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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第九話 領主邸

 途中で充分な睡眠を取ったからか、ユビラトリックスの飛空艇用着陸地点に着く頃には圭介の意識もはっきりとしていた。それだけにまだ午後にならないくらいの時間だからか空腹感も強い。


 青い塗料に覆われた地面に立つと出迎えに来たらしいスーツ姿の男が声をかけてくる。


「ようこそお越しくださいました。私はこちらユビラトリックスが領主アラスター・オダフィ・ホーガンに仕えております、カイル・キサックと申します。セシリア・ローゼンベルガー様、並びにトーゴー・ケースケ様のパーティでお間違いありませんでしょうか?」

「は、はい」

「相違ない。此度はフェルディナント・グルントマン対策の周辺警邏依頼に応じる形で馳せ参じた。改めての詳しい話はアラスター殿に直接お伺いしたいのだがいかがか」


 堅苦しい応酬に戸惑う圭介だったが、思えば領主からの使いと王城騎士の会話だ。学生同士の挨拶とは形態が異なるだろう。


 加えてセシリアは元々こういった空気を纏う人物だった。苦労人としての一面を知ったのはそれなり付き合いが生じてからである。

 少し懐かしい気分に浸っている間にも話は進む。


「もちろんでございます。ここは日の光も厳しいですから領主邸へご案内いたしましょう。どうぞ、こちらへ」


 カイル・キサックと名乗った男は赤茶けた髪の毛をオールバックにまとめた二十代前半ほどの美丈夫であった。こういった対応に慣れているのか王城騎士のセシリアや頭頂部にアズマを載せている圭介に対しても動揺するような無礼は働かない。


 軽いやり取りを終えて歩き出すカイルの後ろをついていく過程で、ようやく周囲の様子が目に入る。


 危機的状況にあると言われていた割に建物や道路は整備されていた。

 もちろんここが人の営みある居住区であり、尚且つ騎士団がマスタートレントの侵攻を防いでいるからこそ維持されている環境なのだろう。


 団地と思われる集合住宅とその付近に配置された公園、太い道路の向こう側には病院らしき施設まである。

 街を見てすぐにわかるほど治安が悪いというわけでもないようだ。壁に落書きがされていたり店の看板が壊されていたりなどの様子は見受けられない。


 とはいえ流石に領主邸の近くともなれば整えられていて当然ではある。裏路地などに入り込めばどうなるものか。

 ただ少なくとも圭介の【サイコキネシス】による索敵網は怪しげな動きを感知していなかった。


「超大型モンスターと陣取り合戦してるって話だったっすけど、聞いてたほど酷い状況ってわけじゃなさそうっすね。やっぱ騎士団が頑張ってくれてるんすかね」


 同じような感想を抱いたのか、レオがセシリアに語りかける。

 しかしセシリアの方はそこまで誇らしげな反応を見せず、小さく息を吐く。


「荒くれ共がまとめてマスタートレント対策に駆り出されているのもあろうが、やはりアラスター殿が領主としてしっかり土地を管理されているからだろう。それにユビラトリックスの場合、マスタートレントという相手が相手だ」

「というと?」

「アレの脅威は地中から根を伸ばし範囲を拡げ、あらゆるインフラ系統に影響を与える生態にある。だから地下に拠点を設置して重要な施設などへの侵入がないか監視を続けていれば対応は可能だし、逆に万が一の事態に発展してもすぐに表沙汰にはならん」

「いやらしいモンスターだなぁ」

『早急に切り倒すというわけにもいかないのでしょうか。社会への影響を考慮するのであれば現状維持より排除に向かって動くべきと判断できますが』

「そう簡単には……っと、そろそろ見えてきた。各自失礼のないように、簡単にで構わないから身だしなみを整えておけ」


 案内人のカイルが向かう先に見えてきたのは石造りの屋敷。三階まである横長の直方体に簡素な時計台が備え付けられた形状に華美な装飾などは見受けられず、その在り様がどこか無機質さを漂わせていた。

 加えると圭介は知らないが、領主が住まう場所として見るのならばかなり小規模な建築物である。


 エリカを除いた各々が服の乱れなどを確認していると、これまた簡素なデザインの門を前にしてカイルがカードキーをかざす。


「【問わず見よ】」


 簡単な詠唱とともに門全体に術式が走り、がちゃりと開いた。機械に頼るばかりではないのだと改めて異世界の文明を見た圭介とレオが、感嘆の表情を浮かべて一瞬ばかり硬直する。


