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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第十八話 理念

 フレッシュゴーレムは主な構成組織が動物性タンパク質だからか、他の動物を捕食する行為によって損壊部位の修繕を自律的に施行する能力を有する。

 今回屋敷の地下から這い出てきた個体の場合はレッドキャップの触手を搭載している関係で、散った肉片を引き寄せるという物理的手段で回復手段を確立していた。


 そして、確立しているからといって捕食行動を伴わないとは限らない。それはフレッシュゴーレムにとって唯一にして最大の攻撃手段なのだから。


「ぐあぁ!?」

「ちくしょう、また持ってかれた!」


 伸びた触手の先端が花のように開き、一人の騎士の頭部を咥え込む。攻撃を受けた騎士は兜を急いで外し、地面を転がって退避した。

 フレッシュゴーレムの体表には鎧や兜といった金属の数々が、鱗の如くそこかしこに貼り付いている。


 アガルタ王国騎士団では気流操作を軸とした魔術の会得が複数義務づけられているものの、一方で軽量且つ頑強な鎧に依存して防御用魔術の会得を怠る騎士も多い。

 一応防具だけで大半の攻撃はやり過ごせるのだから魔力のリソースを攻撃に割くのは効率的なのだが、そうなると今回のフレッシュゴーレムが繰り出す“捕食”という攻撃手段に充分な対抗ができないのだ。


 加えて年配の騎士などは寄る年波もあって微妙に反応が遅れてしまい、一瞬の油断が生死を分かつ。

 幸いにも急いで防具を外せば対処できる速度であるため今のところ死者は出ていない。しかし防具の予備が潤沢に用意されているわけではない以上、それらを失った騎士は後方に下がらせるしかないのだ。


 それは事実上の戦線離脱を意味していた。


 そういった問題を起因とした弊害は、徐々に戦場に表れ始める。


「うぷっ、おげ……」

「バカ、吐いてる場合か下がれ!」


 頭部を揺らされて三半規管に振動が伝わり、吐き気を催す者がいた。退避が遅れればそれだけ死ぬ可能性も上がってしまう。

 となれば判断が鈍い者から捕食されていく段階に入るのも時間の問題だろう。ユビラトリックス騎士団は他と比べても特殊な業務に当たっているからか、ここでの経験が長い者ほどこうした大型モンスターを相手取っての動きについていけない場合もあるのだ。


 これまで身に着けてきた防具がグロテスクな怪物の一部となっていく光景も士気を大幅に削ぐ。それが誇りであれ愛着であれ経済的損失であれ、騎士にとっての兜や鎧とはそれだけ重要なものだ。

 更に外観のおぞましさに加えていくら斬りつけても元に戻るどころか、騎士団側の戦力減少に反比例する形で相手の戦闘能力が増強されていく。その徒労感たるや筆舌に尽くし難いものがあった。


「こっちだ!」

「ぐぇっ」


 次第にジリ貧に追い込まれていく戦局の中、セシリアは嘔吐する若い騎士の首根っこを引っ掴んで【エアリフト】で滑空する。それまでその騎士が立っていた位置に触手が振り下ろされ、地面が大きく陥没した。

