第十四話 届かず見えず知らない部屋
アラスターからクエスト内容更新の通知を受け取った圭介達はこのまま続行する旨を伝え、夜まで暫し通常の警邏業務に参加していた。
今回圭介と組んでいるのはエリカとユーの二人である。
彼らが歩くのは正午を少し過ぎた辺りの歓楽街。人はおらず、どこか寂しい雰囲気を纏っていた。
「カイルさんの家、今どうなってんの。なんか既に人の出入りあるみたいな事言ってたけど」
「アラスターさんが地元騎士団に依頼して屋敷の中を調査してるんだって。隠し部屋が本当にあるかどうか確認しないといけないから」
領主邸でのやり取りがどこまで進んでいるか圭介にはわからなかったが、ユーは優れた聴覚を持つミアから話を聞いていたらしい。
何が盗まれるのかもわからない現状では戦力補充以外にもやるべき事が多くある。
「騎士団の人達も忙しいだろうけど、やっぱり私達だけで対応できる範疇じゃないからしょうがないね」
手紙に書かれていたのは不審者の戯言と切り捨てたくもなるような内容だったが、万が一を思えば無視などできまい。
少なくともフェルディナントがどこにある何を盗もうとしているのかだけは、何が何でも把握しなければならないのだから。
『三人家族というのであれば対象となる物品は三つ存在すると考えるべきでしょうか』
「いやどうだろうな。ゲームや小説では特定のアイテムを三つ揃えると本当の宝の在り処がわかる、ってな展開もあるぜ」
「そんなアホみたいにややこしい隠し方するとかどんだけ闇深いんだよ。ただでさえ住んでる人すら知らない隠し部屋にあるらしいのに」
だが逆を言うと世間に露呈させるべきではない存在を隠す以上、それくらいはしなければならないのかもしれない。
思い出すのは遊園地という上っ面に隠されていた奴隷市場。悪意と叡智の結集は常人には見破れないよう作られているものだ。
ともあれ今回は屋敷の持ち主が自分の意志で騎士団に調査を依頼している。そちらに関して圭介達が何らかの手間を負う必要はなさそうだった。
「すみませーん、ちょっと今若い女性向けのアンケートしてまして。良かったらそちらのエルフの方、あちらの車内で……」
「【唾を飲み込め また出るぞ】」
「ぐぇっぶぇぇぇぇぇ」
会話しているところに突貫してきた怪しげなフードの男の顔に、エリカがグリモアーツを押し付け【アペタイト】を発動する。
今回、味や臭いの拡散は何故か起こらなかった。
「見ろよケースケ。最近じゃ【アペタイト】使う時にある程度規模を調節できるようになったんだぜすごくね? まあ調整できるようにしないと殺すってミアちゃんに脅されたからなんだけど」
「それ以前にせめて少しくらいは話聞いてからやんなよ。あと秒で吐いたけど何、どんな食い物の味を再現したらそうなる?」
「ガキの頃に山ん中でふざけて食ったまっ黄色なミミズ」
「まず食い物かどうかってところで恐ろしく微妙なもの持ってきやがった。ていうかそれコウガイビルじゃないの」
「駄目でしょエリカちゃん。拾い食いとか私でもよっぽど飢えてない限り滅多にしないと担任の先生くらいになら誓えるよ」
「おぶうぇえええ」
『とりあえず生命活動を継続する上で深刻な量の吐瀉物を確認しましたので、そろそろ病院に搬送すべきかと思いますが』
「これ確かに僕らまで巻き込んでたらエリカ袋叩きだったな」
そんな風に時折絡んでくる怪しげな勧誘やら荒くれ者やらをある時は病院送りにし、ある時はトラウマを植え付けて泣かせたりしながら夕方まで過ごした。
圭介としてはいっそ領地内の仕事をいたずらに増やしているのではないかと不安でならない。
そして時は進み、夜の二十一時。
カイルの自宅である屋敷の前に集合した面々は彼に苦笑も交えて出迎えられた。
「お疲れ様です。……色々と、ご活躍されたようですね」
「暴れたのは主にこいつです」
「不用意に事実を言うんじゃねえよ。暴力でしか解決できなくなるだろ」
「足を踏むな」
キサック邸は領主邸と異なり赤レンガの壁が特徴的な建物だ。暗いせいで屋根の色はわかりづらいが、住んでいる本人曰く緑色の天然スレートらしい。
