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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

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第七話 遅く起きて

 遅くまで起きていれば目覚める時間も遅くなる。

 それが摂理なのだと圭介が改めて認識したのは、高くなった日の光が窓から漏れているのを目視した時だった。


『おはようございます、マスター』

「ああおはよう……。めちゃくちゃ寝てたな、どれどれ」


 アズマに挨拶を返しながら枕元に置いておいたスマートフォンに触れる。少し寝癖がついているせいか、機械仕掛けの隼はまだ頭に乗ろうとしない。


 表示された時刻は午前十三時半を告げていた。

 一日空けてある以上そこまで時間に拘りはない。今日は何をしようか、と頭の中で真っ白な予定表と向き合う。


(明日はお偉いさんからの依頼があるし、あんま疲れる事したくないな)


 ひとまず洗顔と歯磨きを終えた圭介は寝巻から普段着に着替えて外に出る。寝癖を直した辺りでアズマは無言のまま頭に乗っかってきた。


 こちらの世界の九月はまだ晩夏。秋は十月から始まる。

 とはいえ日本の四季も彩りを謳いながら中身は似たようなものだ。そう思えば明確に秋と呼べる期間が存在するビーレフェルトは元の世界と比べて恵まれているのかもしれない。


 強い日差しに苛まれながらマゲラン通りへ出る。嫌気が差すほど人通りが多く、夜にエリカと歩いた時とは印象が大きく違った。

 ただどちらかと言えばこちらの方が見慣れた風景である。見慣れてしまった、と捉える事もできるが。


「さて、どうしたもんかね」

『予定もないのにこの中途半端な時間に外出したのですか』

「おいなんか最近僕に対して当たりキツくないかお前」


 ダグラスの襲撃を受けてから遠方訪問が始まるまでの期間ずっと部屋に閉じこもっていた反動からか、圭介は暇さえあれば外出する癖がついた。そのせいで外食や衝動買いの機会も必然的に増える。

 とはいえクエストや望まぬ功績によって無闇に増え続ける収入は、ビーレフェルト大陸に居着こうなどと考えていない彼にとってそこまで魅力的なものではない。帰る方法さえ見つけられれば全額をパーティメンバーにくれてやろうとさえ考えていた。


(つっても、最近ではその方法探しも行き詰まってんだよなあ)


 図書館で参考になりそうな書籍は軒並み目を通したが、やはり客人の転移については未だわかっていない事の方が多い。そもそも図書館で調べた程度でわかるのなら既に自主的に帰還している客人もいるだろう。

 だが仮にそんな手段が存在したとして、果たして二つの世界の間にどれほどの影響力があるものか。


(下手に誰でも帰れる方法なんて見つけようもんなら後が怖いし……)


 それでも『自主的とは言い難いが帰還できたケース』の存在が圭介を諦めさせない。

 偶発的に帰った客人は実在する。自分もそうなる日が来るかもしれないのだ。


 その小さな可能性に縋りたい気持ちは、しかし昨晩交わした彼女とのやり取りによって減速する。


(帰る時になってしんどくなるの目に見えてんだよ、ちくしょう)


 なるべくその時の事を考えないようにしよう、と決めたその時だった。


「おやおや、変な時間に有名人と出くわしたの」

「こ、こんにちわ……」

「んあ?」


 振り返った先にいたのは、背の低い同級生が二人。


 片方は長い銀髪を揺蕩わせつつコンビニスナックを齧るレプティリアンの美少女。もう片方は真っ赤な髪を肩口までさらりと伸ばすヒューマンの美少年。

 コリンとエルマーである。


『こんにちは、お二方』

「おっす。そっちは随分と珍しい組み合わせだね。何、付き合ってんの?」

「へ、へへっへへへ!? ぼぼぼ僕とコッ、コリンさんが!?」

「誰がコッコリンさんなの。サッカリンみたいに言うんじゃねえの。脳味噌ばっか立派で女の名前もまともに呼べない男なんてこっちから願い下げなの」


 心無い言葉を受けてエルマーがわかりやすく硬直した。


「多分エルマー君もコリンみたいなのとは合わないと思うわ。付き合ってないならなんなん、君ら接点あったっけか」

「文化祭で提示する記事の下書きがある程度まとまったから、二学期の中間テストに向けて学年一位の勉強法を掲載するためのインタビューをしてきたとこなの。内容が普通且つ過酷過ぎてクソほど役に立たなかったけど」

