第十二話 がちゃがちゃベア
エリカ達とフェルディナントとの接触を報告されたアラスターは三人の無事を確認してから、ユビラトリックス騎士団に連絡を入れてすぐに屋敷中に特別警戒措置と呼ばれる警戒網を張り巡らせた。
「お三方ともありがとうございました。今日はもうこれ以上の警邏は結構ですので、お部屋でゆっくりお休みください。ケースケさん達にもすぐに戻ってきてもらいましょう」
相変わらずむず痒くなるような気遣いにより、本日の仕事は終了。深夜まで歩き回る予定でいたためか船内で寝た分どうにも時間が有り余る。
街中で遊ぼうにも言外に外出を自粛するよう言われたようなものだ。ユビラトリックスの治安がよろしくないのはここまでの警邏を通して痛感したので、少女達も仕方ないと受け入れた。
「……で、エリカちゃんは何してるの」
「いやちょっと思いついた事があってよ。新作作ってるとこなんだ」
「新作って何、こないだの自立歩行型バター容器みたいなやつ?」
客用広間でエリカが持っているのは、小さく細身な彼女でも抱き上げられそうな大きさのテディベア。
そしてその背中の裂け目から綿を取り出し、代わりとばかりにボルトやナットといった金属部品を投入している。まともな思いつきではなさそうだった。
「ほれ、ケースケが電気の念動力魔術使うようになったろ? だから練習用に遠隔操作で動かせるぬいぐるみでも作って暇な時に使わせてやろうと思ったんだよ」
「あ、ああ、思ったよりまともっちゃまともな動機だったんだ。あんたが途中でテディベアと金属部品買った時にはとうとう狂ったのかと思ってたけど」
「私も。でもその言い方だと元々はまともだったって事になるね」
「お前らマジであたしの友達か? いやみなまで言うな、戦争だコラ」
言いつつある程度の組み立ては済んだらしく、背中を縫合してソファの上に置く。
次にエリカが取り出したのは中に仕込んだ金属部品と同じ店で購入したL字型の金属定規だ。
「まずは試運転と行こう。ほらよっと」
カード形態のグリモアーツを押し当てて魔力を流す。対象となる金属に一時的な磁力を帯びさせる第六魔術位階【コネクト:メタル】である。
彼女が持つ別の第六魔術位階【ユニオン:メタル】と異なりあくまで磁力の発生が主目的となるため、遮蔽物が薄ければ壁越しに密着するし術式を解除してからもしばらくは効果が続く。
しかしその分適性による出力の差異が大きく出る魔術でもあり、定規が帯びる磁力もどこか頼りない。
そんなもので引き寄せて金属部品を埋め込まれたぬいぐるみがどうなるかというと。
「うわっ何その動き」
「いやいやいや無理無理無理それは私どうしてもダメ!」
ずるずるがちゃがちゃと音を散らしながらソファの上でなめくじよろしく這いずり回るテディベアが完成した。ユーの拒絶反応があまりに激しかったからかすぐに【コネクト:メタル】を解除して定規をソファの上に放り出す。
「やっぱ精密な操作ができねーとただのキモい何かになっちまうな。ケースケが帰ってきたら練習させよう」
「あ? 僕がなんだって?」
丁度戻ってきたところだったのか、広間の出入り口から圭介が入ってきた。セシリアとレオの姿はない。
彼の姿を認めたエリカが手に持った金属入りテディベアをぶんぶんと振り回す。
「おー、良いタイミングで帰ってきたじゃねえの。ちょっくら魔術の練習用にオモチャ作ったから動かしてみせてほしくってな。ほれ、なんだ電気使う念動力魔術あんだろ。アレの練習用に中に金属ぶっ込んだぬいぐるみ用意しといたから試しに動かしてみ」
「なんか綿が散らばってると思ったらそのせいかよ。ていうかぬいぐるみに金属埋め込むとかいう発想がまずこえぇわ」
『発想はどうあれ【エレクトロキネシス】の練習にはなるのではないですか。結局あれから目覚ましい成果が出たわけでもなかったでしょう』
「む……」
アズマの指摘を受けて圭介が言葉を詰まらせた。
