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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第十一話 風変わりな雑踏

 夕方からの警邏はメンバーを分けて三人二組で行動する事となった。

 圭介としては複雑な心境でもあるものの、現在行動を共にしているのは王城騎士のセシリアとダアト出身の客人であるレオである。


 トラロックでの警邏では行動を別にしていた二人だが、戦力的には頼もしい。

 それに属する場所はどうあれ信じたいと思える相手だ。彼らとの交流を重ねてきた身として、あまり疑いたくないという心理もあるにはあった。


(……もし裏切るにしても今じゃないだろう、なんて打算的に考える自分が嫌になるね)


 自嘲気味に笑いながら周辺を警戒する。


 領主邸から少し離れた先にあったのは、マスタートレントが見える方角に位置するオフィス街。帰宅途中の会社員達がひしめく光景を見るに普通の街と変わらないように映るが、少し歩くだけでそうでもない事に気付く。


「なぁなぁ姉ちゃん、ガキ二人連れてどこ行く……ヒッ」


 セシリアに馴れ馴れしく絡もうとしたものの、幾多の修羅場を越えてきた眼力に怯んですたこらと逃げていく軽薄そうな男。

 圭介からしてみれば彼のような存在は典型的過ぎて、王都どころか現実に見たのさえ初めてだった。


 クエストの内容はどうあれ警邏という仕事において気を付けなければならないのは怪盗だけではない。


 トラロックの時と同じく軽犯罪者、急病人、落し物などそれぞれに応じて動く必要がある。ただでさえ絵に描いたような悪漢が往来を歩くような場所ともなればそれらの頻度も多い。


「ケースケさん。あっちにいるあの男の人めちゃくちゃ酔っ払ってるんでちょっと回復してきていっすか」

「え、ああうん……。酔い覚まし的な魔術も使えるのかよすげーな」

「下手な声かけや接近をするなよ。酒に溺れた人間は何をしでかすかわからん」


 泥酔した一般人というのは恐らく公的機関である騎士団にとって非常に面倒な相手なのだろう。セシリアの顔はわかりやすく引きつっていた。


「んじゃちょっと離れるんで、二人はそこで待っててくださいっす」


 言いながら結局迂闊に接近して怒鳴られ委縮しているレオの背中を見つめつつ、圭介は気になった事を問う。


「やっぱセシリアさんも酔っ払いは苦手ですか」

「若さのせいで誤解されがちだが、これでも都内詰所からの叩き上げで王城騎士になった身だ。その時期に上司から泥酔者対応をしないよう言い含められて以来、どうにもな」

「何やらかしたんですか」

「酒の勢いで触ろうとする無法者どもをこの拳で何人沈めた事か」

「それ僕の故郷で公務員がやったら多分クビですね」

『アガルタ王国でもなかなか危ないと思うのですが』


 それでも王城騎士という立場に至ったのはよほど優秀だったのか、第一王女のフィオナに気に入られているのか、はたまたどこぞのドラゴノイドの口から出た“腕っぷしでどうとでもなった時代”とやらが原因か。


 何にせよここは適材適所だろう。圭介も意識を保ったまま良識を損なった相手に対応するとなると最適解がわからない。

 思えばうわばみとして近所で知られていた母親も父親と二人きりにならない限りは酔わないらしく、酒に飲まれた人間の相手というものはした事がなかった。


 人生経験のためにも少し手伝うべきか、と考えている間にレオが戻ってくる。

 その顔には戸惑いが貼りついていて、待機していた二人も似たような表情を浮かべた。


『どうかしましたか』

「あのおじさん、酔ってなかったみたいっす。邪魔すんなって言われたんすけど何だったんすかね」

「は? 酔うフリなんてしてどうすんだあの人」

『理性を働かせたまま良識を欠いた行動に出る準備でもあるのかもしれません』


 アズマの一言で全員がその男の方を見る。

 既にそこに酔っ払いの姿などない。


「……いや、厄介だな本当に」


 トラロックでは見かけなかったタイプである。何だかんだあの洞窟都市では誰もが好き勝手に行動しないよう、[シンジケート]の存在が一定の抑止力になっていた一面はあった。

 しかしここにはそのような支配者が存在しない。候補はいるかもしれないが、いたとして勢力争いの段階だろう。


 そんな場所に客人の怪人が入り浸っている。


 改めて受けたクエストの厄介さを痛感して、圭介は始まったばかりの段階で既にげんなりしていた。


   *     *     *     *     *     *  


 一方、エリカら女子高生三人組はというと。


「もうナンパしてくる奴も変なもん売りつけようとする奴もいなくなっちまったな。張り合いのねぇ連中だ」

「あんたが【アペタイト】乱用するからでしょーが……」

「小学生時代の給食に出た不味いスープの味とかよく憶えてたね……まさか食べ物のイメージで食欲失せる事があるなんて思ってもみなかった」

「口ん中で溶けるタイプの酔い止めの味しかしなかっただろ。やべぇべアレ」


 美少女三人組を見て近寄る輩全員に給食センターが過去に犯した過ちを叩き込んで追い払っていた。


 彼女らが警邏を任されたのは、領主邸から見てマスタートレントの見える方向の真逆に拡がる商店街。マゲラン通りに匹敵する賑わいから喧嘩を要因とする軽い怒号や悲鳴が混ざり合い、大衆の無関心がそれを許容する。

