもののまだ終わらない。あの醜悪で哀れな肉塊を完全に無力化するには、更なる一手を要する。
「【水よ来たれ】【滞留せよ】」
巨樹から伸びる触手の攻撃を【ハイドロキネシス】で作った水の刃で切断する。この手の攻撃はゴグマゴーグとの戦いで学習済みだ。
そうして尚も上昇し続けた果てに辿り着いたマスタートレントの頂上に“アクチュアリティトレイター”を突き立て、魔力を込める。
「【剣よ 牙に掴まれし者よ】」
半ば強引にだがエルマーから聞き出した、燃焼系の第五魔術位階【フレイムタン】。
その術式を圭介は詠唱とともに構築していった。
「【炎の魔物の糧となれ】!」
瞬間、“アクチュアリティトレイター”の先端が大爆発を起こす。その勢いに負けないよう念動力で炎を受け流しながら真下へ力を込め続けた。
炎の刃はエルマーのものと比べてやや貧弱に見えたが、その差を【パイロキネシス】が補い膨れ上がらせる。
結果、巨樹の頂上から中心の穴の部分に至るまでを真っ二つに切り裂き炎上させた。
焼かれた部分からは触手を伸ばせないようで、こうなれば圭介を襲う手段もない。
幹の中心に穴を開けられ上から半分近くを焼かれたという事態を重く受け止めたのか、まだ燃えていない箇所から伸びる触手の先端から勢いよく水鉄砲が飛ぶ。地下水脈から調達して消火活動に用いているようだった。
(超大型モンスターってどいつもこいつも隠し玉持ってんだなぁ)
驚きはするが嘆きはしない。
圭介達の狙いはマスタートレントを倒す事ではなかったから。
「東郷圭介、下を見ろ」
空中で体勢を整える圭介に、浮遊する“ヨルムンガンド”の先端に立つフェルディナントが語りかける。
言われるがままマスタートレントの足元を見ると、顎を有する触手の数々が落ちている肉片を一つたりとも逃すまいと急ぎ捕食している様が見えた。
肉塊同士が細い触手を伸ばし合って繋がろうとしても、接続される前に飲み込まれていく。あれでは再生など望めたものではない。
「死にはせずともあれだけの損傷を補うために莫大な養分が必要となる今、フレッシュゴーレムはマスタートレントにとってこの上ない栄養源だ。このまま吸収されている間に彼らの移住を済ませれば二度と復活できないだろう」
「寧ろそこまでぐちゃぐちゃにされてもまだ残ってる魔術がなんなんだよ。あの三人がいればまだ戻る可能性あるって話の方が怖いわ」
話す間にも視界が暗くなっていく。完全なる魔力切れには至らないまでも、夜遅くまで動き続けた弊害がここに来て表れ始めた。
(あーくそ、夜行性のモンスターとかそこの怪盗とかが怖いけどこりゃ無理だな。せめて落ちないようにしないと)
緩やかに降下していき、着地。その瞬間“アクチュアリティトレイター”にかかっていた【テレキネシス】も解除されて、分厚い鉄板が地面にめり込む音が響く。
尻もちをついて夜空を見上げると、まだ火は消えていないのか視界の下の方がオレンジ色に染まっていた。
「……やべ、もうダメだわ」
疲労と眠気に見舞われて、知覚範囲がどんどん闇の中へと溶けてゆく。
「馬鹿者。こんな場所で寝ては風邪を引くぞ」
完全に視界と意識が閉ざされる寸前、ペストマスクの怪人が声をかけてくるのが見えた。