 既に金属を吸収したそれは杭打ち機にすら匹敵する威力を誇る。人間の力で真正面から立ち向かえるものではあるまい。


 いつまで時間稼ぎできるものかわからない現状に誰もが疲弊していた。ただ魔力切れだけは絶対に避けなければならず、それゆえに第四魔術位階の使用は躊躇われる。


 さしものセシリアも戦慄を覚え始めた、その時。


「フハハハハハ!! 騎士団諸君、我々は帰ってきたぞ!」

「うるっさい耳元で叫ぶな!」


 高らかな声とともに、フェルディナントと圭介の二人が“アクチュアリティトレイター”に乗った状態で空中に現れた。

 騒がしさに応じたのか二人に向けてフレッシュゴーレムの触手が空中へと伸びる。


「【首刈り狐】」


 その赤黒い一閃はセシリアの背後から放たれた魔力の刃で切断され、地面に落ちた。既に他の面子も揃っているようだ。


「……やっと来たか。フェルディナントとの共闘関係については今回不問に付すとして、勝算はあるんだろうな」

「まー私は気に入りませんけど。ちょっとケースケ君が引きそうになかったので、仕方なく」

「ついでにセシリアさんに後で渡しておかなきゃいけないブツも手に入れてきたっす」

「気になるが今はコイツの足を斬り続けなければならん。ミアとレオは負傷した騎士の治療に……ちょっと待て」


 振り返って違和感を覚える。一人足りない。


「エリカはどうした?」

「……ちょっと事情があって、今違う場所で準備してます」

「それも作戦の内か?」

「まあ、そうですね」


 歯切れの悪さに妙な不安を覚えつつ、自分達の方へ振り下ろされる触手を回避する。もう一本の触手による横薙ぎは、ミアの“イントレランスグローリー”が防いだ。

 金属が紛れ込んだ今その威力は相当なもののはずだが、彼女は盾を斜めに傾けてある程度まで威力を削ぎ落とす。


「ユーちゃん!」

「【鉄纏】!」


 冷静な反応によって真上に受け流されたそれがゆらりと揺れている隙を突いて、ユーの“レギンレイヴ”が群青色の魔力を纏い振り抜かれた。


 より頑強になったはずの触手が切断されたのを見て、セシリアがふっと息を吐く。


 今の一撃を難なく受け流すミアと、それによって生じた隙を見逃さず斬撃を繰り出すユー。

 ただ騎士団学校に属しているだけでは至れない境地。その土壌を築き上げたのは、きっと越えた修羅場の数々だろう。


 斬られた触手が再度フレッシュゴーレムの体に接続されている間に、フェルディナントが叫ぶ。


「では作戦開始といこう!」

「作戦つっても結構力押しだろ!【水よ来たれ】【滞留せよ】!」


 クロネッカーに魔力を素とした水が収束し、【ハイドロキネシス】によって剣の形を成す。圭介がそれを大きく振るうと、赤黒い肉塊の表面に大きく傷が(はし)った。


 金属も含む関係で研磨剤を含まないそれは致命傷に至らない。

 当然、それは圭介も弁えている。目当てはレッドキャップの触手による傷口の縫合、それに伴う行動の間隙であった。


「動きは止めたぞ、レオ!」

「了解っす!」


 声かけと同時にレオのグリモアーツ“フリーリィバンテージ”が騎士団に向けて伸ばされ、フレッシュゴーレムの全身に巻きついていく。触手ごと縛り上げる形で全身を覆い隠した結果、醜悪な造形は真白の帯に覆い隠された。

 白い包帯の表面に、葡萄色の帯状術式が浮かび上がる。


「【盃を被るほどに 樽から直に浴びるほどに 己が渦へと沈んでゆけ】」


 そしてレオの短い詠唱が終わると同時、抵抗していたのだろうフレッシュゴーレムの動きが目に見えて緩慢になった。


【リフレッシュ】という魔術がある。泥酔など様々な症状を緩和する第五魔術位階で、レオが普段酔って動けなくなった相手に使うのもこれに該当する。

 それとは逆に悪酔いして暴れまわる輩を鎮圧するために用いられるのが、この【ドランク】だ。


 アルコールによる効果と異なり快楽は伴わず、ただ神経系を術式で侵蝕するだけの術式。

 とはいえ魔術位階が低いので相手が泥酔状態でもなければ軽い目眩をもたらすのが関の山である。それでも適性の高さによるものか、レオによって発動されるそれは一定の効果を発現した。