 手前は何事もない代わりに奥に進むと死体がちらほら転がっているというトラロックとは異なる治安の悪さであった。


「エリカちゃん、あんまりああいう人達に魔術使っちゃ駄目だってば。世の中には魔力を検知する魔道具を個人で持ってる犯罪者もいるんだから、後で何かあったら大変だよ」

「じゃあその魔道具を魔術で検知してぶっ壊せばバレねえな」

「えっ、そういう問題じゃないんじゃ……?」

「そういう問題にしたんだよ。あたしが」

「無茶苦茶言い出したわねあんた」


 普段のやり取りを見せる二人に挟まれながら、ミアの心中は穏やかでない。


 つい先日のエルフの森にて、パーティーメンバーであり親友の一人でもあるユーが最近転移してきた客人の少年を心憎からず想っている事が判明した。

 彼女は小さい頃からの友人との会話でそれを認めた形となるので、直接それを自分達に伝えてきたわけではない。しかし猫の獣人であるミアにとって、そこまで離れていない距離での雑談は少し気を向けるだけで簡単に聞き取れる。


 親友が恋をした。それだけなら応援しようという気にもなったはずだ。

 しかし同時にその恋心を向けられている少年は、同じパーティメンバーであるエリカからも好意を抱かれているように見える。


 それが恋愛感情なのかまではミアにもわからない。元々彼女が有していた「客人相手に恰好つけたい」という感情が強まっただけに見えなくもなかったから。

 だが本当にそれだけと決めつけられない理由もあった。


(遠方訪問が終わってからこっち、エリカはケースケ君以外の友達からほんの少し離れてる)


 本人は隠しているつもりなのだろう。

 しかし聞けばホーム前の段ボール製滑り台は圭介と二人きりで作ったものだという話だ。ああいった遊びにパーティーメンバーである他の二人やルームメイトのコリンを誘わず、圭介だけを呼ぶというのもこれまでの彼女の振る舞いと合わせると違和感が強い。


 理由が見えない以上は疑惑の域を出ない話となるが、エリカは圭介一人を半ば盲信的に見ている節がある。


(それで問題はケースケ君が二人をどう思ってるかなんだけど……いやー清々しいくらいわっかんないや!)


 肝心要の部分、圭介の想いがどう動くかが全く予想できない。


 そもそもが現時点でこの世界を去ろうとしている相手である。ミアの認識では客人の帰還など叶わぬ夢なのだからいずれそれも諦めるだろうと思うところだが、まず今の段階でエリカやユーの気持ちに彼が応えるかというと極めて微妙だ。

 彼の恋愛観など聞いた事がないし、聞こうにも今日までタイミングが掴めずズルズルと引きずってきてしまった。



 これで圭介が元の世界に恋人を残してきた、などとなれば最悪である。



(あーもー友達二人が叶わない恋に踊らされて関係崩壊とか考えたくねー……私も恋愛的な意味じゃないけどケースケ君の事嫌いじゃないし、何とか穏便に済ませられないもんかなぁ)


 ミアの苦悩など露知らず、危うい線の上で関係を保っている二人は能天気に雑談に耽っていた。


「まーでも、なんだ。全っ然黒マント野郎の姿見えねえんだけどあたしら外れくじ引いたんじゃね?」

「すぐ見つかっても困るでしょ。見つけたらまずアラスターさんの家と騎士団に報告、それから様子見しつつ尾行しないと」

「うむ、妥当にして無難な対応であるな。やはり彼らも学生諸君に負担をかけまいと気遣ってくれているのだろうよ」

「にしたってもう少し痕跡の一つや二つ見つかってくれねーとさぁ。なんか目撃証言も全然だし、マジでこの辺いんのかあの怪人」

「物凄く速く動くって言ってたしねえ。見つけた途端に逃げられちゃってるのかもしれないね」

「自慢じゃあないが新幹線と併走しようと思えばできるぞ!」

「でもその人ってわざわざ予告状作って送りつけてくるんでしょ? なら近い内に動きがあるんじゃないのかな」

「ってかそれならそれでもしもあたしらが帰る直前くらいに出しゃばられたりしてもムカつくな。クエスト期間中に出てきてもらわねーと何のためにこんな遠くまで来たんだかわかんねぇよ」

