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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第十三話 怪盗からのお手紙

 新年あけましておめでとうございます。

 まだしばらく安定しない投稿頻度となってしまいますが、二月からは多少改善される見込みです。今年一年も「足跡まみれの異世界で」をよろしくお願い申し上げます。

 朝の七時半。用意された個室から階段を降り、事前に渡された通知書に従って圭介は一階のロビーを抜けた先へと移動していた。

 鼻腔をくすぐるのはコーヒー、紅茶、料理の香り。


「これタダで食べていいってのは、流石領主様ともなると太っ腹だなぁ……」


 屋敷の一画に展開されているのは使用人や警備隊向けの朝食ビュッフェ。この簡易レストランは圭介達も滞在中に使用可能である。

 並ぶ肉やら野菜やら、焼きたてのパンやフルーツ各種は見るだけで眠っていた胃を刺激してくる。ユーに限らず幾人かいるエルフにも配慮した結果か、それらの量は全て山盛りだった。


「おーいケースケ、とっととこっち来いよ。一緒に食おうぜ」


 圭介の背後からついてくるレオとセシリアはともかく、パーティメンバーは既に席に着いているようだ。

 彼女らの皿を見る限り栄養バランスを考えているのはミアくらいなもので、ユーは主に肉とパンをこれでもかと盛っており、エリカは可能な限り全種類の食物を取ったからかプレート上の見栄えが雑多極まりない。


 圭介は大きめに切られた茄子が入ったアラビアータとローストビーフ数枚を皿に載せる。次いでビネガーの香り漂うコールスローサラダとオニオンスープ、ドリンクコーナーからアイスティーも取ってテーブルに向かった。

 三人と向き合うような位置に座ると、左右にレオとセシリアも座る。


「朝から豪勢なもの見せられちゃったなあ。僕、こういうの中学時代の修学旅行以来だよ」

「アラスター殿は人望厚き領主として有名だからな。働く者達の満足度は常に意識しているのだろう」

「にしたってですねえ。ウチの兄貴がバイクの免許取りに行ったっていう合宿とはえらい違いだ。大量の食パンにマーガリンと瓶詰めの苺ジャムだけが用意された状態でバイキング名乗ってたらしいですからねそこの施設」

「圭介さんのお兄さんはもうちょっとまともな合宿行くべきだったと思うんすけど……」


 どこに行っても不幸に見舞われる兄の事だ。まともな合宿に行けば相応の珍現象に出くわしただろう事は想像に難くない。


 ひとまずは朝食である。「いただきます」と手を合わせて食事を始めた。

 ドレッシングを纏った新鮮な野菜やスパイシーなスパゲティで胃の覚醒を感じ取りながら、周囲を見渡す。


 ざわめきの中に予告状関連の話題はない。となるとまだフェルディナント側は動いていないと見るべきだろう。

 何もなければいいのだが、怪盗本人が昼までには予告状を出すと言っている以上何もないとはならない。今後の動きがどうなるか一応セシリアに確認してみる。


「予定では夜までの警邏がクエストの範疇って事になってるけど、どうなんでしょうね」

「十中八九、クエスト内容の変更か追加クエストの発注が生じるだろうな。どちらにせよ簡単なクエストではあるまい。……可能なら避けたいところだがな」

「その分報酬も増えるだろうけどねぇ。だからって私らも喜べる状態じゃないなあ」


 ほうれん草が入ったオムレツを一口大に切り分けながら、ミアが物憂げな声を漏らした。


 何せ相手はこの異世界に住まう人々よりも強力な魔術を使うとされる客人である。

 特に城壁防衛戦でマティアスに詠唱を封じられ[プロージットタイム]でピナルに追いつめられたミアにとっては、苦手意識が拭えない存在なのかもしれない。


「言うて今回もあんなロボットと戦う羽目になるとは限んねーだろ。速さが自慢ってこたぁ少なくとも自力で戦力調達するタイプじゃなさそうだし」


 エリカが言う戦力調達というのはウォルトの【シャドウナイツ】やピナルの【ミキシングゴーレム】のような、魔術によって兵を作り出す類の戦術を指す。

 これらは基本的に作り出した実体の強化・回復などを習得こそするものの、自身に向けて何かを付与するといった行動は基本的にしない。集団の強みを集中的に伸ばさなければ戦い方が成立しなくなってしまうからだ。


