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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第十話 ユビラトリックスの巨樹

「あれがマスタートレントかあ」


 邸内の食堂で準備されていた少し遅めの昼食を終えた圭介は、警邏が始まる一時間前に屋上へと来ていた。

 パートリッジ家で休憩がてら青い月を眺めようとした時と異なり、今回はマスタートレントなるものを目視できないか確認するためのいわゆる好奇心からくる行動である。


 一応“アクチュアリティトレイター”で飛ぶまでもなく、屋上に出れば巨大な樹木が見えた。

 しかし圭介が想像していたような顔を有し人語を解するようなモンスターではなかったようで、塔が如く聳えるそれはただ大きくなっただけの樹にしか見えない。


「ふっつーにデカい木だね。それとも裏に顔があんのかな」

『そもそもトレントというモンスターに顔や発声器官はありません。あれらは必要に応じて移動し、必要に応じて他の動植物を捕らえて養分とする存在です』

「うえっ、思ったよりえぐいなこの世界のトレント」


 まだまだ異世界に対する理解は不充分であると再認識する。


 遠目に見えるマスタートレントは時折その枝葉をざわめかせていた。より高所ともなれば勝手が違うのかもしれないが、少なくとも圭介がいる屋上は無風の状態である。

 どういった所作だろうか、と前のめりになっていると屋上のドアががちゃりと開く。


「ん?」

「いかがでしょう。あまり望ましい存在ではありませんが、ここから見るとなかなか壮観でしょう」


 朗らかな表情で近づいてきたのは、先ほども資料を見せてくれていたカイル・キサックであった。どうやら圭介が屋上に上がるところを見てついてきたらしい。


 索敵魔術の限界として彼が扉を開けるまでその向こう側から追われている事に気付かなかった圭介も、とりあえず「ええ」と相槌を打った。

 軽く不意を突かれたようなものだがそこまで動じずにいられたのは乗り越えてきた修羅場の数が転じたものか。あまり喜ばしい変化とは言えない。


「カイルさんもたまに来るんですか?」

「いえ、私は嫌というほど見飽きていますから。ただやはり写真などを撮りにわざわざお越し下さる方などもいますので、少なくとも外の人にとってはそれなり珍しいものなのでしょうね」

「へぇー。まあ、超大型ですもんねえ……」


 何となく想像できていた事ではあるが、マスタートレントを撮影するために足を運ぶ好事家もいるようであった。

 しかし考えてみれば超大型モンスター自体が珍しい存在である。セシリアから聞いた話によると、ジェリーも鎧の素材に用いていたゴグマゴーグの革や肉、骨などは金銭に換算するとかなりの高額となるらしい。


 そう考えると自分は札束でできた鎧を持ち主ごと吹っ飛ばした事になるのだろうか、と馬鹿らしい想像をしているとアズマが頭上で疑問を呈した。


『そもそもあのマスタートレントはいつ頃から、何故このユビラトリックスに出現したのですか?』


 それは圭介も少し疑問に思っていた部分である。

 トレントなるモンスターの生態には明るくないが、未然に防ぐ手段は無かったのだろうか。少なくとも騎士団はいるのだから領地内を見回らなかったわけではないはずだ。


 その問いかけにカイルは困ったような笑みを浮かべた。


「申し訳ありません。そこは我が領内での機密も多少とはいえ絡みますので……」

「ああいえそんな、どうしても知りたいってわけじゃ。ないよなアズマ。ないよな!?」

『確かに今回のクエストとは無関係ですし、絶対に必要な情報という認識はありませんが』

「いえ、こちらこそ。まあしかし出現した時期に関しましては調べればわかってしまう範囲なので、隠す意味があるかというとこれがなかなか」

「とは言ってもその、そちらの立場もあるでしょ。気になったらこっちで調べますんでお気遣いなく、マジで」


 半ば強引にアズマの問いを流す。一応仕事で来ているとはいえ本来圭介達は外部の人間なのだ。そういう面では自重すべしと心の中に住まう日本人が和を重んじ始めている。


「あーでも一応これは確認できる範囲だと思って聞きたいのですが。騎士団や冒険者をそれだけ向かわせるって事は、最終目標はマスタートレントの討伐なんでしょうかね? いや本当に倒そうとしてるのか疑ってるとかじゃないんですよ、ホントホント」


 そのつもりなのだろうと確信もしながら話題を逸らす目的で今度は圭介が問う。それを察してかある種失礼な発言に、カイルは小さな微笑みで返す。


「もちろん、あれは討伐しなければならない存在です。その意識はアレに関わるほとんどの人にあるはずですよ。……難敵ではありますが、いつかは必ず」


 あれだけ巨大な植物だ。動物系モンスターを相手取った時のように単純な攻撃だけでは効果も見込めまい。根は地中に潜っており、幹はそれこそ屋敷の敷地面積がすっぽり入るだろう太さを誇る。


