表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第八章 大怪盗フェルディナントの活劇編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

197/417

第六話 無人公園から見えるものは

 メールに従う形で圭介がパーティホーム前に来たのは夜中の午前一時。

 夏の青々とした葉もどこかざわめきを抑えているような静寂佇む景色、その中にマリンランプの無機質な光を浴びながら一人ポツンと立つ小柄な少女がいる。いつぞや見たブラウスとショートパンツは確かルンディアに行く際にも着ていたものだったか。


 その人物はゆっくりと歩いてくる圭介の姿を認めると、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「おっせえな何してたんだよ。あ、もしかしてナニしてたんか? おいおい女子と会う前だぜ~一度手ぇ洗ってこいよな~右手を重点的によぉ~」

「何を想像してんだエロいなお前」


 西洋人形よろしく端正な顔立ちの彼女は、その薄く小さな唇から馬鹿丸出しの言葉を紡ぐ。

 メティス広しと言えどもこんな口調で相手を煽る美少女はエリカ・バロウズ以外にいない。


 とはいえ若干慣れつつある圭介としてはそこまで気にするほどでもなかった。時間も時間という事でアズマがおらず頭部が常より軽く感じられて考えまで軽薄になっているのかな、などとエリカに負けず劣らず馬鹿な戯言を心中で繰りながら浅く息を吐く。


「時間通りだっつの。そっちは何、そんな早くに来てどしたん。ていうか何でこんな時間に呼び出される被害者が僕しかいないんだよ? 不公平だぞ謝れ」


 彼が訝しみ自らを被害者と呼ぶのも当然である。エリカが送ってきたメールには『夜一時にホーム前に来いよ。深夜徘徊しようぜ』としか書かれていなかった。


 まあ暇だしいいか、程度のつもりで来たものの自分と彼女の二人しかいないのは落ち着かない。何だかここにいないメンバーから呆れられそうでげんなりしてしまう。


「たまにあたしとケースケがエロ本拾いに来てかち合うトコあんだろ。あっちのほれ、でけぇ廃工場と川がある方よ」

「ああうん、あるね」

「あそこらへんに夜中来たら良い感じの景色見られそうな公園見つけてよ。コリンちゃん辺りと一緒に歩き回ろうかと思ってたんだけど、『夜の一時は無理』つって断られてな」

「ああうん、でしょうね」


 誰だって好き好んでそんな奇抜な遊びに付き合おうとは思うまい。

 増してやコリンが日頃どれだけ忙しなく動いているのか、新聞部の仕事を少しでも手伝った事のある圭介は知っていた。逆にこの場に彼女が来ていたら来ていたでいたたまれない気持ちになっただろう。


「【案内人に告ぐ 導を示せ】」


 そんな事情を一切知らないエリカは【マッピング】を展開した。浮かび上がる簡易的な周辺の地図に彼女が指を這わせ、魔力の線を引く。


「つーわけでケースケ、一緒にちょっくら歩こうや。コースはこんな感じでどうよ、さっき言ったのはここの高台んとこにある公園な」

「同級生の男子を深夜徘徊に誘う女子高生ってどんな生き物だよ……。まあ、別にいいけどさ。明日は一日中フリーだし」

「決まりだな」


 エリカはニカッと笑って歩き出す。少し強引な要望だが悪い気はしない。

 厄介そうなクエストが近づいていても、彼女がいれば緊張感を緩和できるような気がした。


「他の二人は誘わなかったの?」

「あー、まぁな。こういうのはお前が一番誘いやすい」

「何だそりゃ……って、ああ。なんかごめん」

「ん? いや、別に」


 まだ人間不信を引きずっているのかと思い素直に謝るも、さしてエリカは気にした様子がない。そのまま遠ざかる背中に駆け寄り、一緒になって歩く。


 目的の高台に向かう前に二人はマゲラン通りへと出る。流石に時間も時間だからか普段は賑やかな大通りも、少し寂しいくらいに人の姿が減っていた。

 とはいえ無人とは言えず、ちらほらと人の姿は見える。それでいて有名人である圭介や外見年齢の低いエリカにもあまり視線が集中していない。


(まあ今の僕はアズマを頭にのっけてないし、案外そんなもんなのかもな)