 逆を言うのなら、自身への身体強化を重視するタイプはまずこれに該当しないと言える。


「まあ何はともあれ。向こうがまた明日って言ってた以上、今日中にあたしらとかち合うつもりでいるのは間違いねぇわな」

「だねえ。何をしてくるかわからないって、結構怖いね」


 ユーの相槌はグリモアーツの詳細すら明らかになっていない現状に向けてのものだろう。

 白兵用の武装なのか射撃武器なのか。圭介もカメラだの段ボール箱だのを見てきたため大まかな想像すらできたものではない。グリモアーツの形態はあまりにも多様性があり過ぎる。


 と、圭介の記憶がフェルディナントの写真を想起させた。


「でもあの怪盗、剣持ってなかったっけ」

「思い出せケースケ。世の中にはかっこいい決めポーズのためにロボットの武装外す奴もいるんだ」

「あんなん参考に……いや似たようなもんか。やめてくれよ客人全体が変な誤解受けるだろ」

「俺もあんな仮面の変人と一緒にされたくないんすけど」


 ローストビーフをむしゃりと頬張りつつマティアスと同一視される事に絶望していると、食堂に備え付けられたスピーカーからピンポンパンポンというアナウンス音が響いた。


 朝食と歓談に彩られていた空気が一変する。

 一瞬の沈黙に流れ込んできたのは、カイルの落ち着いた声だ。


『おはようございます。こちら使用人(がしら)のカイル・キサックです。皆様お食事中のところを、大変失礼いたします』


 慇懃な挨拶を聞きながら、声色に含まれた緊張感を感じ取り圭介は確信する。

 フェルディナントに関する何かしらの新しい動きがあったのだと。


『先程領主邸の正面玄関にて首から筒状の容器を下げた鳩がドアに衝突しました。介抱した後に筒の中身を改めたところ、件の怪盗を名乗る不審人物からのメッセージが記載された紙片を発見。なお、現在鳩は治療の甲斐あって回復傾向にあります。明日の昼頃には離す予定です』

「やけに鳩に優しいなオイ」

「ていうか伝書鳩ってどうなんすか。こっちの世界では普通なんすか」


 客人二人が訝しむも、セシリアが首を横に振りつつ「それはない」と即答した。


『内容について追っての説明をいたしますので、直属の警備隊とクエスト施行者の皆様は九時半までに領主室に集合してください。他の設備関係と術式関係に関する作業者を除いた皆様は、続けての報告が入るまで今日の業務を休止とします。ご迷惑をおかけしてしまいますが、何卒ご理解いただければ幸いです』