彼とてここまで何も考えなかったわけではない。発生する磁場を用いて壁に貼りつくだとか、クエストで出くわしたモンスターを弱い電流で麻痺させるだとか色々と考えはしたのだ。
ただ壁に貼りつこうにも自身の体重を支え切るには至らず、モンスターに電流を流し込めば大半は麻痺する前に気絶するか死ぬかしかしない。
単純に電気を操るという行為そのもののハードルが高いせいで、目に見える進歩はしていないのが現状である。
「まあ、練習にならないって事はないんじゃないの。試すだけ試してみなよ」
珍しくミアもエリカの発案を支持しているようだった。ちらほらとユーの方に視線を向けているのが若干怪しくはあったが。
そこまで言うならと圭介も了承し、扱う対象が電気である事から万が一の火災を起こさないため屋外に出る。
草花も少ない裏庭で、彼らはがちゃがちゃと音を立てるテディベアを囲んでいた。傍からは異様な集団にしか見えない。
「んじゃケースケ、【テレキネシス】や【サイコキネシス】使わずにやってみそ。動かすのは電磁力オンリーな」
「考えてみたら結構な難易度な気がしてきた……。まあいいや」
ポケットから出したカード形態のグリモアーツをテディベアに押し当てる。まだ体内から外部へと電気を流し込むイメージが強いためか、遠隔操作で【エレクトロキネシス】を使用する段階まで至っていない。
その状態で魔力と共に電気を流し込む。
すると――
「きもっ。えっ、いやきンもっ! うわああビクビクしてるぅうわあぁあ!」
案の定と言うべきか、内部の金属部品各種が不規則に動いているせいで全身に隆起と陥没が発生する不気味な存在が出来上がった。
「いやあああああ!!」
「ユーちゃんじゃないけど私も無理だわ、何!? どういう動きしてんのそれ!?」
『もう少し精密な魔力操作が実現できれば自然な動きを再現できるかもしれませんね』
「そだな。ケースケの練習次第だ」
「できるようになるまでこんな狂気の塊と向き合い続けろってか嫌だわ!」
がちゃん、と土の上にテディベアが落下する。【エレクトロキネシス】の効果が切れても内部で部品が暴れた痕跡は残っており、ところどころ表皮を突き破って中身が飛び出しているせいか全体像がどこか歪で醜い。
圭介がやっと恐怖から解放された辺りで、背後から足音が聴こえてきた。
「大丈夫ですか!? 悲鳴がしましたが……何ですかソレ気持ち悪っ!?」
「お前達何を騒いで……何だソレ気持ち悪っ!?」
直近の扉を開いて現れたのは焦った様子のカイルと、その後ろについてきたセシリア。警戒網が機能しているからか随分と到着が早い。
二人ともユーの悲鳴に反応して駆けつけたようだったが、まず圭介達に囲まれながら転がっている異形の存在に驚愕したようだ。
「ふ、二人とも待ってくださ……何すかソレ気持ち悪っ!?」
二人より遅れてきたレオも大差ない反応を見せた。
流石にばつが悪いと思ったのか、エリカが頬を指で掻きながら薄笑いを浮かべる。
「いや違うじゃん。ほら、テディベアが歩くとことかロマンあるじゃん。それ狙ってついでにケースケの魔術の練習もできたらお得じゃん。それがたまたま上手くいかなかったってだけじゃん」
『これはもうテディベアではなく元テディベアですけどね』
「狙いはわかるけどお前、このビジュアル。絵面。ヤバいからなマジで。……カイルさんも心配かけてしまってすんません、変に騒いでしまって」
「いえ、ご無事なら何よりです」
応じる合間にも彼の視線はテディベアの変死体に向けられていた。勤め先にそんなものを置かれれば注視してしまっても無理はない。
やや気まずい空気の中、それを払拭するかのようにセシリアがこほんと咳払いした。
「それより三人とも、フェルディナントと接触したらしいな。無事だったようで何よりだ」
「そうだ、そういう話だった。エリカの被害者に気を取られてて忘れてたわ」
「あ? 何が被害者だ。これはこれで可愛く見えてこなくもないだろ。可愛いって言えよ。可愛いってよ。言ってくれないと引っ叩くからな」