 そんな風に周囲の反応の薄さを分析しながら歩を進めていく中で、エリカが話しかけてきた。


「なあケースケ」

「ん?」

「こないだの、エルフの森でよ。なんかあの女の鎧について言ってたよな」


 エリカが言っているのはジェリーが装備していたゴグマゴーグの革鎧の事だろう。

 ダアトか騎士団どちらかの中で生じた不祥事。圭介にとって頼れる大人に向けた信頼が揺らぎかねない不安材料。


「……うん。それがあったせいでどうにも師匠や第一王女様を信じ切れずにいるところだよ」

「そっか」


 漏れたのは弱気で後ろ向きな発言だった。はずだ。

 金色の髪を街灯りに輝かせながら、しかし彼女はにこりと笑った。


「ユーちゃんやミアちゃんはどうだ? 仲間なんだし、信じてられんのか?」

「いやまあ、そりゃそうだろ。あの二人が僕を騙す理由なんて何も無いじゃん」

「じゃあ」


 照明に背を向けているからかエリカの表情は陰になって窺いづらい。その中にあってなお翠玉よろしく爛々とした光を宿す両の瞳が、圭介の方へちらりと向いた。


「あたしはどうだ? 一応ガキん頃は排斥派だったってのは知ってんだろ」


 声色に変化は無く、ただ目線だけが合った状態で彼女は続ける。


「あの女の鎧を用意したのはあたしだ、とかそんなん言うつもりは毛頭ねーがよ。お前に近い位置にいて一番油断を誘えるのがあたしなのは間違いないんだ。今もこうして呑気に夜中から二人っきりになってくれてるしな」

「まあ、そだね」

「そこでお前はあたしを疑ったりしないんだな。今日も来るかどうかは五分五分くらいだと思ってたけど、時間通りに来たし」


 珍しく迂遠な言い回しをするエリカの主張を圭介は自分なりに噛み砕く。


 恐らくだが彼女は「仲間だからとあまり信用し過ぎるのも考え物だ」と言っているのではないか、というのが彼の見解であった。

 言われてみれば異世界に来て最初に出会った排斥派はウォルト率いる[羅針盤の集い]だったものの、最初に命を奪おうとしてきたのは恩師とも言えるヴィンスだ。それ以外の積み重ねもあり、真の意味での敵というものは敵の顔をして近づいてこないものだと圭介は学んでいたはずである。


「実際あたしにゃ裏切るつもりなんざねえよ。でもさ、今の話で何となくわかったろ? 信じるってやっぱ怖いもんなんだよ」


 話していく内に商店街へと入る。飲食店が多く並ぶ事から地元では大食い通りと呼ばれているそこを抜けて左に曲がると、高台に続く階段が見えてくるだろう。

 さして広くもない道が左右を店舗に挟まれているからか、輝く立方体の街灯はあれど月明かりは閉ざされていた。


「……僕がエリカに呼ばれて、本当に来るかどうか試したのか?」

「そういう部分もあるわな。違う、って言やぁ嘘になっちまう」


 でもよ、と続けながらエリカは心底つまらなさそうに鼻息を吐く。


「ヴィンス先生は言っちまえば学校の先生だ。ララちゃんもダチになったのは短い時間だった。冷たい言い方するなら伯母ちゃんやミアちゃんユーちゃんに裏切られたってわけじゃねえ」

「ん、まあ確かに家族や付き合い長い友達ってわけではないのか」


 あるいはエリカが記憶喪失でなければ受け流せていたかもしれない。彼女にとって良好な関係性を築いてきた相手に裏切られるという経験は、周囲が優しかったからこそ鮮烈な刺激となったのだろう。

 しかし、圭介が騎士団やダアトに裏切られるという事象はそれらと比べてやや趣が異なる。


「ケースケの場合はさ。家族も前いた友達もそっちの世界にいて、頼りになる相手ってのがほぼほぼいないわけじゃん。あたしらだってまだ学生だし」

「いやそれでも充分助けられてきたけどね。君らがいなければ死んでた場面もあったから」

「そこは否定しねえよ。でも元の世界に戻りたいって思ってるんだろ? ならケースケにとって、なんだ、騎士団もダアトも信じてなきゃやってらんねえ相手なわけだ」


 通りを抜けて左を向くと少し長い登り階段が夜空へと伸びていた。先で待ち構えているかのように浮遊島が存在していて、それを取り囲むリング状の広告は時間も時間だからか灰色に染まって何も表示していない。