 落ち着いたアナウンスが終わると同時、周囲にざわめきが浸透し始める。例の怪盗がいよいよ来たる、というのが主な雑談の内容だった。


 メッセージ、と言っていたが恐らく犯行時刻と盗む対象について言及した予告状と見て間違いない。遂に相手の出方がある程度わかったと見てよさそうだ。


 気にはなるがまずは目の前の食事を片付ける必要があった。

 呼ばれたのは警備隊だけではない。クエスト施行者である圭介達も同じように、九時半までに領主室に行く必要がある。


「二時間は余裕あるって言っても、朝から食べるの急かされてる気がして何かなあ」

「へぇ。朝ご飯はゆっくり食べたいタイプ?」

「急いで食べたいなんて変人はどっちかというと少数派でしょ」


 ミアからの問いかけに嘆息しながら応じていると、野いちごのジャムが塗られたパンを一口に頬張っていたエリカの動きが目に見えて緩慢になる。

 別段「時間をかけて食べろ」という意味合いで言ったわけではなかったので、何となく罪悪感を覚えた。


   *     *     *     *     *     *  


 領主室には圭介達の他に十数名の警備隊と思しき面々が集合していた。

 屈強な肉体を持つ男もいるが、一方で若い女性や老人の姿もちらほら見える。魔術がある以上、戦う術は膂力だけではないからだろう。


 既にアラスターとカイルも室内の奥に立っている。その面持ちから察するに、やはり予告状が届いたと見て間違いはなさそうだ。


「皆さん、早めに集合いただきありがとうございました。まだ若干の時間を残しておりますが、全員揃っているようですので早速説明に入りたいと思います」


 アラスターの言葉が終わると同時、カイルが手元にある紙を広げる。どうやらそこにフェルディナントからのメッセージが記載されているようだ。


「これは先程放送にて伝えました、伝書鳩によって届けられた怪盗フェルディナント・グルントマン直筆の犯罪予告です。……少々誤解を招きかねない部分も見受けられますが、これより読み上げますのでどうか最後までご静聴のほどをば」


 奇妙な前置きをしてから、カイルが内容を読み上げる。


 それは以下のようなものであった。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 木々を彩る緑色も鮮やかな夏の日、皆様いかがお過ごしでしょうか。蝉達の声が段々と弱まってくるにつれて寂しい季節の訪れを覚える時期となりましたね。


 ユビラトリックス領主邸に勤められている皆様方におかれましては、最近になって吾輩の姿をチラ見する機会が増えて戦々恐々といった塩梅でしょうか。

 偶然とはいえ冒険者数名がスケジュール上どうしてもクエストに挑めないという状態になってしまい、王都から人材を派遣したのも正しい判断だったと感じています。


 今回お手紙を差し出しましたのは、怪盗たる吾輩が具体的に何を思い、何を成そうとしているのかを明確化しようという意図あってのものとなります。

 要するに盗むものが何であるか、またその時刻は何時頃なのかをお伝えするために今回筆を執った次第でございます。


 では僭越ながら対象物を発表します。






 カイル・キサック氏が祖父より受け継いだ屋敷に潜む、真っ赤な三人家族。






 こちらを受け取りに参る次第にございます。


 誤解されませんよう付け足しますと、カイル・キサック氏が殺人などの凶悪事件を自宅にて隠蔽しているなどという事実はありません。恐らくその三人家族に関しては、彼自身も把握できていないでしょう。


 何せ隠し部屋の先に潜んでいるのですから。


 それでは皆様、本日の夜二二時にカイル・キサック氏のお屋敷にてお待ちください。




 P.S.


 個人的にはかの有名人、東郷圭介君とお会いできる事も楽しみにしています。

 その時は是非お話しましょうね。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


「…………以上です」


 気まずそうに目を逸らすカイル。それを見つめる面々も揃って微妙な空気を纏っていた。


 気になる点はいくつかあれど、最も気になる部分はやはり領主邸ではなく使用人頭であるカイルの自宅が標的となっている事。

 そして今夜、そこにフェルディナントが来訪する可能性が極めて高いという事だ。


「一応私の方から申し上げておきますが、祖父から受け継いだ屋敷を自宅としているのは事実です。ただ隠し部屋なるものについては心当たりがありません」


 他の警備隊やアラスターも彼を疑ったりはしていない様子だった。圭介としても、ここで虚言を弄する意味などないと判断し彼の意見を真実であると認識するに至る。


「ともあれ、今夜二二時に私の家にフェルディナントが来る可能性は大いにあります。今回は大変なご迷惑をおかけしてしまいましたが、どうか皆様には彼奴の捕縛に参加いただければと……」

「私からも頼みます」


 カイルの言葉に続いたのは、隣に立つアラスターだった。


「彼の自宅に何があるのか、そこまでは私もわかりません。ただ言えるのは彼のお祖父様が残された何かしらの財産が奪われようとしている事のみです。どうか、警備隊の皆様、クエストを受けてくださった皆様にはご協力のほどをよろしくお願い申し上げます」


 主従揃っての低姿勢な頼み事に、いよいよ下手に出られるのが不得手な圭介は尻の座りが悪くなる。

 警備隊すら一瞬声を詰まらせたその沈黙を、セシリアが破った。


「アラスター殿、そしてカイル殿。フェルディナント・グルントマンの捕縛ともなれば王城騎士である私の方は異論ありません。しかし依頼内容の変更という話であれば他の面々との相談はしておきたい。少しばかり時間をいただきたいのですが、よろしいか」