「何すか今の……」

「わっかんね……」

「施錠と開錠の術式を見るのは初めてだったか? 確かに王都ではあまり見ないかもしれんが」

「土地柄どうしても地下の設備ばかりを信用していられませんから。こうしてその場その場で対処できる魔術の存在に頼る事も、ままあるのです」


 意外そうなセシリアと苦笑するカイルの説明を受けて客人二人が納得したように頷いた。先ほどの話を聞けば何もかも機械に頼ってばかりいるより、局所的な対応ですぐに復旧できる魔術の方が多少の手間はあれど安定して運用できるのだろう。


 門をくぐって芝生と花壇が見える庭を通過すると鉄扉が見える。周囲の石材と相まって味気なく映るそれにカイルが手持ちの鍵を差し込んで開いた。


 しばらく廊下を歩いて通された先は客用の大広間。内装まで石で揃えるつもりはないのか、こちらは樫の木の板で壁やら天井やら四方八方を覆っている。

 ファイルに綴じられた書類やバインダーがどこか不釣り合いな凝った意匠の書棚、天井からぶら下がり優しい光で部屋を満たすシャンデリア、真っ青な未知なる異世界の花を活けられた花瓶。

 それら全てが決して派手でなく、しかし同時に上品だった。うっとりとするような美しさはないものの、ほう、と唸るに留まる要素がそこかしこに見受けられる。


 そして中央に置かれている大テーブル、その手前側に恰幅の良い後姿が座っていた。


「アラスター領主。お客様がいらっしゃいました」

「ん……おお、これはこれは背中で出迎えるなどと無礼をば!」


 カイルの声に反応して振り返った中年男性は黒縁眼鏡を揺らしながら笑みを浮かべる。その声色は貴族や領主といった堅苦しい肩書きに見合わず、どこか親しげに見えた。


「王都からこちらまでわざわざご足労いただいて恐縮です。私、このユビラトリックスにて領主を務めさせていただいておりますアラスター・オダフィ・ホーガンと申しますハイ」

「あ、ど、どうも東郷圭介です」

「お噂はかねがね、ええ、聞いております。あなたのような有名なお方とそのお仲間の皆様、それに王城騎士の方にダアト出身の客人さんまで来ていただけるとは、いやはや何とも」

「あ、そんな、お気になさらず」

「えらく低姿勢なおっちゃんだな」

「あんたは黙ってなさい」


 ミアに頭をはたかれるエリカの発言はともかく、朗らかに対応する男――アラスターの態度は確かに立場に見合うものではあるまい。相応に苦労して今の地位を築いたのかもしれなかった。

 とはいえセシリアも王城騎士であり貴族だ。それが純粋なものであろうと策略を秘めたものであろうと、極端な低姿勢を見せる相手への応対方法は弁えている。


「アラスター殿、失礼ですがどうかあまりお気を遣わずに。私も宮仕えの身ながら此度はマシュー都知事の命を受けてクエストに参加しました言わば冒険者のようなもの。それが領主であらせられる御身に持て囃されてばかりでは、どうにも落ち着けませぬゆえ」

「ああそうでしたそうでした、失礼しました! ささ、皆様どうぞお好きなようにおかけください」


 言いながらアラスターは出入り口側の椅子を手に掴んで他の椅子に着席するよう促してきた。そこのポジションだけは譲る気がないようである。

 こちらの世界でも下座の位置は変わらないのか、または別の意図があるのか圭介にはいまいちわからない。


 全員が席に着いたところでカイルが書棚から一枚のファイルを取り出した。書類自体は全員に見えるようテーブルの中心に置き、向きは圭介とセシリアの視線が交差する位置に正面を向けるよう広げる。

 アラスターはページをゆっくりとめくりつつそれら一枚一枚を物憂げな表情で眺めていた。


「街中の監視カメラや個人の通報、投稿された写真などによって集められた写真です。中にはSNSに投稿されたものもありますが」

「結構……というよりかなり目撃されているようですね」


 ユーの驚愕も無理からぬ事だろう。わかりやすく不審な出で立ちの怪人物、それも名の知れた犯罪者が往来を歩いているというのに未だに捕まっていない。しかし目撃だけは幾度もされているというのが奇妙だった。


 その反応をある程度予測していたのか、アラスターは疲れの滲んだ息を吐く。


「そうなんです。お恥ずかしながら、それでいて彼を捕らえようという試みは全て失敗しているのが現状でして。彼の逃げ足の速さたるや、あらゆる獣人の脚力でも身体強化の魔術でも追いつけず……」