周囲には警備隊と休日出勤を余儀なくされた騎士が数名配置されており、くたびれた様子ながらもどこか緊張感を漂わせている。
「皆さんの配置ですが、ケースケさんが名指しで呼ばれていた関係で正面玄関に立っていただく事となります。まるで、というより完全におびき出すためのポジショニングとなってしまい誠に申し訳ありません」
「いやそんな、僕は全然。何だったら盾にするくらいの気持ちで大丈夫なんで。痛いのとかそこそこ平気ですし。いっそウチの母親思い出して懐かしいくらいっていうか」
「え、ケースケ君そういう趣味が……?」
「ただ心の強度は人並みでして、こうして知り合いの美少女からあり得ない誤解受けてドン引きされると辛いんですけどね」
口元を押さえるユーからの視線がやや痛い。
「ははは、まあまあ……。ご本人からそのように言っていただけるとこちらもだいぶ楽になります。それではまだ時間もありますが、あちらの門前でグリモアーツを【解放】した状態のまま待機お願いします。もしもの時はセシリアさん、皆様の安全を優先してください」
「了解した。貴公もあまり前には出ないようによろしく頼む」
セシリアの言葉を受けてカイルが頷き屋敷の中へと入っていく。内部にも騎士が数名いるようで、玄関口で会釈する様子が見えた。
準備段階として各々がグリモアーツを【解放】していく中、エリカが呟く。
「ところで結局隠し部屋はどうなったんだ? 騎士団の方で屋敷ん中探してたって話からその先について何も聞いてねえけど」
「中にまだ人いたし探してる途中なんじゃないの。ていうか見つけても多分僕らに言わないでしょ」
カイルの祖父に当たる人物がどのような意図で屋敷に隠し部屋など設けたのか、部屋の有無すら確かめていない圭介には想像もつかない。ただ一つだけ確実に言えるのは、公にできない何かしらを隠しているであろう事のみだ。
しかしただ屋敷を引き継いだだけのカイルが自主的に調査を依頼した以上、騎士団の方も気を遣うだろう。相手が領主の使用人頭であるとなれば尚更である。
万事穏便に進めば、と思わずにいられなかった。
「もうあの変人が来る時間まで一時間もないっすね」
「僕まだフェルディナントと会ってないんだけど、もう既にめっちゃだるいよ。絶対に面倒臭い性格してるじゃん」
「まあね。あれは会話を重ねれば重ねただけ疲れるタイプの面倒臭さだった」
気だるげなミアの言葉を受けて、いよいよ本格的にげんなりする。
きっとフェルディナントは排斥派のような強い敵対心を持っている相手ではないだろう。そういう意味では圭介にとって幾分向き合いやすい存在と言える。
ただ、話が通じるかというとこれがかなり怪しい。少なくとも外見と主義主張は理解の範疇から大きく外れた相手だった。
話し合いで解決、という展開は望めないかもしれない。
それでは当初の圭介の目的を達成する上で非常に困る。裏社会に生きる客人から聞き出したい情報を得るために、わざわざここまで首を突っ込んだようなものなのだから。
『変人の度合いで言えばマスターも決して負けてはいないでしょう。案外意気投合するのではないですか』
「ちょっとお前頭から下りろ。今日はもう仕事終わるまでのっけてやんないからね」
『待ちましょう。話せばわかります』
「僕らの間にもう会話はいらない。機械と人間がわかり合おうなんて最初から無理があったんだ」
「SFの敵キャラみたいなセリフっすね」
頭部に食い込む爪を引っ剥がそうと躍起になっている間にも時間は進む。
普段通りのように見えて、場の緊張感は高まっていった。
* * * * * *
騎士団が調査に踏み切った隠し部屋の存在だが、その場所はフェルディナントの犯行予告時刻が近づきつつあるこの段階でも未だ特定できていなかった。
部屋という部屋を隅々まで周るも壁や床に切れ目一つ見つからず、索敵魔術に秀でた騎士の探索も空振りに終わっている。カイル自身も簡単な身体強化魔術を用いて大型の家具類をどかすなどしてきたものの、結果は芳しくない。
今はカイルに同行している騎士とは別に動いている隊からの報告を待っている状態だ。