 その島の輪郭がくっきりと白く浮かび上がっている。向こう側に月があるのだろう。


 並ぶ二人の足が階段の一段目に踏み込む。


「そんな相手を信用していいもんかどうかわかんねえってのはよ。あたしより数段キツいんじゃねえのか」

「…………」


 試されていた。

 同時に、気遣われていた。

 他の面子がいる場所ではできない話が、見せられない顔がそこにあった。


「遠方訪問でさ。アスプルンド出ていく時に言ったじゃん」


 きっと、そんな彼女が相手だから。

 少しだけ優しい気持ちになれた。


「僕はエリカの事なら勝手に信じる。君は良い奴なんだって、誰が何を言おうと決めつける」


 最初は慰めの意味合いが強い言葉だったはずだ。裏切られた傷に苛まれているエリカを、また馬鹿みたいに笑わせてやりたかったから。


 しかし当時の会話を今になって最初から振り返れば、違った側面が見えてくる。

 あの言葉が出てきたきっかけは圭介の弱音から始まる会話だった。


 女々しい自分の暴露を受け止め、彼女自身の弱さと強さを示す事で支えてくれただけだったのかもしれない。そう思うと今こうして歩いている時間も、エリカからもらった大切な機会という見方ができる。


「だから今日ここに来たんだし、エリカが心配するほどキツいってわけでもないよ」


 階段を登り終えた先には公園があった。


 ちょうど月明かりが浮遊島に遮られている位置的関係からか、街灯から注がれる光はマゲラン通りのそれよりも少し強い。その人工的な色合いある明るさが涼やかな夏の夜と調和していた。

 無人の公園では遊具もベンチも墓標の如くうら寂しく、砂に描かれた薄い足跡だけが人の痕跡を残している。


「……ぉぅ。そっか」


 隣りから聞こえた呟きの小ささに何事かと目を向けるも、背の低い彼女が俯いてしまうと顔など見えない。

 どうした、と声をかける前にエリカが勢いよく後ろを向いた。


「ケースケ、見てみな」


 つられたのか従ったのかもわからないまま圭介は同じように後ろを向く。

 たった今登り切った階段と背の低い木組みの柵より先、眼下。




 今まで見た事のなかった王都がそこにはあった。




 道路にビル群、病院に学校に駅舎と線路。話に聞いて写真を見ただけだった王城も離れた位置に見える。ちらほらと浮いている標識や浮遊する小さな島などが無ければ地球にもあるであろう、ある意味珍しくもない街並みだ。

 しかし全体的に暗い。道を照らす灯りこそあれどビルや店舗は既に無人だからか窓から漏れる光など無く、民家も今は眠っている住人によって部屋の照明を消されている。


 その様子はどこか街全体が眠っているようにも見えた。


「……あっちもこっちも真っ暗だ」

「おうよ。この時間じゃそらそうだろ」

「この時間まで働かされてる社畜とかいないのか」

「お前んとこの世界にはそのレベルの社畜がいんのかよ」

「いるわ。いまくるわ。……昼間はあんだけ人がいたのに」

「ケースケだっていつもこの時間は寝てるだろ。他の連中もそうなんだよ、多分」


 柵に手を添えて体を支えながら、前のめりになりつつエリカが息を漏らす。


「最近な、この時間にこっそり出歩くのが増えた」

「あぶねーなオイ。不審者とか気をつけなよ」


 エリカの魔術は強力だが、逆を言えば強力な魔術の使い手がこの異世界には一定数いるという事でもある。少なくともこれまで戦ってきた相手は複数人で囲んでやっと倒せたような怪物ばかりだ。