「いやそれどんな速度ですか」


 圭介の念動力を用いた加速とて相当な勢いがつく。脚力強化がどれほど頼りになるのかもミアの【アクセル】で体験済みだ。

 それらを凌駕する速さとなると、圭介ではすぐに想像できない。


 しかし、相手は圭介と同じ客人である。やろうと思えば少年少女の二人組で公共施設一つを地盤から破壊できるような存在だ。


 今回も[プロージットタイム]の時と同じく単体戦力で騎士団と拮抗するような相手かもしれない。

 そう思えば、油断などできなかった。


「彼の存在は間違いなく脅威ですが、今のところ犯行予告は提示されていません。ですので貴方達には周辺の警邏、それのみをお願いしたいのです。先に提示しました通り期間は二日となりますので、皆様宜しくお願い申し上げます」


 元より警邏に当たっていた冒険者や領主お抱えの警備隊などにも、プライベートは当然存在する。その関係でスケジュール上どうしても生じる空白期間が圭介達に割り振られたクエスト期間である。


 宿泊には領主邸の一画、来客用のスペースを自由に使わせてもらえる。圭介達は事前に写真を見せてもらったが、男女別どころか人数分の一人部屋が用意されているというのだから流石そこは気前が良い。


 大体の説明を聞き終えると今日のところは夕方からの警邏に向けて一旦休憩と相成った。

 部屋に荷物を置きにいくため立ち上がる圭介の脇が、「なあなあケースケ」と隣りに座るエリカに小突かれる。


「って、何すんだオイ」

「あたしそんなに客人と接点ねーんだけど、お前らんとこの世界ってこないだの巨大ロボットおじさんとか今回の真っ黒仮面みたいなのがそこら中にいんのか?」

「いやいや、そういるもんじゃないよあんなん」


 しかし確かに圭介からしてみれば、真っ当な客人となると今のところレオくらいしか出会えていないような気もする。


 最初に出会った……というより見たのはマティアス・カルリエ。

 変態飛行の藍色船舶ことグリモアーツ“インディゴトゥレイト”を巨大ロボットの姿に【解放】させ、王族を挑発しながら城壁を襲っていた。どう考えても人としてのハンドルとブレーキが壊れているとしか思えない。


 二人目に出会った客人はダアトの最高責任者であるカレン・アヴァロン。

 圭介にとっては念動力魔術における師匠だが、これもまた真っ当な人間かというと違う気がする。

 少なくともゴグマゴーグを「自分が前線に出れば殺せる」と判断できる時点で、凡人とは見えているものが違うのだろう。言動を見るに世話焼きな人格者ではあるはずなのだが。


 三人目はレオなので飛ばすとして、その次が[プロージットタイム]を襲撃した二人組。

 ピナルと名乗る少女の方とはあまり会話しなかったものの、少なくとも彼女はただの無垢な少女などではなかった。[エイベル警備保障]の警備員を負傷させたのは事実である。加えてミアから聞いた話では、戦闘が滞ると彼女を殺害しようとする動きも見せたらしい。

 もう一人がヨーゼフ。こちらも精神を病んでいた。破壊工作に対して抵抗などは一切見受けられなかったし、口調も敬語になったり粗暴になったりで安定していない。元は普通の少年だったらしいだけに、少し哀れでもある。


 そして今回のフェルディナントは、奇抜な服装と行動で怪盗騒ぎを起こしている不審人物である。

 並べてみると奇人変人が多過ぎるきらいは確かにあったが、圭介としても言い分はあった。


「……まあ僕らの世界には魔術なんてないからね。そういう力を手に入れてはしゃいじゃってる奴らってのはある程度いるもんなんじゃないの。ほら、客人ってこっちの世界の人達より強くなれるみたいだし、調子乗る奴も出てくるっていうか」

「ほーん。じゃあ元からイカれてるとは限らないわけだ」

「だから、そんな奴そうそういねえってばさ」


 そう、滅多にいるものではない。

 少なくとも圭介が知る限り、最初から人として狂ってしまっていたケースは()()()()いなかった。


(ああいうのは例外、その辺歩いてちゃ駄目なやつだ)


 今でも目の前にいるかのように思い出せる。


 中学時代のブレザー。

 漆黒のセミロング。

 端正な顔立ちに、特徴的な泣きぼくろ。

 そして優しげにこちらを観察する、無遠慮な慈愛の瞳。


 脳裏に浮かべたその姿を、圭介は努めて無言のまま思考の外へと追いやった。

 怪訝そうに見つめてくるエリカの視線が、少し痛い。

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