騎士団では最近になって第一王女から習得を義務づけられたとある魔術によって、索敵や探知といった面での正確性が向上した。ただし内容が内容なために極力一般人であるカイルの前では使うまいとした結果、どうしても動きがやや遅れる。
そうとは知らず屋敷の持ち主は周囲に向けて深々と頭を下げていた。
「申し訳ありません皆様、お手数をおかけしてしまって……」
「いやそんな頭下げるほどの事ではありませんから。こんな時だからこそ落ち着いていきましょう」
そもそも隠し部屋などあるのかという疑念すら持ち始めたらしい彼の謝罪に、ユビラトリックス騎士団団長も恐縮しながら疲労の色は隠せずにいる。
しかし過去に複数回騎士団の包囲網を突破している客人が予告状に明記している以上、あると考えて動かなければ出し抜かれる可能性が高い。やるべき事を全て済ませるまで油断は禁物だ。
「もうすぐあちらの部隊からも報告が来る頃合いです。時間的には際どいタイミングとなりますし、これで結果が出なければいっそ我々も外に出て屋敷の包囲網を強化する方針に移行せざるを得ませんが」
「何かとお世話いただき、ありがとうございます」
他の面々が必死になって隠し部屋を探している中、カイルの心情はというと申し訳なさで満たされていた。
そもそも盗まれる物品について家主が何も知らないのだ。隠し部屋があるという情報すら盗む側から提供されたものであり、いまいち信じきれないところがある。
加えて彼自身どちらかと言うと無欲な男であった。所在すらわからない宝など、別段盗まれても構わない。
何となればこうして手間をかけさせている現状こそ望ましくないくらいである。
現状考えられる最悪の事態はフェルディナントに何かを盗まれる事ではなく、人的被害の発生だった。
「団長、あちらから連絡が入りました」
「あいよ」
しばらくすると騎士の一人が無線機を持って、カイルの隣りに立つ団長に手渡す。先ほど話に出た別の部隊からだろう。
「はい、報告どうぞ。……うん。うん。そうか、ありがとう。了解した」
簡単な応答の後、団長は無線を切って部下に手渡す。平坦な声色だが漂う緊張感が少し増したようだった。
「カイルさん。隠し部屋の位置が特定されました」
「……本当にあったんですね。しかし中をあれだけ探しても見つからなかったのに、どうやって見つけたのですか?」
「まあそこはほら、何ですか。我々騎士団も日々進歩しているのですよ」
誤魔化すように笑う団長も、便利な魔術の存在に感心するカイルも、きっと知らないだろう。
隔壁の存在すら無視して周辺の地図を作り出す第六魔術位階【マッピング】。
その習得を第一王女から命じられるきっかけとなった少女が、屋敷の玄関前にいるなどと。
「どうやら話を聞くに、屋敷の地下に空洞があるようです。ただ出入り口が敷地外に繋がっているようで、なるほど館内を探っても何も出てこないわけだ」
「えぇ……。完全に違法建築じゃありませんか。何と申しましょうか、私の祖父が本当に大変なご迷惑を……」
「フフフ、まあその話は後にしましょう。今はあのふざけた怪盗を引っ捕らえるのが先決です。私は先ほど連絡をくれた方の部隊と共にその出入り口まで行きますので、あなたはここで彼らと一緒にお待ちください」
一応相手は刃物を持って高速移動する客人である。最悪の自体に備えて最低限の護衛は必要と判断したのだろう。
団長が外に出るといよいよカイルもやる事がない。護衛を務める騎士達と客間に座り込み、ただ結果を待つばかりである。
(爺ちゃん……。あんた、この屋敷の中で何をしてたんだ)
心中で亡き祖父への疑念を呟く。
盗まれようとしている宝は、きっと宝石や希少金属の類ではあるまい。その確信がカイルにはある。
屋敷を持っているとはいえ両親が早世した関係で生活に余裕がなく、それでも病弱な妹の治療費などに充てられる金銭は全てそちらに回してきた一家だ。何ならこの屋敷すら売却しようかと相談したのも一度や二度ではなかった。
であれば、宝とは金銭に繋がるものではない。
フェルディナントは何を盗もうとしているのか。
(もし爺ちゃんが何か悪事に手を染めていたとしたら)
愛する家族、それも故人の意図を読めない行為。
向き合うのがどうにも怖くて、カイルは物憂げな溜息を吐き出した。