 ゴグマゴーグを屠った圭介の【ハイドロキネシス】でも切り倒すのは容易でなく、カレン仕込みの【サイコキネシス】でも根元を掘り起こすのは簡単でない。

 寧ろ圭介にとっては「十全にコンディションを整えて適度に休憩を挟めば自分ならできるかも」と少しでも思えてしまう事の方がよっぽど恐怖だった。


「そも騎士団も冒険者も、あんなものだけに労力を割くのは本来の在り方ではありませんから」

「あー、ですよね……。木の相手だけしてればいいわけないですもんね」


 本来の在り方。騎士団で言えば地域の安全保障、冒険者で言えばあらゆる状況下における臨時の人材。


 一応マスタートレントの討伐もそれらの役割・業務に含まれるのだが、それが全てになってしまっては本末転倒である。そのせいで今回アラスターは徘徊する怪盗の脅威から領地を守るため、外部からの人員を派遣する形となってしまった。


 圭介はまだしも王城騎士のセシリアまで参戦しているとなれば、口先で何をどう言おうと金額にも違いが出るかもしれない。

 つまり必然的に時間がかかる作業だから仕方なく長期戦に持ち込んでいるだけで、マスタートレント討伐はユビラトリックスという土地にとって急務なのだ。


「……どの程度お力になれるかわかりませんが」

「やめておいた方がよろしいでしょう」


 僕も参戦しましょうか、と。

 言いかけたところに制止が入った。


「ケースケ様が超大型モンスターであるゴグマゴーグを討伐したという話は、私もアラスター様も重々承知しております。しかし、いえだからこそ、貴方のやるべき事はこれではない」

『随分と断言されるのですね』

「それは、まあ」


 カイルは頬を指先で掻きながら苦笑する。その動作は、どこかこれまで紳士的だった彼の印象を覆すほど少年的だ。


「論拠に乏しい経験則からの勘となってしまいますが。ケースケ様のようなお方は本来あのように大きいだけのモンスターの相手をしている器ではありませんから」

「めっちゃ持ち上げますね。そんな大した人物じゃありませんよ、僕なんて」

「それでも第一王女様が認めてくださっているのは確かです。私の妹も世の中は広いんだな、なんて噛み締めるように言い出す始末で……ああ失敬」


 家族自慢を気恥ずかしく思ったのか、元の世界に家族を残す圭介に罪悪感を覚えたのか。カイルは視線を逸らして謝罪した。


「いや別に気にしてませんよ。ていうか妹さんいるんですか」

「ええまあ、ケースケ様と変わらないくらいの歳のが一人。体が弱いので今は王都の病院に身を預けているところです」

『なるほど。土地柄どうしても定住できない場合もあるのでしょう』

「向こうは留まりたいと思っていたようですけれどね。何だかんだ生まれ故郷ですから」


 マスタートレントの出現がいつの事なのかはわからない。

 それでも土地に愛着を抱く気持ちは異世界に飛ばされて帰れない身として何となくわかる。仮に圭介が元の世界に戻れたとして、東京にあんな樹木が生えていれば取り除きたいという思いも当然出てくるに違いなかった。


「しかしあの樹がある以上ここは病人に優しい環境じゃありません。何より私からは言いづらい話ですが、今は治安もよろしくない」


 増してや、そんな存在のために家族が離れ離れになるとなれば苛立ちや怒りもあろう。


「治安に関しては正直聞いてたほど、って印象でしたけどね。怪盗が出てるならまあそうも言いたくなりますか」

「それでも領主邸の周囲は平和な方です。少し奥まった区域では、先日も冒険者同士の諍いで一人が病院へ運ばれました」


 やはりアガルタ王国の民として意見を隠さないところがあるのか、仕える相手が管理している土地での問題をカイルは軽く言ってのけた。


『冒険者ともなればユビラトリックスでは貴重な人材でしょう。だというのにそのような現状があっては、マスタートレントを討伐するのも難しいかと思われますが』

「いやはや仰る通り。だからこそ私達は一丸となる事にこそ力を入れなければなりません」


 アズマの指摘を受け止める彼は苦々しげな表情を巨樹に向け、拳を固める。


「あの樹さえなければ、この街だって」


 その一言に込められた意味は、きっと重い。

 まだマスタートレントが存在しなかった頃のユビラトリックスを知り、そこで生まれ育ったからこそ絞り出される信念がある。


 郷土愛なる感情に対して圭介はあまり共感できないが、結果として妹を故郷から遠い街へと移り住まわせた事に対して思うところもあるのだろう。


「……いつかへし折ってやれるといいですね。あのクソッタレな樹」


 微笑を浮かべながらわざとらしく粗暴な言葉を使うとカイルも同調したのか、


「ええ。いつかへし折ってやりますよ、あんなクソッタレな樹」


 そう言って、無邪気な笑みを返してきた。

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