「ごめっ、ごめんな、さい。ぼ、ぼぼ、僕なんかでよければ、これからも、よよよよ喜んで手伝います」

「エリカにはゲテモノ系のギャルゲーやらされるわコリンには手伝ったのに文句言われるわでホントまともな女子に恵まれねえなこの美少年」

『普通であればこういった場合憤慨するものではないのですか』


 善人というより自己評価の低さが酷い。容姿と頭脳に恵まれても恵まれた人生を送れるとは限らないのだと学ばされる実例である。


 頭上に止まった機械仕掛けの猛禽とともにエルマーを憐れんでいると、コリンが食べ終えたフライドチキンの包装紙をくしゃりと握り潰して圭介を見つめてきた。

 厳密にはその背後に視線を飛ばしているようである。


「ん、何」

「そういやケースケ君は今日何してるの? 他のパーティメンバーやら護衛みたいな人は一緒じゃないの?」

『彼らはいつでもマスターの身辺にいるわけではないのですが』

「まあそれもあるし、今日は何となく一人になりたかったからね」

「ほーん。……ほーん。チッ」

「なんで今舌打ちした?」

「いや、今日は護衛の人達とかいないんだなって気になっただけなの」


 どこか不満げなコリンの様子を訝しむも即座に誤魔化されてしまった。どうにも圭介の後方を気にしていた風だったが、同行者がいない事に対して何をそんなに不機嫌になっているのかがいまいちわからない。


「しっかしまあ、一人になりたいって言ってる奴が外出してこうやって知り合いに絡まれてるの滑稽でしかないの」

『加えて予定も立てていないのですから悪い方向に徹底していますね』

「君ら他人に辛辣にしてないと死ぬ病気か何かか?」


 溜息を吐きながら目を細める圭介を見かねたのか、エルマーがおずおずと手を上げる。


「あ、ああのさ、ケースケ君。お昼まだだったら、その、これから一緒にどう、かな」

「そうだねぇ……何なら朝も食べてないし、どっか寄ろうか。そっちの割とガッツリしたもん食ってたギリギリ違法ロリはどうよ」

「あんなもんを一食にカウントしたくないからご一緒するの」


 かくして客人、ヒューマン、レプティリアン、猛禽型魔道具という風変わりな面子は最寄りの飲食店へと足を運んだ。


 小さな植栽と一体化しているようにも見える緑色の煉瓦で造られたその店は、昼食を摂るには少し遅い時間だからかあまり混雑していない。店内に入るとこれまた至る箇所にテラリウムや草花の絵画が飾られており、外装から得られる印象を強めていた。

 店員であるエルフの女性に各々注文を済ませた後、圭介は落ち着いた雰囲気の店内を見回しながら出された水に口をつける。


「良さげな店だね。なんだかリア充になった気分だよ」

「美少女三人パーティに後から参加した男が何を言ってるの」

『しかし、充実した人生を謳歌しているとは言えませんね。事あるごとに死の危険と直面していますから』

「と、トラロックではあのその、すすすっすすみませんでした……」

「落ち着けエルマー君、あれは君のせいじゃない。あと震えでお冷こぼれてるから。コリンの袖がめっちゃ濡れてるから」

「次はねーの」


 表情こそ動かないものの感情は年頃の女子らしく激しいコリンの事だ。二度目はエルマーを殴りかねない。

 いざとなったら念動力で助けてやろうと心に決めながら、圭介は適当な話題を振った。


「明日さぁ、またクエストあんだよ。しかもあれ、詳しくは言えないけど結構偉い人から受けちゃったやつでさ」

「もしかしてユビラトリックスのやつなの? 昨日エリカちゃんから『異世界人をパーティに引き入れた女子高生は二丁拳銃で無双する~仮面の変質者をどうにかしてくれと都知事に泣きつかれたので仕方なく危険地帯に行く事になっちゃいました~』とかいうクソみたいなメールでめっちゃ自慢されたの。うざかったの」