 その間に、騎士団の方で異常事態が起きる。


「そらそらそらそら!」

「えっ、何お前ちょっと!?」

「うわ俺の兜が!」


 いつの間にやら地上に降りてきていたフェルディナントが目にも留まらぬ速さでもって、次々と兜、鎧、“シルバーソード”を騎士達の体から外して空中に放り投げていた。

 そうして投擲された数々は全て【テレキネシス】で受け止められる。


「フハッハハハハハハハ!! すまんなユビラトリックス騎士団の諸君、だがこれも作戦のためだ!」

「作戦はともかく、せめて一声かけなよ……」


 念動力魔術の動きと気まずそうなミアの声が聞こえた事で、セシリアは圭介達もこの挙動を織り込み済みであると理解した。


 ただわからない。いかなる意図があって、このような動きをしているのか。


「後は頼んだぞエリカ!」


 圭介がそう叫んで没収した金属の数々を、散りばめるようにフレッシュゴーレムへと射出した。


   *     *     *     *     *     *


「――あいよ、ケースケ」


 騎士団が集まっている箇所からは見えない、とある雑居ビルの屋上。そこにエリカと三人のレッドキャップが立っていた。

 コアとなる術式が組み込まれている三人を追っているのだろう。フレッシュゴーレムは明確にそのビルに向かって移動しようとしている。


 圭介の声を聞き届けた彼女はまだカード形態のグリモアーツを右手に持ちながら、左手を胸元に滑り込ませた。

 するりと引っ張り出されたそれは青紫色に輝く逆三角の石が美しいペンダント。


 城壁防衛戦にて第一王女から賜ったエリカの魔道具。

 それは彼女の適性ではなく趣味に合わせた効果を持っていた。そちらの方がエリカも喜ぶだろう、とどうにも彼女に甘いフィオナが見せた気遣いの結果だ。


 今回、それこそが勝機に繋がる。


「【もう一つ上へ】!」


 クロネッカーと同じく、キーワードを口にする事で発動する効果。

 それと同時にエリカのグリモアーツから赤銅色の魔力弾が、フレッシュゴーレムに向けて撃ち放たれた。


 魔力弾は着弾するより先に空中で炸裂し、周囲に浮かぶ全ての金属に同じ色の燐光を纏わせる。

 瞬間、“フリーリィバンテージ”に包まれた肉塊にそれらが勢いをつけて突き刺さった。


 これこそエリカ・バロウズが有する魔道具、ルサージュの効果。

 第六魔術位階の効果を第五魔術位階相当に強化・拡幅する。


 今回強化されたのは【コネクト:メタル】。ぬいぐるみを無残な姿に変えたそれが今、規模を変えてフレッシュゴーレムに襲いかかっているのだ。


「うっしこれで()()()()準備は完了。おいオメーら出番だぞ、作戦通り頼むわ。あのわけわかんねえお面野郎の言いなりってのは癪だがな」


 言いつつレッドキャップ達の方に振り返る。しかし彼らは未だに何か躊躇する様子を見せていた。


「……あの、どうしてここまでするんですか?」

「あ?」

「放っておけば我々もあの同胞達も、静かに生きて静かに死んでいったでしょう。それを掘り返して、我々を助けるために彼らを殺す理由はなんですか?」


 予想外の質問だったのか、エリカはポリポリと頭を掻いて包帯と金属に覆われた肉塊へと視線を移す。


「あー、まあ何だ。理由は色々あらぁな」

「色々とは」

「フェルディナントはお前らが目当てであのデカブツは目当てじゃないから、片方だけ助けてもう片方を見捨てようとしてる。ケースケは、アレだ元の世界に帰りたいからその手伝いをしてる。あっちにいる騎士団の人らはデカブツ放置して被害が出るのを防ぐために戦ってるし、あたしらは……ケースケの仲間だからあいつの手伝いしてる」

「………………」

「部屋ん中しか知らなかったお前らからしてみりゃ身勝手な話だろ? でも動く理由なんて全員そんなもんさ。どう足掻いたってどっかしら“自分のため”が含まれちまう」


 右手のグリモアーツと左手のルサージュを軽く振り回してエリカは続ける。


「そっちはどうする? あのデカブツと一緒に国から追いかけ回される生活を送りたいならあたしら見捨ててすたこらさっさと逃げりゃあいい。まだ騎士団はお前らの存在知らねーからな、上手く立ち回ればワンチャン逃げ切れるぜ」

「そうする理由がありません」

「んじゃああたしらに協力してアレをぶっ潰して自由になるか? つってもあたしらの立場上どうしてもフェルディナントとの争奪戦になりそうでダルいが、まあでもそうやって一旦自由になるって考えもあるんだ。自由になりたいか?」

「その必要性を見い出せません」

「何もしないってか。じゃあ訊くけどよ」


 呆れ半分の笑顔を浮かべて、彼女は再度レッドキャップ達の方を向く。


 子供に道理を教える、その表情はさながら慈愛を携えた母のようで、


「何もしない理由だの動かない必要性だの、んなモンどこにあんだよ」


 厳しい父のようでもあった。


「これまで生きてきた中で経験が足りてねえからそうなっちまうんだろうがな。動機不足を動かないための言い訳にする癖がついちまうぜ。他にやりたい何かがあるならまだしもお前らの場合そうじゃねえだろ」

「…………」

「意味もよくわからねえで理由や必要性って言葉を使うんだったら、あたしが今から教えてやるよ。どうしてここまでするのかって?」


 エリカが未解放状態のグリモアーツを掲げると、赤銅色の魔術円が空中に展開されていく。それらは散りばめられず点々と続いて一本の軌道を描いていた。


 フレッシュゴーレムの真正面からエリカ達がいる雑居ビルを避けるように迂回して、マスタートレントの方へと。


「楽しいから遊びたい。ムカつくから殴りたい。儲かるから稼ぎたい。そりゃ好き好んで生きてるんだもんよ色々あらぁ」


 ニヤリと笑う彼女は、グリモアーツを【解放】する。

 赤と青の二丁拳銃が具現化された途端、空中に展開された魔術円も合わせて膨張する。




「そういうの全部まとめて、人間(あたしら)は生きがいって呼んでんだ」




 言葉を受けて、しばらくレッドキャップ達は動かずにいた。

 やがてその中の一人、小柄な個体が口を開く。


「……他の二体がどう動くかはわかりません」

「おう」

「しかし私はあなたから、何か重要な情報を得たように思います。ですから」


 言いながら手をかざすとその手元に小さな、しかし複雑な魔術円が生じた。

 彼が操っている死体が生前持っていた魔術の残滓である。レッドキャップの秘匿された特性として現れたそれを、エリカは多少の警戒とともに見届ける。


「まずはやってみようかと思います。ひとまずは、作戦通りに」

「……私も、同じく。手伝います」

「私も。事態が収束したら、暫しその言葉の意味を考えてみようかと」


 他の二人もまた、同様に魔術円を展開する。

 彼らの適性についてはフェルディナントから聞いていた。周囲の土や岩で防壁を作り出す魔術【ロックウォール】、同じく鉱物で杭を作り出し対象に突き立てる【ロックランス】、そしてそれらを柔らかく変化させる【クレイアート】。


 それらを防御でも攻撃でもなく、とある目的のためエリカの魔術とともに応用する。

 そのために必要な準備は全て整いつつあった。


「んじゃ、やるか」


 その笑顔に呆れの感情はもうない。

 からりとした笑顔を浮かべて、エリカはそんな風に気楽に言った。

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