 もしもエリカが夜道でゴードンやジェリーのような相手と出くわしたら、と思うとどうにも落ち着かない。


「そんときゃあたしにも奥の手があるから大丈夫だ。どっちかってーとケースケのが危ないだろ、排斥派なんて何してくるかわかんねぇんだから」

「それがわかってんならエリカも自重しろっての。つか何、なんで深夜徘徊する習慣なんてつけちゃったのバカなの」

「最近寝つきが悪いんだわ」


 寄りかかっていた右腕を曲げてぴょこんと反動させながら下がる。うんざりとした表情からはいまいち感情が読めない。


「寮室なんざ慣れたもんだと思ってたんだがなあ」

「あぁ、そういう……」


 彼女が今どんな精神状態なのかを知っている身として、そこは納得した。

 同時にこの場所に呼び出された理由の一端も透けて見えてくるというものだ。


「この、誰もいない場所にいると安心するんだ。どいつもこいつも寝てるってわかるだけで結構違うもんでさ」

「わかりたくなかったけどわかる」


 索敵網に怪しげな動きが引っかかっていないのもあるだろう。ここには圭介とエリカの二人しかいない。

 それがどこか他の誰かとでは得られないであろう不思議な安らぎを生んでいる。


 人数の少なさが、どこか心地良かった。


「エリカ」

「あん?」

「あんがとね。少し気が楽になったかもしれない。クソ眠いけど」


 体が鍛えられているからか、多少歩いて階段を登った程度では軽い運動にもならない。

 一度は忘れられていた眠気もすぐに復活した。


「あー……そだな、戻るか。ふげぇぇぇまた歩くのだっる。いつも帰る時だけすっげえだるいキツいしんどい!」

「しょうがねえ奴だな。あ、そうだ」


 何かを思いついたらしき圭介がグリモアーツを取り出すと、即座に【解放】して地面に“アクチュアリティトレイター”を置く。

 その上に乗ってからエリカに向き直った。


「寮まで飛んで送るよ。腰の辺りに掴まんな」

「えっ」


 両手を握り締めて顎の近くにまで上げる彼女の所作は、どこか不格好なファイティングポーズにも見える。

 目に見えて動揺し始めるエリカの様子は常では見られないものだ。圭介はそれを珍しくも思ったが、すぐさま得心したように「ああ」と頷いた。


「体重の心配でもしてんの? 幼女体型が変な気ぃ遣うなってエリカその辺の中学生よりちっさいじゃん。それに初めて飛んだ時はコリンだって一緒に乗れたんだしそうそう落ちたりしねーわ」

「………………」

「いいから早くしろよ、僕も眠いんだし別の理由で飛びづらくなるだろ」

「テメェこんにゃろっ」

「ぐべっ」


 持ち上げられた小さな拳の片方が圭介の脇腹に当たり、もう片方は指が解かれた状態で衣服を掴む。そこから徐々に抱きしめるような形へと体勢が変化していった。


「お前、何してくれてんだエェホッ唾が変なとこ入っゲホッ」

「いいからとっとと飛びやがれ。なんならおんぶしろおんぶ」

「けほっ、ふぅ……明後日、いやもう明日はクエストあんだぞ。そんなんで疲れたくないよ僕」


 おぶる素振りは見せないまでも、念動力は確実にエリカの体を支えて落ちないように調節している。

 感覚でそれがわかったのか、エリカはどこか安堵したように短く息を吐いた。


「ケチくせぇなお前。せっかく一緒に飛べる程度には仲良くなれたんだしそのくらいしろや」

「今度メシ奢るから勘弁してよ。あんま高いのはアレだけど」

「マジか。じゃああそこな、王城方面にある鶏肉料理メインの店な」

「話聞いてた? 高いのはアレだっつってんだろ」


 その店は圭介も知っている。少し前に話題になった人気店だ。

 ニュース番組に出ていたメニューの値段を見て「じゃあ行かなくてもいいや」と判断したのは記憶に新しい。


「財布の中身が一足早く冬になるこの現象に名前つけようぜクソが。クソが!」

「あんだけ稼いどいてよく言うぜ有名人がよ」

「いや、最近ちょっと分厚い専門書とかもう何に使えるかもわからん業務用ワイヤーとか買ったもんだからそんなに余裕は……」


 眠気覚ましの雑談を交えながら二人は夜の王都を飛ぶ。

 知らずニヤニヤと笑みを浮かべて雑談に耽る彼らの様を、浮遊島だけが静かに見送っていた。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

 次回以降の投稿についてですが、毎週日曜日の投稿をやめて不定期更新となります。詳しい事情につきましては活動報告をご確認ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