「ええ、それはもちろん! こちらもクエストの内容に新たな条件を追記して提出しますので、寧ろ暫しお時間をいただきたかったところです」

「それは何より。では、我々は一旦失礼いたします」


 一礼し、「行くぞ」と一同を促してから退室する。圭介達も同じように軽く会釈してからそれに続いた。


 廊下を歩くセシリアの後ろ姿からは焦りか怒りか、ともあれ少なくとも前向きではなさそうな感情が吹き出ている。

 領主室から出てしばらく歩き、客用広間に入った辺りで彼女は立ち止まった。


 振り返った表情には苦々しげな色合いが見て取れる。展開を予想はしていたものの当たってほしくなかったといったところか。


「……それでどうする。案の定クエストの内容が更新されるとはいえ、要するにやる事は大捕物だ。危険もあるかもしれないし、私から推奨は絶対にできないが」


 もはや誰もが今回のクエストを「警邏して終わり」だなどと認識してはいない。

 危険な仕事とわかった上で続けるか否か。問われているのはそれだけだ。


「あー、ケースケ次第で」


 そこにエリカの緊張感に欠ける声が発せられた。


「私も。クエストの成功率とか度外視するなら一人でも残りたいですけど」


 続くユーの言葉にはセシリアのみならず、レオも瞠目した。ただミアは呆れたような表情で明後日の方向へ視線を向けつつ溜息を吐き、エリカは彼女の顔をじっと見つめている。


 セシリアはそんな様子を見てふう、と息を吐き出してから二人に語りかけた。


「一応訊いておきたい。なぜ、ケースケの一存に判断を委ねる?」

「まあ危険な仕事なんてこれが初めてじゃないですし。それに、また排斥派がケースケ君の命を狙ってるってわけでもないならいっそいつもより安全かなって」

「そもそも指名手配されてる大量殺人鬼の次に逃げ足の速い泥棒持ってこられても、っつー話っすわ。ただ名指しで呼ばれてる時点で相手も何しでかすかわかんねぇし、そこはケースケの判断待ちかなって」

「あー、そう、だな……。そういう感覚にも、なるか……」


 騎士団学校に通う学生は安穏と日々を過ごしているわけではない。場合によっては通常の冒険者や騎士団と同様に、命のやり取りすら強いられる。

 それをセシリアは自身の経験則から知っていたが、彼女らの場合その密度がおかしいのだ。有名な客人の怪盗を相手取っても一定の余裕を保てるだけの場数を踏んできた以上、もはや一介の学生とは言い難い。


「つーわけでケースケ、どうする?」

「受けるつもりでいるけど。そもそもそいつに聞きたい話があってここに来たみたいなところあるし」


 そして圭介のこの発言である。

 再度溜息を漏らそうとすると、背後から先に「ハァ」という吐息の音が聴こえた。どうやらミアが何かを諦めたらしい。


「……レオは」

「いや行くっすよ! 逆にここで俺だけハブるのひどくないっすか!? ていうかこの状況で圭介さん置いてったなんて後からバレたらカレンさんに殺されるじゃないっすか!」

『オーナーがそう簡単に人を殺すとは思えませんが』

「簡単に人を殺されてたまるかよ逆にそこ言及するのこえぇよ」


 まあ、それもそうだとこの際レオの参加も受け入れる。結局全員がクエスト内容変更後も続投という形でまとまったようだ。


「ではまたアラスター殿のところに行こう。クエストの再発行は領主邸内だけで手続きを終えられるものでもないだろうし、一旦は口頭で参加を伝えるのみとなるだろうが」


 ユビラトリックスのギルドに申請する手間も考えれば、あれからすぐに行動したとしてもおよそ二時間はかかるだろう。

 とはいえ犯行予告に書かれていた時刻までには間に合う程度の時間だ。それまでに必要なのは継続しての周辺への警戒と、英気を養う事。


 具体的に何が盗まれそうになっているのか。

 盗まれようとしている対象物はどこにあるのか。


 情報があまりにも少ない中で、奇妙な客人との戦いが始まろうとしていた。

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