「フハハハハ、そうかそうか予告状がそんなに楽しみか! ならば安心するがいい、明日には提出するつもりでいるからな!」

「なんでもうちょっと計画的にやろうと思えないんですか」

「もしコイツがアホな大学生だったら留年待ったなしだな」

「おや意外にも辛辣な対応をするではないか小娘ども。吾輩びっくり」

「……………………ん?」


 違和感を抱いて、刹那。


「いるじゃん!」

「あ?……おわぁマジだ! 写真で見たやつそのまんまだ!」

「【解放“レギンレイヴ”】」

「ハッハッハッハッハ、そうとも何を隠そう吾輩こそがヌォオオオオ!? 馬鹿者こっちが名乗ろうとしているのにいきなり斬りかかる奴があるか!! 空気を読め空気を!!」


 驚きながらも仮面の男、フェルディナントは即座に振るわれたユーの一閃をのけ反って避ける。通常であれば避けきれるかどうか微妙なタイミングだったはずだが、彼はあろう事か発声しながらそれを為した。

 少なくともここまでの道のりで絡んできた連中のような甘い相手ではない。


「【解放“イントレランスグローリー”】!」

「【解放“レッドラム&ブルービアード”】!」


 残る二人もグリモアーツを【解放】し、エリカの魔術円がフェルディナントを取り囲む。

 エリカの魔術は端的に言えば弾幕の展開だ。面制圧を得意とする“レッドラム&ブルービアード”なら、速度自慢のフェルディナント相手にも有効であると見越しての行動であった。


 しかし、赤銅色に輝く二十六門の魔術円に囲まれながら怪盗を名乗る男はそれらに目を向ける事すらしない。


「全く失敬な奴らめ、一度は名乗る機を逃したが次こそ言うぞ! 吾輩こそは霧の向こうに見える影にして闇の奥に認める気配、しかして観客あれば時計の針から淑女の心まで手中に収めし大怪盗! フェルディナント・グルントマンである!!」


 街中にありながら大声で名乗ったせいで自称大怪盗は周囲の視線を独占していた。


「霧の向こうにどうこう言う割にすっごく目立ってますね」

「いきなり斬りかかったかと思ったら今度は正論をぶつけるか! 野暮天にも程があるぞ! 吾輩、この子嫌い!」

「なんでいきなり幼児退行してんだこの怪盗」

「とにかくまずは連絡を……」


 ユーとエリカが話しかけている内に、ミアが端末を持ってアラスターに連絡を入れようとする。


 瞬間、手に持った端末が消えた。


「えっ」

「うーむ些か古い機種だな! 持ち運ぶにしても不便な大きさ、加えて衣服に取りつけるためであろう留め具が緩んでいるではないか!」


 否、消えたのではない。奪われたのだ。


 エリカの魔術円に囲まれていたはずのフェルディナントが、いつの間にかミアの背後で連絡用の端末を握り潰していた。囲んでいた魔術円の中にはいくつか破壊されているものもあり、瞬時に突破されたのだとわかる。


 猫の獣人であるミアの動体視力でも知覚できない速度で、エリカに気付く余地すら与えず、ユーの警戒を無視する速度。

 あまりにもシンプルな強みであり、故に今の彼女らでは対処法を用意できない。


 更に、黒い革手袋に握り潰されている端末は一人分ではなかった。


「う、わ私のも盗られてる!?」

「こっちもだクソッタレ!」

「――ッ!」


 そこでようやく三人はこの危機的状況を理解する。


 どんなに振る舞いがふざけていても相手は客人。転移してから半年程度で第四魔術位階を複数会得している圭介や、巨大ロボットを操り城壁に集った多人数と互角に戦ったマティアスと同じ存在なのだ。

 増してやミアはそれらに加えてたった二人で遊園地に壊滅的被害を齎した例も知っている。今まで意識してきた以上の警戒をするべきであった。


「さて、まあ今回は小娘達への顔見せがてら立ち寄ったに過ぎない。予告状の件については先ほども言った通り昼ごろまでには送ると約束しよう」


 踵を返すフェルディナントは、手をぶらぶらと振りながら別れを示す。圧砕された細かな機械の破片がその手のひらからパラパラと落ちた。


「それでは諸君、また明日! ここに来て別に行動しているであろう我が同胞にもよろしく言っておいてくれ!」


 砂のようにこぼれる破片が完全に落ち切るより先に。

 フェルディナントの姿は足元の粉塵だけ舞わせて消失した。


「……消えちゃった」

「ていうかアイツ、【解放】してなかったよな。それでアレってこたぁ」

「本気出したらもっと速いって事、なのかな……」


 残された少女達は衆人から好奇の目を向けられつつ、グリモアーツをカードの形態に戻す。

 エリカが【マッピング】を使うなどすれば多少は追跡できるかもしれなかったが、今それをするわけにはいかない。アラスターへの連絡手段も失った彼女らは今すぐ戻らなければならないからだ。


 流石に犯罪者を追いかける方を優先して依頼主の意向を度外視するなど論外だし、これ以上何か異常事態が発生した際に連絡を入れず行動などしては関係者全員に迷惑となる。


 つまりこれ以上ないほどに、フェルディナントを追うという選択肢は彼女らの中から除外されてしまった。


「とりあえず戻ろう。アイツの言ってた事が本当なら、まだこれで終わりじゃないんだから」


 ミアの言葉に二人がこくりと頷く。

 領主邸に向かって歩き出す三人の背中からは、悔しさが滲み出ていた。

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