『ここまで無茶な要求をするケースもなかなか稀ですよ』
フェルディナントとエリカらの邂逅は圭介達の耳にも入っている。帰ってきた時点でアラスターが唾を飛ばしながら困り顔で語ってきたものだ。
向こうの言葉を信じるなら明日の昼までに予告状が届く。よりにもよってクエスト期間中に行動を起こされるとは単なる不運か、はたまた向こうに狙いあってのものか。
何にせよこれまでもクエスト中のアクシデントは何度もあった。特に圭介は遠方訪問でそういった不測の事態に慣れつつあるため、最優先ですべき事を知っている。
必要なのは安全圏の獲得、次いで現状得られる情報の整理だ。前者は既に達成しているから後者に注力するべきだろう。
「とりあえずフェルディナントの外見って写真の通りだったんだよね?」
「うん、黒い服と帽子に変なマスクしてたよ。あと腰に剣もあった」
「最初から思ってた事だけど、泥棒の割にめっちゃ目立つな……」
武器の存在を見逃さない辺りは流石ユーと言うべきか。
となると自分達が遭遇する場合も同じような出で立ちをしている可能性は高い。あれだけ目立つ相手なら雑踏に溶け込む心配も不要だ。
ならば逃げるフェルディナントを追跡する上で最大のネックとなるのは速度の違いとなる。
「すんごい速く動くって話だったよね。その辺はどのくらいのもんだったの? 三人が逃げられるって相当ヤバそうだけど」
「気付いたらエリカとユーちゃんの二人の横にいて、私の動体視力でも見えないくらいの速度で端末盗られたよ。アレはヤバいわ」
「うわー……猫の獣人が目で追えないってじゃあ俺ら全員アウトじゃないっすか」
圭介より異世界での暮らしが長いレオの言い分を信じるなら、客人の動体視力では目視すらままならない相手なのだろう。これまで様々な強みを持つ敵とぶつかってきた圭介も極端な速さの相手となれば未経験の領域である。
帰還する方法欲しさに半ば賭けに出る形でクエストを受けた圭介だったが、仮にフェルディナントが元の世界に帰る方法を知っていたとして捕まえられなければ無意味だ。ただでさえ糸のようにか細い希望が切れつつある感覚に溜息も出る。
「あーもうどうしたもんかな。でも会話はできたんだよね。なら、まあ可能性がないでもないか……」
「可能性とは何だ?」
不思議そうな面持ちでセシリアが問うてきた。
「いやね、以前ちょっと元の世界に帰れる方法みたいな内容の論文を城壁防衛戦の時に見つけたんですよ。ホラあの、巨大ロボットの中に入った時に」
「……あの時か。それが今回の事件とどう関係する?」
「あくまで可能性の話になるんですけど、もしかすると一部の客人は帰る方法知ってるんじゃないかなって」
「え、マジっすか」
圭介の話に同じ客人のレオが反応を示す。他のパーティメンバー達も真剣そうな表情で視線を向けてきていた。
「まあ最初に知ってるっぽかったのがマティアスだったんで、あんま信用できませんけど。とりま客人の犯罪者を締め上げて聞き出していけばいつか当たり引くんじゃないか程度には考えてたんですわ。でも、ねえ」
仮に当たりくじだったとしても確認するために触れられなければ無意味だ。
フェルディナントが帰還するための手段を知っているかどうかなど、実際に本人から話を聞いてみない限り何とも言えない。が、それ以前に捕まえられなければ圭介個人の目的が達成できなくなってしまう。
「まあ、最悪次の手がかり探しますよ。少なくとも確実に手がかり持ってそうなのは一人いるわけだし」
「それはそうだが。……あまり危険な真似はしてくれるなよ」
「わかってますけど、手持ちのカードが物騒なのばっかなんですよね……」
加えて情報収集という意味で頼りにしていた騎士団とダアトはあまり気軽に信用できない。
どうしたものか、と眉間に皺を寄せて考える。
狭まった視界には不安そうにしているエリカとユーの顔など入っていなかった。