「アイツ何してんだ!?」


 別に口止めはされていないがそれにしたって随分と口が軽い。驚きに目をひん剥く圭介を、エルマーがまあまあと宥めてきた。


「こ、コリンさんも記事にする情報は選ぶから。そこは、その、友達として信頼しているって、事なんじゃない、かな」

「エリカがコリンを信頼ねえ……」

「あ? なんか文句あるの?」


 コリンへの文句というよりエリカが誰かを信頼するという状況に思うところがあったのだが、妙な誤解を受けたようだ。先ほど圭介に誰も同行していない事に対して妙な振る舞いを見せてから、どうにも彼女は機嫌が悪い。


 そうこうしている内に、三人の前に頼んだ料理が運ばれてきた。


 コリンはレプティリアンという種族の特性上、皿の上にこれでもかと焼いた肉を盛ったものを頼んだ。何の肉かとメニューを見てみたものの初めて見るアガルタ文字で詳細がわからない。少なくとも詳細がわかるまでは頼むまいと圭介は心に誓った。

 圭介とエルマーが頼んだのは鶏肉のソテーに茸のソースをかけたものが主菜となる定食。他にも芋類と胡桃のポタージュやレーズンパンなど、単体でも嬉しい品が揃っている。


「そういやケースケ君、また新しい魔術覚えたの?」


 滋味豊かな料理に舌鼓を打ちながら圭介が店の名前と位置を確認していると、早くも半分ほどの肉を胃に叩き込んだらしいコリンが頬杖をつきながら話しかけてきた。


 直接その話をした覚えはないが、パーティメンバーらと同室で寝泊まりしている彼女はその辺りの情報もすぐに手に入るのだろう。あるいはこれも新聞部が有する諜報能力か、もしくは先日練習に付き合ってもらったレオかモンタギュー辺りから聞き出したか。


「ああうん、【エレクトロキネシス】ね。実際使ってみるとそこまで使い勝手良くなかったわ」

『今後どのように使っていくかにもよるのでしょうが、現状では感電させるか磁石の代用品程度が関の山です』

「で、電気系統の魔術は、適性ある人じゃないと扱いづらい、から……」


 学年一位の言葉となれば疑いようもあるまい。念動力で無理やり動かせても、想像していたような落雷の再現などは難しいようだった。


 こんな感じ、と圭介が戯れにスプーンやフォークをくっつけて同級生二人に見せているとある事を思い出す。

 彼が未だ深く理解できていないのは何も【エレクトロキネシス】だけではない。


「そうだエルマー君、連絡先! 連絡先交換しよう、ちょっと色々聞いておきたい事があるんだった、主に燃焼系統の魔術について」

「ふぇ、ええ、あの、はい。交換、しますぅ」

「この男子高校生、萌えキャラみたいな喋り方しやがったの」


 明日にはクエストの関係で遠出するため今からでは付け焼刃程度にしかならないが、せっかく炎の魔術を扱う知り合いが目の前にいるのだ。【パイロキネシス】をより効率的に使うために知識を授かる必要がある。


 今の段階でまたジェリーのような強敵とぶつかれば、今度こそ生きて帰れるかなどわからない。増してや今回のクエストで相手にするのは客人なのだ。油断は一切許されまい。


「うしっ、そんじゃこれ食べ終わったらウチのパーティのホーム来られる? 用事とか無ければちょっと付き合ってもらいたいんだ」

「う、うん。いいよ。僕も、そそその、特に用事とかないから」

「あざっす! エルマー先輩頼りにしてまっす!」

「……こいつらのやり取りまとめてテキトーに改竄した話を小説にしたら腐った女子共にはウケるかもしれないの」


 何やら不穏な新聞部の発言をスルーしつつ、圭介はエルマーと連絡先を交換したのだった。

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